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2012年10月15日 (月)

卓球の神様

もし仮に卓球の神様というものがいるならば、僕にはその神様がついているのかも知れないと思うことがある(笑い)。

卓球は小学3年の時から始めた。本格的にやり始めたのは中学1年の時からだ。正直客観的にみて、僕はどこにでもいる普通のプレーヤーだったと思う。

しかし、同じ部活の仲間のお陰で、東北大会にまで行かせてもらったし、後輩のお陰で、ダブルスの大会では東北の大会で優勝した。

中年を過ぎて出るようになった大会でも、ろくに練習もしていないのに何度か入賞をさせてもらっている。僕の体型を見ればわかるのだが、決してアスリートの体型ではない。ブヨブヨおじさんである。

ここ数年中学校男子卓球部のアドバイザーを仰せつかっている。僕が気まぐれに決めたオーダーがズバリと命中することが多くなった。冴えているというより、なんかのパワーを感じる。

毎日練習している方には失礼だが、僕は1ヶ月にラケットを握る時間は2時間ぐらいだ。しかし、勝ち負けはさて置いて、中学生や高校生とは対等に戦える。

体力もない脚力もない僕が、なぜこの年で若者たちと対等にプレーが出来るのか。実は、僕には卓球の神様がついている(笑い)。

冗談はさておいて、きっと動体視力がいいのだと思う。これは間違いなく母からの遺伝だ。高齢者である母は、いまだにバイクに乗って町に出かけるし。70歳を過ぎた時でも平気で孫とキャッチボールをしていた。目がいい。

実は僕は老眼で悩まされているが、50を過ぎた今でも視力は2.0だ。ただ40代の時に抹消神経症を患ってからは、ドライアイになり、メガネが手放せないが、視力だけは衰えていない。

試合中、相手がボールにかけた回転の方向が、ボールに記されているロゴ文字で僕は判断できる。そのボールが返せるかどうかは別にして、回転は見て取れる。

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これは試合中に座ってベンチコーチをしている時もそうだ。視力のお陰で、相手のサーブやドライブの回転グセが僕には見えている。ここで初めて明かす真実である(爆笑)。

辞書や新聞を見ることは困難になってきたが、遠くのものはよく見える。授業中に僕の禿頭を書いている生徒がいるが、僕には見えているのだ。気をつけ給え・・・。

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