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2012年7月31日 (火)

英語ができない生徒はダメ生徒なんかじゃない

英語が苦手という生徒が増えている。様々な要因があるだろうが、スタートラインの格差が、教える現場の先生方を戸惑わせ、そしてある種の見切り発車をさせてしまっている。

今回教科書の難度が上がったということも、苦手を生じさせている原因かも知れないが、基礎力の定着を徹底しないまま、多くの落ちこぼれを放棄してしまっている。

ゆえに英語の塾通いが増加している。塾側にしてみれば嬉しいことかも知れないが、教育現場の状況を考えれば、本末転倒だろう。

小学生が様々な英会話スクールや英語教室に通いだした。小学校に英語導入という文科省の決定が、保護者の焦燥感を煽ったかたちだ。中学校の英語の授業はやりやすくなった。なぜなら反応の良い生徒たちが必ずいるからだ。

その反応の良さに勘違いして、授業がどんどん進む。塾に来ている子どもたちの進み具合は僕に言わせれば異常だ。きっと英語が全くわからない生徒が水面下で苦悩して蠢いている。

高校にやってくる生徒を見ていると、英語が全くわからない生徒が増加している。彼ら彼女らにとって、英語は苦痛以外の何ものでもない。そこに英語オンリーの授業などやられたものなら完全に蚊帳の外だ。

戦後、日本は英語教育に異常と言えるまでの情熱を傾けてきた。僕はGHQの某策だと思っている。受験英語の勉強に多くのエネルギーを奪われた若者たちは、アメリカンドリームの片棒を担がされ、日本国の国力の低下というアメリカの陰謀にまんまとハマリ、やらなければならない学問を放棄し、英語というどうでもいいような学問に精を出すあまり、国のパワーが弱体した。

嘘だと思ったら、中学や高校のカリキュラムを眺めて欲しい。莫大な時間が英語に注ぎ込まれ、生徒は欠伸をして眠りこけている。

英語が読め話せることが、まるで教養人の模範のような幻想を日本人は持ってしまった。笑ってしまう。僕は一応英語ができるが、自分の能力の無さは自分がいちばん知っている。

水道管もちょっとした電灯の配線さえも直せない。英語ができてもお金にもならない。故に貧乏暮らしだ。

公立の学校の英語教師以外、田舎で英語がお金に化ける仕事などない。莫大な時間とお金を英語に費やしてきた結果がこの有様だ。

英語に変な幻想や、明るい未来を持つのはやめたほうがいい。英語は話せて当たり前の時代だ。特殊能力でも何でもない。プラスアルファの強力な能力を培わないと日本は危ない。

もう一度言う。英語に意識が行き過ぎる。出来なければできないで、違うことにエネルギーを注ぐべきだ。英語ができない生徒はダメ生徒なんかじゃない。そうだろう。

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コメント

かねごんさんの「英語」についての記事はいつも大変参考になります。またご指摘に大きく頷いています。GHQのくだりも強く共感しました。
最近聞いた教育評論家の話では、大学生の国語の学力低下が顕著で問題となっているようです。
授業内容や必須科目など日本の学校教育そのものの方向性が何か違ってしまっているのでしょうか。
国に頼れないので、親として子どもにはどのような教育環境を提供し見守っていけるか考えなくてはいけないと感じています。
近未来の世界中では日本語が今の英語のような存在になるんではないかと希望を持っています。
世界中の人が日本語を身につけていったとき、日本人である私たちがきちんとした美しい日本語を話していたいものです。

(かねごん)
たんた様コメントを頂きありがとうございます。
英語教育がこれからの切り札のような文科省の態度にはうんざりです。
英語コンプレックスからの脱却をしなければ、日本はおかしな国になってしまいます。

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