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2012年1月24日 (火)

30年間の塾教師生活を振り返る

個人塾の経営者というものは、東北の田舎町では稀人だ。かつては雨後の竹の子のように、あっちにもこっちにも塾の看板が掲げられた。

バブルが崩壊し、さらにはリーマンショックがあり、今回の震災があって、多くの塾が廃業を余儀なくされて行った。残った個人塾にしても、そのほとんどが、副業をやりながらの存続になっている。

大都市に本部を構えるフランチャイズ塾の進出や、少子化の影響の中、個人塾の存続は厳しい情況下にある。僕は東京と岩手の奥州市で8年間のサラリーマン塾教師をやった後、29歳で現在の塾を始めた。つまり30年間塾教師をやってきたことになる。

この年になれば、もう最後まで塾教師で人生を終わるんだろうなと思う分けだが、振り返れば、本当にあっと言う間の30年だった。お金と休息というものには縁のない日々だったが、子どもたちに勉強を教えてきた30年間は、実に楽しい日々だった。

自分はなぜ塾教師になったんだろうと、自問することがある。正直なところよく分からない。しかし塾教師以外の仕事をやろうとすると、運が動いてくれなかった。塾に関しては、本当に有形、無形の協力者を得てきた。塾教師をやらせられてきたという表現が、ピッタリかも知れない。

30年間の中では、何度もこの仕事をやめようと思ったことがある。その度に、偶然と言うには出来過ぎの後押しがあった。

合格実績が、もし塾の生き残りの最大の武器ならば、僕の塾などとうに消滅していただろう。

僕の塾は、全員が受かったから生徒が増えるかと思えばそんなことはないし、落ちてしまったから大変かとおもいきや、その落ちた生徒の弟や妹が入塾してきてくれたり、他所の塾とは少し勝手が違うようだ。

僕の塾は成績によるクラス編成もなければ、学年ごとの曜日設定もない。学年でビリに近い生徒から、超難関大学を狙う生徒まで、実に様々な生徒が入ってくる。ジャズで言えば、クロスオーバーの即興演奏を毎日やっているような感覚だ。アドリブが命の塾だと言っても良いだろう。

生徒自身が学びたい、もしくは学ばなければならない所をやるのが、僕の塾のコンセプトであり、そしてそれが僕の唯一の教育理念だ。言ってみれば、シンプルだからこそ続けてこれたのかも知れない。

自分が何をやらなければならないのか、そこのところが分からなければ、知性の進歩はないのではないだろうか。

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