礼節ある格好は運を引き寄せる
英語ができないから、数学ができないからと言って、その生徒が人間として劣っていることなど何もない。そんなことで人間を評価すること自体おかしいことなのに、生徒たちはそういった尺度で能力を測られ選別されていく。
日々高校や塾で教えていて感じることだが、教育の世界は全く理不尽だ。
努力をしない生徒には、それなりの理由がある。つまり努力することの動機付けを与えられることなく成長してしまった子供たちだ。幼少期の親の責任、家庭環境の責任は間違いなく大きい。
幼稚園や小学校の先生に躾やら何やら任せっきりで、家庭では一切放任してしまっている親ごさんがいる。子どもと一緒にゲームをやり、お笑いのテレビを見て、11時過ぎまで子どもを寝かせつけない親がいる。
真夜中のファミレスで、親と食事をとっている小学生を見かけたりすると心が痛い。日本という国はどうなってしまったのだろう。
若い親御さんは、自分の親とは一緒に住みたがならない。価値観の相違とかなんとか偉そうなことを言うけれど、寝たい時に寝て、食べたい時に食べる、そういった我がままができないから同居しないだけのことじゃないだろうか。
小学校の運動会や行事を見にくと、パンツが見えそうなミニスカートをはき、何色だか分からない髪の色をしたお母さんがいっぱいいる。失礼だけれども、賢母のイメージは全くない。
確かにアウトロー的な生き方も個性ではある。しかしその人の思考や感性は見た目に現れるものだ。侮ってはいけない。
今の日本人、特に若い親御さん方のファッションンは退廃的だ。ジャラジャラのネックレスをつけ、ダボダボのジャージー姿で、学校の敷地内を闊歩するお父さん方を見ていると、人間性はやはり服装にでるものだと僕は思ってしまう。
英語や数学はできなくてもいいから、せめて服装の身だしなみは、不快なものじゃないほうがいい。
僕は近年、教育で大切なことは、運がいい子どもを育てることだと、様々な所で力説してきた。礼節ある格好をすることも、運を引き寄せる大切なツールだと僕は思う。
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