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2012年2月27日 (月)

オンリーワンへの帰還

僕は何度神に祈っただろうか。一万回、十万回もっとかも知れない。

運命や、宿命に翻弄(ほんろう)される人生など懲り懲りだ。自分の人生は自分で何とかしなければ、そんな思いで生きてきたような気がする。

来月の15日が僕の塾の開校記念日なのだが、22年目に突入する。そして長男も22歳を過ぎた。つまり子どもが生まれてすぐ僕は今の塾を始めた。22年前、父が死んだ年でもある。

父は農業のかたわら、大工仕事をやっていた。祖父は農業のかたわら、桶職人をやっていた。僕は塾のかたわら、農業をやっている。サラリーマンとは縁遠い家系である。息子は地元の高専を終えて工場勤務をしているが、我が家の血筋からすると、何かを自分で始めるかも知れない。

僕も家内も神様が大好きだ。キリストも、ブッタも、シバ神もアマテラスも、宗教に関係なく神様を愛している。節操がないと言うんじゃなく、僕は宗教や神様は入り口であって、辿り着く道は、すべてのオンリーワンだと思っている。

それを宇宙創造の神と呼ぶか、なんと呼ぶかはそれぞれの価値観だろうと思うが、僕は信じている。だから一体の仏像を拝するのも、一本の合格鉛筆に思いを込めるのも、最終的にはオンリーワンへの帰還であり、自分自身への回帰だと考えている。

塾教師をやっていると、様々な家庭の問題や、子どもの問題に直面する。大学で学んだ児童心理も、本で読んだ心理学や教育学など、全く役に立たないケースにしょっちゅう遭遇する。経験に頼ることもできない状況の時、僕は素直に神様にすがる。弱い人間かも知れないが、時に奇跡のような解決策がやって来ることがある。

僕の塾の玄関を入ると、正面には黄金色のブッタが飾ってあり、神棚には崇拝する神社の御札がところ狭しと祀られている。2階には塾生の合格と東北の復興を祈願する、毘沙門天と弁天様、そして竜神が祀られている。かなりオタッキーな塾だ。忘れてた。受験参考書の棚には、さり気なく聖書が置かれている。

今回の震災と放射能汚染に立ち向かおうなどという大それた気持ちは毛頭ない。僕は、きっとこの惨事が、人類の大きな転換期だと思っている。神様が与えた試練でもないし、人類のトラウマが生んだ災などでもない。僕等の判断ミスだ。人間が作ったものは、人間が修復しなければならない。一日も早い収束を僕は神に祈る。僕らは神の子だ。間違いなく東北の大地を復活させるパワーが生まれるだろう。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「オンリーワンへの帰還」「自分自身への回帰」
おっしゃるとおりだと思います。

人間が作ったもの(自分が蒔いた種)は、
人間が修復しなけらばならない(自分で刈り取らなくてはならない)ですね。

「やりっぱなしはいけません」
「ちらかしたものは片付けましょう」
と親が子どもによく言いう言葉。

ちらかしたのは子どもではなく大人です。

(かねごん)
たんた様コメントを頂きありがとうございます。
使い方も、止め方も、修理の仕方も知らないものを作るな!と本当に言いたいですよね。

「人に迷惑をかけない」「人の役にたつことをする」「ちらかさない」など他にもいっぱいあると思いますが、生きていくうえで大切なことを子どもに伝え根気よく教えていくこと。
 家庭においての子どもの教育はやっぱり重要と思いました。

「人の痛みのわかる人間に」育てたいものです。
「自分さえ良ければ」ではいけないということを。

(かねごん)
たんた様コメントをありがとうございます。
そうですよね。人の痛みがわからないから、不登校が増え続け、悲しいかな自らの命を断つひとが増え続けているんですね。
教育に優しが必要です。

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