最近のトラックバック

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

2012年10月31日 (水)

この時期に・・・

岩手県内で児童売春の容疑で66歳の男が逮捕された。

なんとその男は元小学校の校長というのだから開いた口がふさがらない。地方紙には住所・名前が実名で掲載された。ひどい話である。

震災後多くの方々が、子どもたちの心や身体のケアーに一生懸命になっているこの時期に、元小学校校長が児童買春というのは絶句以外の何ものでもない。

これ以上この記事を書き続けると、今日は何を書くかわからないので、もうやめてペンを置く。

怒りを通り越して頭痛がしてきた。がっくりである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

何かが始まるのか

昨夜ブログのアクセス解析のカウンターが、いつ見ても止まっている。それも下二桁が77の数字で。迷惑メールのコメントがいつもながら来ていたので、アクセスが止まっているはずでもない。

しばらくして見るとまた77で止まっている。?マークが僕の頭の中に点滅。

実はアクセス解析は故障などしておらず、たまたま僕が見た時に、何度も偶然77が揃っていたがために勘違いをしたのであった。

また77が始まった。

昨日はいつもの蕎麦屋さんでそばを食べたのだが、注文番号が77番だった。それだけじゃない、駐車場に停めた僕の軽トラックの横に停まっていた車が、2台とも77で終わるプレート番号だった。

そして今朝全国塾ブログランキングを見たら、僕のブログが連続7位になっている。こんな時は、間違いなく僕の身辺で何かが起こる。

実は先日岐阜の美川先生から、美川先生の周りには僕のように地震の前に体調を崩す人が3人居て、その方達は普通の方が見えないものが見えるとのコメントを頂いた。それに対して、僕も近ごろ、ブログには書けない不思議な体験をしているとの返信を書いた。

実はここに思い切って書きたいと思う(笑い)。

水沢駒形神社の77の奇跡が判明した。7の数字は駒形神社の御祭神である木花開耶姫命の霊数なのである。

080925_085243_2

木花開耶姫命はご存知富士山の神様である。富士山を数字で表せば2・2・3である。合計7の数字が浮かび上がって来る。ふむふむ。

どこの本にも書いてはいない。どうして知ったかって。ちょっとこればかりは言えない(笑い)。まかさ直に神様から聞いたなどと書いたなら、おかしなやつだと思われるから決して言わない(あれれれ・・・言っちゃったかな)。

今日も神様おたくの妄言でした。あしからず。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月30日 (火)

嫌な寝汗をかいている

080630_114752
僕が高校生だった頃、一関には映画館が3つあって、休日には映画のはしごまでして見に出かけた。

『シベールの日曜日』というフランスの映画を見た時は、その映像の美しさとフランス語の哀調を帯びた響きにとりこになり、この映画を何度見ただろうか。

実はこの映画への愛惜が、数年後悲劇を生むことになろうとはつゆ知らず、調子にのっていたかねごんである。

大学に入った時に、第2外国語を必修選択しなければならず、僕は友人たちのアドバイスを無視し、フランス語を選択した。もちろんシベールの影響である。

複合過去・単純過去・前過去・大過去・・・・なんと英語のhaveに相当する動詞の活用が24個もあることに気づいた時は、ときすでに遅し。僕はフランス語に対する気力が完全に消滅し、1年から3年まで単位を落とし続けた。

4年生になり卒論も何とか順調にいってた頃、大きな危機が訪れた。フランス語の単位をまた落としたら、卒業が出来ない事実が判明したのである

前期のテストは20点。後期のテストで80点以上を取らなければ留年確定。これにはさすがの僕も参った。なにせフランス語のアルファベットさえ怪しい僕が、80点などとれるはずがない。

テスト範囲は、フランス語の原書の小説一冊全部。和訳オンリーのテストとの公示。う~

原書の訳本を探しに神田神保町へ向かった。丸一日を費やしてなんとか訳本をゲット。テストに向けて僕がやったこと。・・・・・小説の全暗記。

試験前ほぼ3日間、寝ることもなく、風呂に入ることもなく、250ページに及ぶ小説の暗記に全てを捧げた。結果はぎりぎり80点。セーフ。

しかしこのことの代償は大きく、いまだにフランス語を聞くと鳥肌が立つ。あれ以来シベールの日曜日も一度も見ていない。おまけに今でも夢でフランス語のテストの場面が出てくる。夢だと知ってほっとするのだが、嫌な寝汗をかいている。

私立高校で一緒に授業をしているアメリカ人の先生は、ドイツ語もロシア語もフランス語も堪能だ。授業中フランス語だけは勘弁して欲しいと思うかねごんであった

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

マルチ人間じゃなくていい

僕はいつも思うことだけれど、完璧さを求め過ぎて結局肝心なことを出来ないでしまっているひとがいる。

飯のタネというものは、その人の得意分野が生み出すもの。何でもかんでも手を出して、幅広くやればいいと言うものではない。

僕らは芸能人じゃない。歌を歌い、お笑いをやり、司会をやってなどというマルチ性は無理である。昔からの職人気質的職業観を持ち、迷うこと無く一つの仕事に精を出すことが人生の安定の方程式ではないかと考える。

現代の若者たちはいともたやすく会社を替える。その工場なり会社の仕事が同一のものであれば技術が蓄積して行くものの、全く別の職種の会社に替わっていく。自分の可能性を模索してのことと思うが、転石苔むさずの格言を取り違えているような気がしてならない。

大学入試を眺めてもそうだ。不況ということもあり、親の負担を考え、進学校は国立大学の合格に重きを置き、文系、理系に関係なく5教科の徹底強化を行なっている。本来なら僕のように超私立文系人間にまで、センター試験のための数学や理科を強要している高校が目立つ。

努力が空回りし、国立大どころか得意科目を伸ばせないまま、いわゆる中堅の私大も3流の私大も不合格という生徒が出てくる。

国立大に入れてお金がかからないようにという高校側の親心が、浪人という結果を生じさせ、親や生徒の負担を大きくしてしまっている。

人生に於いて決して努力は無駄にはならない。しかしである。精神を病むほどの勉強や作業を強要してはならない。親や学校の期待に応えるべく頑張る姿は素晴らしい。しかし、完璧を求めてはいけない。ほどほどでいいのだ。

出来ないものは出来ないと、諦める決断も大切なことだと思う。自分の得意分野に精を出すほうが人生も楽しいはずだ。楽しいことは継続も出来る。凡庸に思える技術も継続の力によって、非凡なものに変わっていくだろう。そして人生を生き抜く大きな武器となるはずだ。僕らはマルチ人間じゃなくていい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月29日 (月)

季節は晩秋から冬に向かっていく

一関の街路樹もだいぶ色づいてきた。中学校の文化祭が終わると、季節は晩秋から冬に向かっていく。寒くなってくると無性に聞きたくなるのが、ビリエバンスのピアノだ。

一関市は音楽が盛んな町だ。特にジャズに関しては、聖地と言われるジャズ喫茶ベーシーが40年近く凄まじい音を演出し、多くのジャズシーンを築いてきた。この聖地、実は僕の塾から徒歩2分である。

080511_141858

また僕の癒しの場所を提供してくれるジャズの老舗モリソンは、コーヒーがめちゃくちゃうまく、仕事で疲れた心をホットにしてくれる。マスターの奥様が作るパスタは絶品です。

Dsc_0002_2

 

ジャズ喫茶ではないけれど、一関市千厩にあるしゅうちゃん先生の伊庄整体院もジャズが清らかに鳴り響く素敵な空間だ。かつて音楽パブを横浜でやっていたしゅうちゃん先生だけあって、クライアントを癒してくれる曲の選曲は素晴らしい。

1020446112_3


とにもかくにも秋は、僕にとってジャズの季節である。受験指導が忙しくなる季節、軽トラックのCDプレーヤーから流れてくるジャズが僕を鼓舞し、ジャズが岩手の田園風景の中に溶け込んでいく。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月28日 (日)

その判断は改めるべきではないだろうか

岩手県が子どもの内部被ばくについて、尿に含まれる放射性物質を調査した結果、132人のうち119人の尿から放射性セシウムが検出され、最も値が高かったのは、尿1リットルあたり6ベクレル以上7ベクレル未満だったということです 

しかし、岩手県の専門家は、「健康への影響は極めて小さいと考えられる。調査を継続する必要はないと考えられる」という結論を出しました。

 この尿検査の検出限界値は1ベクレルなので、9割の子どもが1ベクレル以上ということでしょう。

 予想以上の多さに愕然としました…。こちらの記事にも書きましたが、尿中セシウム平均約1.23Bq/L以上の慢性被曝で、チェルノブイリ膀胱炎(前ガン病変)が発症しやすい、というデータがあります。{放射線被曝から子どもを守る会・多賀城の記事より転載}

この数値を見てただ愕然とするか、内部被曝に対して最大の防御をとるか、今や国民は個人の判断に任されている。岩手県は福島第一原発から200キロ離れている。

僕の住んでいる岩手に限ったことではない。子どもの内部被曝は全国的な問題であるといっても過言ではない。岩手は、特に県南部は放射能値が高い。高いがゆえに食事には注意を払っている親御さんは多い。しかし細心の注意を払っても子どもの内部被曝は進行してしまっている。

線量の低い地域の皆さんは、生産地や加工食品に注意を払わない方が多いと聞く。福島や岩手や北関東の問題だと油断はしないほうがいい。疑いのあるものは口にしてはいけない。

小学校の学校給食は、相変わらず国の基準に準じている。その結果が上の状況を生じさせていると言っても暴言にはならないのではないだろうか。

僕の知人の教諭達も、給食の食材に危機感を覚えている方々は多い。立場上なかなか発言ができない先生方も多いとは思うが、申し訳ないが国の下僕になっては決していけないと僕は思う。

国の言うことは正しい。その判断は改めるべきではないだろうか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

50歳を過ぎて作ったラブソング

今日は朝から雨。久しぶりの休日だった。家の周りを少し片付けたぐらいで、あとはストーブの前でジャズを聞いていた。

今日聞いていたのはハンク・モブレー。1960年代を圧巻したジャズプレーヤーだ。ジャズは語るものではなく聴くもの。時代時代の空気感が漂ってくる。

不思議なもので、幼少期を過ごした時代のジャズを聞くと、その時代の自分を取り巻く世界の空気感が伝わってくる。ジャズなど聞いていたはずがないのに。

僕はジャズ的感性がかなり偏っていてビックバンドやオーケストラの演奏によるジャズを聞かない。ソロ的な演奏を聞くことが多い。サックスとピアノそしてドラムのトリオ演奏が好みだ。

これも一匹狼的な生き方を好む、僕の指向性が、ジャズの好みにも反映しているのかも知れない。

友人のミュージシャンである、吉野崇さんからイーハトブ音楽祭IN平泉の出演オファーの電話を先週頂いた。夏には吉野さんがパーソナリティを務めるFMasumoの番組で、僕の歌を収録させて頂いた。どのライブでも最近は同じ曲ばかりで、歌う僕のほうもマンネリ化してきていた(特に家族のブ~イングはキツイ・・・)。

そこで先週、50歳を過ぎて初めてのラブソングを作った。何かが舞い降りて2時間ほどで書き下ろした(・・笑い)。何のことはない、3年前に作ったエールという曲のコード進行をそのままパクったリメイクの曲である。

お披露目は11月17日土曜日の夜、平泉の和菓子屋・吉野屋さんでのイーハトーヴ音楽祭での演奏となる。

多くの才能がきらめく、アマチュア・セミプロの音楽家が出演します。お時間のある方はぜひ立ち寄って見て下さい。観覧無料、臨時駐車場も当日はありますので、見に来てけらい~。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

桑名正博追悼

『もうすぐ友達に会える』

この曲を歌っている桑名さんの自然さが好きだな。

若い頃に多くのスポットライトを浴びた歌い手が、年をとってギター一本で歌うバラードは心にしみる。雑念を削ぎ落したいぶし銀の輝きが放たれているね。

50代の早すぎる死に多くの音楽仲間達が悲しみにふけっている。桑名正博カッコ良かったね。

080630_114752


年を取れば死が近づいてくる。最後まで好きな音楽をやれた彼は幸せだったと思う。きっと天国でもギターをかき鳴らし、ロックな歌を歌っていることだろう。

さようなら桑名正博さん。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月27日 (土)

シャットアウトしてしまっている

拙いブログを毎日書くようになって5年が過ぎた。1週間に10~11稿の記事を更新してきた。毎日書き続けて何が変わったかと言えば、夜自宅に帰ってブログを打ち込む習慣が身についてからは、酒を飲むことが激減した。テレビも見なくなった。

昨年からは新聞やテレビは当てにならないので、特にシャットアウトしてしまっているが、情報源はツイッターや、種々の専門家のブログを参考にさせて頂いている。

時にそういった著名な方々のブログに、僕の記事をリンクして頂いたりするのだけれど、身に余る光栄である。

そのようなウエイブで自分の記事を見かけると、僕の文章は何だこりゃ的な文章で、まだまだ修行が足りないなと思うかねごんである。

22年前に、勤めていた学習塾を退社してから、一匹狼的な生活をしてきた。誰に媚びるわけじゃなし、失うものがない身軽な立場ゆえ、少し自由奔放な暮らしをし過ぎてきた感がある。

4年前から自分の生活を律しようと、私立高校の非常勤講師を仰せつかっているのだけれども、それでも僕の暴走は止まらない。自分でも困ったものだと思っている。

ブログの話に戻るけれども、もし5年前にブログを始めていなかったなら、ひょっとすると昨年の震災のダメージから僕は立ち直ることが出来ず、ギブアップしていたかも知れない。本当に本当に多くの方々から励まされ勇気を頂いた。そして日々頂くコメントに、どれほど元気をもらっただろうか。

昨年の今頃、0.25マイクロシーベルトあった一関市の空気線量は、今は0.12マイクロシーベルトと、半分近くに下がった。山のものは依然猛烈なセシウム値で食べられないけれど、とにもかくにも食と水を注意することが、内部被曝を避ける最小限の手段だと思う。

一番いいのは、放射能のない地域に移動することだと思うが、多くのしがらみと、仕事や経済的理由で、ほとんどの人達は、この地にとどまらざるを得ない。

僕などは、神社への100日参りなどをして、神様に祈願することしか出来ないデクノボウだけれども、ブログを通じて皆さんとこの時代を共有し、頑張って行きたいと思っている。

あらためて、6年目の大験セミナーわくわく日記をよろしくお願い致します。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月26日 (金)

人類の退化

放射能汚染食品ももちろん怖いが、遺伝子組み換え食品の蔓延も恐怖である。

080925_085243

(マウスの左クリックで写真が大きくなります)

人類は未来に向かうほど、進化し賢くなるんじゃないかと思っている人が多いと思うが、僕は逆に人間は退化してきたのではないかと思っている。

人間の脳は全体の数パーセントとしか使われておらず眠った状態だと言われるが、僕は脳は退化してきたのではないかと考えている。

かつては見えていたものが見えなくなり、聞こえていたものが聞こえなくなり、感じることができたものが感じられなくなったのではないかと思っている。

そうじゃなければ原子力も造らなかっただろうし、上のような怪しげな食品を子どもたちに食べさせることもなかっただろうと思う。

縄文時代は約1万年も続いたが、決して進化が遅滞したのではなく、安全で安定のある暮らしだったからこそ、祖先たちは時代の継続を選択したのではないかと思う。彼らはハイテクな技術を駆使しなくても、風の声を聞き、動物たちの声を理解し、そして自然の精霊を感知し、危険を察知し、自然と融和していたのではないだろうか。

経済という人類の概念は、果てしなく人間の感性を阻害してきてしまったように僕には感じられる。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

地震センサーがインプラントされた感じだ

1週間前からきつかった頭痛に加え、昨日は夕方から歯の痛みに襲われていた。昨日の夕方6時半頃、久しぶりに強い揺れが来た。ゴ~という地鳴りとともに教室に横揺れが襲った。

自習室に3名、2階指導室に4名の生徒がいたが、「大きいのが来るぞ、気をつけろ!」の僕の叫び声で、皆避難態勢に入った。

僕は本棚を抑え、生徒たちは机にしがみついている。

教室に置いてある地元FMラジオで地震の速報を聞く。震源地は宮城県沖、地震の規模はマグニチュード5.5、石巻震度5、一関は震度4の揺れだった。

Dsc_0002

指導が終わり、自宅に帰った僕は、悩まさせれいた頭痛がおさまっていることに気づいた。あれほど痛かった奥歯の痛みもない。

1週間前に見た地震雲、そして始まった頭痛と胸の痛みは、昨日の地震の前触れだったのだろうか。ひとまず、痛みが無くなったことはありがたい。

昨年の大地震前から、僕の身体にはどうも地震のセンサーが装着された感じだ。宇宙人に拉致された記憶もないし、何かをインプラントされた覚えもないのだが(苦笑い)、近隣で生じいるマグニチュード5ないし6以上の地震が近づくと、変調をきたすことが多くなった。

これも良し悪しである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月25日 (木)

100ベクレルを超えるお米が集荷停止に

政府は25日、福島県須賀川市の一部地区のコシヒカリから国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されたとして、同地区で今年産出されたコメの出荷停止を指示した。今年収穫されたコメの出荷停止は初めて。

 基準値を超えたのは旧西袋村地区の農家1戸が生産した320袋のうち1袋。1キロ当たり110ベクレルのセシウムが検出された。検査段階のため、流通はしていない。

 福島県は今後、同地区で生産されたコメの保管や出荷などの状況を農家ごとに把握する「管理計画」を策定。再度、全量全袋検査などを行い、安全性が確認されれば、出荷停止の措置を解除される。産経新聞

今年の夏8月に、僕は卓球の東北大会で福島県須賀川市に行った。放射能線量計の数値は、ほぼ一関市と変わらなかった。福島県の中でも比較的線量が低いところという認識があったが、それでも穀物汚染の状況は深刻なようだ。

一関市は、お米こそ高い数値は出ていないが、椎茸や山のキノコは1000ベクレル近い数値が出ている。とてもじゃないが口に出来る値ではないし、年齢に関係なく食べてはいけない。

山でキノコ採りをしている人がいたなら、ぜひ警告を発して頂きたい。岩手県県南の山のキノコは食べれません。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

福島の子どもたちの甲状腺異常の状態

武田邦彦先生のブログを転載致します。教育関係者及び学校長に対する武田先生の渾身の怒りだと思います。心ある人はこの記事をしっかり良心の片隅に留めて頂ければ幸いです。

福島の子どもたちの甲状腺異常の状態。

1)通常の小児の甲状腺異常(結節など)は100人に1人程度。多くても3人。
2)福島の子どもたちの100人に約40人に異常が発見され、特に小学生の女児は100人に55人に及んだ。
3)甲状腺異常がガンになるのは大人で100人に数人だが、子どもは20人から30人(小児科専門医からの情報による)。
4)放射線の被曝による損害は5年(大人、子どものデータは不足しているが3年ぐらい)の余裕がある。
5)従って、被曝による影響は「重大あるいは取り返しのつかない損害」が発生する可能性がある。

日本が国際的に約束している「予防原則」。

予防原則:  原則15:環境を防御するため各国はその能力に応じて予防的方策を広く講じなければならない。重大あるいは取り返しのつかない損害の恐れがあるところでは、十分な科学的確実性がないことを、環境悪化を防ぐ費用対効果の高い対策を引き伸ばす理由にしてはならない。」(RIO DE JANEIRO DECLARATION 1992)

・・・・・・・・・

2011年の原発爆発以来、次のようなことがありました。
1)事故直後から、教育委員会、校長先生に「子どもたちの汚染を減らすように全力を挙げて欲しい」と何回も呼び掛けましたが、当時、1日に50万件を超えるアクセスがあったにも関わらず、普通の先生以外は反応無し、
2)15ミリシーベルト(セシウムだけ)の給食が始まったとき、これが117ミリ以上になるので受け入れないように呼び掛けたが、反応無し、
3)給食責任者から「汚染された食材を拒否する親がいて困る」という相談があり、「汚染された食材を拒否する方が、食品提供者と考えが合うはずだ」と答えるようなことまであった、
4)一関などが汚染されたので、子どもが被曝したり、汚染された食材を食べないように注意を喚起したら、市長や議会から抗議を受け、メディアからも「なんで一関の名前を出すのだ」と一斉に攻撃を受けた(一関ではその後、汚染牛、汚染食材、高線量率を出した)、
5)120ミリという福島の被曝量は、1年に胸のレントゲン400回に相当すると警告したが、教育関係者は「お上が言うのだから」と自らの判断を避けた、

6中国地方の中学校と記憶しているが、修学旅行に日光に行くということで心配した親から連絡があり、「大人でも行かないのだから」と校長先生にメールを差し上げたら、「昨年も行ったから」という回答があった、
7)東京の学校が日光に次々と行くので、何回か控えるようにお願いしたが、生徒の全体の被曝量を計算せずに、日光に行ったときだけを計算していた、
8)親が心配しているので、行事の参加をいやがる子どもを「そんな人間は日本人ではない」という先生が多かった、
9)先日、汚染地帯に行くのをいやがった子どもに対して、次のようなことをした先生がおられることをメールにあった(かなりの数があった)
「子供は学校で校長先生や他の先生に囲まれて参加しないと残念な気持ちになる とか日光でも生活をしている人がいるのにその人たちの心を考えた事があるか など 泣くまで延々と説き伏せる行為に及びましたこのような状態の中で学校が子どもたちを汚染地帯に連れて行くのが跡を絶ちません。」

・・・これが被爆した国日本、そして文明国でしょうか・・・
大人の理由は、
1)子どもたちを被曝させても声が小さい、
2)親の内、心配している親は少ないので、親同士のイジメで解決できる、
3)子どもたちがどのぐらいの被曝をしているかは計算しない。これまで被曝していないとすると、汚染地帯に連れて行っても問題は無い、
4)日本人を被曝から守る法律はないと主張する、
5)国は子どもたちを被曝させても問題は無いと言っている、
6)これまでのつきあい、リベートなどがある、
7)汚染地帯の人の生活が大切で、子どもの健康を犠牲にしても良い。

特に原発事故の後、日光などの汚染観光地へ子どもを連れて行くことが多いのですが、大人の観光客は激減しているところに、「大丈夫だ」と言い、保護者同士で監視をさせて強引に行事を実施しています。

校長先生!! あなたの人生は教育だったのです。是非、教育者の本来の姿を取り戻し、子どもたちを汚染地帯に連れて行かないようにしてください。将来に対して先生は法令を超える責任を持てますか?

(平成241021日)武田邦彦

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

77の神様

10月27日は母の誕生日である。19歳で農家の長男である僕の父のところに嫁いできて60年近くが過ぎた。母がお腹の中にいる時に母の父(僕の祖父のわけだが)は戦死した。食糧難の戦中戦後、大変苦労して育ってきただろうと思う。故に根性と負けず嫌いは特筆している。

僕の父が亡くなって22年が経つが、この22年間、癌を患ったり、僕の貧乏暮らしに付き合ったりなかなか大変な人生ではあるが、孫2人と猫を相手に、毎日奮闘している母である。

10月27日が母の誕生日であるが、ちなみに僕の誕生日は2月7日、次男は4月7日、亡くなった父の誕生日は12月7日である。

僕の塾がある場所は、一関市磐井町7番地。5年前の記事にも書いたが、22年前塾を開いた時に、11名の塾生でスタートした僕の塾だったが、その中に2月7日生まれの生徒が2名いた。ここまでくると偶然とは言い難い。僕の人生を7という数字が支配している。

そう言えば僕ら夫婦が初めて仲人をしたお嫁さんの誕生日が7月7日だった。2年前天寿を全うした愛犬も7月7日生まれだった。

080713_120623

水沢の駒形神社そばの交差点でいつも起こる77の奇跡もそうであるが、僕の愛する神様は殊の外7の数字が好きなようだ。

僕があっちの世界に戻った時、きっと77の秘密が明かされるかも知れない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月24日 (水)

磐井川に鮭が帰ってきた

今年も一関の磐井川に鮭が帰ってきた。

磐井川に放たれる稚魚は、春、雪解け水とともに北上川を下り海に降り、8月~11月までオホーツク海で過ごす。その後大西洋西部へ移動し、冬を越す。

夏になるとベーリング海に回遊し、餌を捕食しながら大きく成長する。11月頃になると南下し、アラスカ湾へ移動しまた冬を越す。

その後夏はベーリング海、冬はアラスカ湾を行き来し、
そして4年後、成熟魚になった鮭は、ベーリング海から千島列島沿いに南下し、9月~12月頃、それぞれ日本の生まれ故郷の河川へと帰ってくる。

実に数万キロに渡る旅だ。どうやって生まれ故郷の川に帰って来れるのだろう。川の臭いを嗅ぎ分けて戻ってくるという説が有力らしいのだが、すごい能力だ。

北上川の河口である石巻は津波による大被害を受けた。北上川を逆流した津波の距離は20キロとも言われている。4年前の川の臭いとは全く変わっていたと思うのだが・・・。

渡り鳥は磁気や気流をキャッチして数千キロの旅をし、毎年日本にやってくるが、鮭は臭いだけで生まれ故郷に戻れるものなのだろうか。

080713_120623

産卵を終え、川辺に横たわる鮭の姿は、痛々しくもあるが感動的だ。魂が揺さぶられる。僕らも人生を最後の最後まで、頑張らなければならない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

プレアデスカラー続編

近ごろ神様の話題が多い僕のブログだが、今日も神社の話題を少々。

いろんなところで神社の話題をするものだから、よく御祭神をことを尋ねられる。中には、「かねごんさんは、神社に居る神様が見えるんですか」などと真顔で聞いてくる人もいる。

期待に反して申し訳ないが、見えるわけがない(・・笑い)。

神社関係の書物や、神社庁などで出している小冊子等をこまめにチェックして得ている知識である。

ただし・・・

時に言い伝えもなく、情報がない神社も多い。ご神殿の造りや、神社の名前や、境内に鎮座する石塔を頼りに、勧請されている神様を類推することはある。

最終手段は僕の得意技のプレアデスカラーを利用する。

かつても記事で書いたが、もの心がついた頃から、青点が見えることがあった。その色が丁度プレアデス星団の色に似ていることから、僕が勝手に名付けた色である。

神社でお参りをする際に、御祭神の名前をお呼びし感謝を申し上げる。感応なんていう言葉を使うと大げさだけれども、その神社の神様の名前を呼んだ瞬間に、僕の脳裏にプレアデスカラーである青点が点滅する。

実験などというと、神様に失礼な話だけれども、例えば八幡様には応神天皇が祭られていることが多いのだけれど、わざと神武天皇の名前をあげても青点は点滅しない。

ちなみに腰痛で悩んでいた頃、整体や針治療を受けた時に、この青点が見えた時は、みるみる痛みが引いて行った。従って僕にとってはこのプレアデスカラーは、一種の審神(さにわ)の役目をしていると言えるかも知れない。

山神神社と名前が付いているからと言って、山神神社のすべてに木花開耶姫命がいらっしゃるわけではない。長い歴史の中で、信仰心が廃れ、山神どころか魑魅魍魎の棲家になってしまっている社もある。

青点に頼らなくても、境内に立ち入って見れば、たいての人も判るものである。暗くジメジメして、草ぼうぼうの社に、神様は残念ながらいらっしゃらない。

静謐なるご神霊は、清き社にあられるのである。これは自宅の神棚や仏壇とて同じである。せめて毎月朔日の日には、拭き清めて欲しいものである。

受験合格祈願の御札が埃にまみれてはいないでしょうか。受験生諸君ご確認あれ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月23日 (火)

秋色の日々

夕方、塾の前に佇んでいると向こうから見覚えのある女子高生達が歩いて来た。僕が英語講師に行っている私立高校の教え子達だ。

「かねごん先生~」元気な声が飛んでくる。

「先生ここで何やっているの」

「これから塾の仕事だよ」と僕。

「先生塾でバイトやっているの」とツッコミを入れてくる。

もう一人の女子生徒も調子にのって来た。

「先生タダで教えてくんないかな」

「それだけはかんべんしてくれ~」

久しぶりの雨に濡れたアスファルトの道を、傘を揺らしながら生徒達は賑やかに帰っていった。

磐井川の土手からか見える釣山の木々が、色づいてきた。高校3年生も大詰めだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

神との対話 ~神社編~

僕は趣味は何かと尋ねられたなら、間違いなく一番に挙げるのは神社巡りである。

子供の頃から神社にはただならぬ興味があった。あの社には誰が住んでいるのだろう。みんな何かをお願いしているが、誰にお願いしているのだろう。不思議大好き少年にとっては、神社はミステリーの宝庫だった。

神社の境内には必ず石塔や石宮が置かれている。山の名前や、様々な神様の名前が刻まれて鎮座している。正月ともなれば多くの人達が、お米や御幣をお供えして神妙に頭を下げている。この石にそんなパワーがあるのだろうか。疑問は堆積していった。

080916_104049

神社には鳥居というものがある。村の神社が自宅近くにあるものだから、子どもの頃よく神社の鳥居を何度も何度も行ったり来たりして遊んだものだ。そんなある日、不思議な感覚を味わった。

神社の鳥居の下を何かが通りすぎていく気配がする。風?動物?影?言葉では言い表せない何かが、神社には居る。そのことを僕は確信した。

神様に興味がない人はいないと思う。神様ってどんな姿・形をしているんだろう。子どもならずとも抱く興味だ。仙人のようなヒゲを生やしたおじいさんだろうか。天狗のような姿だろうか。髪の長いお姫様のような方だろうか。妄想は膨らんで行く。

若い頃、一人で山歩きをしていると、ふと視線を感じる時があった。山に住む動物たちの視線だろうか。それとももののけの気配だろうか。深閑とした山の佇まいに、僕は神社と同じ異界の世界を感じた。

子供の頃のそういった感性は、大人になっても、そして年を重ねても変わらない。龍神や山の神のファンである僕は、木花開耶姫命(このはなのさくやひめ)や瀬織津姫(せおりつひめ)が祭られている神社を見つけては、わくわくしながら参拝に出かける今日この頃である。

僕のブログを読まれている方の中にも、木花開耶姫命や瀬織津姫に興味津々の方が居るかも知れない。どうぞ山神様を参拝して頂きたい。

僕の町の近隣にお住まいの方に、お勧めの神社を紹介したい。木花開耶姫命をお参りしたい方は、宮城県小牛田に鎮座する山の神神社、岩手県水沢の駒形神社、そして一関市の配志和神社がお勧めである。優しさと威厳に満ちた山の神様がいらっしゃる。木花開耶姫命様の専門分野は。安産・子育て・教育そして産業開発である。ぜひご利益にあずかって頂きたい。

瀬織津姫はなんと言っても早池峰神社である。早池峰神社のすべての末社に瀬織津姫が祭られている。宮城県の唐桑町に瀬織津姫神社があったが、今回の津波で跡形もなく流されてしまった。きっと姫君は三陸の復興に全力をあげていることと思う。

ちなみに江刺の新山神社には清々しい霊域のもと、瀬織津姫が祭られている。一関市では真滝に鎮座する熊野白山滝神社に菊理媛とともに瀬織津姫が祭られている。真滝バイパスの開通に伴い、新しい霊道と鳥居が造られて、ご心霊もパワーアップされている。お近くの方はぜひ参拝されてはいかがだろうか。

瀬織津姫のパワーは、農業・産業だけにあらず、芸能や芸術分野にも多大な尽力を発揮しておられる。おっと忘れていた。貧乏暮らしの僕が言うのも恐縮だが、金運にも絶大なパワーを発揮してくださる神様です。龍神も弁天様も瀬織津姫の荒御魂であると言われています。

ただし注意がありまして、昔から弁天様も瀬織津姫も、カップルで参拝してはいけないとの、言い伝えがあります。

今日はかねごんの神社ナビのお話でした。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月22日 (月)

今年一番短いブログ記事

塾の上を白鳥が飛んで行った。

ちょうど教室には小学生の女の子達がいたので、一発ギャグを飛ばしてみた。

「白鳥が風邪を引いたって」

「は~くちょん」

教室が静まりかえった。

残念。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

大谷君メジャー挑戦

 ◇花巻東・大谷メジャー挑戦

 大谷の会見を受け、ドジャースの小島圭市極東担当スカウトは「一高校生にはタフな決断だったと思います。この勇気ある決断に敬意を表するとともに、われわれは大歓迎したいと思います」と語った

【大谷メジャー挑戦】ドジャースが最有力  マイナー契約でも専属通訳付き
 ド軍は大谷が1年の時から注目しており、同スカウトはほぼ全ての登板試合を視察。今後については「まだドジャースに来ると決まったわけではありませんので、これから来ていただけるように努めていきたいと思います」とコメントした。スポニチ

080713_120623_3

今年の夏岩手県大会で、高校球児として初めてマックス160キロを記録した怪物大谷が、とうとう高卒ルーキーとして初めてメジャーに挑戦する。

大谷君は岩手県奥州市水沢の出身だ。水沢と言えば、僕の塾が合格祈願でお世話になっている、777の奇跡を起こす駒形神社があるし、友人の小林先生が私塾学び舎を営む町でもある。

同じ郷土から、アメリカの大リーグに挑戦する若者が出ることはとても誇りだ。投球のみならず、バッテングにも非凡な才能を示す大谷君の活躍に期待したい。

大谷君は、小さい頃からメジャーリーグで投げることが夢だったと言う。まさに夢は叶えるためにある。彼が大きな一歩を踏み出した勇気を賞賛したい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

2012年10月21日 (日)

100%の大衆を喜ばせようとする商売ではなく、20%の人達を満足させる仕事をやれ

何か仕事をするなら、100%の大衆を喜ばせようとする商売ではなく、20%の人達を満足させる仕事をやれ。そんなフレーズを昔何かの本で読んだ気がする。

塾をやって来てまさにそのことを実感する。地域の方々をみんな味方にするポリシーは無理だと思う。ちょっと歪んだ感性で(・・笑い)、自分の嗜好を理解してくれる方がいれば、それで十分な気がする。

一流大学を出た先生が指導する塾じゃなければならないという人がいるだろう。月謝は高いほうが、いい指導をしてくれるはずだという人がいるだろう。塾は大手の塾じゃなければならないと思っている人がいるはずだ。

僕の塾は全くの真逆だ。僕は3流どころか4流大学だし、零細個人塾だし、月謝は安い。こんな塾だけれど、なんとか22年やってきた。売りは、人情と敷居が低いことだろうか。誰でもWelcomeである。

音楽と卓球と山と、宮沢賢治作品を愛する禿げた中年おやじである。

080916_112914


ご覧の通り、田んぼで長靴が似合う、メタボおじさんだ。春と秋には花粉症に苛まれ、痛風の薬と胃腸薬が手放せない気弱なおじさんである。

何を勘違いしたのか、5年半まえからブログを書き始め、調子にのって毎日妄想癖の日記を書いている。自分でも笑ってしまうが、しょうもない男である。

自由気ままな風来坊が故に、僕のしょうもなさに付いていけない人もいるはずである。心からごめんと言いたい。

一番困っているのは、この風来坊癖が止まらない僕の家族かも知れない。大衆に迎合出来ない性格は、きっと直らないだろうと思う。ドンマイだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします

朝夕刊 いちゆるーいちのせき

ツイッターでお付き合いをさせて頂いている、餘目さんというプロカメラマンの方がいる。餘目さんは朝夕刊 いちゆるーいちのせきという新聞を発行していて、いつも面白い情報を提供してくれている。

彼は一関市内で活躍しているフリーカメラマンなのだが、浅からぬ縁がある。僕の息子たちもだいぶ大きくなり、背丈を越されてしまったが、小学、中学の入学記念の写真のシャッターを押してくれたのが餘目さんだった。そして僕ら夫婦が初めて仲人をさせて頂いた時の結婚式の記念写真を撮ってくれたのも彼だった。

さらに偶然は続く。ちょうど僕が市内の私立高校に講師としてお世話になった年から、餘目さんが卒業アルバムの制作を担当し、生徒たちの写真を撮ってもらっている。彼が撮る生徒の個人写真は、自然な笑顔をキャッチしているということで大好評だ。

僕はデジカメになる前、よく一眼レフを片手に登山をし、山の風景を撮りまくったが、デジカメになってからは、どうも写真を撮る慾望がなくなってしまった。アトランダムに写真を写しては、消去してしまうあの無常の感覚が、どうも気に入らないかねごんである。

気に入った一瞬をキャッチする緊張感が軽減してしまったデジカメの安易さに、興味を失ってしまったのかも知れない。

僕の場合はケータイも持たないので、最近はよほどのことがない限りシャッターを押すことがなくなってしまった。ブログで使う写真の殆どは、女房に撮ってもらうか、彼女のパソコンのストック写真から拝借してるものばかりだ。

その点プロのカメラマンは、写真を撮ることが仕事なわけで、フイルムがどうの、デジタルがどうのと、僕みたいに駄々をこねるわけにはいかない。常にアグレッシブに被写体に向き合わなければならないのだろうと思う。

カメラマンというと、やたら無精ヒゲをはやしたり(人のことは言えない僕だが・・・)、さもカメラマンという風貌をしている方が多いけれども、餘目さんは清々しいお兄さんという感じである。10年間まったく年を取った形跡が感じられない方だ。僕のように激変してしまったおやじからみると羨ましい。

まだ先の話かも知れないけれど、息子の結婚式の時には、ぜひ彼に写真をお願いしたいと思っているかねごんである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

山はいいな

最近は夕暮れがとても綺麗だ。秋の夕日は、中年おやじの僕でもメランコリーになってしまう。

一関に住んでいると、須川岳に沈む夕日が一番綺麗だ。釣山公園や、関が丘から眺める夕日は無性に心が落ち着く。

080511_141858

故郷の山はいい。山があるから故郷なんじゃないかと思うくらい、山は地方に住む者たちの心の拠り所だ。

僕の自宅裏の山からは、須川岳ばかりではなく、焼け石岳や夏油三山まで見渡せる。東に視線をやれば、室根山がどんと構えている。

この季節は山に行けば栗やあけびがたくさん取れる。残念ながらキノコ同様、放射能の影響があって、食べられない。

080713_120623
子供の頃は、あけびは秋の最大のおやつだった。なんとも言えない甘さが口に広がる。種を飛ばしては、ほうばったものだ。

一関はこれから紅葉の季節を迎える。先日は早池峰に登ってきたが、今年はもうひとつ山に登りたい気分だ。山はいいな。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。


2012年10月20日 (土)

地獄も天国もない

人間の生き様というものを、50も過ぎると考えることが多くなった。

僕らは、残されている時間が分からないからこそ、毎日を頑張れる気がする。つまり分からないと言うのも僕らには希望なんだろうと思う。

結果には必ず原因がある。

教育に携わる仕事をしてきて思うことだが、人間の能力は千差万別だ。平等とは言い難い。しかし努力に対しては、間違いなくその人のステージを押し上げる結果がやって来る。そのことに於いては、人間は間違いなく平等だ。

こんなブログを書いているものだから、時に人生について尋ねられることがある。

「生きて行くうえで何が一番大切だと思いますか」

どっひゃ~である。それが分かれば僕も苦悩をすることはないのだろうけれど、少なくとも、自分に与えられた能力に満足すること無く、日々ちょっとづつの向上を目指せばいいんじゃないかと思う。

年と共に肉体は老化して行くが、脳と感性は死ぬまで鍛えられるものだと僕は確信している。例えば80歳を過ぎて英会話を習うなんて素敵なことだと思う。60歳の還暦を過ぎて、大学の受験勉強を始めた方を、僕は随分存じ上げている。いつまでもチャレンジャーであり続けることは、素晴らしい。

今は、国民の7割が前世や来生を信じているとの統計がある。今生の努力がたとえ大輪の花を咲かせなくても、来生に於いてはきっと報われると信じれば、努力は幾つになっても無駄ではないだろう。

仏教の言葉に、因果応報という言葉がある。自分が撒いた種は、必ず刈り取らねばならない。我欲や快楽に身を任せる人生は、終着点も厳しいのではないだろうか。困っている人が居れば助けてあげる。その当たり前のことが出来ない人生ではいけないような気がする。

空海さんが言っておられる。あの世には地獄も天国もない。その人の心が作る世界が待っているだけだと。

心すべし。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月19日 (金)

カッコよく言えば、アウトロー、一歩間違えば変人である

今年は夜遅くまでの指導がそんなにないので、10時の閉店前に、スパーに立ち寄ることがちょくちょくある。

お目当てはインド産のめばちまぐろのお刺身である。閉店前だと半額で買える。日本近海の生魚は怖くて食べれないので、遠洋で捕れた魚を買っている。薄い焼酎の水割りで食べる刺身は美味しい。

たまたまお店に残っている時だけの贅沢である。半額でなければ買わない。ついでに食パンも半額で残っている時は買う。ケチケチ生活である。

僕のブログを読んでいてくれる高校生は、躊躇なく質問してくる。

「先生お金がないって言うけれど、私立高校でも働いているし、塾生もそこそこいるし、ふかしているんじゃないですか」

僕は正直者なので、塾の売上とかかる経費を教えてあげる(・・・笑い)。そして私立高校から頂いている講師料も、我が家でどんなふうに消費されているのかを説明する。事細かに。

生徒は、僕が23年間も同じ軽トラックに乗っていることに納得する。驚きと言うよりは尊敬の目で見られることが多い(・・爆笑)。

束縛と自由、お金と貧乏を天秤ばかりにかけて、僕が選択してきた結果の日々の暮らしである。ここまで生きてくると、諦観はあっても後悔はない。

塾教師は儲からないし、お金持ちに絶対なれないけれど、間違いなくやりがいのある職業だ。自分の指導がダメなら生徒はやってこない。変な噂や評価をされれれば、田舎では一発OUTである。故に真剣勝負ができる仕事だと思っている。

まあカッコよく言えば、アウトロー。一歩間違えば変人である。

10月も後半に突入だ。センター試験の受付もすでに始まっている。昨日は新聞各紙で、私立高校の出願・受験日等が発表になった。塾には冬期講習テキストのサンプルやカタログが舞い込み始めた。

さあ、今年も大勝負が近づいてきた。公立高校受験者3年連続全員合格の金字塔に向けて、いざ出陣だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

そのために僕らは生まれてきた

震災後本屋さんには、多くの震災関連の本が並んでいる。新聞社が出した写真集が一番目立つが、いつ見ても目頭が熱くなる光景だ。

そして次に本屋さんで目立つのが、宗教関係やセラピー関係の著作である。1990年台には、ノストラダムスの大予言に便乗した新興宗教の書籍が目立ったが、今年はマヤ暦による2012年12月21日の終末論がまた花ざかりで、その手の本がめじろ押しである。

自称霊能者さんや、自称チャネラーさんや、自称宇宙人さん達が、震災後急に増えだした。現実逃避と言えば現実逃避なのかも知れない。津波で破壊された港町の光景や、爆発して廃墟になった原子力発電所の光景を見れば、超越的な力にすがりたくなるのも仕方がないことだろうと思う。

僕もそうだ。震災後の復興と、放射能の影響が軽減するようにと、近くの神社に御百度参りをしている。山の神に東北の復興を毎日願っている。ひょっとすると、単なる僕の気休めかも知れない。しかし何かをしなければならない気持ちに苛まれているのは、僕も同じだ。

先日早池峰山に登った時に目にした光景だが、多くの登山家が頂上の社の前に、深々と頭を下げていた。かつてはそんなクライマーはほんのわずかで、せいぜい社の前で記念写真を撮るぐらいだった。真剣に頭を垂れている皆さんの姿に、この時代の空気感を感じた。

1921149684

想いは現実を作り出す。祈りはその導火線だ。僕はそう信じている。世界はきっといい方向に進んで行く。そのために僕らは生まれてきたのだから。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月18日 (木)

大丈夫な気がする

昨日地震雲の記事を書いたところ、今年最高のアクセスを頂いた。皆さんがいかに地震に意識を持っているかを実感することができた。

相変わらず僕の体調の悪さが続いている。昨年ほどではないが、頭痛と胸の痛みは、昨年の地震前と同じ状況だ。3.11の大地震の時は、ちょうど地震の1ヶ月前から、頭痛と胸の痛みが始まり、2月の末には10年ぶりに塾を臨時休業にして、病院に行った。

自分で歩くことも出来ず、車椅子で診察室まで運んでもらった。心電図・レントゲン・血液検査等すべての精密検査をしたが、数字的には異常なし。脳の検査でもなにも異常はなかった。これにはさすがの僕も参った。

病名も分からず、とりあえず痛み止めの薬をもらい、誤魔化し誤魔化しの仕事を続けたわけだが、3.11の地震がやって来て、嘘のように身体の痛みは消えて行った

この事をブログに書いたところ、多くの方々からメールやコメントを頂き、地震前に僕と同じ症状に陥った方々がいたことを知った。地震による電磁波や何かの影響ではないかと言われたが、素人の僕には分からない。ただあの痛みは生まれて初めて経験する痛みだった。

その痛みが強烈ではないにしろ、また始まった。昨日は家内も地震雲を見たらしい。

今朝も頭痛がひどかった。いつもは6時30分に起き出して、友人である佐惣珈琲豆店の豆を挽き、南部鉄瓶で沸かしたお湯でコーヒーをいれるのが日課なのだが、7時を過ぎても起きれなかった。

そこへ我が母の声。孫の車のタイヤがパンクしているとのざわめきが下から聞こえてきた。時計を見ると7時10分、息子がいつも会社に出かける時間だ。いくらなんでも5分やそこらでタイヤを交換できるわけがない。

僕はパジャマ姿で何とか起きだした。息子にはとりあえず女房の車で出かけてもらい、昨日の雨でバイクを高校においてきた次男を軽トラックに乗せ、高校まで送って行った。そして帰宅してからは、パンクしたタイヤの交換に汗を流した。

まあ、頭が痛いといっても、なんとか日常をこなせる元気があるので大丈夫な気がする。

そう言えば、昨日は僕の母が、ヘルメットをかぶらずバイクで帰ってきた。高齢なので、ぼちぼち老人性痴呆症が出てきたかと心配したが、駅の駐輪場においていたバイクから、ヘルメットを盗まれたらしい。仕方なくそのまま帰ってきたとのことだった。

スクターにのっかっている可愛らしいヘルメットを、女子高生か誰かのかと思い持っていったのだろうか。80歳近いおばあさんのものだと知ったら、さぞがっかりだろうな・・・・。

日々いろんなことが起こる我が家である。頭痛ごときで寝込んでいられない。さあ頑張って仕事に行ってこよう。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

言葉は人格であることを忘れてはならない

モラルがない人が教育を動かすのだから、軽視されるのは当たり前なのかも知れないが、
日本のアイデンティティーを保持するためにも、方向転換をしなければならないと私は思う。

ロンドンオリンピックのメダリストたちが天皇陛下とお話になり、そのコメントにもやはり驚いた。
どの選手も、「天皇陛下に~と言われた」と言う言葉を使っていた。
そう言う言葉に違和感を感じる私も歳なのかも知れないが、やはり耳障りである。
こういう教育もやはりすべきではないかと思う。【とよ爺先生の記事より抜粋】

 とよ爺先生のブログ記事には、いつも共感する記事が多いのだけれども、僕もロンドンオリンピックに出場したアスリー卜たちの敬語の使い方には、違和感を感じた。

敬語は上下社会の遺物だと言う方もいるが、僕は目上の人を敬うことは、人間として当然のことだと思うし、尊厳のある生き方だと思う。言葉はその人の人格であり、感性だと僕は思っている。故に社会にでた人間は、しっかりとした言葉を持たなければならない。

会社に入った新入社員が、半年もして慣れてくると、仕事が出来る先輩や上司に対して「神っすよね」などという言葉を使うという。尊敬の念を示したつもりの言葉だろうが、きっと上司は苦笑いだろうと思う。

学校でも塾でも、教師に対して俗に言うタメ語で話しかけてくる生徒がいる。微分積分や分詞構文を教える前に、教えなければならないのは、しっかりした言葉だ。

大人は若者に迎合することも大切かも知れないが、威厳をもった言葉と態度で接することは大切なことだと思う。

とよ爺先生がおしゃるように、日本を代表するオリンピック選手が、「天皇陛下に~と言われました」では、やはりお粗末である。

言葉は人格であることを忘れてはならない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月17日 (水)

地震雲

昨日3.11の前に現れたと言われている地震雲と同じ形の雲を、一関の上空に確認しました。またこれは息子情報ですが、3.11の前に数羽のスズメがコンビニの看板にぶつかって死んだということがあったのですが、同じコンビニで最近同じことが起きたそうです。

080925_085243


不安を煽る記事で申し訳ございません。3.11の前に猛烈な頭痛と胸の痛みに襲われた僕でしたが、最近似たような胸の痛みを感じます。

地震に対する防災意識が薄れた分けではないと思いますが、食料や飲料水の確保は大切だと思います。そして東北はだいぶ寒くいなって参りました。灯油などの用意は大丈夫でしょうか。

自然の猛威の前には、私たち人間は為す術がありません。しかし常に最悪を回避する行動はできます。そして何よりもわたしたちは叡智があります。縄文の時代から多くの逆境を乗り越え生きてきました。

僕の心配は単なる思い過ごしだと思いますが、ほんの少しでも心に留めて頂ければ幸いです。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月16日 (火)

対岸の火事でしかないのだろうか

フランス国営テレビ「フランス2」が放送した情報バラエティー番組で、サッカーのフランス代表と対戦した日本代表のGK川島永嗣選手に腕が4本ある合成写真を映し、司会者が「福島(第1原発の事故)の影響ではないか」と揶揄する発言をしていたことが15日、分かった。在フランス日本大使館は同テレビに抗議する方針。欧州メディアの間でも「行き過ぎ」などと問題視する見方が広がっている。

 

080511_141858

 

 13日夜に放送された番組の司会者、ローラン・リュキエ氏は、12日に日本が1-0でフランスに勝利した試合に触れ「日本には素晴らしいGKがいた」と述べた。しかし、直後にスクリーンに川島選手の合成写真が映し出され「私は福島の影響ではないかと思う」と発言。スタジオの一般参加視聴者から拍手と笑いが起きた。(共同)産経ニュース

このフランスのテレビ番組の揶揄はひどすぎる。福島第一原発の原子炉修復のために頑張っている作業員の方々や、放射能を心配しながらも避難できないでいる多くの方々の気持ちを思うと、心が痛い。

僕はふと思うことがある。日本と言う国は、本当は世界からどう思われているのだろうかと。戦後、奇跡の経済復興を成し遂げた我が国ではあるが、先進国としての地位は、経済力や工業力に対する評価であり、日本人への尊厳は希薄そのもののような気がする。

尖閣や竹島の問題もそうだ。震災の復興に全力をあげている東北人の気持ちを思えば、日本バッシングに躍起になるアジアの人々の視線は冷たい。

日本の窮状が揶揄される状況は、やはり対岸の火事でしかないのだろうか。ただそのような状況を作ってしまったのは、ひょっとすると僕ら日本人の過去の歩みにも、問題があったのではなかったのだろうかと、そんなことを、この合成写真をみて考えていた。

チェルノブイリ事故の時に、僕ら日本人はなにか救いの手を差しのべただろうか。原子力に対する警告に耳を傾けただろうか。怒りとともに、過去に対する様々な想いが去来する。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

1年ぶりにバリケード解除

昨日、塾の前の道路を封鎖していた立ち入り禁止のバリケードが解除され、磐井川の一関一高そばの土手下の道路が通れるようになった。1年ぶりに自動車が通行可能となった。

7月に磐井町土手の工事がほぼ終わり、3ヶ月も封鎖されっぱなしの道路。舗装さえ済めば完全復活をする道路が、まるでいじめの如く放置され続けてきた。僕の怒りもマックスに近づき、建設課に怒鳴りこんで行こうと思っていたが、未舗装ではあるが車が塾の前を通れるようになり一安心である。

それにしても1年間塾前の道路が閉鎖され、車の移動や迂回が大変だった。僕の女房などは迂回の際に電柱に車をぶつけ、車の修理にだいぶかかってしまった。まったく・・・・。

工事の騒音、地鳴り、振動、そして長引いた道路封鎖。普通のお店ならとっくに潰れている状況である。自分ながらこの1年間よく我慢したと思っている。2,3度工事関係者を脅かしたことはあるが(・・笑い)。

被災地の経済停滞、そして塾前の道路封鎖。重なる時は重なるものである。そろそろ僕の厄年も終わる。バリケード解除がその兆しの一歩のような気がする。

ということで、山目、中里、萩荘方面から塾に来てくださっている塾生、及び保護者の皆様、磐井川を過ぎて、すぐに一高に曲がる左側の道が通れるようになりました。ただしまだ砂利道ですので、通行にはお気をつけください。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

長期無料体験にもの申す

今日も新聞の折込に、他塾の1ヶ月無料体験のチラシが入ってきた。この現象はお互いの首を絞め合うことはあっても、塾生の増員になることはない。

被災地やその周辺の塾は、厳しい状況下にある。生徒が喉から手が出るほど欲しい。しかし塾経営を続ける意志があるのならば、無料の連発はやるべきじゃない。

数年前にもこの問題についいては書いたが、無料というのは、お金の価値と労働の意識を間違いなく低下させる。冗談のような話だが、無料の体験入学塾を転々として、受験勉強をしている子どもさえいる。

ちなみに僕の塾にも、1ヶ月無料体験はしないいんですかという電話が来ることがある。やってませんと言うと、塾の内容も聞かずに電話を切られる。

与えられた労働に対しては、然るべき報酬を払う。僕はこれが経済社会の基本だと思っている。無料長期体験入学や、入塾勧誘をしてくれた塾生への金銭や金券を与えている塾の代表者に言いたい。

そのような塾で20年も30年も続いている塾はほとんど皆無である。どの塾もそれぞれの生活がある。塾生の合格ため、家族を養うため頑張っている。僕は昨日卓球の神様の話を書いたが、寺子屋(塾)の神様もいると信じている。

無料という文字に、僕は真摯な指導力を感じない。釣りの擬似餌のような感覚を抱いてしまう。30年以上、僕は塾業界で生きてきたが、無料を全面に押し出してしまうと、塾の神様はいい顔をしないようだ。覚えておいて欲しい。

塾が存続して行くためにも、無料合戦はやめたほうがいい。朝三暮四は教育産業には通用しない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月15日 (月)

精神年齢は小学生並みの研究者だ

森口氏の帰国を受け、東大は森口氏への事情聴取を始めた。研究内容などについて調査し、問題があれば処分も検討する。

 森口氏はかつて、iPS細胞を使った手術を6例実施したと主張。しかし、13日のニューヨーク市内での記者会見で、うち5例は「これからやる予定を話してしまった」「オーバーにうそをついたと認めます」などと、虚偽の発表をしていたことを認めた。1例については実施時期を「今年2月」から「昨年6月」に訂正したが、実施したとの主張は変えなかった。

 帰国時にも、手術をしたという1例については「ニューヨークでお話しした通り」と説明し、主張を変えなかった。手術の詳細などに質問が集中したが、「大学の調査に協力し、明らかにしていきたい。これ以上のことは今日申し上げることはない」と繰り返した。

 

朝日新聞社

塾でもこの話題は、沸騰した。中学生でも森口氏の表情を見れば、嘘をついていることは一目瞭然。東大というビックネームと彼の幼稚な表情が、哀れささえ醸し出していた。

これからの彼の人生を考えると、とても切ない。学歴詐称や経歴詐称の事件を随分見てきたが、今回のips細胞の手術の虚偽疑惑はオオカミ少年の嘘話よりも、格言に残りそうな話しである。

きっと医学界の時流に乗ろうとしたのだろうけれど、悲しいかな学歴はあっても、精神年齢は小学生並みの研究者だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

卓球の神様

もし仮に卓球の神様というものがいるならば、僕にはその神様がついているのかも知れないと思うことがある(笑い)。

卓球は小学3年の時から始めた。本格的にやり始めたのは中学1年の時からだ。正直客観的にみて、僕はどこにでもいる普通のプレーヤーだったと思う。

しかし、同じ部活の仲間のお陰で、東北大会にまで行かせてもらったし、後輩のお陰で、ダブルスの大会では東北の大会で優勝した。

中年を過ぎて出るようになった大会でも、ろくに練習もしていないのに何度か入賞をさせてもらっている。僕の体型を見ればわかるのだが、決してアスリートの体型ではない。ブヨブヨおじさんである。

ここ数年中学校男子卓球部のアドバイザーを仰せつかっている。僕が気まぐれに決めたオーダーがズバリと命中することが多くなった。冴えているというより、なんかのパワーを感じる。

毎日練習している方には失礼だが、僕は1ヶ月にラケットを握る時間は2時間ぐらいだ。しかし、勝ち負けはさて置いて、中学生や高校生とは対等に戦える。

体力もない脚力もない僕が、なぜこの年で若者たちと対等にプレーが出来るのか。実は、僕には卓球の神様がついている(笑い)。

冗談はさておいて、きっと動体視力がいいのだと思う。これは間違いなく母からの遺伝だ。高齢者である母は、いまだにバイクに乗って町に出かけるし。70歳を過ぎた時でも平気で孫とキャッチボールをしていた。目がいい。

実は僕は老眼で悩まされているが、50を過ぎた今でも視力は2.0だ。ただ40代の時に抹消神経症を患ってからは、ドライアイになり、メガネが手放せないが、視力だけは衰えていない。

試合中、相手がボールにかけた回転の方向が、ボールに記されているロゴ文字で僕は判断できる。そのボールが返せるかどうかは別にして、回転は見て取れる。

080511_141858

これは試合中に座ってベンチコーチをしている時もそうだ。視力のお陰で、相手のサーブやドライブの回転グセが僕には見えている。ここで初めて明かす真実である(爆笑)。

辞書や新聞を見ることは困難になってきたが、遠くのものはよく見える。授業中に僕の禿頭を書いている生徒がいるが、僕には見えているのだ。気をつけ給え・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月14日 (日)

人間の尊厳

大阪市北区のJR大阪駅周辺で13日未明から14日未明にかけて、40~80代のホームレスの男性5人が相次いで襲われ、うち1人が死亡、2人がけがをした。府警は、同一犯による連続傷害事件とみて調べている。

 捜査1課によると、大阪市北区角田町のJR大阪駅東側の高架下で14日午前3時15分ごろ、段ボールの上に仰向けで倒れていた住所不定、職業不詳の富松国春さん(67)を通行人が見つけ119番通報した。顔に殴られたような跡があり、搬送先の病院で死亡が確認された。15日に司法解剖して死因を調べるという。

 付近では13日午前4時半ごろ、富松さんとみられる男性が口から血を流しているのを、通行人からの通報を受けた曽根崎署員が発見したが、男性は救急搬送や被害の届け出を拒否した。男性は通行人に「3人ぐらいに突然暴力を振るわれた」と説明したという。

 近くの阪急百貨店敷地内の通路でも同じころ、50代男性が「男2人に襲われた」と同署に被害を申告した。

 大阪市北区芝田1丁目の阪急梅田駅付近の通路では14日未明、路上生活をしていた40~80代の男性3人が立て続けに襲われた。80代の男性が頭などを蹴られ重傷。70代の男性もけがをし、「6~7人の男に襲われた」と説明。40代の男性も「複数の男に暴力を振るわれた」と話したという。朝日新聞

ホームレスという言葉をまず消去しなければならない。人間の形容詞として尊厳を著しく損なう言葉だ。

住む家がない人を襲撃するという愚弄の行為。襲う方が人間として最低であることさえも自覚できない社会病理。哀しすぎる。

本当は支援しなければならない人達を惨殺してしまう人間の狂気に、僕はたじろいでしまう。生活保護の支給額を検討する動きも出てきている。

僕は日本という国の未来に、希望がかすかにあるとすれば、それは日本人の慎ましさと優しさだと思っている。

痛みや悲しみを共有できる国民でなければ、この国は滅んでしまうだろう。命は平等だ。その当たり前のことを認識できない人間が多すぎる。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

嬉しいのか悲しいのか、ちょっと複雑な心境ではある

今日は町内の卓球大会。我が金沢チームは6戦6勝の負けなしで、4年ぶりの優勝を果たした。

今度の土曜日は中総体新人戦の卓球大会県大会が行われる。今回は仕事優先で、初日の団体戦は行かない。

県大会前、僕が指導に入れるのは今日が最後だったので、途中、大会を抜け出し、中学校の卓球の指導もやってきた。相変わらず忙しい日曜日が過ぎていった。

息子は息子で花巻に卓球で行った。

最近あちらこちらから、卓球の指導をしてくれませんかとの声がかかる。本業の塾家業より、僕の卓球の指導手腕が買われている感じがする。嬉しいのか悲しいのか、ちょっと複雑な心境ではあるが、何事も頼られるうちが花だろうか。

さてこれから自宅垣根の剪定をしようと思う。秋の夕暮れはあっと言う間に闇を迎える。今朝とうとうストーブを出してスイッチを入れた。あっという間に今度は冬がやって来る。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

受験勉強をやってみれば分かるが・・・

国立大を出たとか私大を出たとか、そんなことで優秀だとかそうじゃないとか人を判断する輩がいるが、まったくもってナンセンスな話だ。

教師にしても、ずっと進学校で教えてきたとか、俗にいう底辺校で教鞭をとってきたとかで、教師の優劣を語る人がいるが、これもまったくナンセンスな話だ。

高校や大学に関係なく、優秀な人間は優秀だし、どんなにいい学校を出ていても、ダメなやつはダメである。

その分岐点はどこにあるかと言うと、利己的な精神をどう自分でコントロールして昇華出来るかどうか、その点に尽きるのではないだろうか。

30年間塾教師をやってきたわけだが、東大以外のほとんどの有名大学を出た先生や教育関係者と接する機会を得てきた。様々な人間オッチングをさせてもらってきた。

ことある毎に、他人の出身学校を聞いてくる劣等意識丸出しの男がいた。かと思うと、自分の高学歴を吹聴し、ナンパにいそしむ性欲丸出し男がいた。

受験勉強をやってみれば分かるが、大学入試のために費やす勉強や、暗記項目の掌握など、実生活では何の役にも立たない。根性を鍛えることと、努力がお金を生むということをほんの少し知るきっかけになるくらいだ。

だからいい大学に入ったからと言って、天下を取ったような気分でいると、足元をすくわれてしまう。

僕のような貧乏人が言うと負け惜しみにしかならないが、大抵のお金持ちは根性が悪い。根性が悪いお金持ちでいるよりは、心が優しい(・・笑い)自由気ままな貧乏人でいるほうが楽である。

貧乏人は、根性の悪い金持ちを羨んではいけない。こっちも根性が悪くなる。どうせ根性の悪い金持ちは、3代で潰れる。道楽息子が生まれたり、金食い虫がやって来たりして、グッドバイ・エブリバディーである。

うちはその点貧乏家系なものだから、お陰様で僕が18代目だ。400年近く家が続いている。ご先祖様は、まさか18代目に寺子屋を営むおっちょこちょいが出てくるとは夢にも思わなかっただろうと思う。

僕のおっちょこちょい家業はもうしばらく続きそうだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月13日 (土)

何でもかかってこいや!という気分である

毎年この季節になるとジャズが心にしみる。1年で一番好きな季節だ。

ノラ・ジョンズのTurn ME Onを聞きながら今夜はブログを打ち込んでいる。いい意味でも悪い意味でも、昨年の震災以降、予想だにしない出来事が怒涛のごとく押し寄せてきては、僕の周辺にさざ波を起こし、過ぎていく。

ないなりの体力・知力を総動員して、僕は、僕なりの日常を送ってきた。なんとか生かされてきたことに感謝をしたい。

10月、いつもなら多忙な日々であるが、今年はかなりの余裕をまだ僕は保持している。簡単に言ってしまえば、だいぶ暇である。例年なら夏から生徒が増えるのだが、今年は閑古鳥が鳴いている。月曜日と水曜日が忙しいだけである。

9月に小学生が一人入会し、あとは体験入学などの問い合わせがあったものの、塾は沈黙している。前回も書いたが、内部生の塾生は震災前とそれほど在籍数は変わらない。塾生の平均指導時間数が、例年の半分くらいなのと、休塾中の生徒が例年になく多いことが多忙にならない原因となっている。

昨年からの一関市内の県立高校の倍率を考えれば、楽観している中学生や保護者の方々が多いのも、至極当然のことだろうと思う。

塾教師として30年間突っ走てきた。こんな年があってもいいのかなと思っている。夜いつもなら11時近く帰宅する季節だが、週4日は夜10時前には帰宅している。夜遅くまで自習室で勉強する塾生の姿も、今年はまばらだ。

その代わりと言ってはなんだが、金銭面の困難さを除けば、だいぶ身体は楽である。占いによると、昨年と今年は、僕の誕生日の星の位置が、人生最悪のポジションなのだそうだ。来年から復活期に入るらしい。

占いを信じない僕ではあるが、さすがに否定は出来ない。しかし、これが人生最悪の年だとしたら、僕の晩年はなんと楽な晩年だろう。何でもかかってこいや!という気分である。

今夜はもう少しジャズを聞いて寝るとしよう。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

完璧だからこの星に生まれてきたのだ

例えば、自分を振った彼氏や彼女を見返してやろうと、がむしゃらに頑張ったことがあるだろう。

例えば、自分を笑ったやつを見返してやろうと、眠いのも我慢して鉛筆を動かしたことがあるだろう。

プライドを捨ててはいけない。特に若いうちは絶対プライドを持ち続けるべきだ。希望を持続するために。

受験なんて恐れることなんかない。努力していさえすれば、必ず道は開いて行くものだ。やれば出来る。

他者との比較など要らない。自分が納得できればそれでいい。人はすべて宝物を持っている。個性という宝物だ。

テストが50点でも、頑張った点数ならそれでいい。何度でも繰り返す。出来ないのも個性なのだ。

異質なものを排除しようとする他者の意識は、本能だ。誰かに排除されそうになったら、こう思えばいい。私の存在がみとめられたと。

必ず、必ず、あなたの同胞がいる。必ず、必ず、あなたを必要としている人がいる。特定の組織や学校が、あなたを受け入れないからと言って落胆することはない。

あなたは大丈夫完璧なのだ。完璧だからこの星に生まれてきたのだ。

誰かがあたなを待っている。君じゃなければならないあなたを。さあ、勇気を出して、自分のプライドを誇示しよう。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月12日 (金)

今日も愚痴ブログ

近ごろは初対面の人に「かねごんさんのブログ読んでいますよ」と不意打ちを浴びる。

中年オヤジのどうでもいいような塾日記を、多くの皆さんに読んでいただいて恐縮するとともに、そして正直困惑もある。

「地元の人も読んでいるのだからそんなことを書いちゃダメよ」

ブログを打ち込んでいる画面を覗きこんで、女房がしばしば苦言を呈する。

ぶっちゃけて言うと、僕はこのブログで正しい意見を述べたいとか、正義を語りたいとか、そんな考えは全くない。そんなことでもし書いていたら、5年半も毎日書けるわけがない。

50歳を過ぎた中年オヤジのボヤキ、怒り、勘違い、愚痴をぶちまけているブログである。言ってみればはた迷惑な話である。はた迷惑なものだから、削除した記事も結構ある。ドンマイだ。

明るい建設的な話を書きたいと思うのだけれど、津波で破壊された隣町を見るにつけ、そして放射線測定器の数値を見るにつけ、明るい話題など書けるはずもない。先日も書いたが、この1年半は、史上最悪の日々だった。

全く個人的な話だけれど、昨年は結婚25周年で、結婚以来どこにも旅行に連れて行ったことのない女房を、ヨーロッパ辺りにでも連れて行くつもりだった。

爪に火を灯す如く蓄えたお金は、自宅の除染費用や浄水器購入費用や、もろもろの放射能関連の出費ですべて消えていった。

この記事を書いている最中に、テレビのニュースで、公務員の給料やボーナスの支給額が、58年ぶりに据え置きになるとの報道が流れてきた。一般企業の水準に達したゆえの据え置きらしいのだが、公務員年収平均680万円の金額は、一体どこの一般企業の平均を基準にしているのだろうか。思わず笑ってしまう。

さあ今日も頑張ってくるか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月11日 (木)

子どもを守りたいという親の愛の慟哭が聞こえてくる

「こういう人たちが、県外で風評被害をまき散らしているんです」

 県総合計画の見直しで、県が各地で開いている地域懇談会で出た発言だ。総合計画審議会委員の一人が、母子だけで自主避難している人についてそう言い放った。

 「経済的にも余裕がある人たちです」「正しい知識をもってもらいたい」

 二重生活の出費に耐えられる、という点では「余裕がある」かもしれない。だが、取材した限り、出費を切り詰め、ギリギリの生活を続けている家庭が大半だ。前向きに新天地で暮らす人たちがいる半面、「風評被害をまき散らす」どころか、いじめや嫌がらせを恐れ、
「福島から来た」とも言えず、身を隠すように暮らし、福島を思って涙する。そんな人も多い。

 県総合計画は来年度から8年間、復興計画も含めて県の施策の指針となる。この委員がどの程度、見直しにかかわるか知らないが、県は人選をもう少し考えた方がいい。(西村隆次) 朝日新聞

自主避難している多くの方々から、僕のブログにコメントを頂いた。テロリストに怯えているがごとく身を潜めている方もいる。

ここは一体どこだろう。独裁政治の共産国だろうか。ナチスのような人間狩りをしているイカれっちまった国だろうか。

お役人や政治家の脳みそは、放射能で沸騰してしまったようだ。残念ながら一番避難しなければならなかったのは彼らのようだ。

福島や放射能値が高いところから自主避難した人達を、まるで国賊や裏切り者のように敵対視する人達の精神というものを考えると、日本人の島国根性というのか、江戸時代の5人組制度から抜け出せていない、自由束縛民族のトラウマを痛烈に実感する。

高濃度汚染地域から、子どもを連れて母子避難している方々の気持ちを考えると、胸が張り裂ける思いだ。子どもを守りたいという親の愛の慟哭が聞こえてくる。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

生活保護はライフラインだ

生活保護世帯が200万人を超えた。コンビニやスパーで1ヶ月バイトをして、年金や保険税を払うと1ヶ月7万円ほどの収入にしかならない。バイトなんかやめて12万円~13万円の生活保護をもらう方が、税金も払わなくていいし、怒涛のごとく生活保護申請が増えるのは当然だろう。

月収が10万円に満たない人から、保険税やら年金やら固定資産税を取るから、生活が困難になる。税金制度がおかしいのに、そっちは無視して、生活保護支給の財政難を討議している政治家は馬鹿じゃないだろうか。

きっと政治家さんは貧困も経済破綻も想像できない生活をしているので、対応も対策も出来ないのだろうと思う。

恥を晒すようだが、今年に入ってからの僕の月収は、十分生活保護申請が出来る収入になっている。22年間塾を営んできて、同じような年は数回あった。若かったから、なんとかがむしゃらに頑張ってきた。

もう50を過ぎた僕は決して若くはない。しかし知力はないが体力はまだまだ十分ある、そして何よりも仕事がある。

40代、50代で健康を害し、働けない方々を揶揄しては決していけない。根性で病気が治るものではない。

問題は健康で働く体力があるにもかかわらず、働かない人達だ。職安に行って仕事を探すふりをして、やけくそになってパチンコや競馬に、血税である生活保護のお金を使っている人達だ。

睡眠時間を削ってまで働いている人がたくさんいる一方、仕事が無いからと言って、生活保護をもらい、のんびり犬の散歩をしている人がいる。おかしいだろう。

生活保護はライフラインだ。その大切な命のライフラインを、不正に受給している人達のために、減額したり、申請を躊躇させるようなことはあってはならない。

今こそ日本人の道徳心が問われる時だ。

収入があるのに、もしくは蓄えがあるのに、生活保護をもらっている人は泥棒と同じだ。必ずいつか痛い目を見る。覚悟すべし。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月10日 (水)

悪魔の囁き

コンビニの雑誌を立ち読みしていたら、お金がないのは、稼ぎが少ないのじゃなくて、お金を使うからだと書いてあった。なんだか知らないけど、その文章にむかついた。

真実ではあるが、現実的ではない。最近そんな言葉が巷にあふれている。

さんざん電気を浪費して、恩恵にあずかってきたのに、いまさら原発廃止はないだろう。自業自得だ。そんな言葉もよく耳にした。

快楽の追求は罪ではない。酒を飲むのも、夜を楽しむのも、ギャンブルをするのも結構だろう。しかし、命を縮めるような快楽の耽溺はよくない。

酒の飲み過ぎも、煙草の吸い過ぎも、過食も、運動不足も、原子力発電所が放出する放射能同様身体に悪い。

万が一、癌になって裁判になった時、煙草を毎日2箱吸っていたり、バーボンを毎日一本空けているようじゃ、裁判には勝てない。

ストレス解消のつもりの酒や煙草が、命を縮める原因であってはいけない。

今回の放射能汚染で、食に関しては本当に考えさせられた。放射能物質だけではなく、大量の防腐剤や、農薬、遺伝子組み換え作物など、僕らの人体を蝕む物質が食品に使われている。

安全な自然食品だけを摂取することは難しくなったが、限りない努力は必要だ。この1年間、九州産野菜主義・そば主義になった僕は、外食するとすぐにお腹をこわすことが多くなった。水もそうだ。浄水器を通さない生水はすぐにお腹にくる。

いい加減なものを食べていた頃には、感じなかった身体の繊細さが今は訪れている。いい傾向だと自分では思っている。

みんなが大丈夫だと言っているから、国が安全だと言っているから、何でも食べて飲んでいいわけではない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

出逢いを作る導火線

【ジュネーブ時事】世界保健機関(WHO)は9日、うつ病など精神疾患で苦しむ人が世界で3億5000万人を超えるとの推計を発表した。年間約100万人の自殺者のうち、過半数がうつ病の兆候を示していたとみられ、うつ病に苦しむ人に気付き、治療の支援を行う必要があると訴えている。
 うつ病になれば激しい気分の落ち込みが長期間続き、仕事など日常生活に支障が出る。大人のおよそ5%がうつ病にかかるとされるなど、WHOは地域などに関係なく「世界的な現象」としている。
 女性のおよそ5人に1人が産後うつを患うほか、アルコールや薬物中毒、経済状況、失業といった外部環境もうつ病を招く要因。治療薬、専門家によるカウンセリングといったケアが効果的だが、病気を自覚しないなど「必要な治療を受けている患者は半数にも満たない」という。時事通信

この地球上で毎年100万人が、自らの命を絶っていく。僕はとても悲しい。とても心が痛い。鬱病が発症する原因を改善しなければならない。

生きていく希望が持続する人生のために、人は人を愛さなければならない。愛する人がいない人は神様に恋してもいいだろう。学問を愛してもいいだろう。愛は必要だ。

だから勉強がつまらない、学校がつまらないと、子どもたちに感じさせる教育であってはならない。命は教育によって救われることが多い。僕はいつもそう思っている。

一冊の本が、一曲の歌が、そして言葉が命を救うことがある。生きる勇気を与えてくれることがある。

教育とは、そういった出逢いを作る導火線でなければならない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

 

復活

早池峰の山に初めて登ったのは35歳の時だった。早池峰の山開きの日に頂上で舞う、早池峰権現の姿をひと目見ようと登って行った。

地図も持たず、遠野の山中にトラックで入り込んで行った僕は、偶然にも小田越の林道に出た。それもちょうど権現舞の方々が、まさに登山を始めようとするところだった。時間も調べず、道も調べず迷いながら行った僕を、神様は待っていてくれた。

奇跡の早池峰参りだった。

090209_220413


標高1978メートルの頂上で舞う早池峰権現とお囃子を聞いていると、天空の音楽と天使の舞を見ているような錯覚に陥ってしまう。

それ以来早池峰の神秘と美しさに魅了された僕は5年間で14回、登り続けた。しかし40歳の時に腰痛に襲われ、その3年後には痛風の発作に襲われた。登山をやめて12年が過ぎ去った。

そして一昨日、僕の登山が復活した。下山後、岳の早池峰神社で早池峰姫大神の掛け軸を頂いてきた。我が家の茶の間の神棚に、瀬織津姫が鎮座した。

早池峰の麓で育った葡萄を家族のおみやげに買った。とても甘い葡萄だった。久しぶりにとても嬉しい、そんな気分だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 9日 (火)

全身筋肉痛

昨日標高2000メートルの山歩きを5時間やってきた僕の身体はズタズタだ。全身筋肉痛。

10年ぶりに履いた登山靴に足が対応できなかったのだろう、足の裏は豆だらけ。太ももは気合を入れないと動いてくれない。それでもなんとか今朝は自宅裏の土手の草刈りをやった。

下山をして見上げる早池峰の頂上は霞むほどの牆壁だった。人間の対応力はすごいなといつも思う。朝5時半に家を出発して早池峰の河原坊登山口に到着したのは9時少し前。途中吉野家で朝食を食べたり、コンビニに寄ったりで、だいぶ遅い到着になってしまった。頂上についたのはちょうど12時のお昼時。50名ほどのクライマーが思い思いの昼時間を360度のパノラマの中で堪能していていた。

080510_085831


日頃中学生の卓球の指導をしているけれども、さすがに昨日はギブアップ状態だった。正直何度途中で引き返そうかと思っただろうか。僕の後から60代と思われるおばあさんが、息子さんと登ってきた。僕よりは間違いなく10歳は年上の方だ。その登る姿に僕の登山魂は復活した。なんとか標準時間で頂上にたどり着いた。

鳥海山も岩手山もそして僕の地元の栗駒山も快晴のもと、すぐ間近に見えた。太平洋も見渡せた。15回ほど早池峰には登っているが、昨日のような完璧な展望は初めてだった。

早池峰権現である神々にお参りした後、小田越コースを下山したのだが、下からどこかしら見覚えのある青年が一人登ってくる。

驚いたことに、僕がお世話になっている私立高校のK先生だった。彼も僕の姿を見てびっくり。彼はちなみに卓球部の顧問の先生だ。こんな偶然があるのだろうか。早池峰の瀬織津姫に日頃の感謝を申し上げた後の最初の出会いが、高校のK先生。標高1900メートルの小田越の出会いだった。また何か新しい展開が起こるかも知れない。

ちなみに河原坊の駐車場においた軽トラックに乗り込み、帰路最初に出会った車は、所沢ナンバーの77の車だった。やっぱり偶然じゃないな。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 8日 (月)

100ベクレルを基準に放射能の話をする茶番はもう止めにしたほうがいい

「市民と科学者の内部被曝(ひばく)問題研究会」は5日、東京都内で記者会見し、福島県内で空間線量を測るモニタリングポストの値が意図的に低く抑えられている可能性があるとの独自の調査結果を公表した。

 研究会は今年、文部科学省が設置したモニタリングポスト約100カ所の近くで空間線量を測った。この結果、公表されているモニタリングポストの値より平均して10~30%高かったという。ポストから10メートルほど離れた所では、平均で40~50%高かったという。

 研究会の矢ケ崎克馬・琉球大学名誉教授(物理学)は「値を低くみせるために、モニタリングポストの周りは除染を徹底したり、数値を操作したりしているのではないか」と話した。文科省原子力災害対策支援本部は「意図的に低くみせるようなことはしていない。周辺が除染されたモニタリングポストの情報は福島県のホームページで公開している」としている。 朝日新聞

線量計の値は見たくないという人がいる。理由は2つ。一つは正確に国や地方が発表していないから。2つ目は、高いと言われてもどうしようもないから。

8月に福島に行った時にも感じたことだけれども、住んでいる自分の家、正確に言うと日頃自分がいる部屋(寝室や勉強部屋)、そして学校の教室、体育館、グランド、この線量は絶対注意し、高ければ使うべきではない。

いろんな方々に質問される。「かねごんさんはどの値から危険だと思っているのですか」と。何度も言ってきたけれど、僕は塾教師であり農家を営む百姓であって、放射能の専門家ではない。

ただチェルノブイリ事故後のウクライナやベラルーシの線量と癌などの関連を調査した医学的な資料を読むと、空気線量が0.3マイクロシーベルトを超える地域は、明らかに疾病の発生率が高くなっている。生まれてくる新生児の異常も多い。

これは空気によるものというより、汚染されたキノコやベリーなどを食してきた人達の内部被曝によるものとの見解が多い。つまり0.3マイクロシーベルトの空気線量であれば、近辺の山野の土地は、間違いなく高濃度の汚染に晒されているということだろう。

ただ健康被害の直接原因が、放射能によるものとの断定を、国ないし関連団体がしないのは古今東西同じで、ベラルーシでは放射能の危険性を直訴した医者が投獄される異常事態まで起きている。

チェルノブイリでは拡散した放射能物質が福島とは異なるので、一概に線量の値だけで、危険であるとかないとかの判断は出来ないと言う医者も多い。しかしそういった発言をしている医者は、全部とは言わないが、ほとんどが国のお抱えドクターだ。

今や東北のお医者さんは、放射能に関しては口チャック状態だ。学校の先生もその傾向がある。余計な事を言って物議を醸し出すことを極力避けている。

ただ僕の友人たちである教諭達は、親や同僚の前では発言をしないが、放射能にはかなり神経を尖らせている人たちも多い。給食に関しても危惧している先生は多い。

100ベクレルを基準に放射能の話をする茶番はもう止めにしたほうがいい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

12年ぶりの早池峰登山

実に12年ぶりの早池峰山登山だった。標高1800メートルを過ぎた辺りからは10分登っては10分休むというまるでかたつむりのような登山でした。

090209_220413


河原坊から頂上まではきっかり3時間の山登りでした。今回の早池峰登山は、観光登山ではなく、頂上にお祭りされている十一面観世音菩薩に会いにいくための登山でした。瀬織津姫に感謝を述べるための登山でした。

080510_085949


観音様の顔は、とっても温かくて清らかでした。秋晴れの天空の中で微笑んでおりました。頂上でおにぎりを食べ、下りは早池峰の紅葉を楽しみながら、無心の下山。

Syouzi


僕はこの12年間の自分の生きざまを振り返っていた。山は良かった。本当に良かった。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 7日 (日)

故郷

僕は家族が大好きです。そしてその大好きな家族が暮らす岩手が大好きです。

華やかなネオンがあるわけではありません。自宅そばの県道は、バスも走っていません。電車は1時間に一本だけ、店はコンビニと数件のスーパーがあるだけです。

多くの個人商店がシャッターを下ろしてしまいました。子どもたちも激減しました。一関市が統合したにもかかわらず、児童の数は、僕が塾を開いた22年前の半分になっています。

過疎化の波は今後も止まらないでしょう。でも僕はこの町が好きです。放射能のホットスポットになってしまいましたが、僕はこの町が大好きです。

この町を出て行くことも、この町に生き続けることも、その事自体はそれぞれの事情と考えがあってのこと。その決断に僕がとやかく言う権利はもちろんありません。

この町に生まれた幸せと、この町に生まれた悲しみというものがもしあるとするならば、僕は前者の方が圧倒的に魂に染み込んでいます。

祖先が開墾し耕してきた田畑、自分の命のため、家族の命のために守ってきた郷土を僕は誇りに思います。誇りに思うがゆえに、猛烈な憤りを感じます。

土地を離れられないのは、臆病でも無知だからでもありません。この土地で人生を全うしたいという本質的な希求を、他者が詮索して、非難することも無意味です。魂は覚悟ができています。

小さな子どもたちの健康や命を守ることと、この故郷に暮らし続けることには、何も矛盾などないのです。愛でも祈りでも、放射能が無くならないことは誰でも知っています。それでも祈らずにいられないのが被災地に暮らす人達の刹那です。

その刹那が分かるからこそ、僕も毎日祈り続けています。

僕らは実験材料でも、人体サンプルでもありません。どこかで決着はつけなければなりません。だからこどもから目は離せませんし、子どもと深く関わって行かなければなりません。

僕は塾教師であることを、高校の講師であることを、そして卓球の指導者であることに感謝しなければなりません。決着をつけなければならない日をいち早く決断するためにも。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 6日 (土)

思いは目には見えないが、間違いなく結果に現れる

えらそうにしている奴は嫌いだ!

そんな声をよく聞く。口だけは達者で、全く人のために動こうとしない奴を見ると確かに腹立たしい。

トップに立つ人間にはそれなりの覚悟が必要だ。会社であれば社長がそうだろうし、学校で言えば校長だ。よ~く言われることだが、トップに立つ人間の人格や人間性が、その組織の未来を左右する。

思いは目には見えないが、間違いなく結果に現れる。

だから自分たちの未来のためにも、トップに立つ人間をしっかりと決めなければならない。この当たり前のことを疎かにするから、幸福が寄り道をしてしまってなかなかやって来ないのだ。

日本の政治家に何かを期待しても叶わぬ夢となった今、国民一人ひとりが自己防衛をして行かなければならない。年金も老後の福祉行政も当てにならないとなれば、お金を貯めて海外に出ていく日本人が増えて行くのではないかと思う。

問題は老後の蓄えもなく、年金も貰えない人たちだ。生活保護も見直し論が沸騰してきている。働かざるものは食うべからずなどという政策を打ち出しかねないこの日本という国家を、どこまで忍耐するかは個人の自由だと僕は思っている。自己責任で老後を生きて行かなければならない時代は間違いなくやって来る。

僕は受験英語廃止論を唱えてきたが、この星で生き抜いて行くためには、国際語としての英語は必要なようだ。教科書を読んで訳して行くなんて授業はもう卒業しないと、いよいよ日本という国は取り残されていってしまう。

就職活動のフィールドが国外という時代はすぐにやって来る。

僕は生活する上での英語が急務だからこそ、学校の受験英語無用論を繰り返してきた。体育や音楽のように受験科目から削除し、実践的な英語指導を施すべきだ。何度も何度も僕は言わせてもらう。英語は実技科目だ。いくら難しい英文法をやっても、難しい英文を読めても、話せなければ、絵に描いた餅だ。そうじゃないだろうか。

英語教育に巨額のお金をかけてきたこの国の失態は、国際教育の欠如にある。日本語教育をないがしろにし、自分の意見をしっかり日本で言えない若者を増産し、中途半端な英語教育を60年以上も続けてきた、文科省の責任は大きい。

トップに立つ人間は、この変革の時代に、新たな決断を強いられている。そのことを自覚しなければならない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

毎分数億件のメールが行き交う

ケータイ電話を持たない僕は、毎度ながら奇人変人扱いの視線を頂くことが多いのだが、やっぱりケータイ電話は必要ない。

人類の集中力を損ねている。ケータイでパチパチ写真を撮っている光景も気に入らない。じっくりものを見ることで、感動が深まるのに、すぐさまケータイを出してパチリ。

友達と一緒にケータイ電話で話をしながら帰る高校生を頻繁に見かけるが、隣にいる友人に、失礼だとは思わないのだろうか。それともそんな感覚はとうに失っているのだろうか。

風景をじっくり見るとか、人の話をしっかり聞くとか、基本的な洞察力が、ケータイ電話によって衰退してしまった。残念だ。

毎分数億件のメールが行き交う。人間が孤独であることの証だ。

ケータイを持っていない塾経営者を僕はもう一人知っている。僕が東京の進学塾でお世話になった校長先生だ。彼は現在私塾を営み、奥さんと数匹の猫ちゃんたちと暮らしている。

彼は若いころ小説を書いていたが、彼の塾での作文指導は大好評だ。きっとあの雑多なメールに彼は耐えられないのだろうと思う。僕もそうであるように。

その点パソコンは楽でいい。いちいち僕を呼び出したりしないし、不必要なメールに苛つくこともない。パソコンは電源を入れなければただの箱だ。自分の領域を侵略してくることもない。

ぼーとする時間は必要だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 5日 (金)

神無月

台風のような気圧の変動が激しい天気になると、放射能値のアップダウンが激しい。台風が日本列島に近づくと空気線量が下がるのは、気圧の変動で上昇気流が生まれるせいだろうか。

台風が来る直前に、0.07マイクロシーベルトまで下がった自宅周辺の線量が、また元に戻っている。0.17マイクロシーベルトだ。

この季節例年ならば、山の幸が溢れ出す季節だ。キノコ・あけび・栗、残念ながら地元産は食べられない。自宅そばの観光栗園は今年も閉園だ。

昨日一関の町で、今年はじめて石焼き芋のおじさんを見かけた。数日前扇風機を片付けたばかりなのに、朝晩はストーブが欲しい気温になった。

10月、神無月だ。神様はみんな出雲に集合、多くの神社は神様が不在になる。しかし大丈夫、神様のご眷属が、留守の間はご活躍だ。

今度の日曜と月曜日は塾が連休だ。12年ぶりに山登りに行ってくる。40になって腰痛に悩まされ、好きな山から遠のいた。そのあとは痛風で登山はギブアップ。

山の神様にあいさつに行ってくるか。お陰様で僕は生きてますよって。

080511_141858

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 4日 (木)

放射能は間違いなく全年齢層に影響を与えるはずだ

ここ数日震度3の地震が立て続けに起こっている。昨年の震災以来いったいどれだけの余震があっただろうか。おそらく震度3以上の揺れは500回以上はあったかも知れない。いやもっとだろう。

この揺れで、東北地方では脳卒中で亡くなるお年寄りが急増したとの報告がなされている。揺れによる外的ストレスが原因とのことだそうだが、僕の地域でも確かに昨年から今年にかけて亡くなる老人の方の数は多かった。

ただ本当に揺れによるストレスだけだろうか。50歳以上の人は、内部被曝の影響が20年から30年後だというテレビ報道を真に受けて、500ベクレとも800ベクレルとも言われる山の山菜を食べた人も多い。また震災前と何ら変わらない食生活を続けている高濃度地域のお年寄りも多い。

僕は非常に猜疑心の強い人間なので、どうしても疑いたくなってしまう。放射能は間違いなく全年齢層に影響を与えるはずだ。

国民を放射能汚染地域から避難させたくないための、妄言を国やマスコミは行ったのではないかと僕は疑っている。

住民の健康よりも、固定資産税や住民税を確保するための、県や地方のなし崩し的な国家犯罪への追従ではなかったのだろうか。

事実がいつの日か判る時が来る。僕のような猜疑心の塊のような人間の発言が、やっぱり単なる妄言だったねと笑われる日が来れば本望だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 3日 (水)

ほっとする

人生史上最悪の1年半が過ぎ去った。

放射能の恐怖、震災による不況の嵐。どんよりとした閉塞感が、東北を包んでいる。経済格差が広がり、生活保護世帯が増加している。

貧困が蔓延する理由は、震災がもたらしたものだけではない。政治の失策、教育の問題、家族構成の問題、多くの要因が複雑に絡み合っている。

幸福感の喪失は、人間から希望を奪いさる。

仕事だけが生きがいという人生は危ない。家族が生きがいという人生もそうだ。仕事や家族を失えば、立ち直れない人生になってしまう。それだけは避けたい。

カッコよく愛が大切だなんていう台詞を言うつもりはない。自分を表現できる趣味を持つことがとても大事なことなんじゃないかと、年をとって思う。

絵を描いたり、音楽を奏でたり、布を織ったり、スポーツをしたり、自己表現のパーフォーマンスはとても大切なことだと実感する。

僕はこの1年半、そういったものに救われた。僕に音楽やスポーツがなかったなら、僕はきっと人生を生きるふりだけして、現実から逃げ出していた気がする。

お金や仕事に情熱を傾けることより、時に趣味的な人生もいいかもね。ほっとする。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

血は争えない

中学時代、卓球大会いつも地区予選1回戦ボーイだった息子が、高校の新人戦で代表決定戦まで勝ち上がった(残念ながら負けたが)。

いつもは大会から帰ってくると「疲れた~」と言って部屋に引きこもる息子が、今日はあれこれと話してくれた。納得のいく試合ができて嬉しかったのだろうと思う。

学校の勉強は全くせず、卓球をすることと本を読むことしかしない息子。昔の自分を見ているようだ(・・苦笑い)。

この辺りでは珍しい苗字なので、息子のゼッケンを見て「かねごんさんの息子さんですか」と卓球関係者から言われる。

体型も卓球スタイルも全く僕とは似ていない。似ているところと言えば、切れやすいところだろうか。血は争えない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 2日 (火)

原発を重要電源として活用しなければ経済社会はなりたたない?

枝野幸男経済産業相は2日の閣議後記者会見で、2030年代に原発ゼロが可能になる場合でも「今後20年ぐらいは原発を重要電源として活用しなければ経済社会は成り立たない」との考えを示した。その上で、建設の許可を既に出した原発については、工事再開を容認することが「自然体だ」と述べた。
 現在、建設中の原発では、Jパワー(電源開発)が1日に大間原発(青森県大間町)の工事を再開。中国電力島根原発3号機(松江市)も完成間近の状態にある。
 時事通信

枝野さんは操り人形だね。若くて決断力があるような雰囲気は持っていらっしゃるが、残念ながら今の緊急事態を全く掌握していない。

原発を重要電源として活用しなければ経済社会はなりたたない?この発言で数万票の民主党支持の票が消えたね。

さてと、原子力会社(そんな名前の会社はなかったっけ)から弱みを握られていない政治家さんはいないのかな。みんな操られているのかな。困ったもんだね、本当に。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

100%の就職率

卒業生を輩出し始めてわずか5年。なのに日本の一流企業の人事担当者たちが、国際社会で活躍する人材を多く輩出している、と見ている大学がある。一向に出口が見えない不況は、学生たちを未曾有の就職難に陥れている。そんな中、2004年に設置され、2007年度に第1期卒業生を送り出した秋田県の公立大学法人、国際教養大学(略称AIU)は、2011年度に至るまでの5年、ほぼ100%の就職率を誇っているのだ。今夏、日本経済新聞社が日本を代表する企業の人事担当者を対象に実施した「人材育成の取り組みで注目する大学」というアンケートでは、名だたる大学を抑えてダントツ1位。実際に卒業生の就職先には新日本製鐵、三菱商事、三井住友銀行など、優良企業が並ぶ。

 失礼を承知で言わせてもらえば新設の、しかも田舎にある大学の何がそれほど魅力なのか、大変気になってしまうところ。そこでまず、大学側に「人材教育に関しての授業」の内容を聞いてみた。「本学の特徴としては、1.すべての授業を英語で行なう。2.入学後に英語集中プログラム(EAP)を受講する。3.1年間の寮生活。4.1年間の留学。5.少人数教育、などが挙げられます。ほかにも、言語異文化学習センターや24時間開館している図書館なども独特ですね」(企画広報チーム)@DIME
9月28日(金)17時10分配信

.英語は、イギリス人やアメリカ人が話しているから学ぶのではなく、国際言語だからだ。ただこの英語という言葉、早いうちから学べばいいという世評が広がり、幼児英語教育が花ざかりだが、これにもまた問題がある。

日本語が持っているidentity(アイデンティティ)を希薄にして英語を学ぶことは、真の国際化を生きていく上で、やはり偏った人間性を構築してしまう危険性がある。

英語は中学1年生から本格的に学べば、大丈夫だと僕は思う。教科書の例文を暗記し、発音をCD等で繰り返し練習することで、英語力は身につくはずだ。はずだと書いたのは、そうじゃないケースが多いからだが・・・、

僕の話で恐縮だが、僕は高校2年の夏から英語の勉強を始めた人間だ。中学1年生の勉強から始めた。1年半後、私立大学の英文科に入った。大学を卒業後、大手進学塾になんとか採用され、それ以来ずっと塾教師をやってきた。何でも屋だが、現在私立高校で英語の非常勤講師をやっている。

中学時代英語の落ちこぼれだった僕が自信を持って言えることは、中学英語で十分英語は通用するということだ。英語力を伸ばす秘訣は、本を読むこと(日本語で)、そして度胸をつけること。

もじもじしていては英語は話せない。演劇をやったり、バンドを組んだり、目立つことにチャレンジしよう。そして英語で考えよう。最初は大変だけれども、慣れると結構面白い。

秋田の国際教養大学が英文科じゃなく、教養大学であることに着目して頂きたい。英語ができることが記事では強調されているが、自分の意見をしっかり言うというリベート力が、企業に評価されているのだろうと思う。

まずは自分の意見をしっかり言えなければ、ことは始まらない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

2012年10月 1日 (月)

チャンスは平等にやってくる

努力する人には幸福の女神が微笑む。才能がある人に微笑むのではない。だから努力が必要なのだ。

神様はいる。心優しい人や、心がきれいな人が救われるのではない。努力する人間が救われるのだ。表現を変えよう。言葉をもつ人間、動く人間が運命を作る。

080510_085949


山を遠方から眺めていても、山頂にあふれだす紅葉の絶景を見ることは出来ない。足を使い登ることで堪能できる世界だ。

想いは形になって成就する。受験生が勉強するのは、実は合格するためじゃない。努力のきっかけ作りなのだ。高校や大学などどこでもいいのだ。

頑張った人間には、頑張った人生が待っている。それだけのことだ。

チャンスは平等にやって来る。大丈夫。努力を忘れない限り、人生は開けていく。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

不適切な発言

日本生態系協会の池谷奉文会長(70)が東京で開かれた講演会で、東京電力福島第一原発事故を受け「福島の人とは結婚しない方がいい」などと不適切な発言をしたとされる問題で、池谷会長は29日、報道機関に対して講演記録の一部を公表した。記録には不適切とされた発言内容が含まれていた。ただ、池谷会長は「福島の人を差別するようなことは思っていない」と反論した。
 池谷奉文会長が公表したのは東京で7月9日に開いた日本生態系協会主催の「日本をリードする議員のための政策塾」で、池谷会長が講話した冒頭と中盤の一部。
 文書には「福島ばかりじゃございませんで栃木だとか、埼玉、東京、神奈川あたり、あそこにいた方々はこれから極力、結婚をしない方がいいだろう」「結婚をして子どもを産むとですね、奇形発生率がどーんと上がることになる」とある。

出典生態系協会長 発言認める  「差別と思っていない」 | 県内ニュース | 福島民報

上の発言を読んで、かつての部落問題を僕は思い出してしまった。また昨年福島ナンバーの車がガソリンスタンドで給油を拒否される事態が生じたことがあったが、福島県の方々の心情を思うと、怒りと悲しみがこみ上げてくる。

僕の住む一関市花泉の放射線量は夏まで高かった。0.21ぐらいの線量があったが、1週間前からぐんと下がり0.08になった。

そのことをツイッターでつぶやいたところ、線量計が壊れたんじゃないですかというご意見を頂いた。そこで市役所から線量計を借りてきて測ったところ、同じ数値だった。

セシウム以外の放射能物質で、半減期が短い何かがこの地に降り注いだのではなかったのかと僕は勘ぐっている。何の情報も国は出してこない。

放射能値が高い場所は確かに危険度が高いことには変わりがない。しかし高いがゆえに、食べ物にはかなりの注意をする。スーパーで見ていてもそうだ。しかし逆に放射能の影響が少ない地域の人達の食に対する警戒は少ない気がする。

汚染地域の穀物類が、間違いなく全国に流通している。福島だけの問題ではない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

秋と言えばさんまだが・・・

台風が過ぎ去り、朝から青空が広がっている。

さて今日から10月、いよいよ東北も清々しい秋を迎える。

410233454


秋といえばさんまであるが、わが家は、昨年から食卓にさんまどころか魚が登場することはなくなった。

東京湾の放射能汚染が、NHKで報道されてから久しくなるが、三陸の海の汚染に関してはテレビも新聞も一切触れない。今年の夏前、岩手の県北の海水浴場のセシウム濃度は問題なしの報道がなされたが、福島から宮城・岩手にかけての三陸の汚染度はどのように推移しているのか情報がない。

一関の会報では、野菜のセシウム濃度が公表されているが、魚に関しては記載されていない。これではとてもじゃないが、魚は食えない。

原発事故による食の汚染は、間違いなく海洋にも及んでいる。スーパーで売られているノリや海藻類を眺めては、思案に暮れるかねごんであった。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へこのブログが一人でも多くの皆様の心に届いて頂ければ幸いです。応援の一押しをお願いします。

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ