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2013年5月22日 (水)

痛みを共有できない想像力の欠如

生活が本当は苦しいのに、羽振りがいいようなふりをしている人がいれば、生活が結構順調なのに、大変なようなふりをしている人がいる。一方生活が大変なので、正直に生活苦を訴える人がいる。

人間というのは、自分の尺度でものごとを考える傾向が強く、なかなか他人の実状に思いを寄せることは難しいようだ。

例えば学校に於ける進路指導などもそうで、公立学校の先生は全てとは言わないが、重々お金には不自由しない暮らしを送っている。が故に、生徒の成績ばかりに意識が行き、親の経済状況を考慮しない発言があったりして、子どもに高度な教育を与えてたくても、経済的な理由で叶えられない親御さんを、苦悩させることも多々あるようだ。

高校生になれば、学級の連絡や部活の連絡がメールでやり取りされる故、ほとんどの生徒がケータイを買ってもらうのだが、そのケータイの料金を支払うことさえままならない家庭がある。

部活そのものさえ、強いチームになれば遠征費や諸経費がだいぶかかる。そのために部活に入らない、いや入れない生徒もいる。

そういった経済困難に対して、今の、特に若い教師は無頓着な者が多い。我々の世代のように苦学をして高校や大学を出た世代とは違って、豊かな時代に育ってきた彼らは、残念ながら勉強は出来ても、痛みの想像力に欠ける傾向がある。

リーマン・ショック以後の若者たちは、就職難という壁を経験してきてはいるけれど、それでも物があふれた豊かさを経験してきた世代の脆弱さは隠しきれないものがある。

今度の土曜日は一関市内、ほとんどの小学校で運動会である。我々が小学校の頃は、運動会は全員履き捨ての白足袋だった。理由を知っている方は、50代60代の世代の方々だと思うのだが、運動靴を買うことが出来ない家庭を考慮して、運動会という晴れ舞台を、全員真新しい白足袋で走らせたのである。

アベノミクス効果などと言って、マスコミも経済界も浮かれているが、被災地や地方の町には何の恩恵もない。次から次へと通りのシャッターが閉まり、高校や大学を終えた若者達が、地元故郷に住みたくても正社員として受け入れてくれる会社は無く、経済的負のスパイラルは留まることを知らない。

安倍さんは、農業収入倍増計画を掲げたが、放射能に汚染された土地の野菜や果物、きのこ類を率先して皆が買うだろうか。

高校生は進路決定の時期になった。大学進学者に貸し出される奨学金は、利息が高く、高利貸しの借金と同じだ。下手に手を出すと、進学どころか、家庭が破産しかねない。

日本の若者に、希望と夢を与えなければ、日本はダメになってしまう。経済的な痛みを全く知らない政治家や官僚には、国民の苦しみを共有する想像力がない。そこが現代社会の大きな問題点だ。

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コメント

奨学金なのですが、確かに、返せるのに返さない人もいけないのですが、そもそも、今の奨学金(ということになっているシステム)は奨学金になっていないのではないかと思います。何故、奨学金のはずなのに借金まみれに?と思います。アベノミクスも、都会や工業地帯に住んでいて正社員として働いている人には少しは希望もあるかもしれませんが、地方はそれ以前にまともな雇用すらないのです。だいたい、景気が良くなったということにして消費税を上げる算段ですからね。でも、自民党以外の政党もひどいですが。

(かねごん)
大河様コメントを頂きありがとうございます。
まさにその通りですね。奨学金という名目が、全く奨学金になっていないですね。
サラ金のお金と変わらない利息で、ひどすぎます。

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