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2013年4月16日 (火)

名前が2つ

息子たちがいつも悩むことがある。学校に提出する僕の名前だ。このブログでも数年前に一度書いたが、僕には名前が2つある。

戸籍上の名前は、庄屋を治めると書いて庄治、そして25年ほど前から名刺やプライベートで使ってきた名前が渉治だ。

僕の家は、歴史が古いだけの何にも取り柄のない家柄だが、地元の金田姓の本家ということもあって、なんだか知らないけれど、金田姓を名乗る家の人たちは僕の家を庄屋とかつては呼んでいた。

これが僕は大っ嫌いだった。小さい頃テレビの水戸黄門などに登場する庄屋は、お金持ちの大きな門構えの豪農だ。僕の家は、ふけば飛ぶような小さな茅葺屋根の小屋の家だった。だから自分の名前も気に入らなかった。

僕の名前は両親ではなく、親戚のおばさんが付けてくれたらしいのだが、長男である僕に家の復興を託したつもりのだろうが、僕とすれば全く論外な名前だった。

僕は東京で二十歳を迎えた。成人式には行かなかったが、印鑑でも作ろうと思い、近くのハンコ屋へ出向いた。そこで思わぬ宣託を浴びることになる。

「君の名前ね、画数も良くないし、それからいろんなものを背負っているね。子どもに恵まれないし、親にもあまり縁がないね」

高い印鑑を作らせるための妄想かつ作り話だろうと完全無視をした僕は、安い三文判の印鑑を買った。

その後岩手に戻った僕が、実印を作ろうと市内のハンコ屋さんい行った時も、そこの店主が東京のハンコ屋と同じようなことを僕に言ってきた。ハンコ屋協会の陰謀だろうか。きっとどんな名前にでもいちゃもんをつけて、高いハンコを買わせようとするシステムが構築されているのだろうと、僕はせちがない世の中にため息をついた。

僕は26歳になって結婚をしたのだが、3年間頑張っているのに(笑い)子どもに恵まれなかった。その当時務めていた塾の上司が、やはり子どもに恵まれず,名前が良くないと言われ改名していた。

単純な僕は、名前をつけてくれた親戚や両親には申し訳なかったが、本名と決別した。偶然だったのか、それから半年して妻は懐妊した。更にその数カ月後、僕は脱サラして今の塾を始めた。それ以後改名した名前を25年間使用している。

高校に毎年、臨免の教員免許の申請のために、履歴書や戸籍謄本を提出するのだが、担当の先生にはいつもご迷惑をかけている。教員名簿に記されている僕の名前と戸籍の名前が違うからだ。

家族からは、名前を正式に変えたらと言われるのだが、名前が2つあるのもミステリアスでいんじゃないだろうかと、勝手に思っているかねごんであった。

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