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2014年7月 6日 (日)

縄文の風・磐座の光

昔から信仰されてきた古代からの霊峰や、地元民が信仰 してきた神社の聖域には、多くの磐座が鎮座する。そして偶然なのか、それとも古代の何らかの信仰の流行なのか、巨岩の岩に、真っ直ぐな切れ込みが走っているものが多い。

現代の技術力ならばそれほど困難な作業ではないけれど、縄文以前の人間が施したとなれば、それは我々の常識をくつがえす作業に他ならない。

取りあえず僕がただならぬエネルギーを感じた磐座を皆様にご覧頂きたい。

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大船渡市五葉山山頂に鎮座する磐座。

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平泉町束稲山(たばしねやま)山頂に祀られている磐座。

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足利・赤雪山に鎮座する磐座。地元では弁慶の割石と呼ばれている。

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宮城県志津川町、神行堂山にある割り石の巨岩。

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豊橋・石巻神社山頂にある天狗岩。

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一関市萩荘・三嶋神社そばに鎮座する巨岩。

 

これらの巨石の形状から、女性の安産祈願として祀られるケースが多いようだが、僕は個人的には、ギターの調弦に使用する音叉を連想する。

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霊峰の頂上や聖地に鎮座する磐座が、何かの共鳴装置の役割をしていたのではないかと勝手に想像している。

これらの磐座や巨岩は、石神として信仰されてきた。東北では荒覇吐神と呼ばれる岩があったり、道祖神や女神として、安産や子宝祈願として信仰されてきた岩もある。

数千年の時を経て、今この磐座に思いを寄せる方々が増えている。ウエーブを検索しただけでも、その数はものすごい数だ。縄文のエネルギーが復活する日も近いのではないだろうか。僕はわくわくしている。

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