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2012年12月 5日 (水)

異界の引導者・田口ランディの世界

新刊が出ると必ず買って読む本がある。田口ランディさんの本だ。

僕と同世代の作家だ。彼女の小説に登場する主人公は、いつも希薄で、それでいて心の深遠をえぐるような鋭さを含有している。

壊れそうなハートは、生きる懐疑を抱え、必死に生を貪ろうとする。僕は田口ランディの世界にある種の狂気を感じるのだが、その狂気が、なぜか心地いい。

彼女は常に死者と向き合っている。パラドックス的に思えるかも知れないが、それが逆に生のなまなましさを読み手に与える。死ぬことが分かっている存在なのに、どうして人間はもがき苦しんで生き抜こうとするのか。疑問を突き詰めると、ふっと狂気が忍び寄ってくる。

彼女の作品は麻薬のように、脳髄の秘部を刺激してくる。日常の世界と隣り合わせに存在する死の世界。すでに存在しないはずのものが、僕らの日常を監視しているような感覚。五感だけでは説明できない風を感じる時、僕らは自分の存在の希薄さを実感する。まるで彼女の小説の主人公のように。

富士山やバリ島や屋久島などの、神々しい場所の異界から、彼女は異質なエネルギーを強引に引きずり出してくる。まるで文字が呪詛になり、神様を呼び起こしているような感覚だ。

僕は教室でよく高校生に話す。

「人間は二通りいる。かなり変態な人間と、変態な人間だ」

僕らは正気な存在だと思っているのは、ひょっとしたら幻想かもしれない。自分の日常の思考と客観的に対面して、発狂することが起きないのは、僕らが変態だからだ。僕はそんなふうに感じている。性欲も食欲もそして生存欲さえも、僕らの慎ましさとは対局のところに鎮座している。

昨年の夏僕は田口ランディさんを見かけた。早池峰神社の神楽祭りの夜だった。瀬織津姫が僕を導いてくれたのかも知れない。

あの鬱蒼とした境内での神の舞手の姿が、いつか彼女の作品に形となって現れるだろう。あの晩、魂がスライドするような空間の静謐さのなかで、僕は間違いなく山の精霊に出会った気がした。異界が彼女を呼び寄せたのか、彼女が巫女となって山神を下ろしてきたのか定かではないが、田口ランディの作品にはそんな力を感じる。

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