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2012年5月20日 (日)

どうでもいいけれど僕の歴史

今日は改めて@マークにて、僕かねごんの自己紹介を致します。赤裸々な自分の人生をブログで綴ってきたつもりなのですが、かねごんってどんな奴?という声を多く耳にする今日この頃、子どもを預ける御父兄の皆様も知りたいことがあるのではないかと思い、ちょとまとめてみました。まったく興味のない方もおられるかと思いますが、お付き合い下さい。

@地球ねんおよそ50年とちょっと前かねごん生まれる。

  誕生日2月7日。農家の長男として岩手県花泉町に生まれる。

@小学4年生に卓球に目覚める。

@中学1年、ヤマハのギターを購入。音楽に目覚める。

@中学2年の時に卓球で東北大会出場。1回戦で青森チームに惨敗。

@15歳、高校受験に失敗、アウトローを目指しバイクと音楽にのめり込む。

@18歳、大学生活を送るべき上京。バイトと音楽の日々が始まる。

@20歳の時に愛する祖父が他界。精神世界に興味を持つ。

@大学3年の時学園祭デビュー。曲作りの日々に没頭。

@卒業後東京中野の進学塾に就職。社会と英語を担当。

@23歳の時に岩手に戻り、1年間プータロ。曲作りを続けるが音楽を断念。

@奥州市の塾に入社。この塾にて無理矢理、数学と国語を担当させられる(笑い)。この塾で人生の友人となる小林先生と出会う。

@26歳結婚。横浜生まれの都会派が岩手の山中に嫁いできた。

@結婚して4年後、待望の長男が生まれる。

@29歳の時に父が他界。サラリーマンをやめ現在の塾と農業を始める。

@35歳、次男が誕生。

@38歳の時に再び音楽活動を開始。翌年オリジナル曲がFMで紹介される。

@38歳、息子がスポ小で卓球を始めたのを機に、再び卓球のラケットを握る。

@42歳の時に名曲(迷曲)かぶとむしを発表。

@43歳の時に塾の新校舎完成。家内がシュタイナー教育「風と虹」を始める。

@44歳の時末梢神経と痛風のダブルパンチでダウン。

@47歳の時に、ブログを書き始める。塾屋の論客であるとよ爺先生を知る。

@48歳の時にIBCテレビにて、音楽活動を紹介される。

@49歳より私立高校の英語講師を担当。

@51歳、東日本大震災を目の当たりにし、放射能警告ブログを断行。

@震災後地元平泉が世界遺産に登録。ブログが縁で繋がった神奈川のとよ爺先生、熱海の熊ちゃん先生、岐阜の上野先生美川先生、愛知の永田先生等が岩手の被災地を訪れ、塾屋としての生き様を語り合った。

未だ沿岸部の被災地の瓦礫の処理は進まず、一関市の山菜や椎茸は高濃度汚染のため食べられず、牛の放牧もままならない状況が続いております。

子どもたちが住む住環境も決して安全と言える状況ではありません。岩手の県南地区は、何処を計っても空気線量は0.2~0.24マイクロシーベルトを示します。一関から避難した方がおられる一方、この地で生きていくことを決心し頑張っておられる方が大勢います。

やはり食べ物の被曝が一番心配です。内部被曝をいかに防いでいくかが大きな課題であり、僕ら大人が一番神経を使って行かなければならないことです。皆さん頑張りましょう!

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コメント

こんばんは。

コメントさせていただきます。
これはしないといけないでしょう。

私はかねごん先生の「我が生い立ちの記」の
7割程度は把握していますよ。

リンクまで張っていただき、ありがとうございます。
私もこのブログがなければかねごん先生と
知り合いになれていなかったと思います。

もちろんとよ爺先生も小林先生も
熊さんも・・・

今、みんなから私の生きるエネルギーを
いただいています。

皆さんに感謝。
かねごん先生に感謝です。

(かねごん)
上野先生コメントを頂きありがとうございます。
僕は50歳を過ぎて、心を許せる友人が沢山できたことに、本当に喜んでいます。
もちろん上野先生もその一人です。
同年代の上野先生からは、ビシバシと気力、体力をもらっています。ありがとうございます。

こんばんは、学び舎の小林です。

なんだか時の流れるのは速いなあ。二十代の半ばころに、奥州市の太日通りにあった教室であれこれ語り合ったことが、つい昨日のことのようにしか思えないのですが。

あのとき「ああここにも一人『同類』が見つかった」とうれしくなった感触を、今でも覚えています。

これからもよろしくお願いします。

(かねごん)
小林先生コメントを頂きありがとうございます。
今だから言いますが、小林先生がいたからこそ、僕は5年間あの塾でがんばれたと思っています。
先生の知的な雰囲気が、粗野な僕には、とっても憧れでしたね。今後とも宜しくお願い致します。

かねごん先生、お久しぶりです。

こうしてご自分の歴史を振り返って記事にされること自体に、かねごん先生の自負を感じます。

なんやかんやありながら、なんやかんやと言わず、やりたいようにやってらっしゃいますよね(笑)
僕はそんなかねごんさんが好きですよ。

(かねごん)
永田先生こんにちは。
お褒めにあずかりありがとうございます(笑い)。
やりたいようにやっています。
周りもあきらめているみたいです。
かねごん病は続きます・・・。

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