最近のトラックバック

« ぬらし絵のセラピー | トップページ | 今日は駒形神社のパワーを皆さんへ »

2012年4月30日 (月)

GW特別寄稿・原子力に思う

僕は時々縄文時代の暮らしに思いを馳せることがある。自然と共存し、豊かな感性を持ち得た縄文人の姿を僕は心に浮かべてみる。

朝が来て夜が来て一日が終わる。山の幸と海の幸が生活の糧だ。余計なものを持つことはなく、簡素な暮らしの中に、縄文人たちは風の声を聞き、そして神々の声を聞いていたのかも知れない。

人類はあの時代から1万年の時を経て、多くの人工物を発明してきた。人類の生活を一変させたのは電気の使用だった。この電気をどれだけ効率良く生み出せるかに、人類は躍起になった。

石炭を掘り起こし、石油を掘り出し、そしてプルトニウムを掘り出した。

地球の繁栄が、まるで人類の繁栄であるかのように人間は錯覚をし、便利さを追求し、大切なものを失って行った。

大切なもの、それは自由である。

お金という呪縛、幸福でなければいけいないという呪縛。どんどん僕らは自由を失ってきた。そして生きるという自由までもが危機に晒されている。

僕らは様々な境界線を構築してきた。かつては竪穴式住居の周りのお濠だったものが、県境になり、そして国境が生まれ、それを守るために数えきれない多くの人間が殺されてきた。

祈る神様が違うから殺してしまえ。肌の色が違うから殺してしまえ。食べ物を横取りするから殺してしまえ。昔昔の話ではない。今も世界の幾つかの地域で、そんな殺戮が続いている。

意図した殺戮だけじゃない。人間の誤った思想が、誤った経済観念が、誤った政治が、誤った教育が、多くの人命を奪ってきた。

原子力は安全です。二酸化炭素を削減します。経済効率がいいです。

寒々とする光景が僕には見える。地球が荒廃した風景だ。今のまま人類が進んでいけば、未来にあるのは繁栄などではない。

原子力は、人類が手を出してはいけなかったものだ。その当たり前の事実に気づいていながら、止められなかった僕ら人類は愚かだった。そしてこの現在の日本の状況下でさえも、無頓着に生きている日本人は、もっと愚かだ。

内部被曝は日々進行している。数千ベクレルの放牧地の放射能値が出た土地の野菜やお米が、安全なハズなどない。

政府や電力会社は補償をしたくないので、嘘をついているだけだ。5年後、10年後に生きている自由を奪われないためにも、真実の声に耳を傾けて欲しい。

100ベクレルが80ベクレルなったから安全などではない。そんな穀物や果物や魚を食べてはいけない。

原子力発電所が無くても、僕らは間違いなく生きていける。生きる努力と生きる熱意が新たな道を必ず見出すものだ。

日本人の10%が意識を変えれば、僕は世界が変わると思っている。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  このブログが一人でも多くの皆様の心に届いていただければ幸いです。

« ぬらし絵のセラピー | トップページ | 今日は駒形神社のパワーを皆さんへ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: GW特別寄稿・原子力に思う:

« ぬらし絵のセラピー | トップページ | 今日は駒形神社のパワーを皆さんへ »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ