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2014年1月

2014年1月30日 (木)

ついに文科省が動いた

文科省が尖閣諸島や竹島を日本固有の島であることを教科書に盛り込んだことで、中国や韓国が猛烈に噛み付いてきた。

中国や韓国は、日本の対応が理解できないようだ。実は正直僕も分からないことだらけだ。何が分からないのかというと、ふつう土地の所有権というのは、歴史認識云々ではなく法的な事務処理の問題だと思うのだけれど、それをおざなりにやってきた日本政府の怠慢が、今回のような事態を生じさせてしまったのではないだろうかと考えている。

感情論でものを押し通そとする中国や韓国も大人げないが、初期の対応をしっかりと取らなかった日本側の曖昧さにも責任がある。国際法に基づいた判断を早急に促すことなく、戦時中の様々な歴史の汚点を蒸し返された日本は、韓国や中国に対して遠慮をした分けではないだろうが、すぐに強行手段を取らなかったのは、譲歩やためらいありとの状況判断を与えてしまった気がする。

しかしそれにしても、東日本大震災で揺れ動く時期に、日本に領土問題をけしかけて来た韓国や中国の政策も、なんというのか、大手を振って日本を非難できる立場ではないように僕は思うわけで、確執の深さをあらためて認識したしだいである。

国際法に照らして、尖閣や竹島が日本のものでないならば、それはそれで仕方がないことだろうと思う。しかし日本政府が本当に日本のものだとする確信があるのならば、やりたい放題されている竹島や尖閣を傍観してきた日本の態度は良くなかったと言わざるを得ないのではないだろうか。

中国や韓国をはじめてする東アジアの諸国は、日本の軍国主義化を恐れているような素振りだが、実際は戦時中、日本から受けた屈辱に対する怨念が領土問題に飛び火している状況なわけで、慰安婦問題にしても、植民地支配下に於ける日本の暴挙に対しても、謝罪と金銭的補償を要求してやまない隣国に対して、しっかりと対応してこなかった日本政府のダンマリ的ごまかし外交が、ここに来て外交の悪化を生じさせている。

日本という国が、外国からどのようなスタンスで眺められているのかを、客観的に見ることができいないでいることが、そもそもの失態の諸原因になっているように思えてならない。

かつて日本人はアメリカ人にJAPと蔑まされた。経済大国と言われて久しい日本だが、アメリカの顔色を伺うことに忙しくて、近隣のアジア諸国と本当の意味での友好関係を築いてこなかった日本というこの国は、どこか夢みがちでそして傲慢だったのだろうと思う。

日本の歴史は、決して隣国に対して優しくはなかった。その事実を踏まえた上で、民族の持っている負の思想をしっかりと見つめなおし、日本という国の実態を掌握しなければならない時期ではないだろうか。

自民党は憲法改正にやっきになっているが、平和憲法と言う建前をぶち壊してまでも防衛軍事を正当化させようとする意図が、あまりにもアメリカの打算によるものであることが周知である以上、日本の真の独立は程遠い。

大国の属国であり続けることで、平和を装うとしているのなら、必ず近い将来に於いて、この国の崩壊はやって来る。違うだろうか。

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2014年1月29日 (水)

歴史の中で

昨年は山岡荘八の歴史小説にハマった。徳川家康、伊達政宗などなど、古本屋さんに並べてあった本を買ってきては読みあさった。

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今年も引き続き僕の山岡荘八ブームは続いており、今日から徳川家光3巻を読み始めている。

歴史は必然だろうか、そんなことを若い頃から考えることが多かった。権力の座についた人間が幸せだったかどうかは正直なところ分からないけれど、支配する人間と支配される人間の物語は、常にある種の諦観と哀しみを醸し出す。

人は生きるために働き、時に家族を守るために戦う。現代という時代が多くの歴史の残像を抱えて存在していることに疑いの余地はないけれど、いい意味での個人主義が喪失され、集団催眠のようなあまりにもバーチャルな世界に僕らは閉じ込められてしまった。

歴史は繰り返す。その循環のなかで、大切なものは何かを僕たちは、残念ながら失念してしまってきたようだ。

かつて井上陽水は「探しものはなんですか、見つけにくいものですか」と歌った。いつまでも探し続けるピエロの役はそろそろ終わりにしたい。

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2014年1月28日 (火)

2月2日中3日曜講座時間変更のお知らせ

2月2日の中3日曜講座・県立高校直前解法ゼミについての時間変更のお知らせです。

午後2時の開始の予定でしたが、当日他会場の白ゆりテストが午後3時30分に終了ということなので、2日の日だけ講座を午後4時開始、夜7時終了とさせていただきます。

教室のボードにも変更の連絡を書いておりますが、よろしくおねがいいたします。その他の日曜講座の開始時間は予定通りとなります。

2014年1月27日 (月)

被災地の子どもたちを救わなけれなならない

岩手、宮城、福島3県で東日本大震災当時に保育園児だった子どもへの調査で、暴力や引きこもりなどの問題行動があり、精神的問題に関する医療的なケアが必要な子が4人に1人に達することが、厚生労働省研究班(研究代表者=呉繁夫・東北大教授)の調査で分かった。友人の死や親子の分離、被災地での生活体験が原因と考えられる。サポートが行き届いていない子も多いとみられ、専門家は早期の対応を求めている.

被災3県で25・9%の子が医療的ケアが必要な状況と分かった。原因として、▽友人を亡くした▽家の部分崩壊▽津波の目撃▽親子分離--などが挙げられた。三重では同様の状態の子は全体の8・5%にとどまり、被災地はその約3倍に達した。被災地の子たちには、めまいや吐き気、頭痛、ののしり、押し黙りなどの症状があり、このままケアを受けずにいると、学習や発育に障害が出て、将来の進学や就職などにも影響する可能性があるという(毎日新聞

あまり目にしたくない記事だ。しかし心配していた状況が生じてしまっているという想いとともに、震災の支援はこれからが本当に正念場だと実感する記事だ。

子どもの精神面だけではなく、この不安材料に更に放射能の被曝問題もある。

そう言えば偏頭痛を訴える子どもたちが増えている。寝不足や人間関係のストレスとばかりは言えないかもしれない。

3.11の震災後、数百回にわたる強い余震が続いた。そして放射能の不安。子どもたちに影響が無いはずがない。

東日本大震災から3年弱が過ぎ、どことなくふんわりとした虚脱状況が忍び寄っているが、マンネリ化した空気感に感染することなく、現状から目をそらさず、僕ら大人がしっかりと子どもたちを支えていかなければならない。

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2014年1月26日 (日)

田舎くらしか・・・

僕のブログは面白いと言われる(笑い)。面白いんだろうか。貧乏話が共感を呼ぶのだろうか。書きたいこと言いたいことを書いてきただけだけれど、面白いと言うのは褒め言葉だと思って、素直に頂戴することにしてきた。

僕のうちは400年近く百姓を営んできた。僕で18代目になる。ずっと同じ村で、おんなじ屋敷で生命のバトンをつないできた。そんな家が僕の住む岩手の山中には結構ある。

しかし、50年以上住んできて言うのも何だが、寒すぎる。そして人がいない。故郷がいいとい言う人が多いけれど、お金がないので引っ越さないだけ、それほど田舎暮らしに固執しているわけではない。

コンビニまで7キロ、一番近い駅までは8キロある。我が家に車がなかった時代、もちろん足は自転車と徒歩だった。宝くじが当たったら、暖かいところに引っ越したいと考えているが、買いはじめて30年、300円しか当たらない。ドンマイだ。

震災前は、春の山菜採りや秋のきのこ狩りが僕の至福の時間だった。今は全く無理となった。ゆうに100ベクレルを超える山菜があっちの山にもこっちの山にも。20年以上はムリだろうから、僕はきっと死ぬまで近隣の里山で、山菜採りをすることはないだろう。

今年の春は秋田まで行って、山菜採りを敢行しようかと考えている。山歩きに備え仕事の合間をみて体力をつけようと思う。

来週の日曜日から、中3の高校入試直前ゼミが始まる。午前中中学生の卓球の指導をやり、昼飯をかっこみ塾に急行。3月まで、身体が悲鳴をあげるほど忙しい。

1月から3月までは、1日も休みがない。そんな日々を25年間過ごしてきた。ほとんど病気だ(笑い)。それで生活が豊かなならばいいけれど、全く蓄えが出来ない25年間だった。もうすぐ申告書を書かなければならないが、まさにじっと手を見るの、啄木の心境だ。

趣味と言えば、読書とジャズを聞くことだけれども、今年に入ってからはさすがに本を読む時間がなかなかとれていない。読んだのは相変わらず時代小説で、司馬遼太郎の『空海の風景上下』と『義経上下』を読んだ。空海と最澄の宗教的綱引きがとてもおもしろかった。義経は、朝廷に踊らされて、兄には疎んじられ、平泉に都落ちしたわけだが、自分の才能に溺れた感じがどうしてもする。

いろんな方が義経を書いているが、司馬遼太郎の義経は、女好きで、思慮深さに欠ける風雲児に描かれている。それはそれでおもしろかった。

さて、女房の夕餉の準備が出きたようだ。今日はこの辺で・・・。

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英語もどき

今回のセンター試験の英語を、高校1年、2年生が塾で解いていた。僕が強制したのではなく、学校から出された宿題としてやっていた。

僕に聞いてくるのは、単語の意味。特に1年生にとっては、まだまだセンターの長文は咀嚼出来ないようだ。まあ仕方がない。

各高校の英語指導も大変そうだ。市内の高校が使ってきた参考書や単語ワーク等25年間眺めてきたが、必死の試行錯誤だ。

センターの英語の点数の比重を考えると、英語は決しておろそかに出来ない。しかし何故か進学校の高校生は数学に情熱を注ぎ英語が手薄になる。最後は想像力と感にたよって、長文を読んでいく。困ったものだ。

特に理系の生徒は構文やイディオムを無視して、ニュアンスで解こうとする。昨日の続きの話ではないが、やはり文法や構文の基礎力は大切だ。

全教科をやらなければいけないから、英語だけに時間は取れないと受験生は言う。至極当然の意見であり、ごもっともな話だ。

数学の先生は、数学を頑張れと言うし、国語の先生は国語を頑張れと言う。これまた至極当然のことだろうと思う。

国語も英語も文法は嫌いだという声を聞く。なしかし文法は大切だ。なぜなら言葉の持つリズミや決まりを身につけることは、頭脳を整理整頓するのに役立つし、理論武装した知識は定着した後、頭脳を裏切らない。

昨今、英語教育に対してはいろいろなアプローチがなされているわけだが、公立高校で英語教師をしている先生が面白いことを言っていた。本当に英語が出来るなら、英語教師なんかしていませんよ。格言だ。

中学や高校で英語を教えている先生も、塾で英語を教えている先生も、質はそれほど変わらない。日本人の英語力が世界水準に追いつかないのは、英語教育および英語の指導者に問題ありと言われて久しい。

高校入試や大学入試の英語を解くために必要な指導を要求されているのに、コミニュケーション能力云々を言われても迷惑だという教師の声も多い。本音だろうと思う。

英語を駆使して世界を駆け回っているビジネスマンも、最初は学校の英語教育の洗礼を受けたはずだ。英語をものにしたかったら学校など頼らず自分で頑張れとというのが僕らの世代の英語学習だった。

英語塾に行くには、足もなければ金もない。海外留学夢のまた夢。大学は入ったものの学費を稼ぐために日夜バイト。そんな世代だ。でもなんとか英語に喰らいつき、英語もどきを教えてきた。

そう英語もどきなのだ。受験に必要な知識は持っている。偉そうに英語の教師をやっても所詮英語もどきなのだ。僕はだから生徒の前では謙虚でありたいと思ってきた。受験英語を教えることには自信があるが、英語には自信はない。

最近は講師に行っている高校のアメリカ人教師にも文法の説明を求められる。アメリカ人も文法は難しいと言う。そりゃそうだ。僕らだって自分が使っている連体修飾語が形容詞か形容動詞か連体詞かなんて考えて話したり書いたりはしない。

しかし襟を正して文法書を読むと、言葉というものの生命力というのか、したたかさを感じる。

受験生にとって正念場の時期だが、学問は無駄にならないことを力説して、今日のブログを終えたい。英語は英語もどきでも役に立つ。信じよう。

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2014年1月25日 (土)

英語教育にひとこと

英語の授業が分からないという生徒が増えている。英語を指導する立場の人間としては、ゆゆしき状況だ。

教科書ガイドや辞書を片手に、どうにか教科書の和訳が出来ても、実力テストや、入試の過去問はチンプンカンプンという生徒が多い。教育現場で何が起きているのだろう。

文科省は、やれ英語オンリーの授業をやれだの、使える英語を教えなければいけないだの、英語教育のレベルアップを強調しているけれど、空回りしているのが教育現場の状況だ。

外人講師の授業をどこの中学でも高校でも導入しているわけだけれども、一部を除きそのほとんどの外人講師は、日本の英語教育の何たるかを把握しておらず、英語のCDプレーヤーの代役をしているに過ぎないケースが多い。

英会話が出来ない日本人英語教師が、英語に対する指導に引け目を感じ、本来の日本的英語指導の良ささえもが喪失され、学問としての英語教育の伝統が崩壊しつつある。

従来の英語教育が良いとか悪いとかという議論はさておいて、高校入試や大学受験の英語が読み取り読解能力を試す入試である以上、英語を読解するために必要な、文法や語法、および構文を教えることなしで、語学力の向上はないように思う。

英会話が出来る生徒を育てる教育と、受験に強い生徒を育てる教育は、根本的に指導方法が違う。そのことをごちゃまぜにして、すべて英語指導として生徒に提示して行くことは、非常に危険がある。

使える英語を徹底するならば、英語教育は完全に技術科目だ。文学や評論を原文で読める能力を、続に言う喋れる英語能力と一緒にすることで、言葉は悪いが、薄っぺらな英語教育が大手をふって溢れだし、軽薄な日本人が育って行く気がする。

オウム返しに英語を繰り返し、英語を学んで行くことを否定するわけではないが、辞書がぼろぼろになるまで、単語と格闘し、想像力と忍耐で構築していった我々世代の勉強方法が、英語力を越えた領域で人生の糧になっていることをもっと英語教師は主張していいのではないだろうか。

優れた教材や、外人講師が多くいても、英語に落ちこぼれる生徒が多いとすれば、やはり日本人が培ってきた「おかしな」英語教育もありなのではないだろうか。

大学で言われたことがある。英会話を習うなら英会話スクールに行きなさい。大学の英文科は、英語学すなわち言語が構築する、人間の精神や感性を通じて、英語を学ぶところだと。

英語をペラペラ話すことが出来なくても、英語を学ぶことで、日本語を再認識したり、言語の持つ不思議さを咀嚼することで、英語教育が生きる哲学に通じる気が僕はする。

かつて英語は外国人に習うなという本が世に出たことがあるが、英語が苦手だったり、日本人から見た英語の難しさを前提とした英語を学ぶのならば、やはり英語を学ぶことに苦労をした、英語屋に英語を学ぶほうが、英語の基礎は身につくように思う。

文法を教える時間が、学校現場から消えて行っているが、僕は出来ない生徒こそ、文法力は必要ではないかと思っている。理論はいいから文例や単語を暗記しろという英語指導は、好きになれない。

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2014年1月23日 (木)

161億円!

米国の大手スポーツサイト「ESPN」などは現地時間1月22日、ポスティングシステム(入札制度)を使ってメジャー移籍を目指していた東北楽天ゴールデンイーグルス・田中将大選手が、ニューヨーク・ヤンキースと契約合意に至ったと報じた。7年で総額1億5,500万ドル(約161億円)の大型契約となる。

ピント来ない額だ。7年間で161億円のお金が入って来るってどんな感覚なんだろうね。やあ~すごいね。

チマチマ稼いでいる我が身が哀しい。

中5日で100球をシリーズ中投げ続けると、1球の値段が77万円だそうだ。それにしてもマー君、本当に楽天を去るんだね。寂しいな・・・・。

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一関一高附属中の入学作文試験

22日の県教育委員会議定例会で18日に実施された一関一高附属中の入学者選抜検査の作文について、委員から「難しい。塾に行かないと対応できないのでは」と難易度を疑問視する意見が出された。

168人が受験した。作文(45分)は選択式と記述式各1問で構成。記述式は「(小中学生の)友達に関する意識」のグラフなど三つの異なる資料を活用し、五つの条件に関する考えをまとめる。

条件は段落数や行数の指定のほか、段落ごとに書く内容を細かく規定。例えば「(棒グラフのデーターの差から)小学生と中学生の意識の違いを書く」、2段目は「小と中の意識の違いの理由を(別の)資料と結びつけて書く」、3段目は「(先に書いたことを踏まえ)自分の考えを具体的な経験を基に書く」など。委員からは「塾などで対策をして)みんな同じようなものを書けば、差がつかなくなるのでは」などの声も上がった。《岩手日報1月23日25面の記事より抜粋》

*岩手日報の新聞記事は附属という表記を付属としていましたが、附属とあらためて引用させて頂きました。

塾に対する委員会の批判がにじみ出ている記事である。まあそれはいいとして。小学6年生の児童に対して、附属中学校の問題は毎年難易度があがり、IQが高いか、もしくは塾漬けになって勉強する児童しか合格できない状況になってきていることは、否定できないだろうと思う。

一関附属中学校の入試問題を解いたことがあるご父兄のかたなら分かるかと思うが、小学校の学習内容を完璧に逸脱している。それは悪い意味だけで言っているのではないが、小学校の勉強をしっかりやってきた児童が能力を発揮できる選抜方法というものが、あってしかるべきではないだろうか。

努力タイプの児童を合格させるのではなく、潜在能力の高い児童を欲しいという意図が入試問題からバシバシ感じるわけだが、もう少しノーマルな問題を配置し、小学校の勉強のみで頑張ってきた児童にも、対応できる入試であってもいいのではないかと思う。

毎年上がってきた倍率が、今年は頭打ちになった。敬遠された理由は、間違いなく選抜試験の難しさに起因している部分も多いのではないだろうか。

附属の過去問を見て、受験を控える児童が増えている状況は、附属中学校のあり方としていかがなものだろう。

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2014年1月22日 (水)

今日は私立高校入試

正月明けから休息なしのノンストップの日々、疲労からか腰痛がおきている。ちょっときつい。

今日一関市内の私立高校は一般入試が行われる。中学3年生の受験が始まった。

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「落ちたらどうしよう」という声が、塾内に響いていたが、不安や緊張感があって当たり前。その緊張感を楽しむくらいの開き直りが必要だ。

とにもかくにも、思いっきり頑張ってきて欲しい。

ところでちょっと宣伝ですが・・・・

来月の2月2日の日曜日から、僕の塾では『県立高校入試直前解法ゼミ・中3日曜講座』がスタートする。3月2日までの5回コースだ。

岩手県の過去問を徹底分析し、問題に対するアプローチの仕方を練習する。毎回3時間の長丁場だが、僕のラストの講義にお付き合い頂ければ幸いだ。

4日前よりチラシを配布しているが、あと4名ほどで満席になる。費用は教材費等込で1万円。希望者はお早めにお電話を頂きたい。

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2014年1月21日 (火)

やっぱり放射能は魔物以外の何ものでもない

問題となっているのは、2014年1月7日に「福島原発から、トリチウム汚染水が消える日」と題して掲載された記事。著者は、元外交官で国際情報戦略研究所所長の原田武夫氏で、原田氏は東洋経済オンラインに連載を持っている。記事では、神奈川県南部にあるベンチャー企業A社が、放射性物質の「トリチウム」を含んだ水を完全無害化して水素ガス化する技術を開発したとしている。1月14日には「有名国立大学」で、この技術に関する「『公的認証』の第一歩としての実験」を行う予定もあるとした。

   東京電力福島第1原発で増え続ける汚染水は、既存技術でセシウムの除去は可能だが、トリチウムは除去できないことが知られている。そのため、トリチウムへの対応が汚染水処理のネックになっている。このことから、記事では

「2014年1月14日。 この日を境に『フクイチ』が変わり、東京電力、さらには我が国、そして世界が変わる。その歴史的な瞬間は、もう間もなくである」

と期待を込めていた。

   だが、掲載直後から、ネット上では記事の信ぴょう性に疑問を投げかける声が相次いでいた。このことが影響したのか、1月10日には、東洋経済オンラインは佐々木紀彦編集長名で、

「現時点でA社の社名や上記技術の科学的根拠等についての裏付け取材が必ずしも十分ではなく、1月14日の時点でも、客観的に見て、上記汚染水問題が解決に向かうかどうかについては不明確なことが判明いたしました」

とする謝罪コメントを発表した。

東京電力福島第一原発がメルトダウンし、放射能が拡散して以後、放射能を軽減するありとあらゆる宣伝が流布した。

うがい薬を飲むといいとか、これを撒くと放射能が軽減するとか、ある種の微生物を使うといいとか、この御札が効くとか、藁にもすがりたい人たちの不安な精神を、商売に利用する多くの方々が出現しては消えていった。

かくいう僕も、ネット上に広がる様々な情報を一度は鵜呑みにし、買ったりしたこともあるが、後日、示された数値が全くの捏造であったり、詐欺行為であることが判明したケースが少なくなかった。

つまり放射能は一度拡散すれば、簡単に除去することが出来ないことは隠しようもない事実であり、内部被曝をしないためには、疑いあるものを口にするべきではなく、外部被曝を避けるためには、放射能の高い地域に住まないことがいいのである。

やんごとなき理由で、居住地を変えることが出来ないならば、せめて除染と、安全な食料の確保が大切なことだと、僕はなんどもこのブログで訴えつづけてきた。

放射線測定器を片手に、何度も何度もため息をついた日常だった。

水道水の放射能を除去するフィルタリングを取り付け、屋根を除染し塗料を塗り直し、雨樋を取り替え、高圧ポンプでに庭を除染し、線量の高かった家の周りの杉林を全て伐採した。お陰で冬の北風がビュンビュン吹き付けるが、いっきに自宅周辺の線量が下がった。

コントロール出来ないものを作ってはいけないのである。使用してはいけないのである。人類のテクノロジーは、原子力を扱う力を残念ながら持ちえていない。

原子力発電所を再稼働したがっている人達は、経済面と利便性を言っているようだが、安全性の確立していないものをどうしても使いたがるその精神が理解できない。

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2014年1月20日 (月)

ブログは時代遅れなのだろうか

ブログが時代遅れで、会社や組織では、ツイッターやFB中心の情報発信に切り替えているところが増えているらしい。スマホの時代になり、PCで閲覧するブログの形態が廃れ始めているのだろうと思う。

しかし、僕は凝りもせずブログを書き続けている。ブログを始めた時は、100万人アクセスを目標に頑張っていた。昨年100万人の方に読んでもらってからは、ちょっと虚脱状態になり、正直手抜きの日記になってしまった。

読んで下さっている方は目が肥えているのだろうと思う。あっと言う間に僕のブログのアクセス数が減った。先週からまたちょっと力を入れて書き始めたのだが、訪問数が復活した。いろいろ考えさせられるこの頃である。

ブログを書く僕のスタンスが、世の中の動向や関心事にリンクしているとは言い難いが、僕の日々のつぶやきにアクセスして頂く方々には、感謝でいっぱいだ。

実は僕はニフティのブログを利用しているのだが、解析機能が進化し、どのようなアプリで自分のブログが読まれているのかを知りことが出来る。PCで訪問して下さっている方が41パーセント、スマホでのアクセスは30パーセントになっている。

僕が勝手にブログの師匠と尊敬している神奈川県学心塾のとよ爺先生がいる。とよ爺先生の街におじゃまさせて頂いたり、とよ爺先生が一関までおいでくださったり、ブログが縁で、素晴らしい友好関係が全国に広がって、多くの学びをさせて頂いている。

本当にブログを続けてきて良かったと思っている。そのとよ爺先生のブログ記事が1万稿に達しようとしてるのだが、1万という数を区切りに、ブログを辞めようという記事がアップされた。師匠にブログを辞められては困るかねごんである。

ブログを書き続けてきた7年間。いろんなことがあった。東日本大震災、津波により近隣の沿岸部の町の崩壊、そして放射能の拡散が多くの方々の日常を奪い去った。

岩手、宮城、福島の沿岸部の多くの私塾が廃業に追いやられた。2011年3月10日のブログを最後に、更新されることがなくなった塾ブログも多かった。心がとっても痛かった。

シュタイナー教育関連の皆さまから実に多くのご支援を頂いた。僕の家の自宅教室が支援の拠点にさせてもらったことに、正直運命を感じた日々だった。

震災の悲劇に多くの方々が立ち向かった。このブログがそのお役に立てたかどうかは定かではないが、仕事そっちのけで、吠え続けた日々に後悔はない。

震災や放射能の記事を書き続けることで、ブログの注目度が上がったのは確かだけれど、多くの敵を作ってしまったことも確かだ。多くの方々から、仕事に影響はないですかと、心配の声掛けをして頂いた。

このわくわく日記も、もうすぐ3400稿になる。師匠のとよ爺先生の1万稿には、数でも内容でも足元にも及ばないが、なんとか時代遅れかも知れないが、今度は5000稿を目標に頑張りたいと思う。

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2014年1月19日 (日)

値上げをしないことに決定しました

昨年塾生の保護者様へのご案内で、消費税のアップにともない光熱費や教材費等の経費の値上がりを報告しましたが、消費税が8%になっても10%になって月謝および経費等の値上げをしないことに決定しました。

アベノミクスだかアベノミスだか分からないけれど、地方にはなんら経済的恩恵はありません。公務員や一部の例外はありますが、賞与はなく、サービス残業のブラック企業は相変わらず多く、今年の冬の気温と同様、底冷えのする経済状況です。

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昨日は一関一高附属中学校の入学試験でした。凍てつく雪道の中、受験生の児童らは、お母さんやお父さんと緊張した面持ちで、校内に入っていきました。

附属中学校が誕生し、一関市内の小学生の塾通いが加速しています。一ヶ月の月謝が数万円という塾も少なくありません。親の経済力とこどもの高学歴がリンクする時代になりました。

勝ち組と負け組なんていう嫌な言葉が巷に溢れるようになってから久しくなります。僕はなんとか子どもたちが自分で頑張られる塾を作りたいと思って塾をやってきました。

なんとか週一回ぐらいの塾で、全教科を指導できて、しかもそろばん塾や習字教室ぐらいの月謝で教えられないかというのが、僕の言ってみれば、世の中に対する挑戦でした。

かつては月謝2000円のコースも実施しましたが、さすがに今は5000円のコースが限界です。

今年の春から、コピー用紙も、電気代も灯油代も、全てが消費税のアップによって上がります。しかしなんとか、現状維持で当塾はしのいで行きたいと思います。

そういうわけで、皆さま今後も大験セミナーを宜しくお願いいたします。

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2014年1月18日 (土)

東京オリンピックは原子力発電所がないと出来ない

2020年東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会の会長に就任する森元首相は、18日のテレビ東京の番組で、小泉元首相が訴えている「原発即時ゼロ」について、「6年先の五輪のためにはもっと電気が必要だ。今から(原発)ゼロなら、五輪を返上するしかなくなる。世界に対して迷惑をかける」と批判した。(読売新聞

出てきましたね原子力パワーの恩恵を施された方々が・・・・。

原子力が無ければ東京オリンピックは返上したい?いいじゃないですかそれで。東北の海岸の町をみてくださいよ。オリンピックより最初にやることがあるでしょう。

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2014年1月17日 (金)

どうして自殺をしてはいけないのか

16日午前8時55分ごろ、富山県高岡市の県立高岡高校の演習室で、1年の男子生徒(16)が首をつっているのが見つかり、救急搬送されたが約12時間後に死亡した。県警は、現場の状況から自殺とみて調べている。
 高岡署によると、男子生徒は同7時すぎに登校している姿が目撃されていたが、8時40分の始業時に教室にいなかったため、教員や生徒らが捜していたという。遺書などは見つかっていない。(時事通信)

自らの生命をたってしまう若者が増えている。いじめ、病気、失意、貧困、その動機は様々であるだろうが、死んではいけない。死は敗北では決してないが、自分の生命を自分で消滅させてはいけない。

僕らの生命は僕らのものであるけれど、決して僕らだけのものじゃない。この地球に辿り着くまでの長い道のりは、過酷でそして壮大な生命のバトンタッチで成し得てきたものだ。それまで、どれほどの愛と哀しみと、そして汗と涙が流されてきただろうか。忘れてはならない。

苦しいから死にたいと言うが、苦しいからこそ生きて、生きて生き抜くべきだ。これは僕の信念だが、人間は自殺なんかしなくても、去りゆくタイミングはちゃんとやって来る。

僕は宗教的神様は受け入れられないが、神様はいると思っている。いや正確に言うと信じている。

自分が最善を尽くして、ダメだったら、それは神様の采配だと思って、飄々と生きればいい。死ぬことなんかない。

たとえお金が無くても、家族がいなくても、仕事が無くても、それが何だと言うんだ。どん底だからこそ、無限の希望がやって来る。だから死んではいけないのだ。

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さあ本番だ!

さあいよいよ明日はセンター試験。塾の高3生は、午前中それぞれ高校ごとに岩手大学の受験会場に向かい、会場の下調べ。そしてホテルに宿泊し、明日ホテルから直接試験会場に向かう。

冷静に、そして自信をもって問題に向かって欲しい。

一方一関一高附属中学の入試も本番を迎える。今年は小学6年生の塾の在籍数が開校以来一番多いのだけれど、附属を受験する児童は少ない。塾内でのライバル意識が希薄と言えば、言えなくもなかったが、それはそれ、これはこれだ。心置きなく思いっきり頑張ってきて欲しい。

それと塾からの業務連絡ですが、2月から始まる県立高校直前日曜ゼミのご案内を昨日より中3生に配布しております。岩手県の過去問を徹底分析し、演習、解法の集中講義をいたします。

例年、受講生が多く、定員になりますので、希望する塾生は早めに申し込みください。

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2014年1月16日 (木)

本当は働けるのに働かない若者の存在が、働くことが困難な若者の存在を危うくしている

電気、ガス、水道が止められ、冷蔵庫にはマヨネーズなどの空容器のみ……。そんな大阪市の団地の一室で昨年11月中旬、31歳の女性の遺体が発見された。死因は餓死か衰弱死とみられ、死後1~2カ月経っていたという。

報道によると、この女性は約4年前に生活保護の相談で区役所を訪れたものの受給には至らず、最近は「お金がない」と親族に訴えていたという。経済大国といわれる日本だが、餓死や孤立死などの悲惨なニュースは絶えることがない。生活保護に対する風当たりは強まり、行政による窓口対応の問題点も指摘されている。

若者のホームレスが増えている。見た目は小奇麗で普通の生活をしているように見えるが、いわゆる宿なし状態の都会人が急増しているのだという。

実家に頼りたくても、実家が被災したり、この不況の煽りで家計がかんばしくない状況で、頼れる実家がない若者が、ネットカフェや友達のアパートを転々とする日常が生じている。

僕の近隣でも、行方が分からず連絡がとれない若者が増えている。そう言えば私立高校などで、同窓会名簿作成のため、卒業生の実家にはがきを出すと、半数以上が所在不明で戻ってくるらしい。ゆゆしき状況だ。

都会での孤独死は、老人だけの問題かと思っていたが、若者世代の孤独死も出てきている。仕事がないのではなく、仕事につけない若者がいる。なぜだろうか。

身体に現れる障害ならば見てわかるかも知れないが、心の傷や障害はわかりづらい。理解されず、放置される生活困難者も多いのではないだろうか。

「あんたは若いんだから、いくらでも働く場所はあるだろう」そんな言葉を浴びせられたら、ますます殻に閉じこもってしまう。うつ状態に陥ってしまえば、精神論を言われれば言われるほど、一歩が踏み出せなくなってしまう。

生活保護を若者がもらうのはけしからん的な声が多い。しかし国民の基本的人権は守られなければならない。生きる権利は憲法で間違いなく保障されている。

本当に支援されなければならないものが支援されず、困窮したままではいけない。本当は働けるのに働かない若者の存在が、働くことが困難な若者の存在を危うくしてしまっている。

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2014年1月15日 (水)

夢の預かりもの

塾にやって来る児童や生徒たちに教科を教えているわけだが、僕の偽らない感覚としては、子どもたちの夢を預かっている感じがする。つまりは夢の水先案内人と言うところだろうか。

いつも塾生の前で、苗字にカネがついているのに、カネがないカミがないと自虐ネタを連発する僕だが、いつまでも夢を与えられる大人でありたいと思っている。

優秀な高校や大学を出た人間が、子どもたちを教え諭すことは、至極当然で、そこに何らかの偶然性や共時性を見出すことに、それほどの違和感はないだろう。しかし、僕のようなやんちゃな不良時代を、やんちゃな私立高校や大学で過ごした人間が、ああでもない、こうでもないと試行錯誤し、生意気にも先生と呼ばれながら、やくざ顔で偉そうにしていることに、意外性というのか、ハッタリというのか、そんな勉強の場もあっていいのではないかと、思っている。

いっちゃ悪いが、公務員やもしくは一流企業に入らない限り、どこの高校を出てもどこの大学を出ても、いい加減年を重ねればそんなことは関係ない。どうでもいいなんて言ってしまうと、今頑張っている生徒に対して暴言に聞こえてしまうが、偽らない僕の本音だ。

どこを出たかではなく、何をやれるか、もしくはやってきたかが勝負だろうと思う。30代までは、親からの遺伝かなんか知らないけれど、顔形のよさ、もしくは頭の働き具合は、生まれつきみたいなところはある。しかし40も過ぎれば、生き様が顔にでる。いや全身のオーラに現れると言っても過言ではないだろう。

ところで話はかわるが、結婚式や告別式で、高校の同級生達が肩を組んで、母校の応援歌を歌うという光景を目にする。特定の人たちにとっては感動的かも知れないけれど、周りを見渡すとしらけている人もいる。実は僕もその1人だ。

失礼だけれど、進学校じゃない普通高校や、地元の私立高校を出た人間はそれはやらない。いや実際はあるのかも知れないが、半世紀以上生きてきた僕は経験がない。

やはり自分が出た学校によほどの愛着というのか、思い入れがあるのだろうと思う。羨ましい限りだ。僕はそういう母校の愛着心いっぱいのセレモニー列席するたびに思うことだけれども、二極化的な感想を抱く。

つまり、そういった母校愛的な誉れの精神が、人生の逆境に立った時に、前進する力となる場合と、過去の栄光に自分を封印し、沈黙を続けてしまうケースだ。

40も過ぎて、自己紹介の時に、出身高校や出身大学を言う営業マンや業者の方がいらっしゃるが、すごいな~と思う。フェイスブックなどもそうだ、紹介蘭に高校や大学名が堂々と記載されている。

僕はそれがいいとか悪いとか言っているんじゃなくて、そういう人たちが増えた日本の社会って、やっぱり変遷しているんだなと実感する。

僕は劣等感の塊だから、塾生やご父兄以外には、自分の履歴など語れない。僕はその劣等感をバネにして頑張ってきたところがある。決して健全ではないが、僕がチョイスしてきた生き方だ。

僕の人生は成功という文字とは、程遠いところにある。でも、勉強が苦手だった僕のような人間でも、学問に関わる仕事は出来るんだよというテーマのようなものを生徒に示すことは出来る。

僕は反面教師であることで、生徒たちの夢を後押ししたいと考えてきた。そして今後もその姿勢は変わらないだろうと思う。

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東京が変われば、日本が変わる

民主党は10日、細川護熙元首相(75)が2月の都知事選に立候補する意向を固めたことを受け、推薦などは出さない形で実質的に支援する方向で調整に入った。細川氏が政党推薦などを受けずに無所属で立候補する見通しであることを踏まえた。自民、公明両党が支援する舛添要一元厚生労働相(65)と対決する構図になりつつある。

 民主党は10日、都連の常任幹事会を開いて対応を協議。細川氏が打ち出す政策を見極めて最終判断するとして結論を持ち越した。細川氏は脱原発を掲げる考えで、小泉純一郎元首相との連携を模索している。(共同通信

原発がないと困るのは、原発で働いている人達とその家族。そして原発が稼働されることで、それに付随する商売で生計を立ててきた人たち。

おっと忘れていた。電力会社そのものも早く原子力を稼働させたい。利益率が高いからな。

電気代が高過ぎるという声がたくさんある。原子力が停まっているからだという主張もある。目先の利益や利便性を考えると、まあ原子力が動いてくれたほうがいいなという声は、多くはないがあるだろう。

目くじら立てて原子力を目の敵のように言うが、原子力の恩恵に預かってきたのは、国民じゃないかという声もある。世界一高い電気代を払わせておいて、恩恵もあったもんじゃないが、電気の供給がちゃんとなされてきた点について言えば、原子力推進派にもそれなりの理屈はあるのだろう。

しかしだ。利益を考えれば、崩壊してしまった原子力発電ほど金食い虫はない。何十年も多額のお金と人材を投入しなければならない。儲かっている時は、甘い汁を吸い。金策に窮すれば、国民の税金を当てにする。まったくもって都合がいい。

そういった企業の暴挙を許しているのは、政治家であることは間違いない。まあさんざん袖の下を頂いてきたのだろうから、しょうがないか。

ところで、細川さんが東京都知事選に出るようだが、脱原発を表に持ってきたことには、感服する。75歳、ゆうゆう自適な老後の暮らしを捨てて、戦場に再び戻る勇気に頭が下がる。

結果はどうあれ、選挙戦の中で、原発阻止の論点を強烈にアピールして頂きたい。

東京が変われば、日本は変わる!

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2014年1月13日 (月)

ブルースとの邂逅

僕がブルースに傾倒するきっかけになったのが、このAIN'T NO USEだった。初めてこの曲を聞いた時に、武者震いするような目眩を感じた。

文句なくカッコいいと思った。なんか人生を頑張ろうと思った。それくらい衝撃的な邂逅だった。

いろんなシンガーがカバーしているが、ニーナ・サイモンの歌うAIN'T NO USEが僕は一番好きだ。生きて行くことの哀しみや喜び、そして情熱がひしひしと伝わって来る。

音楽は魂を覚醒してくれる。

やあ~本当にブルースはいいですね。

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必ず運は開ける

誰でもが、ちくしょう~なんて叫んだことがあるだろう。

自分が不甲斐なかったり、理不尽な状況に地団駄を踏むことがあったはずだ。何が悪いんだろう。歯車が合わないのはなぜだろう。そんなふうに僕らは日々の中で、苦悩をする。

僕は運というものをよく考える。傍目から見ると、努力をしていそうじゃない人間が、富と安定を得たりしている。ジェラシーがほとばしる。

大学入学や企業への就職もそうだ。親の財力や、コネの力がモノを言う世界にうんざりという輩も多いだろう。

真実はどうあれ、苦悩を感じない人間はいない。どんな華やかな人生でも、成功に彩られた人生でも、かならず老いが訪れ、今生の別れがやって来る。悟りを開いても、達観してもそのことは避けることはできない。

昨日は一関市も成人式だった。晴れ着姿の女の子たちを見かけた。若さというものはいいものだと思うけれど、時としてその若さゆえに訪れる苦悩や、焦りというものがある。

自分の将来に、バラ色の夢を見ている若者も多いだろう。学歴があり、資格があり、そして財力が後ろ盾になっているならば、生きる糧に心配はない。

一方、学歴がない、資格がない、そしてお金もないという状況はどうだろう。それは単に運がないだけだろうか。それとも家庭状況が悪かったせいだろうか。不満を社会のせいにして、愚痴を言っている日常が、健全でないのは誰もがわかっているが、その打開策に困窮している若者が多くいることも事実だ。

その人の人生は、その人の想いが作って行く。よく言われることだ。しかし、誰も貧乏で惨めな人生など希望しないだろう。本当に想いは人生を作って行くのだろうか。

雪国に住む人は、本当に冬の生活が大変だ。暖かいところに住みたいと言う。しかし雪国ゆえの美しさも知っている。南国に住む人は、台風が大変だと言う。しかし南国の海の美しさを知っている。

与えられた環境や状況の負の面だけに僕らの意識が向かうことが多いが、実はその環境や状況が、運を切り開くチャンスだということがあるのではないだろうか。

失敗や逆境を糧に出来る人間と、そうじゃない人間の違いはどこにあるのか。それは、諦めないということじゃないだろうか。何度でも何度でも起き上がれる人間は強い。

自分を過大評価することなく、卑屈になることなく、謙虚に時に大胆に、自分の道を進む人間が夢をつかんでいく。その人間性の土台は本人のやる気で決まる。

難しい哲学も心理学も、そして怪しげな宗教も、セミナーも必要ない。やる気だ。やる気があれば、おのずと机の上は片付いて行く。ぼーと惰眠をむさぼることもない。

やる気があれば、病気も疫病神も近づいてはこない。本当は簡単なことなのだ。年齢も学年も財力も、そして容姿も関係ない。

分数計算が出来なければ、分数計算の練習をすればいい。小学校の漢字が書けなければ、チラシの裏にでも一生懸命練習すればいい。金が無ければ、肉体労働でもなんでもやればいい。

じっとしていても、お金はやってこない。仕事も見つからない。その単純なことに気づかいない人間が実に多い。

パソコンが触れないので、仕事が見つからないという声を聞く。冷静に考えれば、単にやらないだけだろう。やる気がないだけだ。自分が陽の目を見ない理由を、数えて列挙する暇があったら、行動を起こすべきだ。

能力の差なんてない。やるかやらないかだ。高額のお金をだして、セミナーや講習会を受けても、やらなければだめだ。

俺頭が悪いし、金もないしなんて言ってないで、今やれることを始めることだ。必ず運は開ける。

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2014年1月12日 (日)

さてと・・・

何の取り柄もない人間だけれど、本だけはずいぶん読んできた。高校生になった時から10年間で3千冊は読んだと思う。

数年前のブログでも書いたけれど、高校生の時に、死ぬまでに1万冊を読むことを目標にした。残念ながらその目標の達成は厳しいようだ。年間300冊の目標ペースが、ここ10年100冊にも満たない状況になっている。

僕らがこどもの時は、学校でIQ検査というのがあった。僕のIQは平均以下だった。ショックだった。自分で言うのもなんだが、運動能力は非凡なものがあった。歌を歌うこともちょっと自信はあった。しかし勉強は苦手だった。

英語が出来なかったし、数学もだめ。自分の頭がいまいちだという焦燥感は、僕の青春に暗い影を落とした。

とりあえず本を読むことを始めた。高校生になって、中学校の教科書を読んだし、古今東西の小説をかたっぱしから読みあさった。

本を読んだからといって偉いわけでも、すごいわけでもない。ただ間違いなく思考能力は少しは改善する。人の気持を理解する感性がちょっと良くなる。そんなところだろうか。

僕は読書家であることにも挫折してしまったが、世の中にはとんでもない読書家がいるんだろうなと思う。

それにしても近ごろは、安い古本屋さんが町にできて、500円玉があれば、1週間分の本はらくらく買える。15年前、僕の1年間の書籍代は20万円を超えていたが、近年は2万円もあれば、1年分の本が賄える。ありがたい。

大学を出て塾教師になったのは、ひょっとすると本を読む時間が確保したかったからだろうか。そんな深層心理が働いていなかったとは否定できない。

本を読むことは、他人の人生を共有することでもある。せっかく生まれてきたのだから、いろんな人生を味わってみたい。

昨年は歴史小説にハマった。久しぶりに大台の100冊を越えた。震災から2年半が過ぎて、僕の塾にもようやく活気が戻ってきた。塾生の在籍数がようやく震災前の数に復活した。本当は本など読んでいる暇などないのだが、なんだか本を手放せない日々だった。

その代わり、だいぶブログの記事を割愛してきてしまった。写真でごまかして、内容がスカスカの記事が多かった。日々のアクセス数も半分ぐらいに減った。それもしょうがないか・・・・。

そう言えば塾教育の全国ブログランキングも、久しぶりに見たら、はるかかなたに落っこちていた。ドンマイだ

最近原発や放射能の記事がなくなりましたねと塾生に言われた。決して避けているわけではない。ちょっと沈黙しているだけである。

細川さんが東京都知事に立候補するらしい。殿の乱心などと暴言をはいている馬鹿政治家どもがいるようだが、そろそろ僕も冬眠から目覚めようかと思う。

さてと・・・・。

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2014年1月10日 (金)

雪はうんざりだ

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今年の冬一番の寒さだった。自宅から一関に向かう道は凍結、通勤時間はいつもの倍かかった。

今夜塾が終わり、自動車のドアを開けようとしたら、ドアが凍結して開かなかった。10分ほどドアと格闘して、なんとか乗車出来た。

雪道は勘弁して欲しい。うんざりだ。雪かきで腰が痛い

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2014年1月 9日 (木)

春の寂しさ

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自宅から一関に向かう途中、菅ノ平の大堤を通るのだが、水墨画のような風景が広がっていた。

1月も10日が過ぎ、少しずつ日が長くなってきた。春が少しずつ近づいている。早くも鼻がむずむずする。秋の花粉症が終わったばかりなのに、春先の花粉症が始まるのだろうか。

毎日寒い日が続いている。春が早く来て欲しいが、アレルギー体質の僕にとって、春は憂鬱な季節だ。

教え子たちとの別れも、やっぱり寂しい。この気持、いろいろな感情が絡みついて、自分を納得させるのが毎年つらい。

この仕事を続けていく限り、慣れないだろな・・・・。

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2014年1月 8日 (水)

冬期講習会終了

本日冬期講習会が終了。

受講して頂いた皆さん、ご苦労様でした。そしてこれからも頑張りましょう。

講習会でも話しましたが、人生は楽しまなければなりません。そのための土台作りが今です。

生きたいように生きる。自分を輝かせて生きる。楽しく生きる。忘れないでください。

*冬期講習を休んだ方のために、1月9日~10日、午後1時より4時まで補講を行います。よろしくおねがいします。

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2014年1月 7日 (火)

こんなこともあるんですね

今朝いつものごとくセブン-イレブンに立ち寄ると、自動車の距離メーターが・・・。

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息子は車を事故ったので、現在僕の軽トラックに乗っている。僕は女房の軽自動車に乗っているのだが、177770キロの走行距離になった。

そろそろ買い替え時なのだけれど、予算が・・・・

ちなみに今日は1月7日。場所はセブン-イレブン。こんなこともあるんですね。今年はいいことがあるかもしれません。

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心配はいらない

冬期講習もいよいよ今日、明日で最終章に突入だ。塾生はめちゃ頑張っている。最後まで気を抜くこと無く、講習会を終えられることを嬉しく思っている。

今年の目標は、着実な前進。無理をせず、かと言って躊躇をせず、一歩一歩あゆんでいくことを塾生達と共有して行きたい。

新学期の生徒募集が始まった塾もある。僕の塾のやるべきことは、合格に向けて躍進あるのみだ。

公立、私立高校の推薦入試がすぐやって来る。高3生はセンター試験が近づいた。そして一関一高附属中学の受験も同時にやって来る。

兎にも角にも風邪をひかぬように、体調を崩さぬように。睡眠不足、過度な精神不安は極力避けよう。

チマチマした失敗は気にせぬこと。謙虚な努力には、間違いなく神様が、将来の人生の糧を用意してくれる。心配はいらない。

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2014年1月 6日 (月)

謙虚にそして感謝を持って!

世間は今日から仕事がスタート。正月休みも終わり、いよいよ新しい年が本格始動した。

これから受験に向かい忙しくなるなか、外での散歩もままならず運動不足になりがちな僕は、毎年この時期になると体重が増え、困ってしまう。

寒さにも暑さにも、そして雨や雪にも弱い僕は、運動が億劫になり、脂肪が蓄積されていく。

さて、受験生の指導もいよいよ最終段階を迎える。泣いても笑ってもまったなしだ。昨年度は、不甲斐ない結果に終わってしまった。正月休み返上で頑張った生徒たちの努力に報いることが出来なかった。

今年は、受験学年の人数を絞り込み、少人数指導を心掛けてきた。何としても全員合格を果たしたい。

夢は叶うためにある。努力の先にあるのは、人生の充実感であることを、塾生たちに味わってもらいたい。

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謙虚にそして感謝をもって努力する人間に、必ず天使は微笑む。頑張れ努力人よ!

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2014年1月 5日 (日)

冬期講習後半戦がスタート

今日は冬期講習後半戦がスタートする。正月明け、英語暗記文139問のテストから始まる。

ところで昨日の土曜日は、朝9時から夜9時までノンストップの仕事だった。正月ボケした僕の頭は、なかなかアクセルが踏み込めず、難儀した。

昼時間、ジョン・コルトレーンのバラードを頭に沁み込ませ、カツを入れた。

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教室は突然ジャズスタジオに変身。寒い外の風景とは裏腹に、僕の血潮は熱いビートに覚醒した。

さあ今年も頑張るぞ!

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2014年1月 3日 (金)

僕の初買い

今年の初買いは、ご飯茶碗。晦日に僕の茶碗が壊れてしまったので、元日に平泉毛越寺前の豆腐屋さんで、手作りのお茶碗をゲットした。何故か豆腐屋さんなのに、味のある手作りのコーヒーカップやお茶碗が、格安で置いてある。

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なかなか渋い茶碗である。今年はこのお茶碗で、美味しいご飯をいただこう。メタボになった身体を引き締めなければいけない状況ではあるが、やっぱり美味しいご飯は譲れない。

さて明日から塾の授業が再開だ。正月気分も今日まで。今年はなんかいい感じの予感がする。アーティスティックな1年を過ごしたい。そういう意味では、塾の指導室が、かなりアーティスティックになりすぎている気配がしなくもないが、まあドンマイだ。

今年もかねごんワールド炸裂で、驀進して行きたい。

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送別の歌

昨年の11月、地元の公民館祭りで歌って欲しいという要請を受けて、『送別の歌』という曲を作った。

その後、一関市立日形小学校や金沢小学校全校児童の前で、歌わせて頂いた。調子にのって花泉中学校男子卓球部の三送会でも歌わせて頂いた。

今日はその歌詞を紹介したい。この歌を聴いてくれた塾生の小6のR君が、「泣ける曲だね」と言ってくれた。

久しぶりに自分の思いがストレートに表現できた歌だと思っている。新年を迎え、あっと言う間に卒業式がやってくる。

しかし、感傷に浸る暇はない。受験そして新しい世界がすぐやって来る。がんばろう!

 送別の歌

空がこんなに青く見える日には

過ぎ去りし遠い日々に 心たゆらせる 

さよならの言葉を 口にしただけで

別れ行く切なさに 涙がにじんでいく 

果てしない旅を 僕らは歩いて行く 

忘れるな夢を 僕らはあきらめはしない

 

校舎の夕暮れ たたずむ影は

悲しくて泣いているんじゃない 未来が不安なだけ

いつかこの手につかむ幸せを

忘れないで歩んで欲しい 道は続いている

果てしない旅を 僕らは生きて行く

忘れるな夢を 僕らはあきらめはしない

 

小さな手の中に 握りしめたいのち

広げれば大きな花になる 明日を信じよう

故郷の山並みに沈む太陽が 

必ず僕らの未来を輝きに変えていく

果てしない旅を 僕らは歩いて行く

忘れるな夢を 僕らはあきらめはしない

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2014年1月 2日 (木)

アラハバキ神と巨大津波

元旦は例年のごとく、家族で水沢の駒形神社に参拝した。駒形神社に曲がる十字路ではいつものごとく、777のプレートナンバーの車がすれ違った。

駒形神社に向かう交差点で、いつもすれ違う77のプレートナンバーの車、神様がいつも僕に示すパーフォーマンスだ。

駒形神社の神様のパワーが僕の塾と塾生を、そして家族を見守ってきてくれた。

一関で24年前僕が塾を始めた時に、電話帳に載っていた塾は7校だった。それが今や20近くを数える。そのほほとんどが大手フランチャイズの塾だ。

24年間で市内の生徒数は半分ほどに激減した。そして塾は3倍に増えた。おのずと淘汰される塾は後を絶たない。厳しい競争社会の原理だ。

24年間もちろん塾だけで食べてこれたわけではない。百姓をやりながら、時にいくつかのパートの仕事をやってきた。ここ数年は私立高校の非常勤講師をやってきた。

塾の教室には、様々なお客さんがやって来る。塾の仕事とは全く関係ない仕事が舞い込むことがある。

「かねごん先生のブログを読んで、人生相談に来ました」とか。

時には生命に関わる重大な相談事で突然やってくる方がいたりする。

かと思えば、ライブ依頼だったり、卓球大会への出場要請だったり。ブログのタイトルじゃないけれど、どきどきわくわくの日々である。

5年ほど前から東北の古代の神であるアラハバキの神様を、個人的に研究してきた。研究などというと大げさだけれども、古代から崇拝されてきた地元の磐座(いわくら)である巨岩信仰をリサーチしてきた。

岩に魅せられてきたと言っても過言ではない。そもそも磐座に猛烈な興味を持ち始めたのは、北上高地の早池峰山や五葉山に登るようになってからだ。

1000メートの山の中腹に、山には存在しない石質の巨岩がでんと置かれている風景に触れた時に、僕の中の不思議スイッチがオンになった。

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早池峰や五葉山にある巨岩は、古代のテクノロジーでは運んで来ることの出来ない巨岩だ。UFOが運んできたのであれば、可能ではあるだろうが、その意図が読めない。

岩手県の山中には、突然として巨岩が現れる山肌が多くあり、古代から磐座として信仰されている土地が多い。衣川の月山、平泉の束稲山、一関の烏兎ヶ森、水沢の正法寺など、かなりの数にのぼる。

昨年の暮れ、『彗星衝突による縄文超々巨大津波』(文芸社)という岩淵國人さんの著作に出会った。

数年間抱いてきた疑問が氷解した。まず三陸の海岸はリアス式じゃないということ。著者の岩淵さんは、この三陸海岸の湾曲は、4千年前の彗星の衝突の跡だと断言している。ちなみに岩淵さんは岩手県のお医者さんだ。

600メートルの巨大津波が太平洋岸を襲い、世界中の海岸線にあった古代文明をことごとく滅ぼしたというのだ。北上高地を津波が乗り越え、岩手の内陸部に到達したと推測している。

僕の自宅がある山里は、縄文時代には海岸線が迫っていたと言われている。それが証拠に、日形(ひがた)や黄海、油島などの地名が近隣に残っているし、貝塚も近くから出土されている。わずか数千年で北上高地の内陸部まで海だった場所が、現在のようになるだろうか。僕は気候変動がこれほどまでに劇的であったとは、考えることが出来なかった。

もしこれが、津波で押し寄せられた海水が、湖のような形で残り、数十年で海水が干上がっていったとしたらどうだろうか。

北上高地にある早池峰や五葉山の巨岩も、巨大津波が運んできたものだとすれば、つじつまが合う。

古代縄文人にとって、彗星衝突と、巨大津波のカタストロフィの衝撃は想像を絶する恐怖だったろうと思う。

津波が運んできた巨石に、恐怖と畏敬の念が錯綜したのではなかっただろうか。壊滅的な自然の脅威のなかで生き残った縄文人にとって、恐怖が神への信仰を生み出した可能生は否定出来ないのではないだろうか。

駒形神社の神様が、毎回僕に示す77の奇跡は、僕に古代のパズルワードを解くヒントをなにか与えてくれているいるような気がする。

今年も僕の不思議探検の旅は続いて行く。

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2014年1月 1日 (水)

念頭のつぶやき

人生がもし失敗するとするならば、それは間違った選択をするからではなく、選択をするという決断をしないからだと僕は思っている。

死後天国があって、來世がまたあるとしても、今の身体、今の顔、今の名前、今の時代に生きる人生は、間違いなく1度きりだ。その1度きりの人生を、心置きなく楽しむために、僕らは決断をすべきだ。

学ぶ決断、愛する決断、そして生きる決断。

僕たちはまず自分を変えなければ、世界を変えることは出来ない。自分がいる環境は、実は自分が選択した場所であることを知れば、状況は変わる。

人生に於ける一番の敵は、不安だ。自信を喪失することだ。

決断し続ける人に、不安はやってこない。物事を共有しようとするば、人生はうまく行くが、得ようと我欲を全面に押し出したとたんに人生はこじれてしまう。

言葉が大切だと言われるが、決断をもせず、行動も起こさない人生は、残念ながら絵に描いた餅だ。

思想と理想だけで、人生の荒波は乗り越えられない。決断と行動が全てだ。なにも選択することなく、傍観を装う人生ほどつまらない人生はない。

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2014年の幕開け

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新年明けましておめでとうございます。

本年大験セミナーは数え年、25周年を迎えます。四半世紀にわたり、当塾が皆さまにご愛顧頂いてきましたことに、心より感謝申し上げます。

今後とも塾生の受験指導に、時に大胆に時に繊細に、全力投球をして行きたい所存です。

今年は午年です。塾生の皆さん、馬のごとく受験界を駆け抜けて、合格を手にしましょう!

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