ひとりきりの遠足
ニール・ヤングのハートオブゴールドがラジオから流れていた頃、僕はわずか9名の野球チームに所属し、ホームベースから外野まで、わずか35メートルしかない小さな小学校の校庭で、暗くなるまで白球を追いかけていた。
あれから40年もの月日が流れた。小学校はなくなり、僕のハートに刻まれたニールのギターも、そして握りしめたボールの感覚もだいぶ記憶から薄れてはきたが、確かに過ごした少年時代の風は、今も僕の心のなかに吹いている。
浅間山荘事件が起こり、ヘルメットをかぶった学生が急に沈静化した時代だった。カラーテレビが普及し始め、巨人軍が破竹の勢いで連勝を重ねていた。
小さなこども達が、仮面ライダーの変身ごっこをやって遊んでいた。僕はあの頃何を夢想していただろう。家に帰ってもつまらなかった。諸処の理由でお金がなかった僕の家では、喧嘩が絶えなかった。僕は何度布団をかぶって泣いただろうか。
僕が世の中を斜に構えて見る習癖は、きっと子ども時代に身についたものだったろう。
そう言えば、小学校の先生は、どうしてベトナム戦争が起こったのか、部落問題とは何なのか、最後まで教えてくれなかった。
「いずれ君たちがわかる時がくるよ」そんな回答だった気がするが、50歳を過ぎた今でも、僕はいまだに本質を理解していない。
僕はボブ・ディランよりニール・ヤングが好きだった。ヤングの方が孤独だったように感じられたからだ。ニール・ヤングの歌声を聞くと、僕はひとりきりの遠足に出かけた気分になる。
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