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2012年3月16日 (金)

吉本隆明追悼

 文学、思想、宗教を深く掘り下げ、戦後の思想に大きな影響を与え続けた評論家で詩人の吉本隆明(よしもと・たかあき)氏が16日午前2時13分、肺炎のため東京都文京区の日本医科大付属病院で死去した。

 87歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は未定。

 今年1月に肺炎で入院し、闘病していた。長女は漫画家ハルノ宵子さん、次女は作家よしもとばななさん。

 1947年東京工大卒。中小企業に勤めるが組合活動で失職。詩作を重ね、「固有時との対話」「転位のための十篇」などで硬質の思想と文体が注目された。戦中戦後の文学者らの戦争責任を追及し、共産党員らの転向問題で評論家花田清輝氏と論争した。

 既成の左翼運動を徹底して批判。「自立の思想」「大衆の原像」という理念は60年安保闘争で若者たちの理論的な支柱となった。詩人の谷川雁氏らと雑誌「試行」を刊行し「言語にとって美とはなにか」を連載。国家や家族を原理的に探究した「共同幻想論」や「心的現象論序説」で独自の領域を切り開き、「戦後思想の巨人」と呼ばれた。

 80年代はロック音楽や漫画、ファッションに時代の感性を探り、サブカルチャーの意味を積極的に掘り起こした「マス・イメージ論」や「ハイ・イメージ論」を刊行。時代状況への発言は容赦なく、反核運動も原理的に批判した。

青春時代、僕の軟弱な文学思想に、強烈なくさびを打ち込んでくれた物書きが他界した。彼の繰りだす言葉は常にアグレッシブで挑発的だった。

彼の代表作である『共同幻想論』や対談集である『相対言論』は今でも僕の座右の書である。彼は自らの書・共同幻想論のモチーフとして、栗本慎一郎との対談で次のようなことを述べている。

『究極的には共同体の彼方にはまた共同体をっていう考え方はってのはなくなっちゃった方がいいんじゃないか、あるいは共同体自体もなくなちゃった方がいいんじゃないかというのがありましてね』とマルクス主義の共同体をやんわり否定している。

高校以来マルクス主義に傾倒した僕の思想を吉本はことごとくぶち壊してくれた。正確に言うならば、中途半端なイデオロギーへの耽溺こそが、自由の喪失だよということを教えてくれた思想家でもある。

フーコから大衆音楽まで、吉本の思索の対象は本当に多岐に及ぶ。僕にとっては父親のような存在だった。

僕が公権力に対して敵対心をむき出しにする習癖は、吉本隆明の影響が大きかった気がする。ひょっとするとこうやって一匹狼のごとく塾屋をやっているのも、そうかも知れない。

1ヶ月以上酒を絶っていた僕だが、今夜だけは供養酒を飲みたい気分だ。

日本からまた一人大思想家がいなくなってしまた。とても哀しい。

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コメント

こんにちは、学び舎です。

そうですか。吉本隆明氏が亡くなりましたか。
私は主要著作をほとんど読んだことがないので、皮相のコメントしかできませんが、数年前から糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」で糸井さんとゆるい対談をしていたのが印象に残っています。

在野の思想家というイメージが吉本氏には強いです。思想界の巨人の一人として、これからも語られていく存在なのではないでしょうか。

(かねごん)
小林先生コメントを頂きありがとうございます。
東京の私塾に勤めていた時に、校長が吉本隆明さんと親交がある方でして、驚いたことを覚えています。
酒の席で、吉本氏の思想について議論したことがありまして、「お前は左翼かと」一喝されたことがありましたが、ひょっとすると今でも精神は十分左翼かもしれません。

「反原発」で猿になる ! (吉本隆明)を読んで 2012.3.15
「週刊新潮」2012.1.5-12のインタヴュー記事を読んで唖然とした。かつて、吉本隆明を自立の思想家として高く評価し、「試行」にも投稿した一人として、なんともやりきれない気持ちになった。
ここで開陳されている言い分はほとんど反駁するのも馬鹿ばかしい底のものだ。「考えてもみてください。自動車だって事故でなくなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう」だって! こんな子供だましの理屈が通用すると思っているのか。また、核分裂による原子力発電と放射能によるレントゲン写真技術を並べて安全性を論じるなんて詭弁そのものだ。
吉本は科学技術の進歩への素朴な信仰にしがみついているに過ぎない。スリーマイル島・チェルノブイリ・福島という一連の大事故が当時の原発技術の先進国(米国、ソ連、日本)で起っていることを深刻に受け止める必要がある。しかも、これらは三十年そこそこの間に引き起こされたではないか。現在でも中小の原子炉事故は頻繁に報告されている。原発をめぐる議論の中心にある「恐怖感」について云々しているが、もっか国民の間に淀んでいる過度の放射線への恐れは、昨年の福島原子炉の深刻なメルトダウン(炉心溶融)事故による膨大な放射能の拡散と広範にわたる自然破壊・人体汚染という「歴然たる現実の脅威」のもたらした結果であることに目をふさいでいる。激しい爆発による発電所の災害の惨状は一連の写真で記録されているではないか。どこに目をつけているのだ。事故後一年の現在でも、爆発事故原因の究明も進まず、圧力容器の内部は放射線が高く危険なため手がつけられぬ状態である。吉本は未曽有の惨禍から何も学んでいない。「福島」原発の大惨事なぞまるでなかったかのようだ。
このインタヴューには、現実の脅威や惨状を直視する姿勢がいちじるしく欠落している。こうした現実感覚の鈍さは一貫しており、まさに恐るべきものだ。

(かねごん)
阿羅漢様コメントを頂きありがとうございます。
上記の記事は僕も読みました。
例えば音学家もそうですが、自分の表現すべき核を表現しきったアーチストは急激にそのエネルギーが衰退していきます。
吉本氏の場合は、未来予想のエネルギーが衰退したのでしょうね。年齢の問題と言うより、思想の拡散が彼の中で生じたのかもしれませんね。
しかし過去に於ける吉本氏の知のエネルギーや影響を否定するには、あまりにも彼の思想は偉大でした。
過去に自分が受けた吉本的思想的ドグマを僕は、残像として受け入れたいと思います。
阿羅漢様、拙い僕の記事美に対し貴重なご意見ありがとうございます。

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