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2012年8月 9日 (木)

僕が最も嫌いなフレーズだ

 小学生や中高生を見ていると、宿題をこなすことに精一杯で、自分で自主的にやるべき習慣が奪い取られている。課題をどのようにこなすか、そのことに意識が全力投球になり、社会に目を向けること、本を読むこと、不条理に怒りを持つこと、そういった人格を形成するために不可欠な感情のゆらぎを、自らの力で調整してバランスを保つ能力が低下している。

特に進学校に於いては、深刻な課題疲労が起こっている。よっぽど国立大学に生徒を入れたいのだろうが、あの宿題の量では、演習能力の優れた生徒は育っても、自立心の強い、多角的な視野を持つ人材は育たないのではないだろうか。

「学校の勉強も出来ない奴が、社会に出てなんとかなるはずがないだろう」

僕が最も嫌いなフレーズだ。暗記力だけで社会で成功すると思うほうが、よっぽど歪んでいる。

教師や管理好きの大人に飼い慣らされた子羊達が、社会に解き放たれてしまったら、この国は危うい。

一生懸命生きることは大切なことだ。お金を稼ぎ、家族を養い、家を持ち、そして家族や社会に迷惑がかからないように老後を送って、天国へ行く。誰もが思う理想の人生だろう。

しかし、規格外の人間は疎外されていく。

学歴がない。仕事が無い。住む家がない。そして家族がいない。

「そんなふうにならないように、ちゃんと勉強するんだよ」

また理不尽な囁きが聞こえてくる。

スポーツも勉強も、いくらやっても優劣がつく。経済力もそうだ。勝ったものが勝ちという呪縛が、現代の人間を蝕んでいる。

ケータイのお金は払うけど、年金は払わない。週末の飲み代は確保するけど、子どもの給食費は払わない。パチンコをするお金はあるけど、授業料は払わない。

そんな親が増えている。それは勉強をしなかったせいだろうか。学校の宿題をやらなかったせいだろうか。僕はそうは思わない。

社会のルールが守れなかったり、自分の義務を放棄してしまうのは、快楽主義の人間が増えたかからだ。幾つになってもゲームを手放せないのも、家族を捨て異性と戯れてしまうのも、まるでガキのように飲み屋ではしゃぎ回るのも、快楽主義を第一主義に考えるからだ。

子どもの頃の抑圧が、大人になって花開く。見事なほどに。

子どもは遊ぶことで社会を学ぶ。毎日出される大量の宿題で学ぶのではない。就学前の子どもに、毎日鉛筆を持たせ、漢字や英語を書かせる親を見ていると僕は悲しくなってくる。

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コメント

かねごん先生、こんにちは。

『社会のルールが守れなかったり、自分の義務を放棄してしまうのは、快楽主義の人間が増えたかからだ。幾つになってもゲームを手放せないのも、家族を捨て異性と戯れてしまうのも、まるでガキのように飲み屋ではしゃぎ回るのも、快楽主義を第一主義に考えるからだ。』

この話、全くその通りだと常々思っています。

勤勉や実直を蔑み、楽して「金持ち」になる方法を探すような風潮を苦々しく見ています。
生きるってそんなもんなのか、自分はどうして違和感があるのか、自問自答する日々です。

(かねごん)
しろ様コメントを頂きありがとうございます。
生きるということは、自分と真剣に向き合うことだと思います。そのことが出来れば、この国は変わって行く筈です。

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