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2013年9月 4日 (水)

雑踏

新宿の雑踏を歩いていると、日本という国の希望や夢や哀しみが、どっと押し寄せてくる。

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ずっとむかし、僕が学生だった頃、僕は都会の雑踏が好きだった。誰も自分を知らないという安堵感。そして仮面の空気感が虚無的で、その煩雑さに溶け込む心地良さがあった。

ネットもケータイもない時代だった。自分の時間を持て余した僕は、都会を散策することで、孤独を楽しんでいた。

階段を転げ落ちていく空き瓶のように、偶然の崩壊が訪れたなら、それはそれで僕は快感を味わっていたかも知れない。

歌舞伎町で乱舞する同世代の乱痴気騒ぎも、ションベン臭い居酒屋の喧騒も、今となれば懐かしい時代の回顧になるけれど、学生運動もなく、そしてお金もない僕は、有り余った若さを、どういたぶっていいのか分からず、活字を追い、そして薄っぺらな知識に減滅しながら、青春という迷路を歩き続けていた。

人生には小さな陽だまりがあって、そして突然の嵐がやって来る。そのタイミンがわかっていれば、苦労はしないのだけれど、そのはかなさをごまかすように、僕は雑踏を歩き続けた。

最終電車の登場人物は、いつも怪訝な顔をして風景を眺めている。そこに写っているのは疲れきった自分の顔のはずなのに、なにか違う存在物を発見したのだろう。駅が近づくと急ににわか雨のように、バラバラと走り去って行く。

訪れる朝の光りの中で、終わらなかった1日を侮っているのではなく、脂ぎった眼差しが覚醒し続ける自分に呆れていた。

髪が薄くなり、髭が白くなった自分の顔を、当時の僕が見つめている。例えば、希望はなんですかと不意に尋ねてみる。

過去の自分も今の自分も、答えにはあまり違いはない。それは自由だ。代償なんて考えたこともないけれど、ふとあの頃の雑踏の喧騒を思い出す。

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