所詮限界はすぐに来てしまう
人生で一番幸運のエネルギーを奪ってしまうのは、執着心と嫉妬心だと思う。
どんなに財を築いても、どんなに地位を駆け上っても、執着心を持った人間は、人生の流れが変わってしまうものだ。
子どもに財を残そう、お金を残そうとすればするほど、反比例するかのように家庭の幸せが逃げていく。何故だろうか。それは執着心も持つことで、他人を考えなくなるからだ。
利己主義の延長線上に執着心は現れる。そして執着することで、欲望はエスカレートし、足ることを忘れ、常に嫉妬心を抱き始める。そんな所に、残念ながら真の幸福などやって来ない。
勉強もそうだ。人に負けないために、人の上にたつためになどと頑張ったところで、所詮限界はすぐにやって来る。誰かの為に役だとうとする発想が根底になければ、努力は必ず枯渇してしまう。
僕のそばでいつも戯れている、愛猫。2度飼い主に捨てられ、我が家に3年前から住み着き、今は家族の中で一番存在感を醸し出している。
この元野良猫を見ていると、フラットに生きるとはどういうことかを日々教えられる。
このブログが一人でも多くの皆様の心に届いていただければ幸いです。
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二度も人間に捨てられたのですか、
やはり子犬の時に前の家の庭に捨てられ、隣接する竹林に住みついて数ヶ月生き延び6,7ヶ月になった犬を
前の家のご主人がお手製の檻を作って、やっとの思いで捕獲、保健所へ連れて行くと言うので、それを聞いてしのびなく、すでに5匹の老犬チワワがいましたが、飼うことに決めましたそして名前はココちゃん、数ヶ月におよぶ野犬生活でいつもおびえてなかなかなつかず、悪戦苦闘している時に震災、犬6匹連れての避難はとても大変でした。家を借りられずココを飼ってしまったことをチョツピリ後悔したり、
でも放射能降る山の中を生き続けるココの姿を想像して、
ホットしたり、
雌だったので京都に来て初めての生理がきました。
あのままの野犬生活だったら今頃は子犬を抱えてどうしていただろうか、やっぱり飼ってあげてよかったと思っています。なれるまでに何か月もかかったけれど最近やっと家族の1員となりました。
(かねごん)
yaeko様いつもコメントを頂きありがとうございます。
僕のうちの猫はキラといいます。前の飼い主がつけた名前です。
2度飼い主に捨てられたせいでしょうか。家族がいなくなると必死に探します。涙がこぼれるほど、切なさが伝わってきます。
投稿: yaeko | 2011年11月20日 (日) 20時36分