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2012年2月16日 (木)

情念の堆積

うつ病で心療内科に通う人達が全国で100万人を超えている。そしてその10倍、つまり日本人10人に1人がうつ病予備軍だと言われている。

うつ病の増加に伴い、自殺者も毎年3万人をこえている。ここ10年間で30万人の方が自らの命を奪ってしまった。この国は病んでいる。

何がいけないのか。この危機的状況を回避するには、何が必要なのだろう。

携帯電話の普及による電磁波の影響を挙げる科学者もいれば、競争原理を導入してきた資本主義経済の負のスパラルだという社会学者もいる。食事の問題や教育の問題など、多方面にわたり議論がされてきた。

間違い無く言えることは、日本国民の幸福度が低下していることだろう。失業率の増加、未婚率の増加、そして離婚率の増加、これらの急増とリンクするかのように、不登校や保健室登校が、小学校や中学校で増えてきた。

トラウマやカンセリングなどという言葉が日常化し、精神不安であることが特殊な状況でなくなってしまった日本。日本人の根底に淀む、情念の堆積を浄化するすべはないのだろうか。

責任のなすり合いはもういいだろう。かつて塾が諸悪の根源のように言われた時代があった。競争社会の申子を増産する毒舌的教育とまで言われたものだ。

今は塾の方が、個性や道徳教育を主導している感がある。公教育の方が、僕などからみると詰め込み教育だ。

僕は先生などと呼ばれているが、50を過ぎた何処にでもいる、さえないハゲオヤジだ。お金もない、地位もない、おまけに髪もないなどと、生徒の前で自虐ネタを連発する、寒い中年オヤジである。

そんな寒い中年オヤジながらに思うことは、人生を豊かにし、希望を見出す特効薬は、自分の欲望と素直に向き合うことじゃないだろうかと考えている。いい人をやめることだと思う。

僕はよく高校生に言う。「人間は2種類に分けられる。変態の人間と、ちょっと変態の人間だ。誰もが変態だ。安心しろ」

この言葉はかなり若者の琴線に響くようで、生徒たちの表情が明るくなる(笑い)。

うまいものを見れば食いたいと思うだろうし、いい女を見れば◯◯したいと思うのが普通の若者の思考だ。そこには小難しい哲学も、思想も介在しない。

管理管理管理、性欲も学力もそして快楽さえも管理され続ける社会、それが今の日本だ。時速200キロが優に出るレーシングカーで、40キロ制限の田舎道をトコトコ走り続ける訓練をされているような若者たち。

一方、登山靴の紐の結び方も知らないのに、いきなりヒマラヤを目指せと叱咤激励され続ける若者たち。

個人の尊厳と個人の能力に真摯に向き合うことのない今の日本の教育には、中庸とか妥協という言葉の本質を知らない多くの大人が介入し、魂のきらめきを鈍化させてしまっている。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「幸福度が低下」まさしくそれだと思います。
他国に比べると、日本の子供たちは自己肯定感がとても低いのだそうですね。
良いところのはずの日本人の謙虚さが、親から子供たちには悪く伝わっているような気がします。
私も幸福度の低い人間のひとりです。
なぜでしょうね・・・・子供のころからそういう自覚がありました。
子供に同じ思いをさせたくないと思っているのに、同じことをしてしまっています。
やっぱり自分が幸せにならないとダメなのかな。

(かねごん)
noza様コメントを頂きありがとうごいざいます。
幸福感の尺度は、満足感だと思いますが、エスカレートする社会の要求に、精神が追いつかいないのでしょうか・・・・。

「塾が諸悪の根源のように言われた時代があった。競争社会の申子を増産する毒舌的教育とまで言われたものだ」
思い出しました。たしかにありましたそのような時代が。
そして、今は学校より塾、公立より私立になりました。気づかないうちに時代が変わっていた。

学校の環境(質)は悪くなりました。
教師も親(その子ども)も質が低下しているのだから、学校の質が低下するわけです。

食物の生産方法や調理環境も質が低下したと感じます。
医療と安易な投薬治療に頼りきり、
生活環境が豊になって身体が鈍り、
便利な電子機器や情報にやられ、
都市部では公害、地方では過疎です。

質より量とか損することはしたくないとかそんな時代の影響はあると思います。
何より、見えないものへの敬愛の心感謝の心は?忘れているのか、忘れたふりをしているのか。

(かねごん)
たんた様こんばんは。
全くその通りです。見えないものへの敬愛や尊敬の心が希薄になりましたね。
見えているものだけが現実だと思っていたら、僕らは薄っぺらな存在になってしまいますね。

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