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2013年6月20日 (木)

支配されることにあまりにも慣れすぎた僕らは、自然の変化だけでなく、人間の思考にも忍耐してしまう

東北も梅雨に入り、昨日からまとまった雨が降りだした。

土砂降りの朝だったので、高校までバイクで通っている息子を軽トラックに乗せて送って行ったのだが、いつも通るため池が、激しい雨でさざ波のように波打っていた。

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この雨でまた一気に草が伸び、草刈り作業が忙しくなる。山里に住み、自然を眺めていると、日々のダイナミックな変化に不意をつかれる。

生きとし生けるものの、蘇生力は圧巻だ。季節が巡ってくれば、大地から湧き出す生命が愛おしくもあり、素直に驚きでもある。

都会に住んでいると気づかないことだが、自然というものは人間社会を潤すものではなく、人間を排他的に寄せ付けないようにする地球のシステムのような気がする。

縄文時代の日本の人口は、推定26万ほどだったと言われている。そのほとんどが現在の東北に集中していたと推測されているのだが、過酷な自然との戦いの中で、縄文人たちは何を見つめ、何を求めていたのだろうか。

豊かな自然という表現は、決してポジテブな一面だけではない。それは豊かな文明という言葉もしかりだ。

我々は中庸という言葉を好むが、自然はそんな人間たちをあざ笑うように時に牙をむき出しにする。それを偶然だとか、神の裁きだとか考えることで、僕らは諦観を装うとするのだけれど、支配されることにあまりにも慣れすぎた僕らは、自然の変化だけでなく、人間の思考にも忍耐してしまう。

だから僕らはいつまでも逃げられないのだ、この束縛の世界から。

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