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2014年1月25日 (土)

英語教育にひとこと

英語の授業が分からないという生徒が増えている。英語を指導する立場の人間としては、ゆゆしき状況だ。

教科書ガイドや辞書を片手に、どうにか教科書の和訳が出来ても、実力テストや、入試の過去問はチンプンカンプンという生徒が多い。教育現場で何が起きているのだろう。

文科省は、やれ英語オンリーの授業をやれだの、使える英語を教えなければいけないだの、英語教育のレベルアップを強調しているけれど、空回りしているのが教育現場の状況だ。

外人講師の授業をどこの中学でも高校でも導入しているわけだけれども、一部を除きそのほとんどの外人講師は、日本の英語教育の何たるかを把握しておらず、英語のCDプレーヤーの代役をしているに過ぎないケースが多い。

英会話が出来ない日本人英語教師が、英語に対する指導に引け目を感じ、本来の日本的英語指導の良ささえもが喪失され、学問としての英語教育の伝統が崩壊しつつある。

従来の英語教育が良いとか悪いとかという議論はさておいて、高校入試や大学受験の英語が読み取り読解能力を試す入試である以上、英語を読解するために必要な、文法や語法、および構文を教えることなしで、語学力の向上はないように思う。

英会話が出来る生徒を育てる教育と、受験に強い生徒を育てる教育は、根本的に指導方法が違う。そのことをごちゃまぜにして、すべて英語指導として生徒に提示して行くことは、非常に危険がある。

使える英語を徹底するならば、英語教育は完全に技術科目だ。文学や評論を原文で読める能力を、続に言う喋れる英語能力と一緒にすることで、言葉は悪いが、薄っぺらな英語教育が大手をふって溢れだし、軽薄な日本人が育って行く気がする。

オウム返しに英語を繰り返し、英語を学んで行くことを否定するわけではないが、辞書がぼろぼろになるまで、単語と格闘し、想像力と忍耐で構築していった我々世代の勉強方法が、英語力を越えた領域で人生の糧になっていることをもっと英語教師は主張していいのではないだろうか。

優れた教材や、外人講師が多くいても、英語に落ちこぼれる生徒が多いとすれば、やはり日本人が培ってきた「おかしな」英語教育もありなのではないだろうか。

大学で言われたことがある。英会話を習うなら英会話スクールに行きなさい。大学の英文科は、英語学すなわち言語が構築する、人間の精神や感性を通じて、英語を学ぶところだと。

英語をペラペラ話すことが出来なくても、英語を学ぶことで、日本語を再認識したり、言語の持つ不思議さを咀嚼することで、英語教育が生きる哲学に通じる気が僕はする。

かつて英語は外国人に習うなという本が世に出たことがあるが、英語が苦手だったり、日本人から見た英語の難しさを前提とした英語を学ぶのならば、やはり英語を学ぶことに苦労をした、英語屋に英語を学ぶほうが、英語の基礎は身につくように思う。

文法を教える時間が、学校現場から消えて行っているが、僕は出来ない生徒こそ、文法力は必要ではないかと思っている。理論はいいから文例や単語を暗記しろという英語指導は、好きになれない。

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コメント

"大学の英文科は、英語学すなわち言語が構築する、人間の精神や感性を通じて、英語を学ぶところだ"

失礼。思わず吹き出してしまいました。ブログ主と同世代の英語教育を受けた者としては、英語でコミュニケーションをとることの出来ない人間が仕事にしがみつきたいがための良い訳にしか見えません。

仰るように、高校入試や大学受験の英語が読み取り読解能力を試す入試であることは確かですが、ビジネスで英語を実際に使ってきた者としては、同時にコミュニケーション能力の向上に多いに役に立っていることを実感しております。

その際、きちんとした文法を知っておく必要がありますが、有名、無名の大学出身に関わらず、いかんせん、英語の教育を受けてきた教師や講師がまともな文法を理解しているところを見たことがありません。

想像力や文脈で問題を解くなど、あまりに非科学的過ぎる方法が跋扈している状況は、将来を担う子供達にとって悲しい環境だと感じられます。

(かねごん)
同世代の英語屋さんコメントをありがとうございます。
ね、笑っちゃうでしょう(決して嫌味じゃありませんよ)。
僕らのような田舎の英語屋は自分たちの能力なんて見限っていますよ。
ビジネス英語とか受験英語なんていう英語はないと、僕はアメリカ人の友人に笑われます。
しかし僕は思うんですが、英語が苦手な生徒に光を当てようとすると、その子の目指す英語のカテゴリーをなんとか狭めてあげて自信をつけてやるしかないんですね。
センター試験や英検の英語を教えるのは言ってみれば簡単です。教わりに来る方は目標がありますからね。
30年間学校英語(このカテゴリーもおかしいですけど)を教えてきて、その英語がおもしろかったかと言えば、面白くないですね。
毎年、関係代名詞だ分詞構文だ仮定法だ、入試の過去問の解説だの繰り返しです。
子どもたちが点数を伸ばし合格することが言ってみれば生き甲斐であり、それが 僕の仕事の本質なんでしょうかね。
日本人に本当に英語が必要な時代かどうかはわかりませんが、50も半ばになろうとする僕にはこれからの英語教育は未知数ですね。変わっていくんでしょうね。
とりとめの返信になってしまいました。失礼します。

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