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2014年3月 6日 (木)

努力をして入る学校はどこでもいいのだ

公立高校の入試がいよいよやってくる。故に中学3年生の指導も今日で終わる。何名かは高校生になっても継続してくれるのだが、取りあえず入試前の指導が終わる。

例年ならば感傷に浸ることもあるのだけれど、今年は忙しすぎて感傷に浸る暇もない。生徒たちは頑張ったし、僕も頑張った。結果はついて来るだろう。

一関一高附属中学校の今年の結果は、合格率50パーセント。市内私立高校と一関高専は受験者全員合格。大学受験も、ほぼ志望校は100パーセントの合格だった。

その勢いのお陰だろうか、入塾の問い合わせも例年になく順調だ。塾の前に設置している塾の案内のチラシも、日々持って行ってくださる方々が多い。嬉しい限りだ。

一関一高附属中学は開校して5年になる。いよいよ一期生が高校3年生になるわけだけれど、いろんな意味で注目度が高い来年の進路になるだろう。

僕の塾は何度も述べてきたように、中学受験専門の塾ではない。高校入試全教科指導と大学受験のための英語指導がメインだ。しかし附属の開校以来、小学生の在籍数が増えている。

僕の塾では、附属を受験する小学生よりも、附属を受験せず学区の中学校に入る小学生の方が多い。

小学生の親御さんに塾通いの本音を伺うと、同じような回答が返って来る。附属を受験しなくても、塾に入れて勉強させないと、中学に行って大変だと言うのである。

附属の倍率は毎年2倍を超える。受験で附属に入れなかった生徒が、学区の普通の中学校でトップを占めてしまい。受験勉強をせずのんびり中学に入った生徒は、彼らに追いつくのが大変だと言うのである。

つまり高校入試に向けて、すでに一関市内の小学生は、見えない火花を散らしあっているということだ。受験の有無に関係なく小学生の塾通いが増えている一方、中学生の塾通いが激減している。

言葉は悪いが、受験の蚊帳の外に置かれた中学生が、投げやりになり努力を放棄してしまうのだ。これは親御さんにも責任がある。どうせ◯◯高校に行くのだから通信教育も塾もいらないという結論に至ってしまう。部活が生命(いのち)というのもいただけない。

僕が住んでいる町では、塾に子どもが通っていると聞くと、一高か高専を狙っているのだと勝手に決めつけてくる。

僕に言わせれば出来る子は、自分で勉強ができるのでほっといても大丈夫なのだ。問題は勉強が出来ないのに放置されているか、もしくは自分で自分の脳力を勝手に決めつけている中間以下の生徒たちだ。

勉強が出来る生徒が塾に通い、勉強が苦手な生徒が塾に通わないという状況が何を生み出しているのか、多くの人達は気づいていることと思うが、格差が広がっているのである。

僕ら塾屋にも責任はある。しかしである。塾は塾で実績が欲しいので、出来ない生徒よりは出来る生徒を歓迎する。このボタンの掛け違いを根本から正して行かないと、教育は本当に疾走してしまうんじゃないかと思う。

努力をして入る学校はどこでもいいのだ。問題は、自分の脳力を伸ばすこと無く、青春をやり過ごしてしまうことだ。

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