追憶
過去の年賀状を整理していたら、印刷だけして出さずじまいの100枚近くの年賀状が出てきた。2003年の年賀状だ。
祖母が亡くなった年の年賀状だ。94歳で亡くなった。
父も祖母も12月に亡くなった。父の葬儀はクリスマス・イブだった。墓石に刻まれているご先祖の命日を見ると12月が圧倒的に多い。
400年間岩手の地で百姓を営んできた我が家。僕で18代目。長男で19代目だ。昔のコメ作りは大変だった。全てが手作業。11月に収穫が終わりほっとしたところに寒波がやって来る。体調を崩すことも多かったのだろう。
毎年暮れも押し迫ると、笠地蔵の話を思いだす。

生きて行くことで精一杯だった時代。正月の休息は百姓にとって、唯一の安らぎだっただろうと思う。神棚に餅を供え、お神酒を飲む正月。しんしんと降る雪の中で、やって来る春を待ちわびる。
農家の長男に生まれた僕は、猫の額ほどの耕作地では食べて行けず、何をどう間違ったか、田舎町で寺子屋などを営んでいる。サラリーマン稼業が身に合わず、風来坊のような人生を送ってきた。
自分がいる場所、自分がやっていることは、全て自分の思いが結実した結果なのだろうと思う。自分が選択してきた人生だ。
若い頃、都会の華やぎも寂しさも経験した。故郷に戻り、田舎の良さも、侘びしさもわかっているつもりだ。
生きることに於いて大切なことは、知性や行動力もさることながら、自分の感覚に自信を持つことだと思う。
もうあっちの世界に逝ってしまった方々の年賀状を整理しながら、僕は過去の人々の世界観に浸っていた。
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