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2013年3月10日 (日)

明日3月11日がやってくる

弱者の立場になって考えるということは、とても難しいことだ。暮らしに不安がない方々が、弱者を援助するかと言えば、残念ながらそうとは限らない。

東日本大震災で岩手や宮城の沿岸部に駆けつけてくださったボランティアの方々が、生活に余裕がある方たちかと言えば、決してそんなことはない。むしろ大変な境遇にいる方のほうが、多くの支援の手を差し伸べてくれた。

様々な企業や団体が、NPO法人を立ちあげて被災地の支援活動を行なっている。僕の個人的な想いなのかもしれないが、抜け目なく書類を作成し、国や県からそれなりのお金をもらっているNPOという支援の組織は、どう見ても僕には支援という名をかりた商売のように思えてしょうがないのだが、僕の思いす過ごしだろうか。

沿岸部で被災した子どもたちのたちのために、無償の寺子屋教室を行ったNPO組織があったけれども、彼らは僕なんかよりはるかに高額なお金をもらっていた。逆に被災した塾の先生方の仕事を奪い、廃業に追いやってケースさえある。

支援のはずが、違う負の状況を生み出すケースは多い。

巨額のお金が復興事業に注ぎ込まれたが、そのお金をまんまとせしめているのは、大手土建業とその下請け企業だけだ。本当に困っている人の元へは、雀の涙ほどのお金も届いていない。

仮設住宅で3回めの春を迎える多くの人たちがいる。放射能を出し続けている東京電力福島第一原子力発電所の収束は全くめどが立っていない。

被災地で起こされる放射能関連の訴訟はすべて敗北し、多発する甲状腺機能低下症や癌の疾病に対して、声を上げる医者もいない。

残念ながら、東北は日本政府に見捨てられたと僕は思っている。復興支援のお金さえばら撒いておけばいいだろうという政府の態度は、東北の人々の命を助けようという意図は全く感じられない。

 

震災後僕は、『いのり』という曲を書いた。自宅のカセットで安いカラオケマイク一本で録音したがさつな音源を、神奈川のとよ爺先生が、震災の写真をバックにユーチューブにアップしてくれた。僕の歌の下手さはしょうもないけれど、映像にしてくれたとよ爺先生の鎮魂の執念には、2年前涙があふれて止まらなかった。

明日3月11日がやってくる。津波で亡くなった多くの方々の御霊の無念さを無駄にしないためにも、これ以上の犠牲を出してはいけない。

僕ら東北人の戦いはこれからだ。

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コメント

いつも陰ながら、読ませていただいております。
かねごんさんのブログ、リンクさせていただきました。
東北の想いは、なかなか私の住む町、神奈川までは届かないのかもしれません。
2年という月日で、すべてが風化しつつあるような、恐ろしい感覚が充満している気がします。
まだ何も解決に向かっていないのに。
私達1人1人は、いったい何をどうしていったらいいのか、この2年は、無力感でいっぱいだった気がします。

(かねごん)
りん様コメントを頂きありがとうございます。
僕の家の放射線量は0.08まで下がっていますが、少し離れた川の土手まで行くと、0.3マイクロシーベルを超える場所がたくさんあります。
ふきのとうが芽を出しましたが、もちろん食することなどできません。春はまだまだです。

かねごん先生

明日3月11日、私はかねごん先生と小林先生のことを
ずっと思って生きていたいと思います。

何もできません。
私にできることは東北の友達、知人を思うことだけです。
お恥ずかしい限りです。

(かねごん)
上野先生、お恥ずかしい限りですなんて、とんでもないですよ。先生が岐阜から石巻の被災地に支援に来た時に、塾の生徒さんを同行させましたよね。彼は大きな学びを得たと思います。
上野先生が日頃生徒たちに伝えている精神は、輝く種です。きっと先生の意思を継いだ子どもたちが、大きな花を咲かせ、世の中に多くの光を導いて行くと思います。

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