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2013年8月25日 (日)

山岡荘八『徳川家康』

先月岐阜の関ヶ原から帰ってから、山岡荘八の『徳川家康』をずっと読んできた。昨日ようやく18巻目『関ヶ原の巻』を読み終えた。

徳川家康の人生も凄いが、山岡荘八の文章力に鳥肌が立ちっぱなしだった。歴史的な資料を研究しての執筆というより、山岡荘八はあっちの世界に行って、見てきたんじゃないだろうかという、そんな感覚に彷徨い込まれる。

歴史的な登場人物の会話や、感情の推移が創作作品とは思えない現実味があって、度肝をぬかれっぱなしだった。

山岡荘八は100巻もの歴史小説を残しているが、小説家山岡荘八は、あらためて異質な書き手であると僕は思う。

山岡荘八が17年の歳月をかけて書き記した『徳川家康』全26巻のうち1月半をかけて18巻を読んできたわけだが、感想を述べるのがおそれ多い大河ドラマだ。

関ヶ原の巻は、言うまでもなく岐阜の美濃、大垣、関ヶ原が舞台だ。1600年9月15日の関ヶ原の戦いは、8月23日の岐阜城の陥落から火蓋が切られて行く。

岐阜の上野先生のはからいで泊めて頂いたホテルが、長良川をはさみ岐阜城を見上げことが出来るホテルだった。この本を読んでから美濃を訪れれば、さらに想いもひとしをだったろうと思うのだが、いつかまた人生に機会があれば、岐阜城や大垣城跡を探訪してみたい。

徳川家康は9月1日に江戸を発ち、美濃に向かうのだが、御年59歳であった。西軍大将石田三成を破り天下統一を果たした家康の野望は、天下泰平の希求であり、乱世の終焉だった。

徳川家康を取り巻く武将の話を一人ずつ書いていっても、おそらく数巻の作品が生まれるだろうが、戦国を生き抜いた人間の慟哭は今の時代に生きる我々には、到底計り知れるものではない。

関ヶ原の勝敗を決したのは小早川秀秋の裏切りだと言われているが、徳川家康の緻密な心理作戦があっての結果であって、関ヶ原の戦いは、戦いの前に勝敗が決していたと言っても過言ではないだろう。

歴史物語を読んでいつも思うことだが、歴史の影には女ありである。子どもを思う愛、そして情念。山岡荘八は余すところ無く、その女性たちの息遣いを作品の中で描き切っている。

岐阜の上野先生や美川先生との親交がなければ、関ヶ原を訪れなかっただろうし、山岡荘八の本を手にすることもなかったかも知れない。正直戦国時代の歴史物は生々しすぎて敬遠してきた僕だが、現代に通じる人間模様に感慨を覚える徳川家康の話だった。

これを機に山岡荘八の作品をもうしばらく探索していこうと思っている。

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