最近のトラックバック

« 食は命 | トップページ | しつこいようですが、僕は待っています »

2013年8月21日 (水)

原爆追悼にうんざりか、哀しみが堆積していく

 【エルサレム時事】イスラエル政府高官がフェイスブック上に広島、長崎の原爆犠牲者を追悼する式典を「独善的でうんざり」などと書き込んだ問題で、イスラエルのアミドロール首相補佐官(国家安全保障担当)が、佐藤英夫駐テルアビブ日本大使に電話で遺憾の意を伝えていたことが分かった。在テルアビブ日本大使館が20日、明らかにした。
 イスラエル首相府筋によると、アミドロール補佐官は、この高官の主張は政府の立場を代表したものではないと伝えたという。
 高官は自身のフェイスブック上に「ヒロシマとナガサキは日本の侵略が招いた結果で、自業自得だ。追悼式典は独り善がりでうんざり」などと書き込んだ。

この問題はイスラエルだけの問題ではなく、アメリカの対応も同様だろう。原爆のおかげで日本は救われたなどの発言が今でも堂々とまかり通っている。

広島や長崎に対する原爆投下は、数十万人の生命を奪ったばかりではなく、彼ら彼女らの愛で地球に生まれるべき多くの生命さえも奪い去った。

日本への原爆投下が、その後の核兵器の抑止力になったという勝利国の言い分もあるが、その後の先進国の核保有をみれば、そんな嘘八百は誰の目にも明らかだろう。

人類が石斧を手にして以来、気の遠くなるような歳月が過ぎた。人間の進化が向かう先に、滅亡があってはならない。広島や長崎の慟哭を独善的と言い切る国家や要人が存在するこの社会は、間違いなく危機的な状況だ。

平和であることは、それほどまでに大変なことなのだろうか。哀しみが堆積して行く・・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ僭越ながら教育ブログランキングに参加しております。よろしければ応援の一押しをお願い致します

« 食は命 | トップページ | しつこいようですが、僕は待っています »

コメント

原爆を落とされた日本は当時原爆を持っていた或はその技術がにあったといいます。日本が原子爆弾を使用すれば原爆の打ち合いになり人類を崩壊させることになりかねない。故の終戦であり敗戦ではなかったのでは。またアメリカが長崎と広島に種類の違う核爆弾をそれぞれ使用したという事実は何を意味するのか。間違えた歴史認識をそのままにしておくことはよいのでしょうか。このような要人や国家から国や国民を守ることは子どもたちのために必要なことだと思うのです。

(かねごん)
たんた様コメントを頂きありがとうございます。
核爆弾も化学兵器も、そして地雷も、地球上にあってはいけません。
そういった兵器がなければ維持できない平和なら、人類は地球上から消えてもいいと思います。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 原爆追悼にうんざりか、哀しみが堆積していく:

« 食は命 | トップページ | しつこいようですが、僕は待っています »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ