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2012年1月 2日 (月)

初ボヤキ

2012年の正月元旦に、このブログの訪問者数が50万人を超えました。心より感謝申し上げます。

僕の塾ブログは、昨年放射能警告ブログと化してしまいました。福島第1原発から170キロ離れた岩手一関市、震度6強に襲われ塾内の本棚やら棚やらすべてが崩壊し、家族総出で後片付けをやった3月15日。その日異常を感じました。

家内が最初に異変を感じました。舌がピリピリすると。一方僕は花粉症とはあきらかに異なる目のショボショボ感を感じました。それは今も続いています。

福島原発から放出された放射能が、岩手に拡散した日でした。

ガイガーカウンターなど誰も持っていませんでした。計ろうとした学校の先生を牽制した学校長や教育委員会の発想は、まさに日本の社会が抱えるジレンマ的闇でしたね。

僕がお世話になっている病院のドクターの友人が、3月15日以降に降った雪を測定したときに、ガイガーカウンターが奥州市で振り切った話を聞いた時から、僕のブログはヒートアップしました。

国は知っていたでしょうね。東北に大量の放射能が降り注いだことを。電気が復活し、パソコンで海外の放射能追跡データーを眺めた僕は、鳥肌が立ちました。その3月末に感じた危機感を、9ヶ月後、ようやく市内の議員さんや教諭の方々が理解してくれました。

表現がちょっと違うでしょうか。ようやく危険だという認識を表に出してもいいんだと思ったんでしょうね。

体調が良くない方が増えています。雨水が溜まる場所が、10マイクロシーベルを超える地域に住んでいて何でもないという方が変ですよね。調子がおかしくなって当たり前なんですよ。

いまだに、雪の日に小さい子供を外で遊ばせている親御さんがいます。根性でどうなるものでもないんです放射能は。

牛乳や、水産物の放射能の数値は高いですよ。ドイツや欧米では絶対流通出来ない値を、日本はOKだと言ってきました。

ある方より塾教師が農業も知らないのに、煽らないでくれというメールを頂きましたが、僕は20年以上農業をやり、農協にお米を出荷してきました。僕の田んぼは計ると0.4マイクロシーベルトを超えているんですよ。米はだいじょうぶだということで農協に買い取ってもらいましたが、さすがにそんな田んぼで手刈りの作業はしたくなかったですね。すべて機械作業をしてもらいました。

売ったコメ代は15万円。かかった費用は14万円でした。何を僕はやっているんでしょうね。実は新米もまだ食べていません。親戚に例年お米を送っているのですが、不安なので昨年はやめました。

僕の家は、山里でして、井戸水を利用しています。あきらかに水の味が変わりました。アメリカからインターネットでセシウムや放射性物質を取り除く浄水器を買いました。昨年は放射能関連で、どれだけの出費をしたでしょうか。

僕は22年目を迎える軽トラックに乗っています。女房の軽自動車も16万キロを走りました。今年は買い換えなければと思い、雀の涙如く貯めていたお金も、今回の放射能でなくなりました。軽トラックが壊れたなら、原付バイクで通うかなと思っています。

訪問者が50万人を達成した日に、貧乏話を書いている自分も情けないのですが、ひょっとしたらこんな僕の記事が、皆さんに共鳴して頂いているのかなと思っています。

今年も多くの愚痴と、多くの批判を書いていくと思います。辛口あり甘口ありの僕のわくわく日記ですが、どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

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コメント

仙台の読者です。今年はもブログ期待しております。

ところで、ひとつ教えていただきたいことがございます。「僕がお世話になっている病院のドクターの友人が、3月15日以降に降った雪を測定したときに、ガイガーカウンターが奥州市で振り切った話」は、いつの記事にお書きになっているのでしょうか?

実は3月15日から20日まで、避難のつもりで奥州市の夫の実家に滞在しました。その間、子どもに雪遊びをさせてしまったので、詳細が知りたいのです。

また、岩手県南に放射能が降ったのは、12~13日、15日、20日と諸説あるようですが、先生は15日とお考えなのでしょうか?汚染に気付かれたのはいつ頃ですか?

私たちは5月の連休も奥州市で過ごし、巨大なタラの芽やアスパラなど地元の山菜・野菜をたくさん食べてしまい、その後、子どもが体調を壊してしまいました。(発熱、腹痛、リンパの腫れ、白血球減少など。)

お正月にも奥州市にまいりましたが、未だに実家では、放射能対策なしの暮らしを続けています。原発からの距離が遠いだけに、おしゅうとめさんも周辺の人たちもあまりピンとこないようなのです。地元のお子さんたちのことが心配になります。

(かねごん)
mika様コメントをいただきありがとうございます。
3月20日に前後に降り積もった雪の線量が高いことを知ったのは、5月の連休のことでした。ガイガーカウンタが振り切ったのは前沢です。
その後我が家ではガイガーカウンタを購入したのですが、僕の家族も汚染の状況を把握することなく、タラの芽などの山菜を食べてしまいました。
3月15日に感じた身体の異常は本当に初めて経験する感じでしたね。目がしょぼしょぼするし、舌が本当にヒリヒリするんですよ。そしてその感覚は今も続いていて、線量が低い栗原市や花巻に行くとその感覚が無くなるんですね。
花粉症の一種かと考えていましたが、甘かったですね。
マスクが手放せない日々です。
小学校や中学校ではマスクをする注意もしません。
各家庭が子どもを守らなければなりません。

さっそくのお返事ありがとうございました。

私も3月13日、仙台のスーパーの外に長時間並んでいた時、顔の皮膚のヒリヒリを経験しました。その時は半ば冗談で「放射能かな」とか言っていましたが、その後、1号機からの放射性ブルームが仙台を通過していたことを知りました。あんなヒリヒリははじめてでした。

原発が次々爆発していた頃、なぜ政府は「念のために子どもを外に出さないように」と警告してくれなかったのでしょうか? また、なぜ7月頃まで各地の線量を計測しなかったのでしょうか?汚染の状況をいち早く把握することが大事だったのに…。

私が岩手県南の線量が高いのを知ったのも、個人的に計測なさった方のブログででした。5月の末くらいのことです。仙台が0.1マイクロ以下で、盛岡が0.03以下だったので、まさかその間が仙台以上の線量になっているとは思ってもみませんでした。

関東や東北でほんとうに多くの人々が、避けられたはずの被爆をしてしまいました。それは今も進行中だと思います。お上が守ろうとするのは国の秩序や経済であって、国民一人一人の健康ではないのだと実感しました。今年も自衛がんばります。

かねごん先生も、農業をなさっていたり、子どもさんたちと接するお仕事をしておられるので、日々身近なところでいろいろと感じておられることでしょう。ブログでの発信を期待しております。長文失礼しました。

(かねごん)
mikaさん、お子さん大変でしたね。先ほど書きませんでしたが、その後いかがでしょうか。
僕のブログにはいろんな方がいろんな情報を寄せてくれます。伝えなければいけないものは伝えて行きたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。

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