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2014年6月11日 (水)

頭が悪いやつには悪いなりの生き方がある

頭がいい人間と頭が悪い人間がいるとするならば、たいていの人は頭がいい人間でありたいと願うに違いない。僕もそれを望みたい。しかし悲しいかな、自分をじっくり観察するに、僕は頭が悪い人間のカテゴリーに間違いなく入る。

人が話している難しい経済の話はさっぱり理解できないし、人の名前と顔がなかなか一致しない。学校の勉強にいたっては、高校の理数系はまったくもって歯がたたない。

よく女房に、塾の先生だからそれくらい分かるでしょうと、叱咤激励されるのだけれども、分からないものは分からない。だいたい英語が専門だと言ったって、ハリー・ポッターの映画を字幕なしで見た日には、わけの分からない魔法用語が頻繁に出てきて、それに意識を向けていると、基本的な会話さえ理解するのがあやしくなって来る。所詮そんなレベルだ。

そういうことで僕は頭が悪いので、理解に苦しむ生徒の気持ちは手に取るように分かる。一応進学塾でもあるので、早慶や東大を目指す生徒がたまにやって来る。そりゃもちろん英語に関しては対応と言うのか、ポイントをアドバイスするわけだけれども、自習室で勉強している数学や物理の問題を見ていると、すげぇ~、こいつ神じゃないかと感心しきりのかねごんである。

頭が悪いやつには悪いなりの生き方があるというのが僕のポリシーなので、頭が悪いことを残念に思うが、決して悲観してはいない(笑い)。自分は優秀だから教える仕事をしているんだという方には、ちょっと不愉快な話かもしれないが、僕は頭が悪いから教える仕事をしている(つもりだ)。

子どもたちに教えるには、鋭利な頭脳など必要ない。僕は技術だと思っている。つまり技術屋だ。さまざまな生徒に対応する技術を要求される仕事が、我々塾屋の仕事だ。

数学の2次関数を教えるのも、理科のイオン式を教えるのも、言っちゃあ悪いがコピット勉強すれば誰だって出来る。しかし教えることは出来るが、理解させるとなるとこれがそう簡単ではない。

あの先生のしゃべり方が気に入らない。声がやだ。教え方がしつこい。香水の匂いがダメ。理解させるどころか、ソフト・ランディングさせるまでにクリアーしなければならないハードルがいくつも点在する。つまりそれらのハードルを生徒に適合させることこそ技術なのだ。

塾などというものは、嫌ならいつでもやめていいのだ。選択肢としての塾などいくらでもある。その先生がいくら優秀でも、いい大学を出ていても、生徒が納得しなければそこにGive and Takeの商売は成立しない。

時にお笑い芸人のような捨て身が必要だったり、おっかない校長先生の役割が必要だったり、哲学者的威厳が必要だったりする。そのパーフォーマンス能力は、対生徒どころか、対保護者、対学校関係者まで、フィールドは拡散する。それが塾教師だ。

儲からない。休みがない。精神的にもきつい。それでも僕は30年間塾教師をやってきた。利口なやつならとっくにやめていただろうな。それだけ見ても、自分が頭が悪いってことは、明白なんだな・・・。

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