最近のトラックバック

« 食品の調理加工による放射性核種の除去率 | トップページ | 倒産件数は約4.4倍に »

2012年11月19日 (月)

日常からの逃避

ベーシストの青年が僕に声をかけてきた。

「いい歌でしたよ」

彼の目には光るものがあった。

きっと彼の過去のどこかの風景に、僕の詩がたまたまのかってしまったのだろう。

最近の僕の歌はなってない。5年ほど前から高いキーの声が出なくなり、ギターのチューニングを2フレットダウンのチューニングにしている。僕が押さえているFメジャーセブンのコードはCメジャーセブンのコードだ。若い頃に書いた曲は、そのままのコードで弾けばいいので都合がいい。

中年になってから書いた詩は、若い頃よりも刹那的だ。きっと年を取ったせいで自己主張が強くなり、思い込みが激しくなってしまったのだろうと思う。

どうでもいいことだけれど、主要コードからメジャーセブンを取っ払ってしまうと、僕の曲は完全に演歌になってしまう。

今年の夏、FMで歌わさせて頂いた時に、ピアニストの古川さんに「曲を作リ続ける原動力はなんですか」と尋ねられた。

スタジオの中で思わず「老後の楽しみのためですよ」と答えたものの、ことある毎にその質問が僕の中で反芻し続けている。

何のために曲を作るのか?

人に聞かせるためじゃなくても、僕はだいぶ曲を書いてきた。いつもイベントのライブで歌うのは2,3曲だけれども、未発表の曲は30曲ぐらいはある。一度も人前で歌わずお蔵入りになった曲は数しれない。

僕にとって詩を書いたりブログ原稿を書いたりするのは、瞑想みたいなもののような気がしないでもない。ギターを持ったり、ペンを握ることで日常の雑念が消える。いや正確に言うと、消えるような気がする。

お金のことも仕事のことも、曲を作ったり、文章を書いている時は忘れられるような気がするのである。言ってみれば、日常からの逃避のために僕は曲を書いているのかも知れない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

« 食品の調理加工による放射性核種の除去率 | トップページ | 倒産件数は約4.4倍に »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日常からの逃避:

« 食品の調理加工による放射性核種の除去率 | トップページ | 倒産件数は約4.4倍に »