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2013年7月29日 (月)

コルトレーンのサックスが共鳴した

突然ジョン・コルトレーンのバラードを無性に聞きたくなる時がある。この世の中には、星の数ほどジャズの曲があるが、このジョン・コルトレーンの曲は、僕にとっては特別だ。

きっと感覚的な問題だと思うのだけれど、僕ではない僕が、どこかの街にいて、僕とは違う人生を送っているんじゃないかと、そんな妄想をしてしまう曲だ。

決して現実逃避をしたい訳では無いけれど、非日常の癒しみたいなものを僕はこの曲からキャッチしている。

20代の頃も50を過ぎた今も、ずっとJAZZを聞いてきた。演歌調のフォークソングを書いたり、ブルース調のおちゃらけソングを作ったりしている僕だけれど、いつも聞く曲はジャズだ。

特にサックスの音は好きだ。ハートに響く。いつも軽トラックにはジャズのCDがセットされている。

3年前、はじめて津波に流された気仙沼の町を軽トラックで走った時に、僕は涙を流しながら、やっぱりコルトレーンを聞いていた。意図的に聞いたわけではなかったけれど、崩壊した瓦礫の山のなかに、大型漁船が埋没している光景と、不思議なくらいコルトレーンのサックスが共鳴した。

人生にはもしが無いかも知れないが、もし、あの津波が来なかったら今日本はどうなっていただろうか。津波で亡くなられた方々は、間違いなく日常の生活を送っていただろうし、そして原子力発電所を所有す東京電力は、我が世の春を謳歌していただろうと思う。

大切な生命が突然奪われてしまった哀しみは、ずっと消えることはない。忘却という言葉はあっても、現実は過酷だ。

誰かを裏切ったり、誰かを憎んだり、誰かを必要としたり、そして恋焦がれたりする訳だけれど、人は全て根っ子では繋がっている。それは断ち切っても無理なことだ。

だから他人の痛みを無視することは、自分の痛みを無視することと同じだ。他人を裏切ることは、自分を裏切ることだ。

言葉も態度も、そして行動も、全ては世の中の誰かを動かし、沉默させる。そのタイミングもそのスレ違いも、全て無駄なものはない。全てが学びとなり、合法的な現実を創りだして行く。

この曲を聞いていてふと思い出したが、最近ずっと雨が降ったり曇っていたりして星空を見ていない。僕らの細胞やシナプスはきっと宇宙の星とリンクしているに違いない。そうじゃなければ、僕らの天空で星は輝く必要はないだろう。

星は一体誰のために輝いているのだろうか。きっと僕がジャズを聞いているように、僕達人間の魂も、星々の奏でる音楽を懐かしく聞いているに違いない。

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コメント

ごぶさたしています、学び舎です。

コルトレーンのバラードを無性に聴きたくなることが、私もあります。
コルトレーンの、狂暴な情念の固まりのような演奏もいいのですが、この歳になってふと耳にするコルトレーンのバラードは、限りなく心に沁みてきます。
この間も、ソニー・クラークのリーダーアルバムを聴いていたときに、不意にコルトレーンのソロが始まり、しみじみしてしまいました。いいですねえ、コルトレーンは。

ところで、モニタースピーカーはすごいですね。今度音を聴かせて下さい。

(かねごん)
小林先生コメントをありがとうございます。
今年の夏期講習は閑古鳥が鳴いていまして、ついついオタッキーものを作っては、時間を埋めていました。
自分で作っておいて言うのもなんですが、めちゃくちゃ鳴っています。
ボーカルの音には難有りですが、サックスとギターの音は、コンデンサーと接続タグが相性が良かったのか、すげ~いい音を出しています。
コルトレーンのサックスを塾生に聴かせたところ、感動していました。
今度是非来た時には聞いてやってください。

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