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2013年8月 5日 (月)

洗脳敎育だ

日本の経済を支えてきたのは、自動車産業でもIT企業でもない。農業だ。

日本人の精神性は武士道や仏教思想が培ってきたものではない。間違いなく農業を通じての季節感や無常観が、日本人の精神的母体骨を作ってきたのだ。

江戸時代そして昭和の初めまで、日本の労働人口の8割以上が農業従事者だった。過酷な労働と貧困からの脱却を目指し、農村の若者は都会をめざした。

かつて東北の若者たちが、都会の工場や企業でもてはやされた。忍耐強い、根性があるなどの評価が多く聞かれた。

農業労働の苦しみを思えば、工場での勤務など、農家の出身者にとっては軽作業に感じたに違いない。しかし今はどうだろうか。

農業を積極的にやろうという若者の姿はない。若者だけじゃない、我々の世代も農業離れが加速し、かつての賑やかだった農村地帯は、過疎化を通り越し、限界集落と呼ばれる地域になってしまった所が増えている。

汚い、辛い、安い、そんな負のイメージを受け付けられた産業に、未来を委ねる若者はいない。

外国との競走に負けたのではなく、未来像が描けない現実に農業は淘汰されてしまったのだ。日本の農作物は国内消費だけで十分精算が合うはずだ。かつての美しい水、豊かな大地を穢し、そして大地から離脱した民は、食料を他国に求めてしまった。

農業潰しは国策でもあった。次から次へと休耕補助金をばら撒き、農業従事者を離脱させて行った。その受け皿は、もちろん高度経済成長期における工場勤務者だ。

僕らの頃の小学校の社会の教科書は酷かった。これでもかと言うくらい暗いイメージの農業写真と記述を載せ、農業の未来をねじ曲げてしまった。洗脳敎育だ。

緑の大地はいつの日か、耕すものではなく、破壊するものとなった。無機質な大地への変貌は、日本人の文化を変え、そして精神性を弱体化させた。

宮澤賢治は、農業の素晴らしい未来を実現させようと、教鞭をとっている自分に矛盾を感じ、教員をやめ農業従事者への道を選ぶ。

賢治はきっと予言していただろうと思う。大地からの離脱が、真の繁栄を築かないことを。

利便性を求めた近代の暮らしは、経済の発展とともに多くの余剰時間を生み出した。生きるために身体を過酷な状況に置いた時代は終わった。しかし、心を病む人間が増えた。残念なことだ。

いつの日か大地が復活する日、日本が再生するには、若者たちの大地への帰還が必要だ。その人ために日本の農業を崩壊させてはいけない。

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コメント

昔は、高校では日本史、世界史を石器時代から教えていたので、一番大切な近代史をきちんと教えることはなかったですね。時間が足りないという口実で、近代史については受験組以外には敢えて何も教えなかったのだと思います。教育に対する政治的な配慮は今も昔も変わっていないような気がします。

さて、農業についてですが、長野県川上村は世帯収入が2000万円を超えるそうですよ。

(かねごん)
羅皇様コメントを頂きありがとうございます。
農業の魅力をメディアはもっと紹介すべきですよね。
若者が農業をやってみようかという気持ちにさせる日本であって欲しいと思います。

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