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2014年6月

2014年6月30日 (月)

自分たちの存在をカモフラージュするのはやめた方がいい

白石一文氏はほぼ僕と同年代の作家である。長い引用掲載になるけれども、2009年1月に講談社から発行された、白石一文著『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』下巻のP43~P51の文章を抜粋して掲載させて頂く。

(引用掲載文)

なぜ神の力はいつだって金銭の力に勝つことができないのだろうか?

僕たちが必死に見出さなければならないのはその理由であって、ただ個人的に神と合一すればそれですべてが解決するなどというのは安易な幻想でしかないと僕は思う。

神というものは人間存在の意味や目的を教え諭すだけのものであるならば、僕たちにとって神はさして重要ではない。なぜなら、自分がなぜ生まれたのか?自分の人生が一体何を目的としているのか?、といった疑問は、僕たちの人生にとって必ずしも必要不可欠ではないからだ。もっとはっきり言えば、一過性の欲望や刹那的快楽が、誰でも持ち合わせているであろう神への尊敬や霊的自覚のい対して常に勝利をおさめるは、人間が人間存在の本当の目的を忘れているからでも、真実の自己の姿を見失っているからでもなく、そもそも問題意識自体が人間の心に根付くことが困難だからなのだ。

たとえばエドガー・ミッチェルの言葉をいま一度反芻してみよう。

彼は、「神とは宇宙知性といってもよい。それは一つの大いなる思惟である。その思惟に従って進行しているプロセスがこの世界である。人間の意識はその思惟の一つのスペクトラムにすぎない」と明言している。ミッチェルは、宇宙空間でそのことをまさに「神の顔にこの手でふれたという感じ」で把握できたがゆえに自分は心理を得たと思い込んでいるのだ。

だが僕にすればなぜその程度のことで心理を掴んだと断言するのかがよく分からない。自身が永遠の生命をもつ「霊的存在」だと覚り、神の一部であると実感できたとして、いったいそれが何だというのだろう?

省略

僕たちは何でもかんでも全能の神に責任を押し付けてしまうことで、自分自身の怠慢や臆病、無知や偏見、憎悪や嫉妬、残酷さなどに頬っ被りを決め込むのがものすごく得意なのだ。この世がこれほど支離滅裂な状態で推移しているのも、それは創造主の計り難い計画の一環であるーとマジで思ったりしている。

全知全能であるはずの神の力が、この世界ではどうしてこうも無力なのか?神の力が金銭の力にどうしても勝てないのはなぜなのか?という問の答えは、実は至極簡単だ。

神とはそういうものとして規定されているのである。

神の存在というのは、僕たち人間が金や権力の追求、戦争や暴力の行使、人種差別や環境破壊、資源の浪費、富の偏見の容認、奢侈贅沢、人間以外の動物への虐待、絶滅などを好き放題にやらかすために、責任を回避する手段として利用する一種の便法だ。つまるところ「世界をより善きものに変えるだって?全能の神ですらできないことが、こんな俺たちにできるわけがないじゃないか」という言い訳が必要なのである。

神は僕たち人間が繰り返す過ちを適切に解決などしてくれない。そのことを僕たちは心から知っている。知っていながら、いつまで経っても「ああ、神様」と神頼みに走るのは、自らが直面する重大な問題に対して永久に目を背けていたからに他ならない。

エドガー・ミッチェル流に言えば、神が責任を持つのは僕たちの中にある「普遍的霊的存在」に対してだけであり、肉体と共に滅びる「自意識をもったエゴ」についてはまったく無頓着なのだ。僕たちが手前勝手な欲望に基づいてしでかすどのよなな行為に対しても、神が興味を示すことはないだろう。

僕たちがこの手で作り出した世界の不条理は、神が解決するのではなく、僕たち自身の力が解決するしかない。

この世界の悲惨さは何一つ神の責任ではないのだ。

(掲載引用終了)

立花隆氏の『宇宙からの帰還』を読んだ小説の主人公川端が、1996年アポロ11号に搭乗したエドガー・ミッチェル氏に対して行なった立花氏のインタビューに対して感じた神的存在の理由に、数ページに渡って独白する場面なのだが、著者である白石一文氏の論点であると捉えても差し支えないだろうと思う。

僕は引用した上の文章に対して、強烈なシンパシーを覚えた。個人の覚りはその個人にとっては気持ちがいいものであっても、それが直接文明を生き抜く人間に何の関わりがあるのだろうかというのが、実は僕が常日頃思っていることだ。

酒を飲んで気持ちが高揚している人間はとても饒舌になる。神の存在理由に何らかの覚醒を得た人間も同様だ。

たとえば覚醒した人間が、信者を集めたり書物を著すことで、何がしかの影響は持つだろう。しかしそのことで、餓死しかかっている子どもたちの生命が救われるわけではないし、内戦に明け暮れるく国々のテロ行為や軍事行為が終焉するわけではない。

宗教家はなにかというと、聖典や教祖の著作を引用してくる。したり顔で、啓蒙するけれど、果たしてその言葉が生きているのだろうか。僕はいつも疑問に思っていることだ。

人間は身勝手で愚かな存在だと認めればいい。神の子などではない。だから必死に自分たちがやらかしている過ちに気づいて直さなければならない。いい加減に神様を持ちだして、自分たちの存在をカモフラージュするのはやめた方がいい。僕はそう思っている。

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2014年6月29日 (日)

囲炉裏爺

宮城県の長沼近くの温泉に入った僕は、その後登米市の高倉勝子美術館に立ち寄り春蘭亭によってお茶を頂いた。

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茅葺屋根の武家屋敷の囲炉裏に陣取った僕は、あまりに風景に溶け込んでしまって、単なる囲炉裏爺になっていた。

座っている場所から前方の柱を仰ぎ見れば、竈(かまど)神様が僕を睨んでいる。

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しかし、どことなく僕と雰囲気が似ている竈神様でして、変な親近感を覚えるかねごんであった。

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雨の日曜日

雨音を聞きながら今朝は9時まで寝ていた。体調が悪くないのに、こんな時間までぐっすり寝たのは正月以来だ。

雨なので草刈りは出来ない。息子たちも仕事やバイトが休みなので起こす必要もなかった。テスト直前で部活もないので、卓球の指導もない。完全な僕の休日だ。
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このあとコーヒーを飲んで、女房と近くの温泉にでも行ってこようと思う。雨の露天風呂も風情があっていいだろう。

雨降りの日曜日も悪くないな・・・。

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2014年6月28日 (土)

テレビを見るのはやめませんか

毎日のようにテレビドラマでは殺人事件が起き、刑事や探偵が活躍している。でも、テレビドラマでは決して、自動車事故や、酒の飲み過ぎや、薬の薬害で死ぬ人はいない。

スポンサーが自動車会社だったり、ビール会社だったり、製薬会社だったりするからだ。

それを考えれば、電力会社のテレビ会社への影響力は絶大なものだろう。政治も敎育も、簡単にテレビに洗脳されてしまう。

マジで、テレビをみるのはやめませんか。情報はパソコンで十分だし、本を読みましょうよ。マスコミには登場出来ないけれど、必死に真実を伝えようとしている書き手がいます。

テレビの前で、ミニスカートをはいた少女たちのエロさに翻弄され、イケメンのダンサーたちにとろけてしまっている、多くの善良なる国民の皆さん。いまこの国はどんどん加速しています。政治そして敎育がなし崩しに権力の手中に落ちて行っていますよ。

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2014年6月27日 (金)

みんながんばっぺ~

人は挫折や哀しみを経験して、人間としての深みみたいものがにじみ出て来るんだと思う。だから時に負け犬でいんじゃないかと思うな。

受験に失敗したとか、高校を中退したとか、大学を途中で辞めざるを得なかったとか、会社をクビになったとか、離婚をしたとか、確かにダメージであると思うけれど、精神的にキツイだろうけれど、間違いなく学びなんだと思うよ。

僕らが若い頃もそうだったけど、逆境に負けるな、努力をしろと、叱咤激励する大人は多いけれど、僕は負けることも大切なことじゃないかと思う。長い人生をずっと優等生でいることは無理だよね。

スランプがきて当然。何かのはずみで無気力感に襲われて当然だと思うな。その方が自然だと思うよ。

絵に描いたような幸福は続かない。必ず別れはやってくるし、ボタンの掛け違いのようなことはしょっちゅう起こるものだ。病気だってするし、事故にだってあう。裏切られることだってある。でも、それが生きるってことじゃないかな。楽しいことなんかほんのちょっとで、ほとんどが忍耐の日々じゃないだろうか。

不条理なことって多いよね。突然地震がきたり、雷が落ちたり、元気に朝出かけていった人が帰って来なかったり、半世紀以上も生きてくると、そんな哀しいことや不条理なことはしょっちゅうだよ。

でもね、それでもありがとうって言える人生じゃないといけないと思うんだよね。

学生時代にさ、所持金が30円しかなくて、路地裏でコカコーラのビンを拾ってさ、酒屋に持って行って100円玉を手にしてアンパンを買ったことがあったけど、俺何やってるんだろうなって思ったよ。

一生懸命稼いだバイト代をパチコンですってさ、殆ど一文無しになっているなんて全くアホだよね。でも今思うと、そんなアホやってきた自分にも感謝って言うのか、ありがとうなんだよね。なぜかって、こうやってどうにか生きてきたから。

生きるってことは大切なことだよ。ちょっとの幸せのために生きるってことは、虚しくなんかない。負け犬で結構だよ。

生きていりゃ必ず良いことがある。間違いなくある。生きていりゃ、惚れることだってできるし、うまいもんだって食える。めちゃくちゃ綺麗な夕焼け眺めて、柄にもなく涙ぐむことだって出来るよね。

本当に生きていることってありがとうだよ。

みんながんばっぺ~。

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2014年6月26日 (木)

文部科学省さまサマ様

僕は一切、全く文科省を信用していないし、文科省の眷属として生きるつもりも毛頭ない。

まず旧文部省がサッカーくじを始めた時に、完全に決別したし、震災後学校施設の放射能値の安全基準を年間20ミリシーベルトと発表した時点で、こいつらイカれていると思った。

教育現場で働いている先生方は、本当に気の毒だと思っている。高校や大学で講師として僕は働いていてきたが、所詮講師なので別に失うものはない。

文科省通達の文章に、毎年振り回されて来た学校長や担当者の先生方に、心よりご同情申し上げる。

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文科省の役人の考えていることは、学校現場の教育のことじゃなくて、自分たちの天下り場所だったり、接待の豪遊場所ぐらいじゃないんだろうか。

僕は大学時代、教職を選択することを諦めたが、負け惜しみじゃなくて、自分の選択は間違っていなかったと思っている。塾という自由の海原を泳いできたが、実に楽しかった。

お金にはならない商売だけれど、魂はいじけなくてすんだ。いい意味で子どもたちと純粋に向き合ってこれたと思っている。

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2014年6月25日 (水)

仕方がないか

スペイン予選リーグ敗退。

イギリス予選リーグ敗退。

イタリア予選リーグ敗退。

ジャパン予選リーグ敗退。

仕方がないか

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ツイッター的つぶやきブログ

最近生命保険のCMが全く流れなくなった。東北地区ではこども保険の勧誘が殆ど皆無だと言う。生命保険会社というのは、確率論で営業を展開することで有名だ。そういうことか・・・。

市販されている水のベクレルは10ベクレル以下と規定されている。しかし同じように毎日食べる穀物や野菜は100ベクレルが出荷制限の基準だ。おかしいよね。

最近NHKがUFOの特番をゴールデンにやっている。何のことはない、UFOだと騒がれた映像は実はそうじゃないだという、特番だった。逆に必死に否定するNHKは何か情報をつかんでいるんじゃないのかと勘ぐりたくなってくる。

自民党の都議会議員が女性を侮辱するヤジを飛ばしたということで、大騒ぎになっている。自民党の体質が如実に表れたヤジだったと思う。

埋め込み画像への固定リンク

ボーナスって何だろう。僕は学校を卒業して一度ももらったことがない。一度でいいから見てみたい。どんなナスなんだろう。

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憲法に敎育を受けさせる義務というのがある。不登校対策を完全に諦めた感じの学校の公教育は、憲法に違反しているんじゃないだろうか。

葬式に50万円とか100万円とか請求してくるお寺さん。領収書を出さないのはなぜだろう。

このまま続けたら何をつぶやくのか自分でも怖いので、炎上しないうちにやめます。それでは・・・。

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ワクワクしている

去年の夏から、学生時代の読書ペースになっている。2日で1冊の本を読了している。暇なのかと言うと残念ながら暇じゃない。

僕にはほぼ365日休日というものがない。日曜日は塾は休みだけれど、卓球の指導があったり、農作業がある。今年のように雨が多く、気温が高い日が続くと、草の伸びが早く、草刈りも頻繁に行わなければならない。

じゃいつ読んでいるのかと言うと、塾の指導が終り、高校生が自習室で勉強をしている時間だ。2時間ぐらいで1冊は読み終わる。昨年の夏から、ブログの下書き原稿を書くことがなくなり、直接PCに打ち込むようになった。つまり下書き原稿を書いていた時間が、そのまま読書タイムとなっている。

昨年岐阜の上野先生のところにおじゃまして、関が原を見学して以来、戦国時代の歴史小説にはまり、かれこれ50冊ほどの時代小説を読んだ。その傾向はいまだ続いており、3冊に1冊は歴史小説という割合になっている。

ところで、歴史小説と平行してハマっているのが、古代神話の読み物である。アボリジニーやアフリカ原住民の伝説や説話集などは実におもしろい。

さて今年は4月から塾の仕事と平行して、修紅短期大学の英語講師をやっている。来月の半ばには前期テストがあるのだけれど、短大のテスト問題を作るのは人生初体験である。柄にもなくちょっとワクワクしている。

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ワクワクしていると言えば、実は誕生日の星座占いによると、今年からいよいよ集大成の年に入っていくのだそうだ。つまり自分がまいてきた種の収穫期ということなのだろうと思う。

冷害や凶作ではないことを祈りたい・・・・。

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2014年6月24日 (火)

メイメイ

知人の家でかつてヤギを飼っていた。そして最近,近くの家でも(近くと言っても4キロほど離れているのだが)ヤギを飼っているお家があって、女房はヤギか羊を飼いたいとのたもうている。

下の写真を撮ろうとヤギさんに近づいたところ、怪しい人間だとおもわれたのか、めちゃ警戒された。

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確かに草が生い茂る季節はいいだろう。外に出しておけば勝手に草を食べてくれるし、臆病なヤギは、知らない人がやって来るとメイメイ鳴く。番犬にあらず、番ヤギの役目も果たしてくれる。

しかしである、犬小屋のごとき小さな小屋では飼えないし、雪深い冬に於ける世話が大変だ。餌のストックもなければならない。

残念ながらヤギの飼育は断念せざるを得ないな・・・・

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瀬織津姫から荒覇吐神へ

僕は神様大好き人間であるが、決して特筆すべき人間ではない。スプーンが曲がることもないし、宇宙人に拉致されたこともないし(笑い)、神様の御神託が聞こえることももちろんない。

ただ龍神がすきで、好きな神社に行くとやたらと77の数字に出くわすという偶然性こそあれ、いたって普通の初老のハゲ親父である。

30代の半ばから山に取り憑かれた。俗にいう霊峰と呼ばれる山に、日曜日ともなるとリュックサックを背負って登って行く山男だった。

駒形山・早池峰山・五葉山・そして地元の束稲山や須川岳・室根山などなど。

山の神である木花開耶姫命(コノハナノサクヤビメ)、そして縄文の神と言われている瀬織津姫を祀った山や神社に魅了され、僕の神様フィールドは、書物だけに限らず、どんどんエスカレートして行った感がある。

東日本大震災が起きて、僕は磐座である荒覇吐(アラハバキ)の神様に導かれ始めた。常日頃軽トラックで、岩手県南を走り回っている僕だが、偶然に迷い込んだ道の奥に荒覇吐神を見つけたり、たまたま歯医者さんの待合室で開いた雑誌に、荒覇吐の特集記事があったりと、僕の身辺には荒覇吐の磐座が、日常的に出現し始めた。

例えば僕の町の隣町には、震災後世界遺産に登録された平泉中尊寺がある。平泉は、東北に繁栄した古代都市だ。この町を丁度取り囲むように、ピラミッド型の山がある。衣川の月山、そして一関の烏兎ヶ森、束稲の駒形山だ。

これらの山の山頂付近には偶然にも古代から信仰されてきた磐座(荒覇吐)が祀られおり、この三つの磐座を地図上で結ぶと、底辺30度の完璧な二等辺三角形が現れる。俗に言うレイラインだ。

僕は縄文の神である磐座を、原始的な信仰の残像として見ているわけではない。現代の我々の文明はわずか2000年余りで、石器時代から宇宙時代にまで飛躍してきた。なのに、縄文時代が1万年も、教科書的な縄文時代であったとは到底考えられない。

4000年前、高度なテクノロジーを有していた古代文明としての縄文時代が、巨大な隕石の衝突で、壊滅したのではないかという仮説を僕はずっと抱いていた。と言うのも、4000年ほどの前の縄文時代の堆積層から、巨大な津波の痕跡が伺えるのだ。太平洋岸からの津波が、北上高地を横切って、北上盆地に津波が押し寄せたのではないかという仮説を唱える研究者もいる。

ピラミッド型の山頂の磐座に、電磁波の電波を放射すると、ある種の電波をキャッチするのだそうだ。その電波の周波数が、人間の脳波と同じ波形を持つらしい。これはあくまでも僕の空想なのだが、古代文明に於いて、磐座が何らかのテクノロジーの先端科学として利用されていたのではないかと思っている。

そしてカタストロフィで壊滅した文明が、原始時代に戻ってしまった時に、彼らの深層の中に記憶された磐座のテクノロジーが神格化され、巨石信仰を生んだのではないだろうか。

全く僕の妄想での範疇の話に、大切な時間を付きあわせてしまって申し訳ない。ただ、実際に多くの霊峰に登り、多くの磐座を眺めて来た僕が感じたエネルギーというのか波動と言うものが尋常でなかったことは確かだ。

携帯で写した磐座だけが、PCに転送できないことがしばしば生じた。話せば長くなるが、磐座探訪に関して言えば、軌跡のような偶然が何度も起きた。

今全国で、瀬織津姫に興味を持つ方が増えている。もちろん荒覇吐もしかりである。争い事がなく、悠久の平和を保った縄文の波動を必要とする人々の想いが、この時代に隆起しているのではないだろうか。

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2014年6月23日 (月)

2014夏期講習会IN一関

2014年夏期学習会要項

7月28日月曜日より大験セミナーの夏期学習会が始まります。

日程は8月15日と土曜日、日曜日を除くすべての平日を使って行います。

学校の夏休みが続く限り、大験セミナー夏期学習会は実施されます。

夏期学習会の指導時間は

午前は、9時30分から12時まで

午後は、12時30分から15時までのいずれか2時間30分を1回の学習会とさせて頂きます。

参加は1回でも20回でもOKです。

講習料1回1500円

各御家庭の都合に合わせて参加してください。

例年のような夏期講習テキストの強制配布は致しません。 

学校の宿題、市販のワーク、通信教育のテキスト、

もちろん学校の教科書ワークなんでもOKです。

但し、夏期テキストが欲しい方は、7月中頃までお申込みください。

実費(2000~3500円程度、学年で異る)となります

要項

開催日→7月28日より土曜、日曜を除く期間より参加したい日。

費用 →2時間30分を1回の指導として1500円。

対象 →小・中全学年全教科 ・ 高校生は大学受験英語及び論文指導

             お申し込み

参加希望日程と参加予約費6000円を添え7月23日までにお申し込みしてください。 参加費が6000円に満たない場合は後日返却致します。

日程変更は後日ご相談に応じます。

ご参加お待ちしています。

               0191-23-0824大験セミナー

夏期学習会の要項をウエーブ上に公開しませんと先日ブログで書いたところ、塾生より意固地にならないでコピット宣伝したら、という進言を頂いた。

まあ確かに、企業秘密といったところで、大手の塾は僕のような零細塾の夏期講習など別に気にもとめないわけで、僕の勝手な思い込みと言われれば、確かにその通りで、ポリシーもプライドもない僕は、いつも通りこうやって夏期講習会というのか、夏期勉強会というのか、呼び名はどうでもいいことだけれど、受験指導を今年も暑さに負けず、眠気に負けず、そして年にも負けず頑張りたいと思います。

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2014年6月22日 (日)

大学の授業をキツネくんたちが覗きにやってきた

先日短大で僕が英語の授業をしていると、窓から見える近くの山肌に、二匹のキツネが現れた。親子ギツネか兄弟ギツネかは分からないのだけれど、学生達が言うには、最近ちょくちょく現れるのだと言う。

近頃は一関では、頻繁に熊が目撃されている。キツネやたぬきに驚く市民は少なくなったけれど、自然が豊富と言うよりは、山に食べ物が無くなって来ているのが現状だろうと思う。

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授業が終って短大の3階の窓からキツネくんたちを写そうと思ったのだけれど、林の中に入っていて、キャッチすることが出来なかった。

そこでウエーブ上からイメージ画像を拝借してみた。

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こんな感じのキツネの親子が覗いてくる大学の教室なんて、田舎の風情があっていいでしょう。

一関っていいところだな~。

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人生は不平等なのだ

誰もが欠点を持っている。自分で分かっていてもなかなか直せないものだ。

実は僕は短気が服を歩いているような人間だった。過去形で書いたのは、ようやく年をとってきて、少しは大人になってきたのかもしれない。ブチ切れることが少なくなった。

短気は損気だ。自分が正しいと信じていることでも、相手にとってそうじゃない時があるものだ。自分の不利益になることでも、周りの状況がそうならば、ある程度忍従するしかない。

譲れないものと少しは譲れるものの、自己判断が大人になると出来てくるものだが、それを時に諦観と呼ぶ。

僕は多くの敵を間違いなく作ってきた。教師であろうが、先輩であろうが、間違っているものは間違っているとずいぶん啖呵をきってきた。

言っておくが、僕は決して利口じゃないので、感情が先走ってしまい、暴走する。利己的で金持ちであることをひけらかす人間が僕は大嫌いだ。そう言った人間とは一切妥協もしないし、譲歩もしない。

世の中のために頑張ろうとおもったら、嫌味な金持ちになど決してならないし、なれない。僕はいろんな役員をたのまれて、寄附集めなどをすることがあるのだけれど、金持ちの家に限ってびた一文ださなかったりする。

僕はお金を稼ぐのが悪いと言っているのではない。金持ちになることが悪いと言っているのではない。稼いだお金をどう使おうがその人の勝手だわけだけれども、生活が大変な人の気持を忘れてはいけないし、貧乏人を馬鹿にしてはいけない。最低限人間としてのルールだろうと思う。

これは能力に関してもそうだ。勉強が苦手なものの気持ちを汲んであげなければならないし、勉強が出来ないものを見下してはいけない。

誰もが苦手なものはある。そのことを努力不足と言ってしまっては身も蓋もない。お金に苦労しない人生というのがあるように、勉强に苦労しない人生というのもあるだろう。逆にお金にも苦労し、勉強にもめちゃ苦しむひとだっている。

いつも言うように人生は不平等なのだ。不平等だからこそ、その個人の能力なり資質を補ってあげる関係性が必要なのだ。

受験シーズンを迎えると、ため息をつく子どもたちが増える。やらなければならない焦りと、やれない焦り。経験値のある大人が、しっかりとサポートしなければならない。

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2014年6月21日 (土)

風景

午前中、講師に行っている短大の講師室から束稲山を眺めていたら急に行きたくなった。授業が終わった僕は軽トラックを束稲山に走らせた。

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来月のアラハバキ探訪ツワーの下見もあったのだけれど、無性に平泉や一関の街を山頂から眺めたくなった。

頂上にあった平泉荘の温泉が閉鎖して以来、山頂までの道路は路肩の草が生い茂り、車がすれ違うにはちょっと大変な状況になっていたが、外界に展望する光景は最高だった。

若い頃、仕事に行き詰まった時、僕は何度この風景に救われただろうか。最近の僕は、またもやもや感がつのっている。ひょっとすると年齢を重ねることの不安だろうか・・・・。

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2014年6月20日 (金)

少年よ大志を抱け

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撮影の関係で、写真が縦になってしまったけれど、クラーク先生の『少年よ大志を抱け』の名言を教室のホワイトボードの上に飾った。北海道大学にあるクラーク先生の銅像の台座の文字を複製したものだ。女房には不評なようだが、塾生たちは気に入ってくれている。

 

この言葉が時代を超えて、多くの日本人に支持され続けてきたのは、若者の希望・夢を叶えさせてあげたいという魂の叫びだろうと思う。

 

青春時代はあっと言うまに過ぎて行く。しかしその短い時間が、人生の土台を作っていく。甘やかしてはいけない。かと言って萎縮させてはいけない。何よりも希望を失わせてはいけない。

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開拓精神は今の時代こそ必要だ。真の強さは、真の優しさでもある。慈しみの野心とでも言うべき柔軟性が、若者たちに求められている。

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2014年6月19日 (木)

愛燦燦と

僕は美空ひばりの晩年の歌が好きだ。愛燦燦は小椋佳の楽曲だが、いい曲だ。この曲は何人かのジャズ演奏者によって演奏されているが、ジャズで聞いてもいい。

僕は美空ひばりよりも年を取った。生前の彼女を思い浮かべると、ずいぶん大人だったなと思う。6月24日は彼女の命日だ。

愛燦燦と多くの皆様に光が降り注ぐことを・・・

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2014年6月18日 (水)

僕のアラハバキ探索はまだまだ続く

昔から霊山と呼ばれている山頂には、必ずと言っていいほど似たような形の岩が鎮座して祀られている。また歴史的伝説の場所にもやはり磐座が鎮座している。

僕は偶然岩があるのだろうくらいに考えていた。僕が今までに訪れた磐座を、紹介してみよう。

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これは一関真柴にある鬼の岩である。かつてこの地域は鬼死骸村(おにしがいむら)という村で、この岩を中心に集落が点在していた。

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この岩は、かつて阿弖流為(アテルイ)の同胞であった母禮(もれ)の住居跡といわれている近くにある岩だ。前沢の母体にある。真柴にある岩と非常に雰囲気が似ている。祭事跡の雰囲気を感じるのは僕だけだろうか。

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先日参拝した衣川磐神社のアラハバキ神である。古代びとの祈りの波動がビシビシと伝わってくる。

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平泉束稲山(たばしねやま)に鎮座する磐座である。衣川のアラハバキ神と同じ波動を感じる。岩の質や形状も非常に似ている。

ちなみに大船渡五葉山の山頂にある磐座と束稲山山頂にある磐座を見比べていただきたい。

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上が五葉山、下が束稲山の磐座だが、意図的に縦に割ったようなこの亀裂は偶然の産物だろうか。

遠い昔、途方も無いテクノロジーをもった古代人が意図的に山頂に、これらの巨石を配置したとしたらどうだろうか。

数年間アラハバキ神を探索してきた僕の前に、巨岩は何かを語りかけてくる。翻訳は出来ないが、古代のドラマを感じるかねごんである。

僕のアラハバキ探索はまだまだ続く。

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荒覇吐(アラハバキ)神探訪北上高地編

6月10日に奥州市衣川のアラハバキ神探訪を行った。日頃神様や神社を愛してやまない、不思議大好き探検隊総勢6名のアラハバキ神参拝ツワーだったが、今度は北上高地編ということで、一関の霊峰烏兎ヶ森(うどがもり)の磐座、そして観音山舞草神社の巨岩、平泉束稲山の磐座を探訪する。

当初7月1日を予定していたけれど、参加者の都合で7月8日に第二弾アラハバキ神探訪の運びとなった。ブログに掲載後「私も行きたかった」という多くの言葉を皆様から頂いた。郷土のパワースポット探訪をしたい方、僕ら不思議探検隊に加わりませんか。

           参加者募集

参加資格もしがらみも何もありません。純粋に東北古代の磐座の神々に興味がある方、もしくは何か惹かれる方は参加ください。7月8日火曜日。朝10時、大験セミナー前集合の予定となっています。午後2時には解散になると思います。

取りあえず探訪のパワースポットをご紹介しておきましょう。

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塾の真後ろに見える富士山型の山が烏兎ヶ森(うどがもり)です。場所は舞川です。この山の磐座神社に最初向かいます。

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次が観音山に鎮座する舞草(もくさ)神社です。この神社そばの巨岩からの風景は絶景です。

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そして最後は束稲山(たばしねやま)の月山神社、経塚山の磐座を訪れます。ほとんどの山が車での移動になります。前回のような急傾斜の登山はありませんので、アラハバキ散歩をしたい方は、僕の塾までご連絡ください。

前回同様小雨決行です。

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2014年6月17日 (火)

今回は夏期講習の宣伝はなし

今回のワールドカップは失礼だけれどあまり興味がない。サッカーが嫌いなわけではないけれど、我家では誰も試合に興味がないようで、息子たちをはじめとして誰も話題にしない。

どうも世の中に迎合しないのは、父親ゆずりなのか、それとも浮世離れした変な家族なのか、まあそういうところだ。

話は変わって、昨日の花泉を襲った豪雨はすごかった。雷と豪雨が突然やってきて、我が家のパソコンがアクセス不能に陥ってしまった。ワールドカップはどうでもいいのだが、パソコンが不通になると大変だ。

ブログが更新出来ないのはいいとしても、ご父兄や塾生からのメールが見れないのは厳しい。朝起きたら回復してたのでいいのだけれど、地震雲が頻繁に現れて、毎日のように地震が来るし、急にパソコンが不通になるし、なんかヤバイんじゃないだろうかと、心配している。

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本日ようやく夏期講習のチラシを作った。意表をついた創意工夫が施された夏期講習会なので、今回は企業秘密としてブログで公開しないし、外部に宣伝もしない。内部生とその友達に渡るぐらいだろうか。

え!そんな思わせぶりなことを言わないで、中身を教えろだって。

・・・・・教えない(笑い)。

まあ、どうしても知りたい方はお問い合わせください。もちろんチラシは塾に置いておりますので、興味がある方は立ち寄って、持っていってください。宜しくお願いいたします。

おっと忘れたてた。当塾は非通知拒否をしていますので、お気をつけください。

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勉強の神様

一生懸命勉強するのは、生活に困らないようにするためだという目的意識はとても尊いことだけれども、経済的に困窮した時に、一番もろく崩れてしまう目的意識だということも事実なようだ。

勉強出来るイコール経済の安定という方程式を自分にインプットしてしまうことは、控えた方がいいように思う。それと誰かを見返してやりたがために努力をするというのも、いずれ行き詰まる。

いい学校を出ればいい職にありつけるのかと言うと、いい高校や大学を出たものは、いい高校やいい大学を出ていないものに比べれば、確かに安定した会社に入る確率は高いだろう。安定という表現が曖昧ならば、ボーナスが出て、毎年昇給があって、福利厚生がしっかりしている会社・組織と言い換えてもいい。

一日の労働に対する代価の差が著しくなった日本社会に於いて、経済格差はその激しさを増している。そしてその格差が呪詛を生み、人々の感情の歪みをもたらしている。

豪邸に住む人間が、狭いアパート暮らしをしている家族を見て、憐れむのは自由だ。もしくは高学歴の人間が、そうじゃない人間を下に見るのも自由だ。しかし、僕は断言する、そういった感情には、大きなリスクが伴う。

憐れみや蔑みの情は、いつかは自分に返ってくる。それは信頼していた人間に裏切られた時かも知れない。もしくは死を直前にした時かも知れない。自分が解き放った相手への感情や言葉は、善悪に関係なく自分に戻って来る。それもかなりの利子や利息がついて。

高3生は高総体が終り、受験モードに突入した。中3生も中総体が終り、いよいよ受験生としての自覚が芽生えてくるだろう。

毎年唐突に尋ねられる質問。

『どうして勉強しなければならないんですか』

僕はいろいろな答えを模索してみる。

『自分が入りたい学校に入るために』

『勉強しなければならない状況に君がいるから』

『足りない部分を補うために』

『これから生きていくために』

そんなふうに考えていくと、勉強するという行動の重要性もさることながら、その先にあるゴールの青写真をしっかり見据えることが一番大切なことなのだろうと思う。

自己の利益の追求という目標設定では、勉強の神様は最後までアシストはしてくれない気がする。真の成功者とは、利己的な富や名誉の追求者ではなく、一人でも多くの人を救い、助け、幸福にしたいという希求が心から湧いてくる人間だと思う。

今地球の人類は、間違いなく大きな岐路に立たされている。この星ガイアー地球が、我々人間の存続を許そうとしているのか、もしくは淘汰しようとしているのかは、実際のところ知る由もない。

この時代を生きるということは、すべての繋がりを認識することだと思う。どこかの森林の枝が一本折れただけでも、草原の子鹿が一頭倒れただけでも、この地球上には大きな変化が起きる。

我々人間の感情や言葉、精神がこの星の回転軸を変えてしまうことだってあるかも知れない。柔軟な精神と、愛に満ちた眼差しを失うことなく、子どもたちには勉强をしてもらいたい。

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2014年6月16日 (月)

違和感から脱却するのに32年間を要した

人それぞれには人それぞれのドラマがある。当たり前と言えば当たり前のことなのだが、その各人のドラマが栄光と挫折の歴史だ。

お金があって有頂天になっていると、突然の悲劇が訪れたり、世の中のために頑張っていれば、思わぬ喜びが訪れたりする。

ダメ出しの人生であっても、至福の人生であっても、間違いなく終焉が訪れるのだけれど、せめて人生の最後には、なにがしかの痕跡を残したいと思うのが人間の想いだろう。

家族、財産、思想、有形無形の痕跡が各人の歴史とともに残されていく。ひとりひとりの生き様に貴賎などない。偶然、必然を装った多くの出会いの中で、ひとは人となっていく。

震災後実に多くの出逢いがあった。100年間生きて、出会えるかどうかという人達と、ここ3年間で出会えた気がする。大げさに言えば、100年分、いや人生3回分ぐらいの出逢いをこの3年間で経験させて頂いた。

そういった意味では、この塾屋家業が僕の人生を加速させたと言えるだろう。震災後、塾生の数は半分に減ったけれど、魂の出逢いは100倍に増えた。これを喜びと言わずして何を喜びと言うだろうか。

自分が実践してきた塾敎育に対して、不安がないと言えば嘘になる。こんなのは敎育という名目を隠れ蓑にしたはったりや、人寄せのためのパーフォーマンスじゃないだろうかと自問自答することもある。

震災後、僕のなかで生じた変化がある。実は先生と呼ばれることに違和感を覚えなくなった。それは自信の表れれであるとか、世俗のしがらみに同調したわけではなく、僕自身が、先生としての存在を自分自身に義務付けてきたからである。

正面から先生家業と真っ向勝負しなければならない自分を感じたというのが、正直な心境である。

初めて先生と呼ばれ以来、違和感から脱却するのに32年を要したことになる。長い道のりだった。

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おつかれ自分

中総体も終り、多くの中学生は疲労感とある種の達成感、そして虚脱感に襲われているのではないだろうか。

実は僕もそうである。

たかがスポーツされどスポーツで、少年の頃に植え付けられた闘争心はいまだ去りがたく、負けず嫌いのスポ根魂は、一度競技場に足を踏み入れたとたん、僕にまとわりつき、離れようとはしない。

今年も昨年に引き続き、団体は県大会には届かなかった。簡単に言ってしまえば僕の采配ミスなわけで、いつも思うわけだけれども、勝負の道は険しい。

コーチもそろそろ世代交代の時期だろうと思う。後継者はいっぱいいるようだし、老体は去らねばならない。

さて、明日からは切り替えて期末テスト対策だ。こればかりは本業なので、老体に鞭打ってがんばるしかない。

同級生で学校の先生になっているものは、副校長や校長になっている。管理職というやつである。教務はないだろうけれど、管理職ゆえの大変さはあるだろうなと思う。

僕はと言えば、教えることが根っから好きなようだ。いつの日にか体力気力がギブアップするまで、もしくは世間から見捨てられまで、僕は塾教師でいるだろう。

これが僕の人生のようだ。

それにしてもこの2日間は、疲労困憊だった。おつかれ自分。

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2014年6月15日 (日)

ポートレート

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シュタイナー先生です。

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宮澤賢治です。

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ジョンコルトレーンです。

僕の人生に多大な影響を与えた巨匠たちです。

ジャンルと時代を超えて、芸術は輝き続けます。生きているということは、思考することです。そして世界を宇宙を構築することなんですね。

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2014年6月13日 (金)

魂を癒してくれる天界の旋律

世界的なライヤーの演奏家であり、編曲家でもあるジョン・ビリング氏が岩手の山里の我家で演奏会を開いてくれるかもというビックニュースが本日届いた。

家内が慌てふためいて昼過ぎ僕の携帯に電話をよこした。僕と言えば、短大での授業が終り、昼飯を食べうとうとしていた時なので、何のことやら理解するのにぼ~としていたのだけれど、自宅に帰って冷静に話を聞いたら、とんでもない凄いことで、女房に通訳をお願いねなどと言われ、ちょっと頭がパニクっていた。

もし本決まりになれば、9月初めの演奏会となる。みなさん楽しみにしていてくださいね。

ジョン・ビリング プロフィール

1952年イギリスに生まれる。1967年、15歳の誕生日に父親からギターをプレゼントされ、ギターに夢中になる。大学で音楽の基礎を学ぶ一方、フォークやブルース、クラシックギターを独学で学び始める。
24歳の頃、友人を通じてキャンプヒル共同体(治療教育施設)の活動を知り、そこで初めてライアーと出会う。その後、ベルリンで音楽療法を学んでいたある日、愛用のギターを紛失したことがきっかけでライアーを弾き始め、その魅力にとりつかれる。以来、ライアーを中心に活動していくこととなる。
イギリス、オーストラリアのシュタイナー学校で音楽教師を務めたのち、現在はキャンプヒル共同体での音楽活動を積極的に行いつつ、ライアー演奏家、作曲者として世界中をまわりながら活動を続けている。
 

シュタイナー教育に於いてライアーは欠かすことの出来ない楽器であり、魂を癒してくれる天界の旋律だと僕は思っている。

ぜひ皆様に、生の演奏を聴く機会が実現すればと思っています。

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事務連絡です

事務連絡です。

明日6月14日は中総体です。地元中学校の卓球コーチをやっていますので、明日は一関市東山総合体育館に行きます。

ゆえに昼の通常ゼミはありません。今高校は定期テストの真っ最中。申し訳ございません。夕方5時からは塾を開けますので、ご了承ください。

尚、明日の指導の振替は6月16日月曜日に行います。月曜日コースの皆さんはお休みとなります。

コピット塾の宣伝です。

今年は中3生だけがめちゃ少ないです。いっぱいいっぱい余裕があります。中総体が終わったら、塾に来て勉強しませんか。お待ちしております。コピット塾の宣伝でした。

それでは皆さん、明日からの中総体コピットがんばってください。

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2014年6月12日 (木)

山に異変が・・・

昨日自宅近くの道路を軽トラックで走っていると、道に子牛がいた。隣家の牛小屋から逃げ出したのかと車を停めると、牛ではなくニホンカモシカだった。

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携帯で写真を撮ろうとしたのだけれど、スタコラと逃げていったので、ウェブサイトから似たような画像を借用した。上のような感じのニホンカモシカだった。

ちょくちょく山では見かけるのだが、ニホンカモシカが道路にさ迷い出ているのを見たのは久しぶりのこと。

先日の熊騒動といい、ニホンカモシカの里散歩といい、何か山に異変が起きているのだろうか・・・。

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社会逃避病という疾病

感動的な小説を読んで、自分も小説家になりたいと考える人間がいるけれど、僕はそう言った気持ちになったことが一度もない。ただその文章力に圧倒され、作家の感性に魅了されるばかりだ。

一方音楽に関しては違う。学生の頃から歌を聞いていると、創作意欲がむずむずと湧き上がってきて、居ても立ってもいられなくなる。

よく酒と女で身を持ち崩すという話を聞くことが多いけれど、僕は音楽にハマってしまって人生の道を踏み外してしまった感がある。同級生達が資格取得や就活に邁進していた頃、僕はあろうことか毎夜詩を書き曲作りに励んでいた。

どうもその頃から、僕の夢想癖は僕の身体にへばりつき、世の常識からかけ離れたところで、精神というのか魂というのかが浮遊し、暴走しだした感がある。

一銭にもならないことにエネルギーを注ぐ習癖は、麻薬のごとく僕を囲い込み、現世利益という世俗の幸福感から僕を隔離していった。

学生の頃『僕は小説家には絶対なれないけれど、詩人だったらなれる』

そんな確信みたいなものを持ってしまった。今思うと完全に、社会逃避病という疾病におかされていた気がする(笑い)。

その詩人のなりそこないが、今は塾教師をし、短大に行って英語を教えている。ある意味笑える話である。自虐的に言っているのではなく、感心しているのだ。人生は実にほろ苦く、おもしろいものだと。

全くもって自由奔放に生きてきた。寄らば大樹の陰という言葉を一番嫌う僕の人生哲学のお陰で、女房や息子たちには随分不自由をさせてしまった。心では申し訳なく思っているのだが、不良少年がそのまま年を重ね、初老のオヤジになってしまった僕が、いまさら改心するはずもなく、妄想及び夢想癖から生じてしまった貧乏暮らしは、いまだ続いている。

ふと思ったのだけれど、これから職業欄に詩人というのはどうだろうか。きっとこのハゲオヤジ、何をふざけているのだと思われて、オシマイだろうと思うけれど・・・。

       かぶとむし   作/ 詩人・かねごん

僕が飼っていたかぶとむし

ある日 動かなくなっていた

お医者さんに診てもらいたいけど

僕の貯金箱には 30円

肩たたき券を10枚作って

パパとママに買ってもらったけど

130円でかぶとむし

なおしてもらえるかな

暑い暑い夏休み

一生懸命さがしたかぶとむし

街のデパートで買ったんじゃない

僕が見つけたかぶとむし

残念ながらかぶとむし

天国へ行っちゃった

その代わりかぶとむしのおうちには

メスのカマキリ飼っている

メスのカマキリさん 1人じゃ寂しいだろうと

オスのカマキリさん入れてあげた

次の朝オスのカマキリさん

消えてしまっていた

どうしてなんだとパパに聞いたら

女は強いと一言

後で知ったことだけど

メスのカマキリはオスを食べちゃう

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2014年6月11日 (水)

頭が悪いやつには悪いなりの生き方がある

頭がいい人間と頭が悪い人間がいるとするならば、たいていの人は頭がいい人間でありたいと願うに違いない。僕もそれを望みたい。しかし悲しいかな、自分をじっくり観察するに、僕は頭が悪い人間のカテゴリーに間違いなく入る。

人が話している難しい経済の話はさっぱり理解できないし、人の名前と顔がなかなか一致しない。学校の勉強にいたっては、高校の理数系はまったくもって歯がたたない。

よく女房に、塾の先生だからそれくらい分かるでしょうと、叱咤激励されるのだけれども、分からないものは分からない。だいたい英語が専門だと言ったって、ハリー・ポッターの映画を字幕なしで見た日には、わけの分からない魔法用語が頻繁に出てきて、それに意識を向けていると、基本的な会話さえ理解するのがあやしくなって来る。所詮そんなレベルだ。

そういうことで僕は頭が悪いので、理解に苦しむ生徒の気持ちは手に取るように分かる。一応進学塾でもあるので、早慶や東大を目指す生徒がたまにやって来る。そりゃもちろん英語に関しては対応と言うのか、ポイントをアドバイスするわけだけれども、自習室で勉強している数学や物理の問題を見ていると、すげぇ~、こいつ神じゃないかと感心しきりのかねごんである。

頭が悪いやつには悪いなりの生き方があるというのが僕のポリシーなので、頭が悪いことを残念に思うが、決して悲観してはいない(笑い)。自分は優秀だから教える仕事をしているんだという方には、ちょっと不愉快な話かもしれないが、僕は頭が悪いから教える仕事をしている(つもりだ)。

子どもたちに教えるには、鋭利な頭脳など必要ない。僕は技術だと思っている。つまり技術屋だ。さまざまな生徒に対応する技術を要求される仕事が、我々塾屋の仕事だ。

数学の2次関数を教えるのも、理科のイオン式を教えるのも、言っちゃあ悪いがコピット勉強すれば誰だって出来る。しかし教えることは出来るが、理解させるとなるとこれがそう簡単ではない。

あの先生のしゃべり方が気に入らない。声がやだ。教え方がしつこい。香水の匂いがダメ。理解させるどころか、ソフト・ランディングさせるまでにクリアーしなければならないハードルがいくつも点在する。つまりそれらのハードルを生徒に適合させることこそ技術なのだ。

塾などというものは、嫌ならいつでもやめていいのだ。選択肢としての塾などいくらでもある。その先生がいくら優秀でも、いい大学を出ていても、生徒が納得しなければそこにGive and Takeの商売は成立しない。

時にお笑い芸人のような捨て身が必要だったり、おっかない校長先生の役割が必要だったり、哲学者的威厳が必要だったりする。そのパーフォーマンス能力は、対生徒どころか、対保護者、対学校関係者まで、フィールドは拡散する。それが塾教師だ。

儲からない。休みがない。精神的にもきつい。それでも僕は30年間塾教師をやってきた。利口なやつならとっくにやめていただろうな。それだけ見ても、自分が頭が悪いってことは、明白なんだな・・・。

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2014年6月10日 (火)

甲状腺検査を

東京電力福島第1原発事故の放射線による影響を調べている福島県は10日、子どもの甲状腺検査に関する評価部会を福島市で開いた。甲状腺がんの子どもが50人に上ることに関し、出席した専門家は過剰治療ではないかと指摘、検査を進める福島県立医大に対し、がんの転移があった人数などのデータを出すよう求めた。

 甲状腺検査は、震災時18歳以下の約37万人が対象。これまでにがんと診断が確定した子どもは50人、がんの疑いは39人に上る。

 渋谷健司東京大教授は、検査は自覚症状のない子どもも調べているとして「リンパ節への転移や声が出ないなどの症例数を明らかにしてほしい」と求めた。

(東京新聞)

福島に限ったことではない。僕の周りでも甲状腺の異常を訴える知人が増えている。

喉に違和感を感じたら、精密検査を受けるべきだ。放射能拡散から3年、いよいよ予断を許さない状況が生じつつある。

水道水や飲料水は10ベクレル上限なのに、食べ物は100ベクレルまで出荷OKという国の愚策が、牙をむきだした。

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荒覇吐神IN衣川

日頃の行いがいいのか、神さまに愛されているのか、今日の荒覇吐(アラハバキ)神訪問は、天候に恵まれた。

衣川石神地区に鎮座する磐神社の荒覇吐神は、皆さんが驚愕した磐座だった。

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僕個人としては3回目の訪問だったわけだが、今回訪れた他の5名の皆さんは、初めての荒覇吐体験。磐座(いわくら)の発するエネルギーに感動しっぱなしだったようだ。

続いて一行は、衣川月山の荒覇吐神に向かった。

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三峯神社の神殿から登ること30分。月山の頂上に鎮座する荒覇吐神に一同感嘆の声。

僕は最近肩が重かったが、とても軽くなった。素直に嬉しい。

一同平泉町内で美味しいパスタを食べて解散。次回は北上高地の荒覇吐神訪問。7月1日と決定した。

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2014年6月 9日 (月)

自宅上空にUFO現る

昨日見た夢である。自宅の寝室から外を見ていたら空飛ぶ円盤が飛んできた。夢があまりにもリアルで、目覚めた僕は放心状態だった。

いつもの見慣れた風景の中に突然現れたUFO。夢の中の僕は、夢なのか現実なのか判断認識が希薄だった。UFOが庭の上空に現れては飛び去っていく、そこへ亡くなった父が現れれるのだけれども、父にはUFOが見えていないようで、空を見上げようともしない。

夢判断を紐解いてみると、新しい出逢いの前触れだそうだ。そう言えば明日新入会の生徒がやって来る。

おっと忘れてた。明日はアラハバキ神探検ツアーだ。総勢5名ほどのアラハバキ神探検隊となりそうだ。雨が心配だけれども、こればかりは運任せだ。

縄文の神さまは、シリウス系とプレアデス系のルーツが多いのだけれども、昨日の夢はそれと関係があるのだろうか。

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プレアデス星団の星々は実に美しい。

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シリウスの輝きを見ていると、思わず吸い込まれそうになる。

夢の話を塾生にしたところ、「先生を迎えにきたんじゃないの」と御神託をいただいた。

もうちょっとだけ地球にいてみようかなと思うかねごんである。

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人を殺してはいけないという最低のルール

性犯罪が止まらない。抵抗されたから殺してしまう。この短絡的な犯罪はなぜ起こってしまうのか。

日本は世界のなかでも安全な国だと言われている。小学生児童が,児童だけで登校する風景を見てアメリカ人は驚くという。

人は愛されて育つからこそ、愛を知ることが出来る。人は優しくされるがゆえに、優しさを知ることが出来る。

自分の人生の哀しみやいらだちを、性欲や暴力に求める衝動性は感情と知性の欠落にあると言えよう。

子どもは家庭と学校の中で育って行く。その中で社会性を身につけて行く。なにか問題が起こると、学校は家庭が悪いと言い。家庭は学校教育がずさんだと言う。

人を殺してはいけないという最低のルールを遵守できない人間を、裁くことは簡単だけれど、そこに至る精神性を無視することはあってはならない。

生きる尊厳を学ぶには、愛する教育が必要だろう。トップダウン形式の社会構造が定着し、富める者が、持たないものを軽蔑する時代が悲しいかな蔓延している。

相手の欠点を誹謗中傷することで、自分の不安定さを補おうとする子どもたち。潮流に乗った人生を送っている人たちを、運が良かっただけさとちら見する大人社会の縮図が、子どもたちの世界にも構築されてしまっている。

努力が報われる社会を、本気で考えなければならない時代だ。親に経済力がないために、進学や就学を諦めていく多くの生徒がいる。公立高校の全無料化など必要ない。経済に困窮している家庭を救えばいいのだ。そして大学進学の門戸を広く開放し、生きる力を育てる人格敎育を施さなければならない。

子育てが出来ない親が多すぎる。この原因を書き綴っていけば、数十枚の原稿用紙が必要となる。あえて総括的な言葉でくくるとすれば、想像力の欠如だろう。

幸せを構築するための抽象概念が欠如している。幸福になれないのではなく、幸福と言うものが何かを知らないのだ。

嫉妬や僻み(ひがみ)などの感情だけが増幅され、自分の進むべき方向を見失い、そして権力者の志向や洗脳まがいの言動に支配されてしまっている。

まるで旧社会主義国家のような体制になってしまったこの国で、自由主義という言葉はあまりにも虚しすぎる。

勉強しないといい学校に入れませんよ。いい給料取りになれませんよ。

多くの子羊たちが、森にさまよい、狼の餌食になって行く。

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2014年6月 8日 (日)

父の日が近づいた

昨日の土曜日のこと、小学生の女子児童2人が勉強にいそしんでいた。

「父の日がもうすぐだね、なにかプレゼント考えている」と僕。

「え!明日父の日でしたっけ」

ちょっと慌てふためいた様子。

「先生びっくりさせないでくださいよ。何も用意していなかったのであせったじゃないですか」

聞くと、毎年父の日にはお父さんにプレゼントをあげるとのこと。羨ましいかぎりだ。

「先生は、子どもからなにももらわないんですか?」

痛い質問がやって来る・

「幼稚園の時は似顔絵のプレゼントを確かもらったけど、その後はないな・・・」と僕。

突然2人が、プリントのすみに僕の似顔絵を書き始めた。

ハイ、プレゼント♡

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う~ん何もいえね~。

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塾の仕事に役立っているのかと問われれば、正直かなり微妙である

一昨日関東にお住まいのSさんという方からお手紙を頂いた。心のこもった美しい文字で僕のブログを読んでの感想が綴られていた。Sさんからブログを書き続ける勇気と元気を頂いた。心より感謝申し上げたい。

最近ブログを書いている何人かの友人たちが、ブログを休止している。もしくはやめた方もおられる。時代はフェイスブックという方々が多いわけだけれど、どうも僕にはこのブログが一番性に合っているようだ。

塾や教育の話はどこかにぶっ飛んでしまい、貧乏話やどうでもいいようなよもやま話ばかりなわけだけれでも、一般庶民の日常性みたいな塾ブログを読んで頂き嬉しいかぎりである。

ブログを書き始めて7年になるが、その間3台のパソコンがダメになった。特に東日本大震災後の、放射能関連の記事に対して、嫌がらせ的とも言えるウイルス攻撃にあって、買ったばかりのパソコンが3年も持たずして崩壊した。

現在はなけなしのお金をはたいて、ちょっと高額なウイルスバスターをインストールしているが、はたしてどこまで防御できるか不安ではある。

このブログが間違いなく多くの敵を作ってしまったことは歪めない。しかしそれ以上に多くの賛同者を得ることが出来たのも事実だ。

塾の仕事に役立っているのかと問われれば、正直かなり微妙である。ただ高校での講師の仕事も、今回の短大での仕事も、ひょっとするとブログを書いてなければ、縁がなかった仕事かも知れない。そう言った意味では、ブログを書くことを勧めてくれた家内、そして僕にパソコンの操作をアドバイスしてくれた息子たちに感謝している。

毎日頂くコメントの記事も、大変楽しみにしている。皆さんの貴重な意見は、僕だけではなく、このブログを読まれている方にも、それぞれの気づきを与えてくれている。保護者の方からコメントに関する感想を時に頂くこともある。

改めてこの僕の拙い記事を読んでもらっていることに感謝申し上げます。今後とも遠慮のない感想をいただければ幸いです。

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2014年6月 7日 (土)

自宅教室

日本列島の多くの地域が梅雨入りした。ジメジメとした季節だが、いろんな花粉が飛ばないので、個人的には好きな季節だ。

杉林がまわりにいっぱいある我が家なので、春先のスギ花粉にはギブアップ状態なのだが、ようやくテッシュから開放される季節の到来だ。

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この写真の家が、シュタイナー敎育の子ども教室風と虹をやっている僕の自宅である。自然だけが取り柄の里山の我が家である。家の前は田んぼ。家の裏は、山また山。

きつねやたぬきそして野うさぎが頻繁にこの写真の風景の中を通りすぎて行く。のどかである。我が家も築40年になろうとしている。日曜大工でなんとか修復して使ってきたが、すき間だらけの家なので冬の寒さは本当に辛い。寒さには一生慣れないだろう。ちなみに自宅庭から写した冬の風景が下の写真だ。

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今家のまわりはあやめが満開である。ようやく休耕田の第1回目の草刈りも終った。ほっと一息である。例年ならば、高校の定期テスト作り、テストが終われば採点、そして個表の記入などで多忙な時期だけれど、今年度からはそれが無くなったぶん、だいぶエネルギーの消費が軽減された。

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自宅の座敷は毎週子どもたちで賑やかである。さて、今度はどこを修繕しようかな・・・・。

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2014年6月 6日 (金)

今宵ジャズ

久しぶりにジャズの真髄ともいうべき1枚を紹介します。

塾生から、どうしてジャズしか聞かないんですかと尋ねられるが、そこにジャズがあるからである。

生きている実感が得られると言うと大げさかもしれないけれど、ジャズのリズムに血管の血液が喜ぶのである。言ってみれば病気だ。

本を読むことと音楽を聞くことぐらいが、唯一の道楽だけれど、ジャズに関して言えば、僕にとってなくてはならないものだ。それ以上でもそれ以下でもない。

どうですかこの曲。週末の夜に聞くには最高でしょ!

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ピンポンの木?

長年卓球をやってきたけれど、ピンポンの木というのがあるということを知らなかった。いやひょっとすると僕の勘違いなのかも知れないけれど、確かにピンポンの木と言われた気がする。というか、売り場にピンポンの木と書いてあった。

とにもかくにも買ってきて、教室に飾ってみた。

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ちなみにかわいい靴は、オランダの木靴で、リサイクルショップで見つけたものだ。ピンポンの木と合わせて合計金額はちょうど1000円。

このブログを書いていたら、「またこんなわけのわからないものを買ってきて」と女房に言われた。自分ではセンスがいいつもりなのだけれど、いつもながら女房の追撃は厳しい。

さてピンポンの木も買ってきたし、来週の中総体団体は、念願の県大会出場を成し遂げることが出来るんじゃないだろうか。いやできたらいいな・・・・。

ところでこの木、ビンボウの木じゃないだろうな。

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らしさからの脱却

突然ですが、かつてスター誕生という歌番組があって、その番組がきっかけでデビューした3人の中学生がいました。中3トリオというキャッチフレーズで売り出されたのが、山口百恵・森昌子そして桜田淳子でした。

僕が好きだったのは、山口百恵ではなく、森昌子でもなく、桜田淳子でした。宗教に走ってしまった彼女でしたが、中学生時代の彼女は輝いていましたね。

山口百恵や森昌子は歌は上手いと思ったのですが、ちょっと大人び過ぎていて、当時の僕はちょっと敬遠気味でしたね。なぜ急に今日はこんな話題かというと、らしさという話をしたいと思ったからです。

デビュー当時の桜田淳子は、中3トリオの中では一番中学生らしくてほっとするところがありましたね。当時の大人たちは山口百恵派が圧倒的だった気がしますが、なんか歪んだ対象で見ていたんじゃないでしょうか(笑い)。

~らしさというのは、長所でもありますが、視点を変えてみるとある種の短所でもあります。らしさというのは、その職業や行動規範に於いては一種の安心感を相手に与えるものですが、らしさというのは時に馴れ合いというのか、型にはまった窮屈感も醸し出します。

学生らしさ、教師らしさ、人妻らしさ(笑い)などという表現がありますが、そのらしさを打ち破った先に、人間そのものの個性が大成していく世界があるような気がします。中には爆発し過ぎて着地点を失ってしまう人もいたりするわけで、匙加減というものはやはりありますね。

~らしさということで、自分の話をちょっとします。40代の頃までは、僕はほとんど職業を見破られることはありませんでした。少なくとも先生と呼ばれる仕事をしている人間などとは、僕と初対面の人は想像すらできなかったのではないでしょうか。

ところがです。50の声を聞いたあたりから、職業を言い当てられるようになってしまいました。高校の講師をやるようになって、先生らしさみたいなものを身につけてしまった自分がいたんでしょうね。

ひげ面の単なるハゲたオヤジですが、それでも『らしさ』が漂ってしまっていたんでしょうね。先生と呼ばれる頻度によって、良くも悪くも先生らしさを身につけてしまうんですかね。

最近はらしさを超越しなければならないと思い、農作業にいそしんでいる僕ですが、らしさからの脱却は難しんでしょうかね。

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2014年6月 5日 (木)

寝る!

駐車場の支払いの都合で、塾名義の通帳を作るために銀行に行った。なんと申し込みをして通帳が出来上がるまで1時間30分を要した。

ちなみにお客さんは僕ともう2人がいただけ。

最初に塾の住所を書いたら、住所を証明するものがありますか、と尋ねられた。名刺を出したら、名刺はダメだと言われた。

書き換えることになって自宅の住所を書いた。

また書類が出てきた。

組関係者等に通帳を譲渡しない誓約書みたいのがあって、署名捺印をした。

これで通帳を作ってくれるのかと思ったら、まだだった。会社(塾)の概要、年収、創立年などの書類が現れた。

今度こそはOKかと思ったのだが甘かった。

キャッシュカードを頼んだら、なんかいろんな横文字のカードを勧められた。断るのが面倒になってきたので、JTBだかJTAだか忘れたけれど、カードの申請書を書かされた。その間老眼鏡をつけたり外したり。

暗証番号をと言われたので、僕の好きなゾロ目を書いたら、ゾロ目ではダメだと言われた。

また書き直し。

その辺りからイラツキもピークに達したのだけれど、さすがにそこは50も半ばになろうという大人、ちょっと耐え忍んだ。

そこから30分ほど待たされた。

ようやく窓口に呼ばれた。今度こそ通帳がもらえるのかと思ったら違った。

郵便番号が違っているとの指摘。当たり前だ。最初に塾の住所を書いたので、自宅とは違っていて当然。

あほんだら!最初に気づけよ!と心の中で思ったけれど、そこは一応教育者のはしくれ。作り笑いで謝って訂正印をペタペタ。

結局午後1時に銀行に入った僕が、その銀行を後にしたのは2時半。

短大で授業が終って、銀行にすぐに行ったものだから、今日は昼飯を食べる時間もなく、生徒が来るちょっと前に塾に到着した僕は、缶珈琲でアンパンを流し込み、昼食をすました。

おかげで今夜は胃が痛い。ドンマイだ。

さてと今日は疲れた。寝る!

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今日は手打ちうどん

今日は風と虹の教室に通う子どもたちが、手打ちうどんに挑戦。美味しい冷やしうどんを頂きました。

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小麦粉をコネて、そして麺打ちまで頑張りました。ちなみに彼は3歳になったばかり。職人の雰囲気がでていますね~。

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2014年6月 4日 (水)

英語のコメントに四苦八苦

僕のブログに頂くコメントは、3件に1件は英語のコメントだ。その多くは宣伝を兼ねたコメントなので公開していないが、普通に送られてくるコメントの英語が意味不明なものが多い。

きっと僕のブログを翻訳機能を使って読んでいると思うのだが、『僕そんなこと書いたっけ』という感じの感想が送られてきたり、全く言葉の次元が吹っ飛んでいるものが送られてくる。

それとスラングが多くて、辞書に掲載されていない単語が目につく。送られてくる英文コメントがどこの国の人なのか分からないけれど、もしそういったコメントに使われている英単語が、日常的なものだとしたら、僕の英語力はその国ではまったくアウトなわけで、英語を教えることを生業にしている僕とすれば、危機的状況だ。

この単語の意味は何だろうと辞書を調べても載ってないコメント記事。高校時代シモネタの英単語にはだいぶ精通したつもりだけれど、どうも新しい英英辞典が必要な時期なようだ。

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生まれて初めて買った英英辞典は、ロングマンの現代英英辞典だった。今風のスラングに強くなるにはどの辞書がいいんだろうか。

久しぶりに仙台の本屋さんに出かけてみようかな。

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2014年6月 3日 (火)

遠い記憶

都会の中の喧騒は、孤独な人間にとって面倒のない隠れ家だ。時として流れ行く群衆の動きに身をまかしていれば、それだけで過ぎて行く一日をごまかせそうな気がする。

今日は誰に声をかけただろう、誰に声をかけられただろうと考えてみるのだが、ポケットの中に入っているティッシュと怪しげなチラシだけが戦利品で、僕の一日は、感情を伴った声も、感情を伴った耳も必要としない単純な静寂で終って行く。

私鉄電車の改札口に、缶コーヒーを片手に佇んでみる。もちろん僕を目当てとした人間がやって来るわけではないけれど、電車がホームに着くたびに流れてくる人波の慌ただしさが、ある種の緊張感を僕に与えてくれて、そこに立っている自分という人間の存在感を僕に思い出させてくれる。

青春時代というものは実にざっくばらんとしており、その中で平衡感覚を保とうとすると、突然目眩のようなものに襲われ、たじろいでしまう。もう僕にとっては、縄文時代のような遠い昔の時間なのに、ふとした瞬間にあの当時の生々しさが蘇ってきて、心臓の鼓動が圧迫される。

人生をやり直せるとしたら、いったいどこへ戻るべきなのだろうか。たいていの人間が考える心理パズルだ。

人生とは後悔のためにあるのじゃないかと、自分の過去を振り返った僕は、焦燥感にさいなまれる。特に若い頃の精神は、若い肉体に精神をたぶらかされ、理性を失って暴走する。その結果が今の自分だと思うと、赤面このうえない。

時代時代を選択してきたのは間違いなく自分だ。怠惰を貪った自分も、ほんの少し頑張った自分もいるのだけれど、いつも何かに急かされてきたような気がする。

生きることにだろうか?

きっとそうに違いない。

都会の雑踏の中で見た夕日も、故郷の山に沈んでいく夕日も、僕の視野に飛び込んでくるその光は、不思議と何も変わらない。きっとあの改札口で目にした人波も、同じなのではないだろうか。

消えて行った多くの夢の残像が、僕という人間の過去を恋しがっているのだろうか。僕の届かなかった想いが、遠い記憶の中で揺らめいている。

ちょうど息子たちは、今、僕の遠い記憶の自分と同じ年代を生きている。青春の記憶のバトンタッチが、突然現実化して僕の前に現れているかのようだ。

後10年、もしくは運が良ければ20年後くらいに、僕という存在は消えていくだろう。僕の遠い記憶がそっと抱かれたままで・・・・。

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ささやかな安らぎを求めて

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自宅周辺は田んぼと里山が広がる丘陵地です。水害はありませんが、冬はとても寒さが厳しく、家の水道は電熱線をつけていても時に凍ります。廊下の温度計がマナス10度を下回るのはしょっちゅうのこと、暖かい南国が羨ましいですね。

真冬の灯油代は、家計を圧迫します。故に暖かい季節になるとホッとします。シュタイナー敎育を取り入れた子ども教室を自宅で開校して7年が経ちました。僕は子どもたちの子守役みたいなもので、自宅教室では完全な爺さん役です。

女房の幼児敎育に対する情熱は並々ならぬものがあります。きっと我が子の子育ての反省が、幼児教育に対する情熱になっているのではないでしょうか。

都会育ちの女房がゆえ、こんな山里で教室をやる発想が出たのでしょうね。普通の人はやらないですよ(笑い)。だってたぬきときつねくらいしか家の周りにはいませんからね。

東日本震災があり、大変なダメージがありました。特に放射能の問題は、地域に住む人々の考え方の違いが浮き彫りになり、多くの確執も生まれました。それは職業や様々な利権にまで波紋を呼び、精神的な葛藤が続きました。

現在は落ち着きを取り戻した感がありますが、表面的な沈静化という認識が僕の感想です。

今後とも子どもたちの健康や、食の安全には細心の注意を払って行かなければなりません。子どもたちの未来のために。

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2014年6月 2日 (月)

休耕田の草刈り開始

6月に入り、恒例の休耕田の草刈りが始まった。ここ2,3日真夏のような暑さが一気にやってきて、草刈作業も汗だくだ。

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おやじが亡くなって、実家に戻った頃は、この田んぼもバリバリに耕してお米を作っていたのだけれど、重ねる年の数が増えるにしたがい体力も衰え、耕作放棄の休耕田と相成ってしまった。

それにしても稲作農家は大変だ。毎年国の買い取り価格は下がり、一方肥料や農薬の値段は毎年上がって行く。今年はそれに消費税増税のダブルパンチだ。

40アールの休耕田の草刈りとなると、草刈り機械で消費するガソリン代も馬鹿にならない。

さてと、来週のアラハバキ神探検ツアーの前までに、休耕田の草刈りを終えるか・・・。

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2014年6月 1日 (日)

今日は竹ぽっくり作り

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今日のこども教室風と虹は、お父さん方と竹を採ってきて、こどもたちと竹ぽっくりを作りました。お母さんも子どもたちも暑い中必死にのこぎりと格闘しました。その後は子どもたちが庭のハンモックで大騒ぎ。元気な声が里山に響きわたりました。

座敷で昼食会。それぞれお母さん方が作ってきた料理をわかちあい、豪華な昼食会になりました。もちろん僕もちゃっかりお相伴させて頂きました。とても美味しかったです!

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帰りは、みんな竹ぽっくり乗ってポコポコお帰り。

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楽しい一日でしたね。

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アラハバキ神探検隊

僕が珈琲豆を購入している佐惣珈琲豆店には、実に不思議な人、そして不思議大好きな人々が集まってくる。

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UFOに乗ってきたという人。放射能を除去するグッズを考える人。神さまがキャッチ出来る人。スプーンが曲がってしまう人。音楽家や芸術家、ラジオ番組のパーソナリティをやっている方などなど、磁石に吸い寄せられるように、個性あふれる人々が佐惣珈琲豆の香りにつられてやって来る。

そんな中、最近の僕のアラハバキ神探訪が話題に登り、来る6月10日火曜日に、奥州市衣川のアラハバキ神を訪れてみよう的な神さま探訪の旅が決定した。

神さまをキャッチすることに於いては、スパーパワーを有する気仙沼の高橋さん。そしてFMasmoで毎週元気な笑いを提供してくれている山田さん。そして神さま大好き中年オヤジの僕が、美女に囲まれてアラハバキ神を案内することになったのだけれど、私も行きたい!という方がおられれば、遠慮無く参加して頂きたいと思い、ここにご案内申し上げます。

時間は午前10時に大験セミナーに集合。軽登山もありますので、登山靴が望ましいと思います。水筒も忘れなく。各自の自動車での移動となります。きっと午後1時30分頃には解散できるかと思います。

小雨決行です。仕事の都合上火曜日という平日になりますが、パワースポットの訪問に興味ある参加希望の方は、大験セミナーまでご連絡ください。

さてそもそもアラハバキ神とは何かといいますと、陸奥の人々が古代に於いて信仰した磐座でして、そのルーツは縄文時代まで遡ると思います。そして磐井地方に於いては、その磐座が美しいレイラインを伴って点在しております。

詳しいことは現地でお話しましょう。それでは。

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