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2013年10月

2013年10月31日 (木)

楽天日本一に王手

 楽天が終盤の息詰まる攻防を制して、日本シリーズ制覇に王手をかけた。先制したのは楽天。三回、岡島と銀次のタイムリーで2点を先制した。楽天の先発は今季3勝の左腕・辛島。巨人打線を五回1安打無失点に抑える好投を見せ、六回からリリーフ起用のルーキー則本がマウンドに。巨人は第1戦で則本から本塁打を放っている村田が七回にソロを放って1点差に。九回1死一、三塁の反撃機に村田が投手強襲の内野安打を放って同点とした。延長十回、楽天は1死一、二塁で銀次がセンター前にタイムリーで勝ち越し。さらにジョーンズのショート内野安打で1点を追加した。この2点をロングリリーフの則本が守り、逃げ切った。(毎日新聞)

いよいよ仙台で最終戦だ。

勝つぞ楽天!今度の土曜の夜は仕事に集中できないだろうね!

まあいいか。

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読書について

今でこそ敎育に関してはそれなりのポリシーがあってやっている僕だが、20代の終わりに塾屋を開業した僕の意図は、思う存分本を読みたかったからだ。

他界した父に代わって、家族を養うとか、日銭を稼がなければならないとか、まあそれらしき大義名分はあったのだけれど、夕方から始まる塾屋という仕事ならば、心置きなく好きな本を読むことが出来るのではないかという、そんな身勝手な野望があっての選択だった。

自他ともに認める活字中毒である。本を読んでいさえすれば、心が落ち着く人間である。本を読み続ける先に何かあるのかと言えば、これと言った目標点はなく、まあ、本があるから読んでいるという状況であり、惰性以外の何ものでもないだろうと思っている。

大学に進んだのも、本を読む時間が果てしなく取れるだろうという魂胆だったし、ずっと塾教師をやってきたのも、好きな本を読む時間が確保出来るだろうという、勝手な腹づもりだったような気がする。

何の取り柄もない人間だが、人間を観察する能力や、光景から喚起される生命の連鎖反応みたいなものをキャッチする直感のようなものは、小さい頃からの読書によって培われてきたものじゃないかと、ちょとだけ自負している。

読書は単なる暇つぶしかも知れないが、お金のかからない精神修行だと思う。古本屋で見つけてきた100円の文庫本が、のっぴきならない非日常性を醸し出し、人生観を根こそぎひっくり返すなんてことがあるわけだれども、その読書時間が、年齢と共に失われてきてしまったのは残念だ。

パソコン・ケータイ・ツイッター・ファイスブックなどなど、本を読む時間が吸い取られて行く。タブレット型の機種を使って作品を読むというこを考えないでもないが、やはり本を片手にじっくり読むことが僕は好きだ。

本を読むことは僕にとってやっぱり精神修行であるし、感性の枯渇を防御する処方箋である。

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2013年10月30日 (水)

400年の時を超えて

今年の秋は随分と本を読んだ。暇と言うわけではないが、学生時代のような耽溺ぶりだ。山岡荘八と浅田次郎の歴史小説にハマってしまい、とにかく時間があれば、本を手にしているこの頃である。

僕の住んでいる町は、旧伊達藩なものだから、おのずと伊達政宗関連の本を読むことが多いわけだけれども、書き手によってこれほど人物像の切り口が変遷する人物も珍しい。

母親から毒殺されかかる藩主というのも凄まじいけれど、藩存続のために実の弟を亡き者にしてしまう政宗の激情も、これまた凄まじい。

世界に目を向け、ローマ法王に謁見する使節団を送るなど、行動力とその生きていく戦略には、東北人の負けず魂を感じる。

もちろん伊達藩と言えば、仙台であるが、仙台に本拠地を置く楽天が、巨人を下し、2勝目をあげた。さぞ仙台もヒートアップしていることだろう。震災後経済が沈滞し続けている東北であるが、楽天の勝利が、カンフル剤になってくれるはずだ。

天下を狙い続け、その野望を果たせなかった伊達政宗であったが、400年の時を超えて、東北楽天イーグルスが天下を取るかも知れない。

甲子園では1度も優勝を果たすことが出来ていない東北だが、楽天には高校生達の果たせなかった夢をぜひリベンジしてもらいたい。盛岡中央高校出身の銀次選手が、めちゃくちゃの頑張りを見せている。頼もしいかぎりだ。

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時間の都合上試合を見ることは出来ないが、77星野仙一監督の胴上げを是非見たい。星野仙一監督と伊達政宗がダブって見えるのは、僕の気のせいだろうか。いや政宗の霊気が乗り移った武将の姿が、確かにベンチで吠えている。

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2013年10月29日 (火)

「原子力ムラ」の陰謀説

 民主党の菅直人元首相は、26日付の自らのブログで、次男が窃盗容疑などで逮捕(処分保留で釈放)されたタレント、みのもんた氏が報道番組のキャスターを降板したことについて「原子力ムラ」の陰謀説があると紹介、自分も原子力ムラの被害者だとする内容を展開した。

 ブログでは、原子力ムラはマスコミに対して広告料を通じて「自分に批判的な報道に圧力をかけてきたことは知っている」と明記、「みの氏は原発問題で東京電力と安倍晋三首相を厳しく批判していた」ことから陰謀の可能性を指摘した。

 平成23年の福島第1原発事故で「菅氏が1号機への海水注入の中止を指示した」と報道されたことも、退陣に追い込むための原子力ムラが流したウソの情報と断じた。産経新聞

利権が大きければ大きいほど、その利権に群がる輩は多い。お金に目がないのは人間の本能のようだ。

お金を汚いなどと言った瞬間に、負け犬の遠吠えになってしまうのだが、原子力にまつわるお金は、クリーンとは言いがたいようだ。

知人の中学校の社会科の先生が僕に話してくれたのだが、原子力の危険性を教えてこなかったことを、震災後生徒に謝ったそうだ。

誰がどう観ても原子力発電所は危険だ。これを危険と言わずして何を危険というのだろうか。原子力ムラと言う言葉を知ったのは、ほんの2年前のことだった。

最初原子かむらと読んだもんだから、原子力に絡むシンジケートか何かと思ったが、よく見ると原子力村という漢字のカタカナ表記だった。

俺達のような巨大企業を破綻させたら、国は大変なことになるよという脅かしがいつまで通用すると思ったら大間違い。国がそのものが破綻したら、企業も原子力ムラもへったくれもない。

テレビを支配するものは世論を制するという幻想は、もうそろそろおしまいだ。良識ある国民はとっくに気づいている。政治の倫理も、企業の倫理も、お金が優先してきたが、お金の幸福論は限界に来ているのではないだろうか。

お金は幸福の必要最低限ではあるが、最大要因ではない。

一度も通帳に7桁以上の金額が印字されることがなかった僕の人生だったが、家族5人を塾と百姓仕事で養ってきた。

今年生まれてはじめてケータイを持ち、生まれてはじめて飛行機に乗った。世間から見れば、けちな貧乏暮らしだが、無い袖は振れない。

自分でやれることは自分でやる。生きる哲学を持つ。流行や世の中の流れに迎合ばかりしていたら、いくらお金があっても足りない。頭だけじゃなく、身体も心も鍛えなければならない。生きる不安は、お金の無さじゃなく、お金に頼ろうとする心の弱さであることに気づくべきだ。

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2013年10月28日 (月)

富有柿を頂きました

今年の7月に岐阜の上野塾におじゃましました。

友人の上野先生はとっても律儀な方で、義に生きる塾屋さんです。僕のような器の小さい男とは違って、決断力と実行力は天下一品。

経営者として学ぶところは星の数ほどあるわけで、上野先生の爪のあかでも煎じて飲まなければならないかねごんです。

今年も上野先生から岐阜の富有柿を頂きました。

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めちゃくちゃ美味の柿です。恐縮至極とは全くこの柿のためにあるような言葉でして、本当にありがとうございます。

上野先生、言葉もありません。遠慮無く頂きます。

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バレーボール男子は一関修紅が連覇

春の高校バレー岩手県大会は、決勝戦が行われ、男子は一関修紅が2年連続、女子は高田­が4年ぶりに頂点に立った。
2012年と同じカードとなった一関修紅と、不来方(こずかた)の対戦。
不来方は、最高到達点330cmを誇る絶対的エース・石ヶ森 智哉選手にボールを集め、強力なスパイクで得点を奪った。
しかし、一関修紅は、多彩なコンビバレーで、不来方を翻弄(ほんろう)した。
試合は、一関修紅がセットカウント3 - 1で、2連覇を果たした。
一方、女子は、盛岡市立と高田の決勝戦となった。
悲願の優勝を狙う高田は、サーブで果敢に攻めると、得意の高速バレーを展開し、試合を­優位に進めた。
盛岡市立も、盛岡誠桜を破った底力を発揮し、終盤、驚異の粘りを見せた。
しかし最後は、高田が盛岡市立を振り切り、4年ぶり、20回目の優勝を決めた。
優勝した2校は、2014年1月の全国大会に出場する。FNN

僕が担当している英語クラスには、このバレー部の生徒達が多い。寡黙な生徒達だが、冷静沈着な姿勢が日頃垣間見られる生徒達だ。休み時間に本を読む姿が目につく。いいことだと思う。

津波で街が壊滅した陸前高田市の高田高校女子バレー部が、奇跡の復活を果たした。

今回の地震で体育館が崩壊し、外部の体育館施設の使用を余儀なくされてきた一関修紅。そして街そのものを失ってしまった高田高校。逆境をプラスに転嫁するそのエネルギーを糧に、岩手の勇として今度は全国の頂点をめざして欲しい。

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2013年10月27日 (日)

自分を褒めてあげたい(笑い)

昨夜は平泉吉野屋さんにてイーハトーブ音楽祭があって、僕も歌を歌わせてもらいました。お客さんは立ち見が出るほどの大盛況。本格的なジャズやブルースを堪能できとても楽しいひとときでした。

僕は小指の脱臼のためかろうじて1曲奏でるのが限界でしたが、我ながら頑張ったと思います。自分を褒めてあげたいです(笑い)。

ライブの疲れではなかったかもしれませんが、今日は寝坊をしてしまい、9時近くまで惰眠を貪りました。珈琲を流し込み、卓球の指導に出かけてきました。

午後は次男坊の力を借り、自宅裏の土手の石垣作りに精を出しました。

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1個10キロ以上ある川石を、20個以上積み上げました。除染を兼ねて杉林を伐採したところ、土手がもろくなり、雨のたびに土が流されるようになったので、雪の季節が来る前に土木作業をやったしだいです。

次男坊は勉強は苦手なようですが、こういった作業は文句を言わず手伝ってくれます。助かります。

ところで卓球の指導から帰って来る途中こんな看板がありました。

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鳥居があると、神様が山にお住まいになっているような感じで、ゴミを捨てる人も減るかも知れませんね。

鳥居がなくても、山には山神様がいらっしゃるとは思うのですが、平気で山や沢に粗大ごみを捨てる人がいるのは、困ったものです。

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九九の勉強

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小学校2年生のYちゃんが九九の紐を使って九九を学びました。最近1階教室でやっている風と虹の教室の小学生が、2階の大験セミナー教室に侵入して(笑い)一生懸命勉強をしています。

髭面のおじさんをチラ見しているのは、怖いんでしょうか。それとも珍しくて仕方がないのでしょうか。

こんな楽しい九九の勉強だったら、僕も勉強がおもしろかったのになと、遠い昔の頃をふと思い出していたかねごんでした。

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2013年10月26日 (土)

真夜中の大きな揺れにびっくり

気持よく眠りに落ちた頃、突然大きな揺れに目が覚めた。長い揺れだった。福島沖を震源とするマグニチュード7.1の地震だった。

津波警報が発令された。真夜中であったが、避難された方々も多かったと思う。東京電力福島原発も宮城女川原発も、放射能値の変動は測定されずとの速報が流れたが、危機一髪という恐怖を感じた原発作業員の方々も多かったはずだ。

度重なる台風の増水で、高濃度の汚染水が太平洋に流失し、追い打ちをかけるように大きな地震が多発。

大体にして10月に入って、こんなに台風がやって来るなんて半世紀以上生きてきた僕だけれど、記憶にない。

地球はきっと大掃除をしたいじゃないだろうか。僕ら人間まで掃除されないように、真摯に今の現実を直視しなければいけないだろうと思う。

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2013年10月25日 (金)

浅田次郎作『憑神』

浅田次郎作『憑神』を読了した。江戸の小話を聞いているような可笑しさと、ペーソスがにじみでてくる作品だった。

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貧乏神やら疫病神を相手に、幕末の江戸で義と人情に戦う貧乏侍の世界は、現代社会の現し世のような物語だ。

酔った勢いで彦さん侍が頭を垂れた祠は、強烈な貧乏神・疫病神・死神が宿る祠だった。神様との駆け引きの中で、さまざまな江戸の人間関係が浮かび上がって来る。

浅田次郎の異色作と言ってもいい、ドタバタ劇である。

秋の夜長、刺激が欲しい方にはお勧めの1冊です。

それにしても浅田次郎の文章はうまい!

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ストロンチウム90が10兆ベクレル海洋に流失

 東京電力福島第1原発で放射能汚染水が海に流れている問題で、東電は21日、事故直後に流出防止工事をした2011年5月以降も、2、3号機のトレンチ(ケーブルなどの配管用トンネル)にたまった高濃度汚染水が海に流出した可能性があり、ストロンチウム90とセシウム137で最大計30兆ベクレルに達するとの試算を発表した。
 東電が規定している放射性液体廃棄物の平常時放出管理目標値と比べ、二つの放射性物質で約60倍になる。
 東電は海への流出量の最大値について、ストロンチウム90が10兆ベクレル、セシウム137が20兆ベクレルと試算。放射性物質が流出するルートとして2、3号機のトレンチのほか、汚染された地下水の流出も否定しなかった。時事通信

ストロンチウムがいかに危険であるのかをウエーブ上からピックアップしてみました。海洋汚染は日々進んでいます。食事からの内部被曝を防御してください。震災から2年半以上が経ち、危機意識が風化してきた感があります。子どもたちの食には充分な注意を。

(転載)

体内に入ると骨などに蓄積する

体内に侵入したストロンチウム90は長期間に渡ってβ線を放出し続ける

 

骨のがんや白血病を引き起こす可能性がある

カルシウムと同じような働きがあり、体内で動き、分布する

プルトニウムとストロンチウムの比較

 

プルトニウム

半減期:24.5万年
体内に入ると骨、肺、生殖線などの部位に取り込まれる。
ストロンチウム(29年)の半減期で比べると、圧倒的にプルトニウムの半減期が長い。

ストロンチウム

半減期:29年
体内に入ると骨に取り込まれる。

 

食品と飲料水に含まれる放射性ストロンチウム90の許容量

 

(ベクレル/ℓ)

1.パン及び穀物製品 5ベクレル
2.粉ミルク 100ベクレル
3.果物  10ベクレル
4.肉及び肉製品 20ベクレル
5.魚及び魚肉製品 35ベクレル
6.牛乳及び乳製品 20ベクレル

※福島原発の近くの土壌から発見されたストロンチウムは、1キログラム当たり、3.3ベクレルから32ベクレル。

 

関連リンク

 

 

2013年10月24日 (木)

小学5年生から英語が正式導入

 文部科学省は、小学校の英語教育の開始時期を現行の5年生から3年生に引き下げ、5年生からは正式な教科にする方針を決めた。

 現行では週1回の授業を、3、4年で週1~2回、5、6年では週3回に増やす。世界で活躍する人材を育成するため、早い時期から、基礎的な英語力を身に着けさせるのが目的。2020年度をめどに全面実施をめざす。読売新聞

この文科省の決定で、いよいよ日本の英語教育も革新が起こる。2020年度からの施行となるわけだが、学校によっては毎日英語の授業をいれる小学校もでてくるはずだ。

問題は英語に取られる時間を、他の教科から削減するのか、もしくは時間数そのものを増やすのか、児童の学習時間が増加することは間違いない。

指導する英語教諭の確保も大変だ。児童英語教育という分野は、塾や英会話教室ではある程度確立されてきてはいるが、学校現場ではどうだろうか。指導者のさじ加減で大きな格差が生じるのは避けられないかも知れない。

そして1番変革が起きるのは、中学校英語だろうと思う。従来の英語指導内容ががらっと変わるのか、それとも従来の英語指導を遵守していくのか、文科省の指導方針に揺れる現場が見えてきそうだ。

そして中学校入試に間違いなく英語が加わるだろう。英語塾の鼻息も荒くなるだろうが、グローバル化の並に押し流されないスタンスも大切だろうと思う。

僕は日本語あっての英語教育だと思っている。英語屋を作る敎育ではあってはいけないと思う。

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2013年10月23日 (水)

無題

人生50年と言われたのはむかしむかしの話。今や人生は80年になった。

僕も50を過ぎて久しくなった。いろんなことがあった。

自殺を考えたことはないが、もう死んだなと思ったことは何度かあった。いや正確に言うと2度あった。

こうやって生きているので、僕にはやるべきことがあったのだろうと思う。

不思議なことと言えば不思議ことだけれど、間違いなく交差点で、僕の車に猛烈な勢いで飛び込んできた車があったのに、何故か僕の車を風のように通り過ぎて行った。

もう15年以上も前の話だ。なんでそんな話をするのかと言えば、スペックという映画を観て、ふと思い出したのだ。

あのとき誰かが時間を止めて、僕を救ってくれたんじゃなだろうかなんて、そんな妄想をしてしまった。

人は死ぬ時はあっけなく死んでしまう。しかし死なない時は死なない。人生を決めているのは僕たち自身だろうか。

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2013年10月22日 (火)

音楽祭がやって来る

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今度の土曜日は、い~はと~ぶ音楽祭が、平泉の吉野屋さんで開催される。

時間は夕方6時から。素人さんやプロのアーチストの皆さんが乱れ飛ぶ(笑い)愉快な音楽祭です。出入り自由のオープンなコンサートです。観覧無料です。時間のある方はぜひ寄ってみてください。

小指を脱臼した僕ですが、なんとか演奏が出来そうです。ただし・・・・今回は1曲が限界ですが、精一杯頑張りたいと思います。新曲を歌わせて頂きます♡。

今回も塾の仕事が終わって駆けつけますので、後半の出番になると思います。

ということで、教室のボードにもお知らせしておきましたが、今度の土曜日26日のゼミは夕方6時40分で終了させて頂きます。よろしくお願い致します。

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秋の妖精

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日曜日に風と虹のお茶会があり、可愛いらしいお姫様が現れた。秋の妖精みたいです。

僕には息子しかいないので、女の子がいるお父さんが羨ましい。

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人形劇をみて楽しい1日でした。

一関はこれから紅葉の季節を迎えます。寒さもじわじわとやってきました。

白鳥も第一陣がやってきました。冬支度が始まります。

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2013年10月21日 (月)

平等という前提

全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)について、文部科学省は、来年度から区市町村教育委員会の判断で学校別成績を公表できるよう実施要領を見直す方向で検討に入ることが20日、わかった。

 学校間の「過度な競争や序列化」を招くとして公表は禁じられてきたが、一部自治体などから公表を望む声が強まっていた。専門家会議で11月末までに公表方法についてとりまとめ、要領を改定する方針だ。

 同省は学校別成績について、区市町村教委による公表を禁じ、各校の判断で公表することのみ認めてきた。しかし、大阪府泉佐野市が昨年10月、今年度のテストで市立小中学校の成績を公表する方針を一時打ち出したことを機に、同省は今年2月、来年度以降のテスト結果について公表のあり方を検討する姿勢を示していた
。読売新聞

学力テストを実施することで、文科省は何をしたいのかということをはっきり意図していないことが1番の問題だろうと思う。

過度な競争を煽らないための未公表と言うが、各県に附属中学校が誕生し、小学生の中学受験が加熱している昨今、白々しい言い訳にしか聞こえてこない。

勉学に劣るものは、生きていくことが大変だよ。だから必死に学校の勉強をすべし。という暗黙の認識が世の中にはある。これを誤魔化してオブラートで包んでも、現実としての競争社会のなかでは、やはり優秀な人材が地位と財力を手にしていく国であることは間違いない。

計算ができ、語学が堪能で、文章力があって発言が巧みな人間を育てるのが教育の目標だというのならば、確かに日本の学校教育は間違った方向には進んでいないだろう。

しかし、そのような教育になにか割り切れなさや、矛盾を感じている人達が多いのも現実だ。

能力や人間の資質を平等だという前提で進めていく教育のあり方が、今1番問われている問題点だと僕は思っている。

マルチ人間を育成する教育では、弱者を救済できないだろうし、かと言って学力重視の受験体制を破棄することも到底出来ないことだ。

日本社会には肉体労働者を軽視する風潮がずっと根強く残っている。農民に対する歴史を眺めれば一目瞭然だろう。体を使い、汗水流しながら働く労働を毛嫌いする日本人の物の考え方が、実は日本の教育を歪めてきた原因の一つではないだろうか。

労働の代価は生活の安定である。勉強の代価はなんだろうか。この答えが有耶無耶にされる社会こそ、僕は偽りの社会だと思っている。自殺が増えるのも、精神疾患が増えているのも、希望格差社会が蔓延して行っているのも、教育が、汚いものに蓋をするような、偽の金メッキを貼り付けるような、教育を施行してきたせじゃないだろうか。

出来なければ出来ないなりの生き方がある。馬鹿は馬鹿なりの生き方があるのに、その馬鹿さ加減を認めさせないし、認めようともしない。その結果、馬鹿の良さを抹消した社会を作ってしまった。

中途半端な利口者は食べていけない社会を作ってしまったと僕は思っている。

障害者に対する政策も全くひどいものだ。施設に召喚し、当たり障りのない軽作業をさせおけばいいだろう的な発想しか見えてこない。違うだろう。彼らだってお金を稼ぎ結婚をして自立したいのだ。そのためには人の数倍の努力が必要だ。現在の学校教育では戦線離脱を余儀なくされてしまう。

人間は身体能力も頭脳も様々だ。優秀な人材だけが、豊かな暮らしを保証される社会なんてどうみてもおかしいだろう。それを平気で推進してきた日本の教育は、全然優しくない。優しくないから行きたくなくなるし、問題が多いのだと思う。

優しい教育にしなければならない。

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2013年10月20日 (日)

セクシーな大根を置いていたら、うちの猫が隣にくつろいでいた。

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先日中学生に俳句を教えていた時、大根が冬の季語であることがほとんどの中学生が知らなかった。

大根を干して漬物にする光景なんて、確かに見なくなったもんな。

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松井稼頭央の神の手で大手

◆パ・クライマックスシリーズ最終S第3戦 楽天2─0ロッテ(19日・Kスタ宮城) 楽天がクライマックスシリーズ最終ステージ突破に、王手をかけた。2回に松井稼頭央内野手(37)の好走塁などで2点を先制。先発した美馬はプロ初完封の力投を見せ、ロッテを振りきった。1勝のアドバンテージを含め3勝1敗。あと1勝すれば、日本シリーズ初進出が決まる。

 止まることなく、全速力で三塁ベースを駆け抜けた。0―0の2回2死一、三塁。一塁走者の松井は、嶋の三塁線を破る当たりで一気に本塁を狙った。「どんなことをしても(本塁へ)帰るつもりだった。必死だった」。ブロックする里崎の股間から左手を伸ばすと、ホームベースに触れた。まさに“神の手”で、チームに貴重な2点目をもたらした。スポーツ報知

ほとんど野球に興味を示したことがない僕の母が、楽天に夢中になっている。楽天が勝った日は機嫌がいい。そして負けた時は、どうして田中をださないんだとぼやいている。

きっと楽天で名前を知っているのは、マー君と前監督の野村監督の名前ぐらいで、現在の監督の名前すら知らないだろうと思う。

まあいいか。

楽天がジャイアンツに勝ったら、きっと歓喜乱舞するだろうな。僕も・・・・

それにしても松井稼頭央の判断は素晴らしかった!

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2013年10月19日 (土)

人生の断捨離

強いチームや、強い人間が好きだという人は多いだろう。

僕は実はそうじゃない。弱い人間が好きなわけではではないが、強さを誇る存在は苦手だ。

強者は真の勝利者ではない。負けのなかにも勝利がある。

高額の収入も、豪華な家も、高級車も人生の栄光じゃない。大切なのは自己の存在物としての居心地よさじゃないだろうか。

人生はゲームじゃない。人生は勝ち負けじゃない。人生の価値はお金じゃはかれないものだ。

僕が言うと負け惜しみのようになってしまうが、断捨離は必要だ。

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2013年10月18日 (金)

一度自分をぶち壊す勇気が必要だ

就職活動をした学生のうち2割が活動中に自殺を考えたことが18日、自殺問題に取り組むNPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」(東京)の調査で分かった。
 同NPOは今年7月、都内で就職活動をしていた大学生ら122人に聞き取りや郵送で調査を実施。この結果、全体の21%に当たる26人が就職活動中に「本気で死にたいと考えたことがある」と回答した。
 同NPOの清水康之代表は「周囲が内定する中で、不採用が続き、極度の不安・緊張状態に置かれればうつ状態になり、自殺を考えてもおかしくない」と分析。「大学進学が目的化している教育を改め、社会で働いていくことを念頭に置いた教育に変えるべきだ」と指摘している。
 大学に対しては、就職活動で失敗したが立ち直った人の例を学生に紹介するなど、相談しやすい体制の整備を提言している。時事通信

就職難が深刻だ。大学で奨学金を借りたけれど、仕事に就けなくて返済できない若者たちが増えている。由々しき状況だ。

奨学金を返済出来ないどころか、都会での生活がままならず、夢なかばで田舎に戻り、バイトで青春時代が過ぎていく若者たちも多い。

お金がなけれ、結婚どころかデートさえままならない。

希望格差社会という言葉が生まれて久しいが、若者たちに限らず、労働をとりまく不平等感は今やマックスに達しようとしている。

本来なら学生運動や若者たちの市民運動が猛烈に起こっておかしくない状況なのに、そうはならない。飼いならされた群衆というわけではないだろうが、実におとなしい。

僕らの時も就職難だったが、自殺願望の若者なんてほとんどいなかった。仕事ななければ肉体労働でも水商売でもなんでもやった。

今の若者は頭脳明晰だが、飛躍感がない。非常に保守的だ。一度自分をぶち壊す勇気が必要な気がする。

仕事が無いのは、運が悪いわけでも、人間性を否定されたわけでもないのだ。会社が見る目が無いだけだ。雇ってくれるところがないならば、自分で仕事を作ればいい。死ぬ気になれば何でもできるなんていう言葉があるが、別に死ぬ気にならなくても、仕事の種は一杯そこらじゅうに落ちている。

僕も食えないと言われた仕事を30年もやってきた。それなりに頑張ってきたつもりだけれど、やっぱりそれなりだった。でも自分が好きで選んだ道なので後悔はしていない。

こうあるべきだなんていう幻想から脱皮しようぜ。僕はそう思うな。

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ブログさまさま

7年弱毎日ブログを書き続けてきたが、ここ2日間のブログ記事ほど塾生の募集に反応があった記事はなかった。ありがたい。

春期講習も、夏期講習も、冬期講習も、ブログで宣伝してもせいぜい1人か2人の生徒がブログの記事で問い合わせて来るのがやっとという感じだったが、昨日、今期入塾出来る生徒が月曜日と、金曜日の7名だけですよ~と言う記事を書いたところ、昨日1日だけだで、5名の入塾が決まった。

これもスマホが普及した影響だろうか。一関市周辺のインターネット環境がなかなか進んでいない状況の中、スマホの普及が、一気にネットの環境を変えたのだろうか。

塾の入会だけだじゃない。僕が指を脱臼した記事を書いたところ、保険会社から電話がきた。僕の記事を見た、金沢とうちゃんの会の事務局の方が、保険会社に連絡をして下さったのである。ブログさまさまである。

ついでにもうちょっと・・・・・・

僕がインスピレーションに導かれてリサイクルショップで買ってきた絵を教室に飾ったところ、この絵を飾った瞬間に2件の問い合わせがあり、1周間で6名の生徒が入ってきた記事を今月の頭に書いた。

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この絵である。

指を脱臼したことを除けば、いい流れがやってきた気がする。それにしてもこの油絵誰が描いたんだろう。額縁も手作りだ。サインもなにもない。不思議だな~、

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2013年10月17日 (木)

叫び!

教室の窓際で、叫んでいるロックシンガーがいる。

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彼は何をシャウトしているのかというと、僕のココロのいや魂の叫びを代弁しているのだ。

震災以後吠えまくってきた。さすがに少し疲れた。

仕事をそっちのけでシャウトしてきた感がある。ここいらで大勢を立て直したい。ただ沈黙するのも腹ただしいので、このフィギュアに叫びを代弁してもらおう。

東京電力そして官僚ども、ふざけんなよ!

これは彼が叫んでいるわけでして僕じゃありません。あしからず。

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灯油代が痛い

寒くなって愛猫はストーブのある部屋から動かなくなった。猫も暖かいところがいいらしい。

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息子たちと一緒にまどろんでいる。

ところで近年困っていることがある。冬期期間の灯油代の出費だ。息子たちが小さかった頃は、みんな茶の間で集まって過ごしていたので、それほど灯油代はかからなかったのだが、それぞれ大きくなり、部屋で過ごすので、一冬ざっと25万円は灯油代がかかるようになった。

典型的な昭和の農家の家なので、広いのがとりえで、断熱材など一切使っていない。真冬になると廊下はマイナス10度を下がる。

今日も軽トラック行って灯油を買ってきたのだけれど、リッター93円だった。3つの灯油缶に入れると5000円札が飛んで行った。脱臼の痛みより、こっちの方が痛い。冬はやだな~。

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寒くなるとジャズが沁みる

夏のような10月の初頭の暖かさは過ぎ去り、いきなり冬の寒さがやって来た。我が家の茶の間にはストーブとこたつが入った。

教室は生徒達の熱気でストーブは要らないが、磐井川の堤防から吹き下ろしてくる風は、もう北風で、いよいよ受験シーズンも架橋に入った。

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毎日塾に入室するのは2時過ぎ頃、床の掃除、トイレ掃除、机の掃除をしながら、手作りのスピーカーから流れてくるのは、コルトレーンの熱いジャズだ。今月に入ってコルトレーンを聴きながら毎日掃除をするのは日課になっている。秋はコルトレーンのジャズが沁みる。

今年は閑古鳥が鳴いていた僕の塾も、ようやく定員になった曜日が出てきました。学年に関係なく入れる曜日は、今年度はおかげさまで月曜日が3名、金曜日が4名となりました。

電話等で入塾の予約を頂いている方は別として、体験入学後、何名かご連絡がない生徒がいらしゃいますが、もし入塾希望の場合は、お早めにお願いします。

11月からは日曜日教室の開校も考えていますが、遠方の生徒さんを優先したいと思います。よろしくお願い致します。

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2013年10月16日 (水)

風と虹の教室・お茶会のお知らせ

今回はおやこカフェ♪~

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10月20日(日)

13:30~15:00

参加費500縁

ていねいに作られたおやつを食べながら

ゆっくりお茶を楽しむ時間

お子様はその間、お絵かきや

ぬくもりのあるおもちゃでおままごとで遊んだり

人形劇を観たりします。

♪~はじめての方大歓迎♪~

場所 : 一関市花泉町金沢字東要害30

(刈生沢コミュニティーセンターそば)

子ども教室 風と虹 親の会

kazetoniji@flute.ocn.ne.jp

080-1827-2514(金田)

今回もかねごんのREADINNG MIND カウンセリングコーナーを開きたいと思います。

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待っているよ!(爆笑)

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2013年10月15日 (火)

アンパンマン・ジャズバージョン

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僕が、長年通い続けてきたジャズ喫茶モリソンのスピーカーだ。多くのジャズを聴いてきた。

ジャズの調べは僕にとっては癒やしであり、瞑想だ。そして珈琲は魂の栄養剤だ。

漫画家のやなせたかしさんが亡くなった。僕の息子はアンパンマの歌を聴きながら育ったと言っても過言じゃない。

さすがにモリソンでアンパンマンは流れなかったが、今日は本城中学校3年生のジャズバンドで、やなせさんを偲びたいと思う。

中学生とは思えない素晴らしい演奏です。天国のやなせさんに届くかな。

94年間の人生お疲れさまでした。

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完璧な脱臼だった

バスケットで負傷した左手の小指の治療に整形外科に行ってきた。

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レントゲンの結果、骨折はしておらず完璧な脱臼だった。

先生いわく。

「すぐに自分で引っ張れば戻ったのに」

僕・・・・????????

万が一骨折をしていたなら、引っ張ったらヤバイでしょう。と言いたかったが、そこは年を重ねたいい大人。すいませんと言いながら、おもいっきり曲がった小指を引っ張られた。

涙目・・・・。痛たっっっっった。

塾にもどって上の状態でギターを握ってみた。ハイコードを小指を使わずオープンコードで弾いてみたら、なんとかいけそうだ。

今度のライブは大丈夫かもしれない(無理笑い)。

ギブスを3週間装着しなさいと言われたが、気合で1周間で治してやる。

今度の日曜日は町内卓球大会だ。

「かねごんさん、試合でれますか」との電話が来た。大丈夫だろう・・・・と思う

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2013年10月14日 (月)

宇宙人襲来!

今朝庭で猫とたわむれていると。上空から何やら気配が感じられる。眺めるとUFOか????

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違う方角からさらに違う物体が。

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気球だった。

だんだん僕の家に近づいてきた。

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屋根の上に接近。上空から「おはようございます」と挨拶された。宇宙人ではなかった。

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とうとう僕の家の田んぼの隣に着陸。びっくりしたな!

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2013年10月13日 (日)

花泉瀬古杯マラソン

前の記事の続きの話だが、小指を痛めた僕は、テーピングしようと軽トラックで自宅に戻った。

今日は瀬古利彦杯花泉マラソン大会で、10キロコースは僕の自宅の前を選手達が通り過ぎて行く。自宅に戻った時間は、まさに選手の皆さんがやって来る時間。小旗を持ち選手の応援に声を張り上げた。

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今日は快晴に恵まれたものの、風の強い日だった。強烈な向かい風で、折り返しは大変だったろうと思う。

多くの選手たちが走りすぎて行く。中学の時に卓球を教えた高校生たちが、僕に挨拶をして駆け抜けて行った。塾の卒塾生もいた。ご父兄もいた。そして市ヶ谷小学校オヤジの会のメンバーの参加もあった。

何故か5キロのコースにうちの愚息も参加した。受験生の片鱗も見せない我がせがれは、世の中を達観しているのか、もしくはなめているのか、指が痛くて顔をしかめている僕を横目に、清々しい顔で、疲れを見せず、夕飯を食べていた。ちなみに順位は10番台だったらしい。

全ての選手を見送った僕は、金沢公民館に戻り、市ヶ谷小学校オヤジの会、金沢小学校父ちゃんの会の、食事会に合流した。

美味しい新米と豚汁、そして思い出話に花が咲き、あっという間に至福の時が過ぎて行った。

ところで例のすけっとアメリカ人を相手に、流暢な英語を話している金沢の父ちゃんが数名いた。そんなメンバーがいるからこそ、この交流会も長い間続いて来たんだろうなと、僕はあったかい豚汁に顔を埋めながら、秋の味を満喫していた。

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市ヶ谷小学校オヤジの会 VS 金沢小学校とうちゃんの会

新宿市ヶ谷小学校のオヤジの会のメンバーが花泉金沢にやってきて、交流会のスポーツ大会をやった。昨日は野球、今日は卓球とバスケットボールの試合を行った。今年で8回目のOB会の親睦会となる。

実は一関市立金沢小学校は、四半世紀以上にわたり、市ヶ谷小学校との交流を行って来ている。夏は市ヶ谷小学校の児童60名近くが、金沢にホームステイをし、自然体験を通じ、岩手の文化や風土を学んでいる。

また金沢小学校の児童たちは春に市ヶ谷小学校を訪れ、都会の風を感じ、都会の子どもたちとの交流を行ってきた。

PTA主催でこのような交流が四半世紀以上続いているのは、全国でもこの両校だけだろうと思う。

震災後、放射能問題等で継続が危ぶまれた時期もあったが、交流のバトンタッチは切れることなく多くの皆様の努力で繋がれてきた。皆様の情熱と絆によって、交流会は続けられてきたと言っても過言ではないだろうと思う。

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今日は花泉中学校の体育館をお借りし、卓球とバスケケットの交流試合を行った。卓球の試合は我ら金沢が勝利した。調子にのった僕はバスケットのコートにも降り立ったわけだが、準備練習もろくにしなかった僕を、試合開始早々悪夢が襲った。

ボキ。にぶいい音とともに小指に激痛が走った。やっちまった。自業自得である。病院に行こうと思ったけれど、あいにく今日の休日当番医院は内科医と皮膚科の病院だったので、明日か、明後日に専門医に行って治療をしてもらおうと思う。

試合の結果は市ヶ谷小学校オヤジの会が、圧倒的勝利をおさめた。なにせ今年の市ヶ谷オヤジチームは、身長190センチ近くのプロバスケット選手並みの風格を備えたすけっとアメリカ人を有していたので、全く歯が立たなかった。負傷していなければ、ことしも僕のなんちゃってどんぶり投げシュートを決める予定だったが、全くもって残念であった。完敗である。

皆さんには大変ご心配をお掛けし申し訳なく思っています。まあこうしてブログを打ち込めているので、ご安心ください。小指の負傷ごときで、弱音をはく私めではございません(笑い)。

ちなみに痛風の発作の痛みの方が、骨折の痛みより強烈です。したがってなんとかなるでしょう。

しかし、今月の26日に行われる平泉吉野屋さんでのイーハトーブ音楽祭のライブ出演は残念ながら無理かもしれません。ギターコードを抑えることは厳しいかもしれません。ご了承ください。

本日の教訓。年をとったら無理するな。ハイ。

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創造するということ

最近多くの方が、リストに様々な石のリングをつけていたり、エネルギーを増幅するようなペンダントをつけている方が増えた。そういう時代なんだろうと思う。

俗にいう波動をいうものを多くの方々が気にし始めたのだろうと思う。宇宙や地球と我々人間が、リンクしている存在であることを感じているのかも知れない。

僕は龍神が好きな神社オタク人間だが、古代から信仰されてきた磐座(いわくら)やストンサークルにただならぬ興味を感じてきた。一関の周辺には、縄文の時代から信仰されてきたであろうそういった遺跡が数多く点在する。いわゆるパワースポットと言われる場所だ。

水沢の正法寺・平泉の達谷窟・衣川三峰神社・束稲山・そして舞川の烏兎ヶ森の巨岩など、その磐座に佇むと、古代からの祈りの風が吹いてくる。

人間はいつの時代も幸福を追求する存在なんだろうと思う。どんな時代であれ、生きていくことが最優先せれてきた我々は、この世界をどんなふうに捉え続けてきたのだろうか。

僕は、この世界は我々人間の内面が創りだした世界だと思っている。起っている事象が幸福ととらえるか不幸と捉えるかは、まさにその人間の想いのキャチする波動によって構築されていく。

自分は、この世界では生きるに値しない惨めな存在であるとみなせば、そのような世界が醸しだされ、繁栄と栄光の存在物だと自覚している人間は、そのような力強い世界を生きていく。

運命や宿命があるとすれば、心の映像力、想像力の違いではないだろうか。心で思わないことは、実行することは出来ないだろうし、現実にしていくことは難しい。

そういった点では、テレビという映像機器が発明され、我々人間の感情や想像力がマスメディアによって支配されてきた。善なるものと悪なるものが増幅されてきたと言っていいだろう。人間は2分化されてきた。知らぬ間に幸福感が淘汰され、また架空の哀しみに打ちひしがれている人間。一方愛に導かれ、感謝することの日常を神心として体感できる人間。

死についてもそうだ。子どもたちが読む多くの漫画を見てみるとよい。人間はいともたやすく殺され、そして再生していく。生きることの重心が歪んで当たり前だろう。性描写を管理する前に、やらなければならないのは、安逸な死の再生だ。

宇宙人がいるとかUFOに乗ったとか乗らないとか、そんな話題を多く耳にする。地球に人類が誕生して100万年、2000年前に新石器時代から文明を作った人類は、宇宙に人間を送り出し、コンピューターを世界にめぐらし、人類を7回も終焉させることが出来る核爆弾を保有した。

98万8000年も、人間が進化することなく石斧と槍を手にしたまま生きてきたと思うほうがおかしいだろう。2000年間でこれほどテクノロジーを発展させた人類が、数十万年沈黙をしていたと考えることの方が異質だと僕は思う。

度重なる地球の環境の悪化に、他の惑星に避難したかつての人類がいたかも知れない。過去が劣っていたと考える発想は僕らの奢りだ。地球にやってきている宇宙人らしき存在は、僕らの祖先と考えれば、多くの謎が解ける。

僕らの肉体は電子顕微鏡で覗けば分かる通り、原子と分子の巨大な配列の空間によって造られている無の存在だ。ありとあらゆる存在物がそうだ。そのひな形は宇宙そのものだ。実態がない無の存在が、思考や感情を持つ存在物として創造しされ生命を宿している。

人間の脳細胞は数十億の細胞でできているようだが、そのスーパーセントしか使われれていないと言う。僕はこれを人間の退化だと思っている。かつての人類は、木々や大地や岩や植物と、神の声である感情の交流を可能にする能力を有し、星の波動と連携して、自分の中の神と交流できた存在じゃなかったかと思っている。

時間という概念にからめとられ、自分の感情を拡散できなくなった存在。自分の人生が思い通りにならないのは、努力が足らないと思うのではなく、運命や環境のせいにしてしまう存在。

努力することが出来ないのも、環境のせいだと言うのなら、いったい僕らの存在の価値観はどこに根ざすのだろうか。願いが叶う石や波動水をいくら身につけたところで、自分の目指す理想が描けなければ、単なる慰めとしてのガラクタに過ぎない。

東日本大震災の後、僕の周辺では霊性に目覚める人たちが増えている。お金や権力と言った価値基準を人生の根底に置くことをやめ、自分らしき生きるということに、想いを強く抱く人たちが増えている。

それは決して諦観などではなく、欺瞞などではなく、新しい時代を創造したいという魂の希求なのだと思う。時代は今大きく転換している。

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感情は神様の言葉

秋と言えば読書の秋。

週末古本屋を2軒はしご。3時間ほど本の背表紙を眺めて瞑想状態。

おなじみの本から、全く未知の作家さんの作品まで、限りなき本の海が広がっている。実に様々な本がある。

いったい誰が読むんだろう。こんなにたくさんの本を。

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老眼がすすんだ僕は、かすむ目をこすりながら本の背表紙を凝視する。触手が動かない。結局手ぶらで古本屋さんから退散。

震災以後あまり本を手にとることがなかった僕だが、今年は久しぶりに本を読み続けている。

徳川家康26巻を皮切りに、夏からこの秋にかけて、読書は充実している。何故か時代小説から後戻り出来なくなっている。そのせいだろうか老眼鏡の度数がまたあがった。

感情は神様の言葉。思考は人間の言葉。そして本は感性の言葉。そんなフレーズがこぼれ落ちる。秋らしい。

高校生の頃は、本を読めば頭が良くなると思っていた。勘違いもはなはだしい。本は心の栄養にはなるが、頭の偏差値はあがらない。せいぜい現国の力が少し良くなるだけだ。

そうそう、自分の感情を分析する力が少しつく。神様の言葉が、ちょっと理解できるということかな。

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2013年10月12日 (土)

グッドラック!

ぶっちゃけ、なにもかも嫌になってしまう時ってあるね。こんちきしょうなんて叫びたくなることがある。

大人って大変だよ。駄々をこねることも出来ないし、嫌だからといって拗ねることもできない。忍耐あるのみ。

人間関係が嫌ならやめりゃいいと思うかも知れないが、そうは問屋がおろさない。養わなければならない家族がいるし、生きて行かなけりゃいかない。大変だよね。

自由になりたいと誰もが思う。でも自由って難しいんだよね。いつも他人が気になって仕方がない。自分が自分でいることが出来ないのは、比較をするからだ。

誰と・・・・。

自分より幸福な人間や、金持ちの人間と。

自分は自分でいいんだよ。

いつから自分が自分でなくなっちまったんだろうて悩むなら、まずは悩むことをやめること。

生きてりゃなにかいいことがあるんじゃないかと思うこと自体消極的。あるんじゃないだろうかじゃなくて、ある。

きっとある。間違いなくある。絶対ある。

だから愚痴はやめて、生きてることに感謝をしようぜ。

悩める子羊たちにグッドラック!

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2013年10月11日 (金)

カミングアウト~僕が考える死生観~

僕は塾の先生をしていなければ、スピリチャルなことなど考えないただのおじさんだったかも知れない。

子どもたちは実に多くの質問をしてくる。

「神様はいるんですか」

「宇宙人はいるんですか」

「死んだらどうなるんですか」

「先生はどうしてハゲているんですか」笑い・・・

などなど。

肉体的な死はあっても、本質的な死はないというのが僕の死生観だ。つまり僕らは死なない。

ちなみに神様はいるけれど、それは僕らの外に求める存在ではなく、僕らのなかに満ち満ちている。僕はそんなふうに考えている。

文系人間の性(さが)で、若い頃から実に本は一杯読んだ。読みすぎて鬱になった時もしばしばある(苦笑い)。

かつての記事にも書いたが、1万冊を生涯読書冊数と掲げ頑張ったのだけれど、心を病みそうになったので途中で止めた。数を読めばなんとか人生がわかるのじゃないかと思ったが、若気の至りだった。

直感を鍛えるのには、瞑想や座禅がいいと言われるが、僕はそういったたぐいのことはやらない。一人黙々と山野を歩いたり、星がまたたく夜空を眺めたり、ジャズを聴きくことが、言ってみれば、僕の精神修行みたいなものだ。それらが僕にとって瞑想なのかも知れない。

僕のブログを読まれている方が、突然塾に訪ねて来ることがある。基本的には仕事がある時は面会をお断りしているが、かつての教え子やご父兄の紹介となると、遠くからお越しいただいた方を無碍に返すのも忍びなく、数分間お話を伺うわけだが、僕をヒーラーかなにかと勘違いされて来る方がいる。

確かに前世の話や、不思議な話を書くことが多いけれども、決して霊能者ではないし、宇宙人でもないし(笑い)、ヒーラーでもない。何処にでもいる、初老のハゲオヤジである。10月6日の記事に僕の顔を載せたので確認して欲しいのだけれど、そういったたぐいの雰囲気などみじんもないボケ顔である(爆笑)。

ただ、人間は地球やこの宇宙で輪廻転生を繰り返す魂の旅人だと確信してからは、僕の肝は座った。極端に言ってしまえば、死が怖くなくなったし、いままで偶然だとみなしてきたことが、すべて意味があることだと実感することが圧倒的に増えた。

彼岸を超えて、あっちの世界に行く人は自分の意思で向かっている。それだけは間違いなく言える。若くしてし、幼くして旅立っていく魂もそうだ。残されるものの辛さや哀しみは大きいけれど、これもソウルメイトたちが学びの為に計画した深遠な世界の愛の発露だ。

僕らはなんどもこの地球で、人生を生きていく。それは決してやり直しなのではない。愛の学びのためだ。両親を選び、環境を選び、チャレンジャーとして僕らは地球に誕生する。

失敗も学びだ。もちろん成功も学びだ。人生に無駄なものなどない。生きて生きて、とことん生きて行こう。何も怖がることはない。

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2013年10月10日 (木)

浅田次郎『壬生義士伝』

浅田次郎作『壬生義士伝』を読んだ。学び舎の小林正弘先生がブログで紹介していたので、読んでみた。涙、涙の連続で、困ってしまった。

小説を読んでいてこんなに泣いてしまったのは、人生はじめての経験だ。読み終わった昨日は虚脱状態だった。

飢饉が続く中、妻と子どもに給金を仕送りするために、南部藩を脱藩し、新撰組に入った足軽職の吉村貫一郎という武士の義に生きた物語である。

幕末の混沌の中で、家族の為に生命を顧みない男の生き様に、涙が止まらなかった。家族愛を描いたこれほどの小説があっただろうか。

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家族に対する究極の愛を、浅田次郎はこの作品で描き切った感じがする。小林先生も浅田次郎の文筆力を賞賛されていたが、浅田次郎の文章は凄い。うまいんじゃなくて凄い。

彼の短編はいくつか読んだことがあるが、人間のはかなさ、切なさを、えぐりとってそして癒やそうとする執念を感じる。

この作品にはまいったという感じだ。お父さん方、ぜひ一読してみてください。後半の下巻は、人前で読まないほうがいいかも知れません。きっとハンカチがぐしょぐしょになると思いますので。

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再会

先日12年ぶりに、とある卒塾生がやってきた。塾の玄関で思わずハイタッチをしてしまった。30歳を過ぎ素敵なレディーになっていた。

彼女の世代は僕としてもさまざまな思い入れがある。僕が大学受験英語専門塾の看板をおろし、中学生の全教科指導を始めた最初の生徒達だった。もう17年も前の事だ。

彼女は中国の北京大学で学んだ才女だ。日本に戻って来たたびに、さまざまな大学での様子を聞くことができ、僕自身とても勉強させられた。

新しい世界に挑戦するために、また学校に行くのだという。母校に卒業証明書をもらいに来て、僕の塾に寄ってくれた。

「先生昔とぜんぜん変わらないですね」

褒めて頂いた。いやきっと僕の30代の頃の方が、いろんな意味で老人だったかもしてない。肉体的にも精神的にも・・・・・。

当時の様々な光景がよみがえってきた。懐かしい。

「教室が新しくなって、先生儲かったんですね」と言われたが、いやいやこの教室は大家さんが建ててくれたもので、決して僕が建てたわけではない。

お母さんを車から呼んできた彼女は、僕とのツーショットを写真におさめ、

「新幹線の時間があるので、失礼しますね、今度ゆっくり来ます」と言って、さわやかな笑みを残して去っていった。

新しい道に、驀進して欲しい。

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2013年10月 9日 (水)

ちょっと休憩

僕のブログ記事は成功してお金持ちになったとか、教育者としてすげ~実績を出したとか、そんな物語などでは決してない。自分で読み返しても時に論点がないボヤキ記事ばかりだ。

岩手の山村に住み、ほんのわずかな田んぼを耕し、夫婦で小さな塾を営み、いつの日か住民税を払えるような暮らしをしなければと考えているような貧乏人だ。

塾生は増えても50人ぐらい。5000円の月謝の僕の塾は、家賃やら経費を除くと、残るお金はほんの少しだ。しかし、お米や野菜を作り、季節ごとの山菜に恵まれた山里に住んでいるので、お金がなくても食べることには不自由してこなかった。

しかし震災がやってきて状況は変わった。東京電力福島第一原発から拡散した放射能がこの僕の山里を襲った。自宅教室の除染にかかった費用は僕の貯金を完全に0にしてしまった。

こんな貧乏話を書いている僕をかわいそうに思ったのだろうと思う。地元の私立高校が、英語の非常勤講師として僕を雇ってくれている。本当にありがたいことだ。それどころか塾に生徒を紹介してくれる先生までいる。足を向けて寝られないとこはこのことを言うのだろう。本当に高校の先生方には感謝をしている。

このブログもなんやかやですでに100万人以上の方々に読まれてきた。女房いわく。

「こんな記事をなんでこんなにたくさんの人が読むんでしょうね」ということらしい。彼女も僕と時を同じくしてブログを書き始めたのだが、いまだ5万アクセスもいっていない。きっと羨んでいるのだろう(笑い)。

僕がこのブログで言いたいことは、この7年間ですべて書いてきた気がする。もうこのブログをいつ終了してもいいとわけだが、こんなに多くの人に読んでいただくと気の弱い僕はやめられない(笑い)。

カミングアウトシリーズで、今までの総集編のような記事を書いているが、この辺で書きたいことがあって、長くはなるがその前哨戦のような記事を書いている。もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。

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カミングアウト~77のシンクロニシティ~

掃除をきちんとやり祖先の祭り事をしっかりやると、シンクロニシティが増えてくる。

俗に言う偶然の一致だ。

23年前に塾を始めた物件は、車庫に使われていた倉庫のような建物だった。わずか9坪の教室で、トイレは大家さんの外のトイレを借りた。

自分で壁を塗り、蛍光灯をつけ、手作りの教卓を備え付けた。どこから見ても貧乏くさい教室だった。でも一生懸命手直しをやり、掃除をした。

3月に開校し、3月に集まってくれた生徒は7名。そのうちの2名が僕と同じ誕生日だった。僕の誕生日は2月7日、それが僕を含めて3人。まさに777である。

たまたま借りた教室の住所も一関市磐井町7番地。開校に合わせ農協の口座を作ったのだが、その口座番号にも77のゾロ目が偶然にもシンクロしてきた。

僕の人生に訪れる77の偶然はそれだけではなかった。塾を始めた当初、水沢の駒形神社に、困った時の神頼みではないが、毎月1日と15日には参拝に行っていた。

僕の記憶が正しいければ、10年ほど前だったろうか。ある異変に気づいた。

駒形神社手前の十字路に差し掛かる交差点で、いつも77のプレートナンバーの車とすれ違うのである。もちろん同じ車などではない。

近年忙しさにかまけて、毎月行かなくなったものの、10年間で40回は駒形神社に参拝しただろうと思う。交差点で77の車とすれ違わなかったのは、わずか2回だけである。これを偶然とは呼ばないだろうと思う。

2年前、ブログが縁で知り合った塾の先生たちが、神奈川や岐阜・愛知から岩手にやって来られた。このブログでお馴染みの学心塾のとよ爺先生や岐阜の上野先生、美川先生、愛知の永田先生等が震災のお見舞いを兼ねて一関にやって来てくれたのであるが、その時チャーターしたレンタカー2台が、偶然にも77の番号が付いたプレートナンバーだった。

極めつけは今年の7月7日のことである。僕は上野先生から招待を頂き、花巻空港から名古屋空港へと向かった。花巻空港に着いた僕は、さり気なく空いているところに愛車の軽トラックを止めた。

その前に停まっていた車が、名古屋7719であった。まさに名古屋空港に行く(19)僕は、この数字の神様のいたずらに、不謹慎かも知れないけれど笑ってしまった。

この77の不思議については、実に多くの方からいろんなコメントやメールを頂いた。天使の霊数ナンバーだと教えてくれた読者の方がいれば、コノハナノサクヤビメの心霊数だと教授して下さった方もいた。

中には試練の数だと教えてくれた方もいた。確かにあんな大変な震災が起きたのだから、そうなのかも知れない。

僕は今後もこの77のシンクロニシティときっと付き合って行くのだろうと思っている。僕があっちの世界に行った時にきっと分かることだろう思う。ある意味楽しみだ。・・・・続く。

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2013年10月 8日 (火)

カミングアウト~共鳴~

多くの人が述べていることだが、掃除すること、きれいにすることは、人生を劇的に変える。

僕のような多くの農家の長男が、故郷を離れ離農し、都会で暮らしている方が多いだろう。自分の家の掃除はもちろんのこと、実家の庭やお墓、そしてご先祖が大切にしてきたものを故郷に戻ったときにしっかり掃除しているだろうか。

その家の長男やその長男に嫁いだということは、偶然ではない。祖先からの血脈のなかで、僕らが生まれてきた理由は、多くの祖先の想いを担っている。

神社やお寺に僕らの祖先が祭られてはいるが、生命の本質はこの大地に満ち満ちている。水のなかにも土の中にもそして石の中にも。

雑念とした土地には繁栄は訪れない。どうだろう。光の当たらない暗い木々に囲まれた家や、水が淀む湿地帯に居たいと思うだろうか。ましてや汚れた台所や、ものが散らかった部屋にクリアーナーな感情は育たない。

不登校や病気や、離婚の危機、そして経済の低迷が訪れたならば、自分の家、実家、そしてお墓や、自分の故郷の神社などをチェックするべきだ。台風で倒れた杉が、そのままお墓に倒れていたり、氏神の屋根が雨もりしたりしていないだろうか。年老いた親が、身体が動かないために、仏壇のお供え物がカビだらけになっていないだろうか。

もちろん病気になれば病院に行くことが必要だろう。不登校になればカウンセリングが必要かも知れない。しかし、客観的に自分の身の周りを見て欲しい。そこには必ず雑然とした不共鳴があるはずだ。

僕らは繋がっている。この地球にある全てのものも繋がっている。自然物も人工物も、全てが地球の破片でできている。目に見える物質は、全てが分子、原子で繋がっている。共鳴しているのだ。

部屋の中を汚くしていて、綺麗なリストストンを巻いても、神仏の祭り場を掃除しないで、いくら学問を学んでも、その知は育っていかない。

脳のシナプスはまさに共鳴の産物だ。周りとリンクしている。

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2013年10月 7日 (月)

カミングアウト~大地編~

僕は塾で生徒を教えるかたわら、29歳から百姓になった。1ヘクタールほどの田んぼと少々の畑を耕し始めた。

父の手伝いはしたことはあっても、自主的に自分で農地を耕すことは全くのはじめての経験だった。いつ種をまき、どこで追肥をやり、どう管理するかなど分かるはずもなく、隣人のじいさま達がする仕事を真似ながら、なんとかお米を作っていた。

貧乏百姓である我が家に、トラクターやコンバイがあるはずもなく、小さな機械をトコトコ動かしながらの日々だった。

実家に戻り塾を始め、百姓を継いだ3年後、東北を寒い夏が襲った。寒くて8月は半袖姿でいることが出来なかった。1年間の労働の報酬は、わずか10キロにも満たないササクレたもみの収穫だった。

今でも覚えているが、僕は田んぼの土手に仰向けになって、秋の空を見ていた。こんなはずじゃなかった僕の人生はと。

大学での教職課程をほっぽり出して音楽にのめり込み、塾などというやくざな商売を始め、農業はこれまたしんどい割には実り少なく、借金こそしなくて済んだものの、通帳に残った残高は、いつも雀の涙だった。

その翌年の春、築20年になる家の屋根のトタンが錆びたので、高校の同級生が営むペンキ屋さんに屋根のペンキ塗りをお願いした。その時に同級生のお父さんから、自宅裏に祭っていた石宮が、竹やぶやら雑草に埋もれていたのを、叱られた。

「ご先祖が祭ってきたものは大切にして、そしてきれいにしておかなけりゃだめださ」と。痛恨の失策だと僕は思った。

石宮の中でボロボロになっていた御札を焚き上げ、石宮の土台を新しくし、独立する前に勤めていた塾があった水沢の駒形神社の御札を頂いてきてお祭した。そして毎月1日と15日はお水とお米とお神酒をお供えした。

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これがその当時の写真である。それからしばらくして僕は不思議な夢を見た。この石宮に多くの方々が行列してお参りにやってくる夢を見た。700人、いや1000人は行列を作っていただろうか。

僕はその夢を見て、塾でメシを食べていける気がした。あてはなかったのだけれど、翌年から田んぼを半分以上休み、塾に専念した。

あれから20年が経った。どうにか塾教師として家族を養ってこれたことに感謝で一杯だ。

そしてこの石宮に祭った駒形神社の御札が縁となり、新たな奇跡が僕の周辺で起きていく。

・・・・続く。

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2013年10月 6日 (日)

カミングアウト  序章編

突然の嵐のように人生に哀しみがやって来た時に、多くの人は運命を嘆くかも知れない。

でもその哀しみの本質は喪失感でしかない。手にしたものを奪われる喪失感。それは財産もそうだろう。若さもそうだろう。友達や恋人もそうだろう。究極的には生命もそうだ。

その喪失感は本当は幻想に過ぎない。何も失ってはいない。ただめぐって来て、そして去って行っただけだ。

僕が精神世界を熱く語るのは、宗教を信じているわけではないし、特定の神様を信仰しているからでもないし、何かのイデオロギーに耽溺しているからでもない。

家内のシュタイナー教育をサポートし、多くの子どもたちや親御さん方のカウンセリングをやってきた僕は、普通の人間よりスピリチャル性が高いのかも知れないが、どこにでもいる普通の初老のおじさんだ。

あまり自分の素顔をブログに晒すことがない僕だが、7月に岐阜に出向いた時に上野塾の上野先生に撮ってもらった写真を公開した。それがこの写真だ。

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この品のない顔の何処にも神聖さなどない(笑い)。しかしひょっとすると普通の人よりは不思議な経験の数は多いかもしれない。それだけのことだ。

昔にブログで書いたことだがもう一度お付き合い願いたい。僕は20代後半まで全くの無神論者で、前世も来生も信じていなかったし、1番大嫌いなのは宗教だった。中学3年の時、近くの神社の神様に高校合格を願って100円もあげたのに見事落っこちた(笑い)。それ以来神社もお寺も祈願なんかに行ったことなどなかった。

そんな僕に転機が訪れたのは55歳(数え年56歳)で父が他界した時だ。火葬が終わった夜、当時生後10ヶ月になる息子が猛烈に泣きだした。夜泣きなどめったにしない息子の泣き声に僕は目が覚めた。

その枕元に孫をあやすかのように立つ父の姿を見た。葬式の準備やら火葬やらで疲れた僕は、寝ぼけて幻覚でも見たのだろうと思った。しかし家内も見えると言う。

驚きというよりも困ったと思った。死んだらおしまいという僕の感覚が、音をたてて崩れていった。それからだ。僕の人生は変わって行く。

いろいろ書きたいことがあるのだけれど、この父との別れ以上に僕を揺さぶった出来事は7年前のことだった。このこともかつてブログ記事に書いたが再び書かせてもらう。

その年は宣伝をするわけでもなく、塾の実績が華々しいわけでもなかったのに、中学3年生が一杯入塾してきた。僕は教室で何気なくつぶやいた。「どうして今年はこんなに塾生が入って来るんだろう」

突然僕の身体に声が聞こえてきた。

「お父さん、僕のソウルメイトたちだよ」

長男の下に、この世に誕生しないでしまった息子がいた。大きくなっていれば、その年中学3年生だった。僕は教室で一人号泣した。彼のことをすっかり忘却していた僕はかれに謝った。塾生が入らず困窮している僕を、彼は助けてくれたのだろうと思う。

僕は今回のこのブログで、さらなる僕の体験をカミングアウトして行くつもりだ。

・・・続く。

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疑問だらけ

俳優の堺雅人(39)が4日放送のTBS『ぴったんこカン☆カン』(毎週金曜 後7:56)に出演。先月22日の最終回で1977年以降に放送された民放ドラマで過去最高の平均視聴率42.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した大ヒット主演作『半沢直樹』の裏話や一番印象に残っているシーンについて明かした。

 「堺雅人さんと行く半沢直樹御礼参りツアー」と題した企画にスーツ姿で登場した堺。「いろんな方にお世話になったので、お礼を言いたかった。こういう機会をいただけて、うれしいですね。感謝、倍返しでね」と満面の笑みを浮かべ、同番組のMC安住紳一郎アナウンサーと共にロケ地などを巡った。

 番組終盤では、原作者で小説家の池井戸潤氏と監督を務めた福澤克雄氏と共に、半沢の撮影話や裏話を談笑。一番印象に残っているシーンについて堺は「最後の会議のシーン。一生忘れない!」と腕を組み深くうなづくと「だって、(該当シーンの)台本が21ページあって、びっくりして数えちゃいました。最初から最後までやると(シーンは)25分かかるんですよ! それを(テイク)10回くらいやらされた! 10回ですよ!」と興奮気味に語ると「あれは狂気の沙汰ですよ!」と茶目っけたっぷりに振り返った。

 さらに、最後のシーンで大和田常務役の香川照之が土下座するシーンにも触れ「(香川が)なかなか土下座をしないんですよ! この人が土下座すれば早く(撮影が)終わるのに。テイク数重ねるたびに、土下座まで(間が)が長くなって」と語気を強め、「この人、一生土下座しないんじゃないかと思いましたよ」と明かし全員を大笑いさせていた。 (ニフティNEWS)

『半沢直樹』ばりの内部告発があり、みずほ銀行による暴力団関係者への不正融資が発覚し、金融庁が動いた。銀行の謝罪記者会見を見たが、前副頭取と香川照之演じるところの、大和田常務の姿がダブったのは、僕だけじゃないだろうと思う。

僕は銀行のことはあまり知らないのでなんとも言えないのだが、暴力団に融資をする際に、一応収入などのチェックをするのだろうか。

僕など年収が少ないので、せめて借りられるのはコピー機のローンぐらいなのだけれど、組関係者ってちゃんと申告をしているのだろうか。どうなんだろう。

話しは全く変わるのだけれど、俳優の人って、どうやってあの長い台本を覚えるのだろう。売れっこの俳優ともなれば、映画やドラマなど、同時にいくつかの台本を覚えなければならないんだろうが、すごい暗記力だといつも感心する。

僕など自分の作った歌でさえも、歌詞カードがなければ歌えない暗記だめ人間なので、心底感心してしまう。やっぱりコツがあるのだろうか。

将棋の棋士もそうだ。将棋盤がなくても普通に将棋が出来るのは、凡人の僕には理解不能だ。世の中には不思議なことが実に多い。努力でなんとかなるものならば、なってみたいと思うのだけれど、大方は来生に望みを託すとするか・・・・・。

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2013年10月 5日 (土)

寒くなってきた

朝晩はめっきり寒くなり、ようやく秋らしい季節が訪れた。2日前に教室の大掃除をやり、寒くなってきたので塾の勉強机にも靴下をはかせた。

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こんな感じで、ますます教室が和み、ほっとする感じだ。

さて、今年度も受験生がほぼ定員に達した。いよいよ受験に向けてラストスパートの開始だ。焦らなくていい。時間はまだまだある。じっくり構えて行ってみよう!

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原子炉による海水温度の上昇

日本各地の海岸に原発を造るとき、電力会社は「海洋への影響はほとんどない」といった説明をしてきた。だが、福島第一原発の事故後、全国の原発が次々と停止した結果、原発周辺の海域では、魚種ががらりと変わっていた。はからずも、原発の温排水が、日本の海に大きな影響を与えていたと証明する状況になっている。

「原発が停止し、温排水が排出されなくなって、海は劇的に変わりました」

 京都大学舞鶴水産実験所准教授の益田玲爾(ますだ・れいじ)氏がそう実感を込める。益田氏は2004年から、福井県高浜町の関西電力高浜原発の温排水と海の関係について、潜水調査を続けてきた。

 原発は運転中、海水で原子炉の熱を冷やす。そのため、膨大な海水を取水して排出する。その際、海に放出する海水の温度は、通常より7度前後高い。

 京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏が、こう説明する。

「日本の原発がすべて海の近くに立地しているのは、海水を取水して原子炉を冷却するためです。温排水を出す原発は、海を温める装置となっているのです」

(週間朝日より転載)

二酸化炭素による温暖化を軽減するエネルギーが、原子力であると宣伝され続けてきた。

今回の東京電力福島第一原子力事故によって、原子力の嘘が次から次へと暴露されてきている。電力会社も政府も確信犯ならば、その功罪は大きい。

地球の急激な温暖化は、海水の温度上昇によるものとされてきた。原子力発電所の存在が、その大きな要因である可能性さえある。寝耳に水である。

思いが現実を創造する。僕はこの言葉を、人生の座右の銘として生きてきた。僕らの利便性を求める欲望が、原発を造らせてきたとするならば、僕らは本当に生活を改めなければならい。

人生は楽しくなければならないが、快楽的であってはならない。快楽は必ずある種の犠牲を伴うものだ。

他者に迷惑をかけない生活。生命を大切にする生活。そんな当たり前のルールが守れない社会であってはいけない。僕らは繋がっている。

利権や権力による搾取は、間違いなく他者だけではなく自己の尊厳を損なう行為だ。その波動は社会の幸福感を減退させる。やめるべきだ。

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2013年10月 4日 (金)

美しさに呆然とした

今週から文化祭の準備のため、中学生が塾に来るのが遅くなっている。そういうわけで、本日夕方、読書に夢中になっていた。

教室でふと顔を上げると、驚きの光景が目に飛び込んできた。

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窓の外が真っ赤というか、この世のものとは思えない美しい光があふれていた。僕は窓に近づき、磐井川の堤防から須川岳上空の空を眺めた。

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長い人生を生きてきたが、こんな綺麗な夕暮れの空を見たのは初めてだ。呆然としたまま、感動の嵐が僕をしばらく襲い続けた。

参ったと思った。自然の美しさにはかなわない。

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気配りとは

気配りはあらゆる商売の基本だろうと思う。

僕は経営のノウハウを知らないし、ソロバン勘定もなかなかはじけない人間だけれど、相手の感情や気持ちの状態を受け取る能力には少し自信がある。

相手から学ぶ姿勢を崩さないかぎり、多くの情報が入ってくる。別に相手の思考など読む必要はない。真摯に学ぶ気持ちがありさえすれば、接する相手が先生となり、いろんな情報を与えてくれるものだ。

簡単に言ってしまえば、謙虚であることが時流の状況を察知するコツだろうと思う。謙虚であるためには、気配りが必要だ。気配りをするためには、謙虚でなければならない。

そのためには相手の必要な情報を惜しみなく与えることだ。そこに共生が生まれる。出し惜しみは自分のエネルギーを枯渇させてしまうということを肝に命じるべきだ。

情報はお金だと多くの人が言う。しかし無償で与える情報は、その数倍の情報を伴って戻ってくる。これは運にも言えることだ。

困っている人がいたら助けてあげる。それは至極当然のことであって、そこに打算が生じるのは、人間として未熟ではないが、運を喪失していることは否定出来ないだろう。

結局、気配りというものは、愛であり、危機管理だろうと僕は思っている。打算なき気配りは、運を向上させる原動力だと僕は思っている。

気配りとは、相手を思いやること。人は思いやってもらうことで、自分に自信がつく。しいてはそれが自分の自信にもなり、運の向上にもつながる。

先生と呼ばれる立場の人間は、学問や技術を教える人間だけれど、資格を取らせたり、合格に導くことが最優先課題ではなく、生きる自信をつけさせ、その人の持っている運を呼び起こさせることが先生と呼ばれる人間の1番の使命だと僕は考えている。

そのためには気配りが必要だ。

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2013年10月 3日 (木)

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイス歌唱指導法

アンカヴァーリング・ザ・ヴォイスという歌唱指導法で行います

この歌唱指導法はスウェーデン人オペラ歌手、ヴェルベックが自らの声のトラブルを解決するために研究を始めました。 

ルドルフ・シュタイナーとの共同研究を経て、「人智学に基礎を置く歌唱指導法」となりました。

その後、アントロポゾフィー医師オイゲン・コリスコとの出会いもあり、この歌唱指導法はセラピーとしても発展していきました。 

現在、歌唱教育、芸術的歌唱、歌唱療法の分野で研究と実践が世界各地で行われています。

{声」は私たち自身を深く表現しています。

緊張や不安のある毎日の生活から少し離れて、

自分の声を体験するワークショップをします。

「声」という自分自身と出会い、楽しく歌うことが、

私たちを元気づけてくれることでしょう。

声のエクササイズと歌を歌います。

皆様のお越しお待ちしています。

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日時:2013年10月6日(日)2時~4時

 

         10月7日(月)10時~12時

   両日または、一日のみの参加可。

場所:花泉宿泊交流施設「花夢パル」

   花泉町花泉の字伊勢沢14-3

対象:大人の方

参加費:1000円

講師:平井久仁子

講師プロフィール

  フェンランドのラウルコウル(歌の学校)にてアンカバーリングザ・ボイス歌唱法を学ぶ。

ドイツにおいて歌唱療法のコース終了。

現在、東京東久留米市の「アトリエ・カンテレ」にて歌唱療法を教えている。

また、医師と協力して療法も行っている。

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「教育・芸術・医療でつなぐ会」

参加お申込み:子ども教室 風と虹

kazetoniji@flute.ocn.ne.jp

080-1827-2514 (かねだ)

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2013年10月 2日 (水)

原風景

農業は機械化が進み作業が楽になった。かつて手作業で1ヶ月はかかっていた稲刈り作業が、1000万円の刈り取り機械でやれば、半日で終了してしまう。便利になったものだ。

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この写真は1960年代の一関の風景だ。棚田にはほんぎょと呼ばれる乾燥稲が並び、少し稲刈りの時期が遅れると、雪が舞った。

僕が小さい頃は、この時期になると杉林に行き、だるまストーブの焚付に使う」杉の葉を拾ったものだが、灯油ストーブや電気ストーブの時代になった今は、スイッチポンで暖房がとれる。

今日は遠い昔を思い出し、ちょっとセンチメンタルになっていたかねごんである。

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英語力は日本語力

昨日は10月に入ったというのに、一関は猛烈に暑かった。塾のエアコンはマックス、近くの林では大ゼミが鳴いていた。

子どもの頃は、岩手の10月はこたつが欲しいほどの寒さが忍び寄ってきたものだが、大ゼミが鳴く10月は全くの想定外だ。

衣替えをした高校生は、汗をかきながら下校して行く。不思議な光景ではある。

昨日は市内の中学校は中間テストだった。このところずっと英語が出来ないという相談を承っている。

教科書が変わって、学校の先生方が教えるペースを掌握しきれてないのもあるかも知れないが、入試問題の長文読解や英作文対策に力を入れようとするあまり、置いてけぼりにされる生徒が、圧倒的に増えているのが現状のような気がする。

このブログで何度か述べてきたが、とにかく中学校スタート時での子どもたちの英語力に差がありすぎる。小学校の頃から英会話教室や英語塾で英語を学んできた児童と、ローマ字の書き取りさえままならない児童が、中学校の英語の時間を同時にスタートするのは、無理がある。

英語の先生は、どうしても出来る生徒を中心に授業をやりたくなるのが心情だろう。英語嫌いが増加する。思い切って能力別の英語授業を1年次からやる必要があるのではなだろうか。

「英語が出来なくって生きていけますよね!」

昨日も女子生徒が叫んでいた。もちろん生きてはいけるが、とりあえず受験科目なので、勉强しなければならないのは避けられない事実なわけで、気持ちは分からないわけではないが、かと言って同情はしない。

僕も英語が本当に出来なかった。英語の授業が苦痛だった。学校での授業を遵守して勉強することを放棄したら楽になった。マイペースでやってみるべきだ。教科書を声を出して読む。単語を覚える。単純なことだけれど、これがお金のかからない英語の勉強法だ。

高校入試の英語は、1500個ぐらいの英単語で十分だ。ゲームの攻略よりずっと楽だと思う。日常の日本語をしっかり受け止めていれば、1500個の英単語のうち半分ぐらいは外来語としてキャッチ出来るはずのだが、それが出来ないのは、やはり日本語能力が問題なのだろうか。

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2013年10月 1日 (火)

波動が変わった

教室の波動が変わった。

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先週天使の導きにより、この絵をリサイクルショップで買ってきた話を書いた。いろんな反響があったが、実際はもっと凄いことになっている。

この絵を教室に飾って後、1時間もしないうちに入塾の電話が2本入った話をしたが、それからここ1週間で、6名の生徒が入塾してきた。いや正確に言うと、導かれてきた。

1週間で6名の入会は、この時期としては、23年間で最高記録だ。リサイクルショップの店先に飾られていた5000円の絵が、とんでもないパワーを発揮している。

気を感じる方ならばこのブログの写真から、波動を感じるのではないだろうか。教室に飾った瞬間からこの絵に何かスイッチが入った感じがする。

この絵の隣にある窓から外を眺めれば、龍神の姿をした雲が飛んでいるし、勉強する子どもたちの集中力が変わった。

教室が明るくなったと言う塾生がいれば、塾の雰囲気が変わったという声も多い。たった1枚の絵が、僕の塾を変えてしまった。誰が描いた絵なのかもちろん分からない。どこの風景なのかも分からない。先日のブログでは湖の朝日と紹介したが、ひょっとしたら夕日かもしれない。湖ではなく何処かの海の入江かも知れない。

それにしても不思議なことがあるものだ。

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それでいいはずがない

10月に突入した。今年度は正直しんどい前半だった。4月から7月の頭までは閑古鳥が鳴いていた。夏休みからようやく入塾の動きがあってわけだが、市内生の塾通いが、震災後急速に落ち込んでいる。

経済的に疲弊しているという状況もあることはあるのだが、1番の原因は少子化による、県立高校の倍率の低下が塾通いの人数減の要因だろうと思う。

大学進学に関しても、国立大学の入学こそ困難を極めているが、普通高校からの私大の進学は、とても易しくなった。かつての中堅大学は、進学校でなくても通信表の評定が平均3.8以上あればAO入試で十分勝算がある。難関な問題を解く能力を必要としないとなれば、塾通いも必要ないのかも知れない。

しかしである。私立大学の学生の質の低迷は周知の通りだ。作文と面接で学生を採る苦肉の策は、残念ながら日本の大学生の学力を間違いなく低下させてしまった。

これは中学生にも言える。『勉强しなくても高校は受かるから、受験勉強は必要ない』そんな声を耳にすることが多くなった。

確かにどこかの高校には受かるだろうが、その後の人生の指針を決めて行く選択肢が狭まっていくことは間違いない。人は一生働かなくてはいけない。つまり一生勉強なのだ。その土台を中学時代や高校時代に作らなくていつ作るのだろうか。

今年の初めに、一関二高から国立大学に合格した塾のOBが挨拶にやってきた。二高からは国公立大学が20名ほど受かったのだが、大験セミナーの卒塾生がその中にほとんど入っていたよと教えてくれた。嬉しかった。

彼らは優秀だったので、僕の塾に来なくても一関二高には受かっただろうと思う。しかし中学校での学問の土台作りが、間違いなく高校での学習を加速させていったのではないかと自負している。

分数計算が出来きなくても、アルファベットの小文字が完璧に書けなくても、ひょっとしたら高校には入れるかも知れない。でもそれでいいはずがない。

お金がないので塾に入れられない。それは確かにそうだろう。ちなみに僕の塾の月謝は5000円~9000円だ。お父さんがパチンコに行くのを1回我慢するか、もしくは飲みに行くのを1回浮かせば、なんとかなる金額だと思っている。

勉強が出来ない生徒はいない。勉強をしない生徒がいるだけだ。人生でつまずいた時は、努力をする以外にその困難さから脱出する方法はない。勉強をすればなんとかなる。難しいことではない。そうじゃないだろうか。

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