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2011年9月26日 (月)

岩手の力

僕が東京に住んでいた頃、学生時代の話だが新幹線はまだなく、上野駅から夜行で一関に向かうことが多かったが、岩手は本当に遠かった。

啄木の詩ではないが、訛なつかし停車場が上野駅にはあった。東京人と言っても生粋の江戸っ子は少ない。2代3代遡ればそのほとんどが東北や甲信越の出身である。

多くの都会人の心のなかには、東北人のDNAがそして風が流れ込んでいる。

僕は生粋の岩手人だ。18代にわたって僕の家は百姓をやってきた。塾教師という田舎では変わった商売を20年以上営んできたが、僕の本質はやはり百姓である。

人間が生きていく上で一番大切なものは、食と教育だと思っている。この2つはどんなことがあっても揺らいではいけない。

放射能が来ようと、文科省が腐れ切っても、僕らは食と教育を守る義務がある。使命と言ってもいいかも知れない。

権力とお金にたなびく愚人であってはならない。寄らば大樹の影であっては、いつまでも日陰で終わってしまう。この時代に生まれてきた理由は間違いなく僕らにはある。

人の想いが現実化する速度が早まってきた。きっと心ある人はそのことを実感していると思う。僕はこれからの時代は、想念の淘汰が始まっていくと考えている。つまりは利己的な思想は自己の滅亡に繋がっていくような気がする。今まで誤魔化せてきたものが、もはや誤魔化せない時代に突入したような気がするのだ。

人間の存在価値が問われている。高度化した文明の中で、一日にわずか一杯の清水さえ満足に飲めない人達が数億人いる地球。ブレーキの効かないエネルギーを平気で作り続ける企業。

これはまさに教育のなさからやって来るカタストロフィー以外の何ものでもない。

岩手は被災した、多くの方々が津波で亡くなった。港町が消えた。内陸では仕事がない。しかし、子どもたちの精神力は輝きを増している。涙が出てくらい彼らは強い。

そこには軟弱さのかけらもない。岩手は子ども達が復興するだろう。そして日本を立て直していくに違いない。岩手の力が、いまもがき苦しんでいる。サナギから成虫になり羽ばたくために。

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