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2011年9月

2011年9月30日 (金)

ふと気づけば明日から10月。今年は每日每日地震と放射能の恐怖に苛まれた年だった。

ネガティブ思考を脱却したいと思っても、地鳴りとともにやってくる每日の揺れに僕の思考はなかなか飛翔できず、このブログの記事同様、同じところを行ったり来たりである。

本当はもっとやらなければならないことが多くあるのかも知れない。しかし今回の震災で多くのことを忘却してしまった。

3月11日の日から東北の風は変わった。

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戦後生まれの僕らは、高度経済期の日本の風を背に受けて育ってきたと言っても過言ではない。貧しくても困難であっても、希望という風がいつも吹いていた。努力という言葉がしっかりと実態ともち、それぞれの繁栄を夢見ることが出来た時代だった。

今はどうだろうか。今の子どもたちの魂は何を望み、何を見つめているのだろうか。大人の欺瞞だろうか。歪んだ渇望が蔓延する欲望の渦だろうか。

重いリュックを背負い学校に通う子どもたち。そのカバンに詰め込まれているものは、希望の書物であって欲しい。学校教育が忘却したものを、2011年の風が思い起こさせてくれるだろうか。

明日から10月の風が吹き始める。そろそろ南風ともお別れだ。今年はどんな北風がやってくるだろう。

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いきなりのレッドカードもあるのだよ

月末になって每日体験入学者が訪れている。ありがたい。

チラシもDMもいっさい出さない僕の塾は、塾生たちの紹介や、保護者の皆さんの口コミに頼っているわけだが、今年度も中2を除いてはほぼ定員になった。心より感謝申しあげたい。

チラシを配りたいのはやまやまだが、その余裕が無い。塾生は僕の経済力を把握している。

「かねごん先生今塾生何人なの」 僕が人数を答えると、今度は調子にのって教室の家賃やコピー機のリース料や駐車場代やら聞いてくる。黙っているのも面倒くさいのでついつい答えてしまうかねごんである

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サリーちゃんのパパと呼ばれている僕の風貌は、どう見ても塾教師と言うよりは単なる頑固オヤジである。

「生徒数×5000円-諸経費・・・・・儲けがないじゃん」明白な事実を指摘されて動揺せざるを得ない僕だが、そこで挫けているわけにはいかない。

「うるさい!そんなことはとっくに分かっている!じゃ来月から月謝を2倍にするか」僕の逆襲が始まる。

「勘弁してくださいよ。安くて居心地が良いから来てるのに・・・」

僕の塾は子どもたちのサロンではない。注意してもうるさい者には、いきなりのレッドカードも辞さない。毎年即刻の首を命じられる塾生もいる。塾生諸君気をつけてくれたまえ( ´艸`)プププ。

塾からのお知らせ】

10月は8日(土曜日)~10日(月曜日)まで休塾となります。5週月ですので振替指導はございません。また、中3生の本年度の平日指導コースは、本日で募集を終了します。ご了承ください。

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2011年9月29日 (木)

哀しみのコントラスト

避難準備区域の福島県の広野町が、明日避難区域から解除される。放射能は6マイクロシーベルト。あり得ない。

これが国の実態である。

お米もOK、魚もだいじょうぶ、本当だろうか。いや表現を変えよう。国民は信じているんだろうか。国の基準値を超える値が検出されなかった・・・・。それでいいのだろうか。

いつもながら選挙が終わると、あんなに熱心だった候補者達が、何事もなかったかのように沈黙し、放射能のホの字も聞かれない。

給食はだいじょうぶだろうか。水はどうだろう。小学生以下の小さなお子さんがいる家庭は心配で仕方がない。それなのに、「国の基準値を上回っていませんから」という回答はいかがなものだろうか。

いつも手元にガイガーカウンターが置いてある生活など、本当はうんざりである。そして每日放射能や無能な政治家の批判を書くことにも飽き飽きしている。しかし書かなければもっと嫌なもやもや感が襲ってくるだろう。そんな気がする。

高校の授業が文化祭の準備でなかったので、今日は久しぶりに三陸の海を見てきた。何もなくなってしまった町の風景は、何度来ても涙がこぼれてしまう。焼け焦げた数百台の車の残骸と、海の美しさがあまりにも哀しいコントラストを醸しだしていた。

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この残骸置場も、かつてはにぎやかな街並みが続いていた。

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僕らはそんなに弱くない

「かねごんさん、30年近く塾教師をやってきたのだから、ブログに書けない教育の裏話はあるんでしょう」などと最近聞かられることがある。

はっきり言えばYESである。しかし僕は書かないし、書けない。

暴露本なるものが世の中を賑わすことがあるが、あれは結局信頼をなくすだけで、読み手さえも興ざめするのは早い。知らいない方が幸せということは、時にはある(放射能は別だけれど・・)。

最近多くの人達が、未来に対する不安を抱えている。滅亡や破滅、終焉などという言葉がまことしやかに囁かれている。かつてのノストラダムスシリーズのごとく、その手の出版は花盛りだ。

様々な星の宇宙人からのメッセージなるものや、地球の未来からやってきた人間の警告など、PCのウェーブも様々な話題が拡散している。次元上昇、アセッション、地軸の変動、宇宙船の飛来などなど、まるで人類が滅亡を待ち望んでいるかのような錯覚に陷ってしまう昨今の様相である。

そんなウェーブを見てドキドキしている暇があるなら、古典文学をひもとくとか、いい音楽を聴くとか、精神性を高める日常を過ごしては如何だろうか。こんな時代だからこそ、本物の文学や芸術に触れてはどうだろうか。

詭弁を弄する偽りのリーダーに、耳を傾ける必要もないし、他人の幸福を阻害する権力者に、自分の人生を委ねることもないだろう。

僕らの精神性は本来は自由なものだ。それにブレーキをかけているのは、自分達のマイナス思考であることに気づけば、必ず僕らの納得ができる未来はやって来るはずだ。

誰かに自分の人生を委ねることはもうやめよう。僕らはそんなに弱くない。

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2011年9月28日 (水)

そうか車もか・・・

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はじめまして。
私は中古車の輸出の仕事をしている者です。妻からあなたのHPを教えてもらい、お知らせしたいことがあるのでメールします。

 原発事故以来、オークションに出回っている車の中に、輸出できる規制値0.3μSV/h以上の車があり、ケルヒャーとロシアからとりよせた特殊洗剤で洗車におわれています。福島ナンバーの車はもちろん、土浦ナンバー、宇都宮ナンバーなど北関東の車で放射能の高い車が多いです。柏の車も高いです。洗車で0.3以下にできる車もありますが、たとえば震災前から郡山のオークションに置きっぱなしになっていたプロボックスという車は、結局いくら洗ってもだめで、そのままオークションに流しました。
 ほかにも数台、輸出ができずに国内に流通させたものがあります。良くないと思ってもそうせざるを得ない状況です。
 最近は、福島あたりで安く入手した車に他県で新たに車検をつけ、他県ナンバーにした車を流通させている業者があるとのことです。もちろん、一度抹消した車に他県で車検を取り直すことは違法ではありませんが、このようにして全国に被曝した中古車が出回るのが心配です。

 ここ1ヶ月の間に、私の知る限り3名の方が急死されました。心臓死です。(8/28)一人は茨城と千葉で、車の関係の仕事をしていた40代男性。(9/14)新潟で車関係(解体か輸出か分かりませんが)の54歳男性。また福島で車関係の仕事をしていた人の奥さんも。
私はパキスタン出身で現在は帰化していますが、パキスタン人のコミュニティ内でこういう話が出ているので、誰かが亡くなったという話では、嘘が出てくるはずはないです。
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上記のメールは家内に教えてもらってウエーブ上で見つけたのだが、パキスタン人が友人に送ったメールである。

僕自身全く考えていなかった事項であり、放射能の問題の大きさに改めて心が痛んだ記事だ。どういう経由で被災地の車が流失しているのかは分からないが、ますますガイガーカウンターの必要性は重要になってきた感がする。

何度も繰り返すが、雨の日は、岩手の南部でも0.4マイクロシーベルトを超える。外に駐車されている車はもちろん汚染されるわけだが、車の除染までは考えなかった。迂闊だった。小さな子どもを乗せている方は、土足禁止にするとか、こまめに室内の放射線を計る等の防衛が必要なのではないだろうか。

被災地から所有者が居なくなった車を処分することは、普通に考えられる。売却する方は何も作為があるわけではないだろうが、高濃度汚染地区からの車の移動に対して、ある種の法規制も必要なのかも知れない。

宮城や岩手に於いても、エアコン等のフィルターをこまめに変えることが必要かも知れない。本当に厄介なものが東北の空を汚してしまった。とにかく動くしかない。

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2011年9月27日 (火)

絶対東北は復活する!

彗星の影響で大地震が来るかもしれないと騒がれていた9月26日が、無事に過ぎてほっとしている。

しかしである。『天災は忘れた頃にやって来る』という言葉を決して忘れてはならない。放射能の問題も原発の問題も、何一つとして収束に至っていないこの国は、砂上の楼閣ならぬ、薄氷の上の火鉢のようなものだ。

とある方より「東北のお米は本当に安全なんですかね」という質問を頂いた。実は今回のセシウム米騒動には、幾つかの伏線が引かれていたような気がする。

まずその始まりはひまわりの問題だ。チェルノブイリの経緯から、ひまわりは土壌のセシウムを吸収しやすい植物で除染効果が期待されると、かなり加熱な報道をされてきたが、9月に入って、ひまわりからはセシウムが検出されず、効果なしとの報道がなされた。その後すぐに、福島のお米からもセシウムが検出されず出荷可能との発表がされた。

思い出して頂きたい。福島原発から遠く離れた静岡のお茶から高濃度のセシウムが検出された。300キロ以上離れた岩手県の北部地域の放牧地からも国の基準値を超えるセシウムが検出された。一関市に於いては、800ベクレルを超える放牧地が出て、牛も被曝した。

それなのに水稲は問題ないというのはいかがなものだろうか。予めガイガーカウンターで線量を計っておいて、低い値の田んぼだけからサンプル米を測定したなどという偽装は行われなかっただろうか。

メルトダウンを2ヶ月間も隠蔽し、多くの地域が高濃度の放射能に汚染されたことを隠した国家など、僕は全く信用していない。通常値の100倍を超える放射能値の地域の子どもたちを保護し避難させない政府は、民主主義と言う仮面をかぶった悪魔達である。

日本政府は東北を見捨てたという声を多く聞く。しかしだいじょうぶだ。古代から東北は見捨てられるどころか、中央から蝦夷と蔑まされ、何度も何度も戦いを強いられ、打ちのめされてきた。

しかし歴史を見てもわかるように、強靭な精神と努力と団結力によって、何度も復活を果たしてきた我が郷土である。この地を守ってきた先祖のプライドにかけても、僕らは負けるわけにはいかない。

絶対東北は復活する!

仕事がなければ、東北人自らが仕事を作ればいい。世界に発信できる力量は必ずあるはずだ。中央集権的大企業の下請け産業のスパイラルから、東北は脱却しなければならない。

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新一関市誕生

一関市は26日午前0時、藤沢町を編入合併し、県南から宮城県北にかけての「中東北」の拠点都市を目指し、新たな一歩を踏み出した。県内の市町村合併は、2010年1月に川井村を編入合併した宮古市以来。県内の市町村数は33となった。

 一関市の面積は約1256平方キロで、宮古市(約1260平方キロ)に次ぐ県内2番目、人口は12万7642人(2010年国勢調査)で、盛岡市に次ぐ同2番目となった。

 一関市と藤沢町は、10年4月に合併協議会を設立して協議を重ね、両市町議会の12月定例会で合併関連議案を可決した。  岩手日報

昨日新しい一関市が誕生した。これで岩手県では盛岡市に次ぐ人口になった。それにしても広い。西は秋田県と隣接する栗駒山から東は三陸の海が見下ろせる室根山まで全域が一関市である。ちなみに僕の塾はその一関市のまさに中央に位置するのだが、塾から今回合併した藤沢町の南端までは車で1時間10分はかかる。

市内の中学校は一関中学校、桜町中学校、山ノ目中学校、萩荘中学校、一関東中学校、厳美中学校、本寺中学校、中里中学校、舞川中学校、一関一高附属中学校、川崎中学校、室根中学校、東山中学校、興田中学校、猿沢中学校、花泉中学校、千厩中学校そして今回加わった藤沢中学校を入れて、18中学校になる。

この中から2校ないし3校のみが県大会に出場できる中総体は激戦地区である。ちなみに現在上記の中学校のうち、僕の塾に通っている中学生が在籍する中学校数は9校である。

塾を始めて21年になるが、上記の中学校に加え、平泉中学校、宮城の金成中学校の合計20の中学校から今まで塾生が入塾してもらっている、遠いところから通って頂くことに心から感謝申し上げたい。

僕の塾は9坪ほどの小さな小さな寺子屋塾である。広告宣伝もせず、目立つ賑やかな通りに面しているわけでもなく、イケメンの先生がいるわけでもなく(笑い)、むさ苦しいひげおやじの塾に、広域にわたり来てくれることに、毎年本当に本当に感謝あるのみである。

新一関市の誕生に、また気持ちを引き締め頑張って行きたいかねごんである。

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2011年9月26日 (月)

岩手の力

僕が東京に住んでいた頃、学生時代の話だが新幹線はまだなく、上野駅から夜行で一関に向かうことが多かったが、岩手は本当に遠かった。

啄木の詩ではないが、訛なつかし停車場が上野駅にはあった。東京人と言っても生粋の江戸っ子は少ない。2代3代遡ればそのほとんどが東北や甲信越の出身である。

多くの都会人の心のなかには、東北人のDNAがそして風が流れ込んでいる。

僕は生粋の岩手人だ。18代にわたって僕の家は百姓をやってきた。塾教師という田舎では変わった商売を20年以上営んできたが、僕の本質はやはり百姓である。

人間が生きていく上で一番大切なものは、食と教育だと思っている。この2つはどんなことがあっても揺らいではいけない。

放射能が来ようと、文科省が腐れ切っても、僕らは食と教育を守る義務がある。使命と言ってもいいかも知れない。

権力とお金にたなびく愚人であってはならない。寄らば大樹の影であっては、いつまでも日陰で終わってしまう。この時代に生まれてきた理由は間違いなく僕らにはある。

人の想いが現実化する速度が早まってきた。きっと心ある人はそのことを実感していると思う。僕はこれからの時代は、想念の淘汰が始まっていくと考えている。つまりは利己的な思想は自己の滅亡に繋がっていくような気がする。今まで誤魔化せてきたものが、もはや誤魔化せない時代に突入したような気がするのだ。

人間の存在価値が問われている。高度化した文明の中で、一日にわずか一杯の清水さえ満足に飲めない人達が数億人いる地球。ブレーキの効かないエネルギーを平気で作り続ける企業。

これはまさに教育のなさからやって来るカタストロフィー以外の何ものでもない。

岩手は被災した、多くの方々が津波で亡くなった。港町が消えた。内陸では仕事がない。しかし、子どもたちの精神力は輝きを増している。涙が出てくらい彼らは強い。

そこには軟弱さのかけらもない。岩手は子ども達が復興するだろう。そして日本を立て直していくに違いない。岩手の力が、いまもがき苦しんでいる。サナギから成虫になり羽ばたくために。

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僕らが忘れてきてしまったもの

原発建設の是非を争点にした山口県上関町の町長選挙が25日に行われ、推進の立場の現職が反対派の新人を破り、3回目の当選を果たしました。

 上関町長選挙は開票の結果、現職の柏原重海さん(62)が1868票を獲得し、3回目の当選を果たしました。

 「(原発問題で)どのような方向がこれから展開されようとも、忘れてならないのは同じ町民ということ。しっかり絆を持っていけば、必ず上関町は未来ある町になる」(当選した柏原重海氏)

 柏原さんは推進の立場ですが、原発財源が望めない場合のまちづくりも考える必要があると訴えました。投票率は、過去最低だった前回を下回る87.55%でした。(26日00:10)

TBSニュース

今回の上関町の選挙結果が、日本という国が抱える闇を見た気がする。やはり福島の原発事故は西日本の人達にとっては対岸の火事でしかないのだろうか。

お金と経済が優先される現代社会の象徴が、僕は原発だと思っている。危険であることを皆が知っていても、馬の鼻先の人参同様、お金を見せつけられると、NOという決断ができない。

いくら貯金があっても日々の仕事があっても、人間は貪欲にお金を求める。欲望には限りがない。立派な家に住み、いい車に乗り、子どもをいい大学に入れたい。すべてお金が要ることだ。

僕が小さかった頃は、茅葺きの家には、ストーブなどなく囲炉裏の火と布団に入れる湯たんぽが唯一の暖だった。もちろんテレビもないし、冷蔵庫もない、自動車もない。田んぼの耕作は牛馬に頼っていた。

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そんな昔を振り返って、あの頃がいい時代だったと言うつもりはないが、僕ら日本人は何か大切なものを、あの農村の原風景に忘れてきてしまったような気がする。

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2011年9月25日 (日)

ストーブがデビュー

今日から我が家ではストーブが点火された。本当に寒くなった。

秋の空にようやくとんぼが舞い始めた。日の入りは5時20分。だいぶ日も短くなってきた。つい先週まで扇風機が回っていたのに、今度はストーブが活躍している。季節の移り変わりが今年は異質である。

今日はちょっとしたハプニングがあった。卓球の指導に出かける前に庭の草を草刈機で刈っていたのだが、刃が石にあたり小さな破片が飛んだ。僕の顔に向かって飛んできた小さな破片が目尻に刺さった。眼球は大丈夫だったが、少し目尻が切れた。2.3ミリずれていたらと思うとひやひやものである。

いつもならメガネをかけてやる作業なのだが、今日はうっかりして付けていなかった。大事に至らなかったことに感謝である。

ということで、ちょっと目尻が腫れた顔で今日は仕事をしていたわけだが、PCの画面を見るのがちょっと辛い状況なので、今夜はこの辺で就寝したい。

気温の変化のため、風邪をひいている方も多いようだ。お気をつけ頂きたい。

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雨の日の外出は子どもたちにさせるべきではない

東京都文京区本郷の東京大学。安田講堂前の芝生上1メートルでは0.127マイクロシーベルト毎時だが、講堂片隅の吹きだまりにシンチレーション線量計を置くと、数値は見る間に上昇して1.113に達して安定した。隣の苔むした場所では1.382まで上がった。

早川由紀夫の火山ブログより

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福島第一原発からの放射能が、200キロ近く離れた一関市の放牧地を汚染したのは偶然や例外ではなく、間違いなく広範囲に及んでいるはずだ。

問題はそれを公表しているのか隠蔽しているかの違いではないだろうか。大学の専門家達はメルトダウン時の水素爆発以降5月、6月の雨の放射線量は大丈夫だと言い続けていたが、半年経った今でも一関の雨の日は、線量を図ると確実に地面は2倍から3倍の数値に跳ね上がる。

まさか一関市にだけ放射能の雨が降り注いでいる分けではないだろう。茨城にも千葉にもそして東京にも放射能の雨は微量であっても降り続けているに違いない。その証拠には東大の安田講堂の片隅のような高濃度の値はどこでも検出されている。

間違いなく福島原発の放射能は拡散し続けており、雨とともに広範囲に降り注いでいる。

何度も警告してきたが、子どもたちの雨の日の外出は避けるべきである。雨の日の登校は自動車での送迎をお願いしたい。何も注意を換気しない文科省の態度は、内部崩壊していると言っても過言ではないだろう。

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2011年9月24日 (土)

秋を通り越して冬がやって来そうだ

昨日一関の水稲の出荷許可が下りた。明日から一気に稲刈りが始まる。

セシウムが検出されなかったことを受け、農協のプラントが動き始めた。嬉しい半面、正直不安もある。安全はどこまで疑ってもきりがないだろうが、とりあえずお米が出荷できることにはほっとしている。

これからは秋祭の季節だ。神社の総代をやっている僕も忙しくなる。

今年は中総体新人戦の県大会が早くやって来る。明日はあさ6時から中山間地の草刈があり、その後は卓球の指導だ。そして夕方からは英語プロ養成講座の最終日。4時間の講義が待っている。

忙しいうちが花だろうか。来週月曜日は、高校での全体成績会議。塾は中間テスト直前対策が続く。

3・11の津波の被災を乗り越え、三陸の漁港に水揚げされたサンマがスーパーに並び始めた。そして東北のお米が出まわる。風評との戦いもさることながら、放射能の問題も深刻だ。秋の実りの季節ではあるが、厳しい現実と向き合う農家や酪農家も多い。

速やかな東電の損害保証は言うまでもないが、国や自治体による物資両面の支援も急務である。震災で仕事を奪われた方々の失業保険が10月で切れる。しっかりした支援体制をとってもらいたい。

受験指導もこれから大詰めだ。天王山が近づいている。文化祭が終わると、岩手の冬はいっきにやって来る。

今年の冬は厳しい冬になりそうだが、気持ちだけはホットに爆進したいものだ。それにしても夜が寒くなった。こたつが欲しいな・・・。

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2011年9月23日 (金)

普通の日常が続くことを願わずにはいられない

東日本大震災が起きた3月11日。エレニン彗星と太陽、地球が一直線に並んだ。10年2月27日のチリ地震のときも同じだった。ネット上で、まことしやかに流れる情報だ。そして9月26日に再び3つの星が直線上に並ぶという。世界のどこかで大地震が起きるのか―

オカルトに過ぎないと一笑に付すこともできるが、NASAのサイトにはエレニン彗星と太陽系惑星の軌道シミュレーションが掲載されている。確かにチリ地震、東日本大震災、さらに9月26日前後に一直線になっていた。京大の防災研究所地震予知研究センターの遠田晋次准教授は言う。

「潮汐(ちょうせき)(潮の満ち引き)と地震の関連性を指摘する報告は確かにあります。ただ彗星となるとどうでしょうか。難しい問題です」
エレニン彗星は、昨年12月にロシア人が発見している。太陽系への接近は1万年に一度、数十万年に一度など諸説ある。大きさは直径2~3キロで、周辺のガスは数万キロといわれるが、詳しいことはいまだ不明。謎の彗星なのだ。

NASAのシミュレーションによると、謎の彗星が地球に最も近づくのは10月17日。地球と太陽の距離を1とした場合、0.232まで接近する。太陽と比べ、ほぼ4分の1の距離だ。地上から彗星を見ることも可能だろう。

「不気味な彗星には違いありません。でも実態がハッキリしない。NASAの発表が8月上旬というのも気になります。同じタイミングで、米国は米連邦債務上限の引き上げ法案を議決しなければなりません。もし不可能となれば米国債はデフォルトです。NASAを巻き込む形でエレニン彗星騒動が起これば、連邦債務上限どころではなくなります。そのドサクサで議決に持っていく腹かもしれません」(経済評論家の黒岩泰氏)

コトの真偽はともかく、エレニン彗星と太陽、地球が一直線に並ぶ9月26日前後と、エレニン彗星が地球に最接近する10月17日前後は注意したほうがよさそうだ。

ダイケンネット

Twitterや様々なブログ等で、9月26日が危ないという情報が流れている。エレニン彗星が太陽と地球の延長線上に直列することで、地球の地殻に多大な影響を及ぼすのではないうかという危惧だ。

確かにNASAのデーターなどを見ると、過去においてエレニン彗星が天体直列した日に大規模な地震が起こっている。そして今度の26日の直列が最も地球の近くで起こる直列である。

デマや危惧で終わればそれに越したことはないのだが、単なる偶然だと一笑するにはあまりにも出来過ぎた偶然である。

とりあえず我が家では常に1週間分の食料と水、そしてガソリン等はキープしている。先月記事でも書いたが、なけなしのお金をはたいて発電機も購入した。なにもなければそれはそれでいいのだけれど、大震災を経験すると常に最悪のケースを考えてしまう。

今こうやってブログを書いている間にも2度グラグラと揺れた。普通の日常が続くことを願わずにはいられない。

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今日は久しぶりの休日

流れ星さんからのコメントに触発されて、アート・ブレイキーのモーニンを久しぶりに聴きました。今日は久しぶりの休日だったので、家内と宮城県登米市の長沼の温泉に行ってきました。蓮が一面に覆われた長沼は、蓮の花が咲く頃は素晴らしい絶景です。

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このアルバムはアート・ブレイキーの作品の中でも、一番パワフルで、ジャズメンの躍動感がひしめき合っているアルバムです。ブルーノート4000番台はモダンジャズの黄金期ですね。

僕らが生まれた前後のモダンジャズは、半世紀の時が経ってもその音楽感性は新鮮そのものです。何度聞いても新たな発見があり、刺激がありますね。

自分が貼っておいて言うのも何ですが、アートブレイキーの逞しい顔と長沼の蓮の花は合わないですね

中学校の中間テストが今月末にやってきます。身体も休ませたし、さあ頑張るか。

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2011年9月22日 (木)

孤独な音楽との対話

学生時代に通ったジャズ喫茶があった。ジャズがメインだが、時にロックや渋いブルースが店内に流れることがあって、僕はお世辞にもうまいとは言えないブラックコーヒーを飲みながら、その時々の感情と談合しては、耳に押し寄せてくるメロデイーを心に刻みこむ日々だった。

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大学に入ってブルーノートのレーベルを知ったのもこの店だったし、初めてジャクソン・ブラウンのプリテンダーを聴いたのもこの店だった。

大学を終えて岩手に戻ってからは足を運ぶ機会がめっきり減ったが、それでも上京した時は必ず立ち寄る場所である。

昨年の春に15年ぶりに店に立ち寄ったが、学生の頃と全く変わらない佇まいに、僕はいい知れぬ感動と目眩を感じた。

バイトがオフの日は、必ずこの店でジャズを聴いた。30年という月日を振り返って、自分の中で変わったものはそれほどないような気がする。長男は当時の僕の年齢に達した。僕は間違いなく年を取り、肉体が衰えたけれども、本質はなにも変わってはいない。

レコードからCDに変わった音源は、軽いシャカシャカ音を店内に響かせてはいたが、30年前と変わらないUCCの粉コーヒーは相変わらずにがいテーストで、僕の舌をヒリヒリさせてくれた。

店主の好みだろうと思うが、当時はアート・ペッパーやビル・エバンスのレコードが多く流れていた気がする。

19歳の頃から22歳まで通い続けたジャズ喫茶は、まさに僕の青春であり、孤独な音楽との対話としての、修行の場所でもあった。仕事で忙しい長男も、週末にはヒップホップが流れるミュジックバーに通いつめているようだが、やつもまた僕と同じように孤独な音楽との対話をしているのかも知れない。

今年は3・11以降ずっとヘビーな話を書いてきた。いや書かざるを得なかった。僕のブログにお付き合いいただいている方々の中には、ひょっとするともううんざりしている方も多いのではないだろうか。陳謝したい。

お詫びと言ってはなんだが、今夜はこんな曲は如何だろうか。ビル・エバンスでSOME OTHER TIME。

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《塾からのお知らせ》

9月23日金曜日はお休みです。

高校生が作ったブルーベリージャム

東日本大震災で被害を受けた東北地方を支援しようと、岡山のデパートで高校生が東北物産展を開いた。岡山市中区の山陽女子高校のクラスが被災地の高校にアンケートを取っておすすめの特産品を調べた。実行委員の女子高校生は「もっと力になりたい」と話す。
被災地の高校への特産品アンケートで、岩手県一関市の一関修紅高校の「高校生が作ったブルーベリージャム」が目にとまった。デパート側の「商品を500個用意したい」との要請を受け、高校側を訪問した生徒が震災の爪あとに絶句する。交渉の結果、200個の製作を取り付けた。
本番準備。現地訪問のレポートも盛り込んだ。今月14日の物産展初日の準備光景。一関修紅高校のブルーベリージャムも店頭に並んだ。物産展初日、仙台から避難したという客が感動したとコメント。

TVでた蔵(TV DATA ZOO)より

一関修紅高校は僕が大変お世話になっている高校だ。僕の塾から徒歩で5分の場所にある。僕が英語の講師として行っている学校だ。

自宅でNHKのニュースを見ていたところ、岡山の山陽女子高校の東北支援の話題が出てきたのだが、映像にいつも僕が行っている修紅高校が出て来てビックリ。それも今回の震災で崩壊した鉄筋コンクリート5階建ての旧女子寮の映像が表れ、絶句している山陽女子高生の顔がアップになっていた。

実は3.11の直後自転車で修紅高校の様子を見に行ったときも、僕も同じような表情をしていたかもしれない。僕が小さい頃から立っていた建物なので、老朽化はしていたのだろうけれど、衝撃的な風景だった。その建物も先週までに取り壊され更地になった。

NHKで紹介されたジャムはこれだ。

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一関修紅高校の生徒達が丹精こめて作ったブルーベリージャムである。一関修紅では10月1日から2日にかけて文化祭が行われる。どうぞおいでください。

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2011年9月21日 (水)

世界核戦争基準

一関の放射能数値は雨の日は2倍から3倍以上です。きっと東北の値はみなそうなっているはずです。

雨の日は自転車や徒歩での通学や通園を控えましょう。市が発表している放射能値は晴れた日の値です。雨が放射能を空から降らせています。塾通いに於いても、自家用車での送迎をお願いします

ガイガーカウンターが警報モードになる雨の日の外での活動を、小さな子どもたちにさせてはいけません。

東京電力福島第1原発から流出した放射性物質(放射能)による健康被害への不安が広がるなか、放射線による発がんリスクが出始めるとされる年間100ミリシーベルトを浴びた場合、そのリスクは、受動喫煙や野菜不足とほぼ同程度であることが30日、国立がん研究センター(東京)の調べで分かった。同センターは「日常生活にもさまざまな発がんリスクが存在する。むやみに不安がるのではなく、放射線のリスクを正しく理解してほしい」と呼びかけている。(原子力取材班)産経ニュース

上記のような政府寄りの記事が新聞社から出まわっていますが、とんでもない話です。放射能汚染された野菜を食べる危険性と野菜不足の危険性を同等に扱うなど、言語道断です。

報道管制を敷かれているマスコミは、福島の話題をしなくなったばかりか、放射能の危険性を言わなくなりました。だいたいにしてセシウムの食料汚染の世界基準を皆さんは知っていますか。あの値は世界核戦争になってやむおえず食べなければならない食料の汚染基準なのです。それを日本政府は基準にしています。考えられません。

福島産のお米が安全ですといくことで出荷され始めました。きっと我が家の田んぼの米も含め、岩手産のお米も基準値以下ということで出荷されるでしょう。畜産と同じで、国家補償をしたくないというのが国の本音だと思います。

僕の塾の生徒が血液の病気で長期入院をせざるを得なくなりました。過去に於いても検査で一度病気を疑われたことがあると言われたようですが、今回の放射能汚染が関係ないと言い切れるでしょうか。頑張り屋で成績も抜群な生徒です。夏あたりから体調が思わしくなく、検査を受けた結果の入院ですが、心配です。一日も早い回復を祈る每日です。

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最大の敵は『早期教育』である

人間教育塾の最大の敵は、大手塾が推奨する「早期教育」である。

ただし、早生(わせ)の子が飛び級をして、中学生なのに大学卒の資格を取ることを「早期教育」とは言わない。「早期教育」とは、その子の発達段階を無視して教育することである。人生はマラソンなのに、いきなり全速力で走り続けることを求めるが「早期教育」だ。

早期教育された人間は、「最大公約数的模範解答」の「記憶マシン」と化し、ひとの心が育たない。

ドイツ発祥のシュタイナー教育では歯が生えないうちは字を書かせない。小学校に入れない。

音楽でもそうだ、いろんな音感を楽しむ前に譜面を覚えさせるのはナンセンスだ。悲しい音、歓喜の音、不安な音、五感が捉えた音が、やがて子どもたちの人生を彩る音となり、音楽が生まれていく。

かく言う僕も全く譜面が読めないし書けない。小学校の時はトライアングルやカスタネットばかりを担当させられた(笑い)。でも学生の頃から書きしたためた曲は100を超えた。きっと譜面の知識があったなら、曲が書けなかったかも知れない。残念ながらその曲の半分は忘却してしまったが・・・(爆笑)。

多くの子どもたちが情緒不安定だ。それは記憶力一辺倒のテスト主義教育に原因がある。人間が人生で最も必要とされることが記憶力だとしたら、人間の文明をコンピューターに任せてしまえばいい。人間はいらない。

人間にとって大切なものは創造力だ。絵画や音楽や身体の鍛錬を幼児期に鍛錬することが大切なことなのに、それを記憶という学習と結びつけてしまうことに現代教育の疾走がある。

ジャズ喫茶で曲が流れた瞬間に、この曲は何と言う曲で、サックスは誰で、何年の録音でなんてしゃべりはじめる輩がいるが、まったく迷惑甚だしい。そんなやつに限っていい大学を出ていたりするわけだが、一番付き合いたくない人間である。

静謐な芸術や、音楽や文学がもし早期教育で生まれるものなら、僕は今すぐ塾をやめる。生きることは芸術そのものだ。それはその人間の情緒や感性の発達とともに、生まれる愛と言ってもいいだろう。

幼稚園児に九九を教える前に、幼児期に吸収しなければならない多くの風がある。

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2011年9月20日 (火)

砂曼荼羅の美意識

チベット仏教の法会の時に、美しい5色の砂で作られる砂曼荼羅がある。

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美的で神秘的な仏教芸術であるとともに、その砂上の芸術は、宇宙のエネルギーをも包含する刹那的アートである。

1週間近くも制作に要する時があるが、出来上がれば一瞬にして崩され、5色の砂は灰色の砂と化し、川へ流される。

僕らもそうじゃないだろうか。一生懸命勉強して学んで、大人になり、人生を輝かせ、そして灰となっていく。

この砂曼荼羅を見ていると、僕らの命の意味や、人生の意味を考えてしまう。この芸術が無駄であると思う人は、金銭的な価値や、労働の価値のようなものを考えてしまうと思うのだが、曼荼羅を作ることに意味があるのであって、残すことに一切の価値はない。

無のための美意識。なんと素敵な芸術だろう。

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天国からの手紙

さりげなく過ぎて行く日常にふく風は、いつも気まぐれだ。誰もが明日を信じ、頑張って行こうと思っている。しかしその思いはなぜか脆い。

人の成功や幸せは、時に疎ましくて、自分が惨めに見えてくる。でも誰もが闇を抱えている。足して割り算をすれば、そんなに人生に違いなんかない。みんなもがき苦しみながら、ささやかな幸せを紡いでいるものだ。

勉強ができなくたって、仕事がうまくいかなくたって、違う喜びはかならずある。同じように成績がよくっても、お金があっても、苦しみはあるものだ。それが人生だ。

今年という人生の季節が、多くの人達にとって試練であることは事実だ。しかし、ここから学ばなければ、僕らに今後はないような気がする。

夜の明けない朝はない。止まない雨はない。

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2011年9月19日 (月)

人間には運命も宿命もない

50歳を過ぎてから、故人の夢を見ることが多くなった。

職場の同僚だった友人や、中学校の同級生や、恩師が夢に出てくるのだが、生前と全く変わらない笑顔だったり、戸惑いの表情だったり、夢のなかで懐かしさと悲しみが同居し錯綜する。

50にして天命を知るではないが、50代に入ってからというもの、死というものに対する恐怖心が薄れたような気がする。それは突然やって来る別れが、決して自分本位の悲しみではなく、自然のサイクルの中の流転であり、エンドレスな愛の継続であることを、僕の中の何かが気づいたのかも知れない。

ここ数年間で、何人かの友人が亡くなった。遺された家族の悲しみは深く辛かっただろうけれど、彼らの残していった愛は決して終わることはない。

輪廻転生を信じようが信じまいが、命の中で培った愛のエネルギーは間違いなく宇宙の彼方まで放射され、その愛に終わりはない。僕はそう信じている。いや確信している。

人間には運命も宿命もない。人間の人生を決めるものはその人の想いであり、自他に対する愛だ。そしてその愛が全てを決める。

迷ったならば、自分が愛そのものならどうするだろうかと考えてみるといい。それが神心じゃないだろうか。

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チェルノブイリ・ハート

このユーチューブは日本政府の検閲にあいすぐに削除されるかも知れませんが、心ある方はこの事態を認識し、多くの方々と共有して頂ければ幸いです。

チェルノブイリ事故から25年がたち、チェルノブイリでは想像を絶する事態が生じています。チェルノブイリと匹敵する福島原発の事故が、どれほど予断を許さないものかをどうか認識してください。お願い致します。

チェルノブイリ原発では25年経った今でも、通常の1万倍の放射能が出続けています。

これでも日本は原子力発電所を作り続け、稼働し続けるのでしょうか。麻薬患者が麻薬をやめられない情況と同じです。このままだと世界から隔離されてしまいます。

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9月の雨

9月の残暑もようやくやわらぎ、今日は涼しい雨が降っている。二日間中総体のコーチ・アドバイザーとして忙しい時を過ごした。また本業の塾教師に戻る。

サラ・ボーンの『9月の雨』を今日は聞いている。

遠い過去の風景がアコースティックなサウンドと共に、僕の心の中を駆け抜けていく。

風景と言えば、昨日からぼちぼち僕の地域でも稲刈りが始まった。セシウム等の放射能値の調査結果の遅れにしびれを切らし、収穫を始めた農家がある。

雨の日の朝、遅めのコーヒーを飲みながらジャズを聞いている僕は一見いつもと変わらない日常だけれども、深刻な事態は一向に改善されていない。

自宅の北側に神社を祭る裏庭の杉林があるのだが、雨水が流れる側溝の放射能値は0.9マイクロシーベルトを超えていた。ごく一部の面積ではあるが、確実に雨は福島第一原子力発電所の放射能を運んできている。近々除染をしなければと思っている。

僕の住んでいる岩手県一関市は福島原発から200キロ離れている。南風によって運ばれてきた放射能は福島県のいわき市とそれほど変わらない。

この200キロという値を南に持って行くと千葉を過ぎ東京北部に至る。今は太平洋からの南東の風が強いので、東京まで福島原発の風はやってこないが、問題は冬の季節である。北風がシベリヤからやって来る。

出続けている放射能との戦いが厳しいことは重々承知をしている。福島原発で作業にあたっている方々の必死の苦労も知っている。しかしこの福島の放射能は何としても止めなければならない。

今の日本で一番優先されなければならない緊急事態である。スポーツや教育の振興も大切である。沿岸部の復興ももちろんである。しかしそれよりも大事なことは、放射能から子どもを守ることである。それなのに飲食による内部被曝を防ぐ対応が全くなされていない地方自治体の現状に、僕は怒りを超えて情けなさを感じている。

9月の雨のなか、僕のブルーモーションは止まらない。

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2011年9月17日 (土)

おうちで出来る放射能除去の方法

おうちで出来る放射能除去の方法

セシウム137除去料理法を幾つかお知らせします。

じゃがいも・・・皮をむく 36%減

にんじん ・・・皮をむいて、塩でゆでる 40%減

きのこ  ・・・冷水からの加熱沸騰 97,5%減

        乾燥きのこの水戻し 80~91%減    

きゅうり ・・・酢漬けにする 84,7%減

肉 ・・酢1:水2の酢水に2日間漬ける 90%減

淡水魚 ・・・塩水で煮る 56%減

セシウムは水溶性なので、塩でゆでして排出するといいようです。

チェルノブイリの時一番多くセシウムが出たのはお肉だといことです。

やはり日本古来の食事、玄米菜食で皮をむけばいいのかなと思いました。

僕の家内が書いているブログ『風と虹』から抜粋しました。地元産の食べ物が危険だと言われても全く食べないわけにはいきません。成人した方々には、上のような対策でもかなりの内部被曝は防げるのではないでしょうか。

問題は小さなお子さんです。放射能汚染の全くない地域からの食材の購入をお勧めします。インターネットの通販で比較的手頃な値段で買うことができます。東北の魚と肉はやはりひかえた方がいいでしょうね。

EM・Xゴールドという清涼飲用水がセシウムを体外に排泄する働きがあるそうです。EM菌が内部被曝を防ぐ働きがあることが立証されています。その他様々な効能を家内が収集しているようなので、知りたい方は『風と虹』からのメールにてお問い合わせください。

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明日も頑張るべ~

今日は一日中体育館で過ごした。中総体新人戦一関地区の大会だった。

我が花泉中卓球部男子は6年ぶりの決勝進出だったが、準優勝に終わった。3年生が抜けた後の、総入れ替えのチームであったが、予選から決勝まで9戦全勝無敗の快進撃だった。生徒たちを讃えたい。

応援して頂いた育成会保護者の皆様、本当にご苦労様でした。そして何よりも団体戦10試合を戦った選手たち、お疲れ様でした。

そしてそして、10試合をベンチコーチした自分にもご苦労様でした(‥笑い)。

明日は個人戦です。頑張るべ~。

息子も卓球の遠征で明日から青森に出かけるようだが、あさ5時半出発とのこと。ブログを切り上げて寝ようっと。

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名刺が最初の勝負どころである

仕事柄いろんな方から名刺を頂く。もちろん僕もいろんな方に名刺をお渡しする。

たかが名刺だけれども侮れない。僕は塾のパンフレットや広告には無頓着だけれど、近年名刺には気を使っている。

はっきり言うと、名刺を適当に作っていた頃は、塾の業績がイマイチだったし、なんかパットしなかった。

安ければいいというものではないようだ。インターネットで、スピーディーに格安で作れるようになったが、あのペラペラ感はいただけない。

紙質と印刷の良さは、しっかりしたものでなくてはいけない。ペラペラの名刺は、会社もペラペラに感じるものだ。

某所のライブで知り合った、印刷会社に勤める音楽家の方が作成してくれた名刺を2年前から使っているが、これがすこぶる調子が良い。教室にお話を聞きに来てくださる方の入塾率が格段と上がった。

1000円をケチって、大切なお客さんを逃してしまっている方が多くいるのではないだろうか。自分の名前や会社名を軽んじてはいけない。初対面の方に対しては、名刺が最初の勝負どころである。ましてや「名刺を持ちあわせていないもので」などと言うのは論外である。

気に入らない相手なので名刺を渡したくない(笑い)というのなら、それはそれで個人の自由だろうが、人との出逢いは千載一遇のチャンスである。

名刺を頂いた時に感じるペラペラ感だけはいただけない。和紙とまでは言わないが、端がすぐによれよれになる名刺は、その人間の性格までを示しているような気がして残念な気分になる。

立派な車に乗る余裕があるならば、名刺もしっかりしたものが欲しい。

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2011年9月15日 (木)

秋の平泉

平泉が世界遺産に登録されて、3ヶ月あまりが過ぎた。この夏多くの観光客で賑わった平泉だが、これから迎える秋の平泉もまた格別である。

藤原清衡にとって、平泉中尊寺建立の目的は、戦乱で亡くなって行った人々の御霊を浄土に導くことであり、弔いであったはずだ。

幼くして父を失い、後になって妻も子どもも戦乱で失った清衡にとって、平泉の地で夢見た浄土世界はあまりにも絢爛であったが、それゆえに言い知れぬ悲しみが風景に溶けこんでくる。

来月、ブログで縁を持つことが出来た、神奈川や岐阜の先生方が一関を訪れる。賑やかな観光スポットもいいかも知れないが、僕が祈りの場所として大切にしている神社仏閣を紹介したいと思っている。

友人の学び舎の小林先生のガイドがあれば鬼に金棒である。僕の生半可な歴史観などまったく用をなさないのだけれど、なんとか秋の陸奥(みちのく)を先生方に堪能して頂ければと思っている。

『万葉集』に「みちのく山に黄金花(くがねばな)咲く」と詠まれた我が故郷だが、多く方々が今幾多の困難と戦っている。今こそ清衡が願った陸奥の力を、蘇らせたい。

《塾からのお知らせです》

9月17日土曜日は、中総体新人戦のため塾をお休みします。振替を行いますので、都合の良い日に塾に来て下さい。

9月23日金曜日は完全休です。振替はありません。

10月は8日(土曜)~10(月曜)まで休塾します。

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某公立高校に通う生徒の訴え

その先生は某県立高校の理科の教師。仮にP先生と呼ぼう。

毎時間30分遅れて授業にやって来るのだという。そして授業をやらず二学期はずっとよもやま話。教科書が進むどころか、黒板へ向かうこともなく、定期テスト範囲は、聞いたこともやったこともないプリン卜が配布され、解答の解説もなし。

そのP先生の授業ノートを見せてもらったが、ほぼ白紙である。

「こんなんで良いんでしょうか」と生徒の訴えである。いいはずがない。はっきり言って給料ドロボーである。

話を聞くと、周りの先生もそのP先生の情況は把握しているようで、P先生に代わって他の先生がテスト範囲の補習などをやっているようだ。ひどい話である。

きっと私立高校なら即首だろうと思うのだが、公立高校の教師はずいぶんと身分が保証されているようだ。

この手の教師の話はずいぶんと耳にしてきたが、進学校でない高校から進学しようと頑張っている生徒のヤル気を奪うだけでなく、人間の尊厳を侮辱するような教師は残念ながら後を絶たない。教職を何だと思っているのだろうか。

しかし、しかしである。人生はそんなに甘くはない。お天道様は見ているのである。

必ず努力には結果が返ってくるし、手抜き人生には、手抜き人生なりの結果が待っている。

嫌味ではなく、P先生の人生に、波乱万丈の晩年が来ないことを祈りたい。

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2011年9月14日 (水)

生きるスタンスが変わった

昨年の秋にブログにアップした夕焼け空だ。

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今年は綺麗な夕焼けをなかなか見ることができない。僕自身が空を眺める余裕がなかったのか、それとも空が悲しんでいるのか、岩手の空は精彩を欠いている。

080602_101719

僕の塾の周りも5時半を過ぎるとだいぶ暗くなる。秋の夕暮れは早く訪れる。ここ2,3日夏の暑さがぶり返し、鈴虫と蝉が合唱をやっている。

そんな天候のせいだろうか、昨日から頭痛がする僕は、今日の午前中は、高校の授業がなかったものだから布団に休んでいた。自宅では風と虹の幼児たちの元気な声が聞こえてくる。今日はあんちゃんの誕生会だ。

080409_154606

家内はシュタイナーの幼児教室をやっているので、放射能やセシウムに対しては本当に奔走している。放射線やセシウムを解毒するありとあらゆる情報を収集し、しっかりしたデーターを示すものに関しては、保護者の皆様に紹介している。

このPCのお気に入りには、膨大な放射能関連の記事やウエーブが登録されている。3.11以降の我が家は、完全に生きるスタンスが変わった。子どもたちをいかに放射能の影響から守るか。それができなければ、教室は閉鎖せざるを得ないだろうと思う。

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人類の終焉が囁かれている

每日夜遅く帰ってきてブログを打ち込む生活。疲れがないと言えば嘘になる。しかし書かずにはいられない何かが僕をそうさせる。

実は夏期講習が始まる前、しばらくブログを休むことを決意して、その趣旨を下書きした。いつもブログをほどほどにしてよと言う女房が、「え!本当に休むの」と驚いた様子。

岩手の田舎塾屋ごときがブログで吠えたところで、放射能をはじめとする種々の問題に光明をもたらすわけでもなく、僕の心の中で虚無感が蔓延していた。

国が安全と言えば、それに回れ右して動こうとしない教育委員会や自治体に嫌気がさしていた。

そんなおり、県内の方より1通のメールを頂いた。僕のブログを読んで放射能が心配になり、市の教育委員会に、校庭の放射能値測定とプールの使用に対して意見書をPTAで申し出たという文面だった。また茨城の方より、想いは同じですというコメントを頂いた。

休む予定だったブログも、ヨタヨタ状態だったけれど、なんとか続行の運びとなった。皆様の応援でなんとか書き続けてこれた次第です。感謝申し上げます。

昨日はフランスの核施設で爆発があり、尊い命が奪われた。誰が亡くなったということよりも、放射能漏れの心配がないという報道が最優先されたあたりが、フランスのメディアも日本同様、原子力の傘下にうごめく、カバン持ちである。

現代文明の終焉がまことしやかに囁かれている。天変地異で人類が終焉を迎えるならば、諦めもつくだろうが、原子力ごときを止められず、終焉を迎えたとあっては、これまで文明を築きあげてきた先人達に、合わす顔がないだろうと思う。

たとえ世界の産業が、日々の暮らしが、半世紀前に退行しようとも原子力は要らない。

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2011年9月13日 (火)

疑心暗鬼で終わって欲しい

中秋の名月も過ぎ、9月の半ばになろうとしているのに、僕の家の周りの田んぼは稲刈りがされていない。自宅そばのくり園には、この時期になると開園の幟旗がたなびくのだが、閑散としている。

081120_080938

この写真が、問題の3月20日に僕の自宅の周辺に放射能を運んできた雪だ。 写真の田んぼを先ほど測ったら0.34マイクロシーベルトだった。自宅の庭の2倍の値である。

自宅のケヤキの木は8月末から枯れ始めた。不気味なのは黒いカマキリやイナゴが増えていることだ。半世紀以上この山里に住んできたが、異様な光景が今年は日常化している。

今頃は秋の空を無数に飛び交うとんぼの群れを見るのだが、その姿も今年はない。塾生も言っていたが、ウシガエルが今年はまったく鳴かなかった。どこへ行ってしまったのだろう。

虫たちやカエルがいなくなった場所に僕らは住んでいていいのだろうか。東北全体が、いや関東以北のほとんどの地域が、0.2マイクロシーベルトを超えている。3.11前は0.05以下だった場所がである。

通常の4倍を超える放射能の影響など、本当は誰も知らない。安全ですという誇大妄想を聞き飽きた僕らは、何も為す術がないのだろうか。

水面下では本当は恐ろしいことが起きているのではないかという疑心暗鬼が、疑心暗鬼であって欲しいと、神に祈る気持ちである。

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新生児の先天性障害

いつも僕のブログを読んでくださっている金沢父ちゃんの会様より下記のようなコメントを頂いた。

なぜ低放射能の値でも危険であるのかは、チェルノブイリ事故のデーターが全てを物語っている。ぜひ皆さんにもご覧いただき、この0.3マイクロシーベル卜を超える東北の大地が、決して安全でも心配に及ばない情況ではないことを知って頂きたい。

《父ちゃんの会様からのコメント》

昨晩県庁の教育委員会の担当部署に一ノ関の学校の放射線量についてTELしました。
「何故空間線量1μsv/h以上しか除染対策を取らないのか」 あえて質問しました。

「その根拠の計算式が文部科学省から8月末に示された。」との回答、 市役所の担当者も同じ事を言います。
どんな馬鹿げた計算式なのか教えて下さいというと

http://radioactivity.mext.go.jp/ja/8849/8850/8864/1000_082614_2.pdf

私の老いた頭では即座に矛盾点を探せません。こういう時は塾教師のかねごん先生のお知恵を借りたいのですが。

ベラルーシ遺伝疾患研究所(ベラルーシ),*広島文化女子短期大学

新生児の先天性障害

ベラルーシ共和国では,新生児の先天性障害に関する国家規模でのモニタリングプログラムが1979年から行なわれている.医療施設のランクにかかわらず,すべての医療施設において周産期児(分娩前後の胎児・新生児)の先天性障害が診断・登録されている.それぞれの症例については,診断にあたった医師が登録用紙に記入し,その用紙がミンスクの遺伝センターに送られる.先天性疾患研究所のスタッフが,定期的な地域巡回か,センターにおける家族面談の際に,記載のチェックを行なっている.新生児,および胎児診断後に人工流産された胎児に観察された障害は,無脳症,重度脊椎披裂,口唇・口蓋裂,多指症,重度四肢欠損,食道閉塞,肛門閉塞,ダウン症,および複合障害に分類されて登録される.セシウム137の汚染レベル別の結果を表2に示す.セシウム137の汚染レベルが1Ci/km2以下の30地区を対照グループに選んである.

表2 ベラルーシの国家モニタリングにおける先天性障害頻度(1982~1995)

(上段:新生児1000人当り頻度,下段:観察数)

障害の分類

セシウム137汚染地域

対照地域

(30地区)

15 Ci/km2以上

(17地区)

1 Ci/km2以上

(54地区)

1982-1985

1987-1995

1982-1985

1987-1995

1982-1985

1987-1995

無脳症

0.28

11

0.44

26

0.24

48

0.64*

226

0.35

23

0.49

63

脊椎披裂

0.58

23

0.89

53

0.67

132

0.95*

335

0.64

42

0.94*

120

唇口蓋裂

0.63

25

0.94

56

0.70

137

0.92*

324

0.50

33

0.95*

121

多指症

0.10

4

1.02*

61

0.30

60

0.66*

232

0.26

17

0.52*

66

四肢欠損

0.15

6

0.49*

29

0.18

36

0.35*

123

0.20

13

0.20

26

食道閉塞

0.08

3

0.08

5

0.12

23

0.15

53

0.11

7

0.14

18

肛門閉塞

0.05

2

0.08

5

0.08

16

0.10

35

0.03

2

0.06

8

ダウン症

0.91

36

0.84

50

0.86

170

1.03

362

0.63

41

0.92*

117

複合障害

1.04

41

2.30*

137

1.41

277

2.09*

733

1.18

77

1.61*

205

合計

3.87

151

7.07*

422

4.57

899

6.90*

2423

3.90

255

5.84*

744

事故後の頻度増加(%)

83

51

50

*:1982-1985年と1987-1995年を比べると有意に増加 (p - 0.05).

 

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2011年9月12日 (月)

時間さえも風のようだ

心が疲れたら好きなことをやることだ。夢中になれることがあればそれをやってみる。

これからの時代を生きて行くために必要なことは、忍耐や根性ではなく、自分の心(魂)が希求するものを素直に認めることではないだろうか。

社会や時代が作った価値観に、無理やり自分を追い込むことはない。利己的な社会に同調し、大切な命を無駄にしてはいけない。

季節ごとに吹き抜ける風のように、僕らの風も変わっていく。流転する時間は常に未来に進んで行くが、その時間感覚はそれぞれが違う。時間さえも風のようだ。

津波や地震で跡形もなくなった町にたたずむと、僕らが執着してきたお金や財産や仕事がいかに脆いもので、いかに頼りないものかを実感する。

何を信じるのか。何を信じるべきなのか。想いが錯綜する時、未来が見えない時、最後に一番頼りになるのが自分だ。だから自分を信じなければならない。

自分を信じるということは、常に正しい判断をする自分を希求することではなく、自分の下した判断の結果に、後悔しない自分でいられるかということだろうと思う。

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2011年9月11日 (日)

日本はソドムの町になってしまう

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「誰も経験したことがないような現場。建屋上部のがれきが落ちてこないかと、怖さと疲労を常に感じていた」。収束作業に当たる東電社員(44)は4月以降、約1週間の作業を5回経験し、計23ミリシーベルト被ばくした。一般人の人工被ばくの許容限度(年間1ミリシーベルト)に換算して23年分に当たる。収束作業に当たる作業員は東電、協力企業合わせて1万2000人を超える。被ばくに加え、被ばくを防ぐための重装備と暑さが熱中症を招くなど、作業環境は過酷を極める。

 水素爆発で放出された大量の放射性物質は、被ばくを加速させた。厚生労働省は今回の事故に限り、作業員の累積被ばく限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたが、その限度も超えた6人(最大は678ミリシーベルト)を含め、100ミリシーベルト超の103人はすべて3月中に作業に当たっていた。

誰かがやらなければならない仕事である。しかしどう考えても人間の尊厳を犯している。これほど命を危険に晒す仕事があっていいのだろうか。

こんな危険なエネルギー施設を作った電力会社の責任は、あまりにも重大だ。今夜テレビでDASH村を見た。浪江町は15マイクロシーベルト。この放射能を1年間浴びると、10万人の人口がいるとすれば300人が癌で亡くなる数値だ。

それでもこの町に戻ることを願う多くの人達がいる。誰もが故郷が恋しいのだ。

何度でも僕は書き続ける。原子力発電所はいらない。震度6強の地震など、地震国日本では、いつでもどこでも起こり得る。福島やチェリノブイリの悲劇は、想定外の事故などではない。

核の廃絶を実行しなければ、日本はソドムの町になってしまう。

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大地への愛

最近軽トラックの中でネティブアメリカンの音楽を聞いている。アメリカの大地に命を吹き込んだ先住民のエネルーギーと、そして白人にその住処を奪われた悲しみが錯綜する音楽だ。人間の叡智、大地への愛を僕は感ぜずにはいられない。

僕ら東北人も、アメリカが開発しアメリカが導入した核のためにこの大地を去らなければならないのだろうか。放射能の問題に追い打ちをかけるように、被災地のアスベストの問題が深刻になっている。

僕は沿岸のボランティアにやってくる方々が、防塵マスクをつけていない姿を何人か見かけた。本当に心配である。ボランティに出かける塾生には、何度も注意を促したが、学校側は実態を深刻に受け止めてはいなかったようだ。

東北を脱出し西日本に移住する方が増えてきている。政府も自治体も動かないことに対し、自己防衛が始まっている。お米もだめ、酪農もだめ、そして経済はとっくに底をついている。来年度は地方の税収も厳しいだろう。

家内から「もう岩手を出ない」と言われる。僕は移住するお金もないし、遠くへ行ったにしても食べていくあてもない。塾教師としてこの故郷に骨を埋めるつもりだ。

この土地に生まれた理由、この時代に生まれた理由はきっと僕の魂にあると僕は確信している。悲壮感はないと言えば嘘になるが、生きるという意味を深く考えさせられる每日である。

頑張るとか、努力するとか、耐えるとか、そんなことを超越するパワーを僕は被災地の多くの方々から頂いた。負けられない。

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2011年9月10日 (土)

僕ら大人の使命である

每日このブログを更新するようになって丸4年が過ぎた。僕の個人的な日常や想いを綴る日記など、誰も読む人がいないだろうなという僕の視点があって、自由奔放に書きなぐってきた記事である。

まあ、老いて塾教師を引退した時の記念にでもなればいいかなと、そんな想いで始めたブログであった。塾日記と言っても、一応ウェブに載っかる記事なので、今現在進行している塾生のプライバシーに触れることはままならず、結局塾教師を始めた頃の思い出話や、印象に残る教え子の過去物語の記事が日々綴られる僕の日記だった。

書き続けることでアクセス数は増えてはいったが、岩手の山里から発信するブログゆえ、塾生がそんなにいる塾でもなく、せいぜい一日に50~70のアクセスがあるだけの地味なブログであった。

その地味なブログに異変が起きたのが、2年前のTV放映があってからである。『塾の先生はミュージシャン』という僕の取材番組がIBCで流れたのだが、それを契機に僕のブログがいろんなところで取り上げて頂くようになった。

よせばいいのに、調子に乗って学校教育に対する批評や、公教育の問題点にテーマをおく記事を多く書き始めたものだから、それまで時々依頼されてきた教育関係の講演や公演が全く来なくなった(苦笑い)。

そして3.11がやってきた。当初放射能に対して僕が感じる恐怖が、大げさではないかという批判をだいぶ頂いた。3月20日の雪が降った日の、舌のひりひり感、目のかゆみは尋常ではなかった。ブログでも何度も書いた。その後メルトダウンが発表され、一関市の放射能汚染の問題が全国紙でも多く取り上げられることとなった。

僕のブログが一気に加熱した。あの震災以降、僕のブログを毎月1万人以上の方に読んでもらっている。大学の先生、政治家の方や、公務員の方々や、全国の保護者の方から多くのメールを頂いた。

6月に購入したガイガーカウンターは、持ち回りで多くの人達に使ってもらっている。僕の反原発、放射能警報ブログを読んで頂いた保護者の方より、「かねごんさんの塾にうちの子どもをお願いしたい」というメールもずいぶんと頂いた。おかげでこの震災の厳しい情況の中、どうにか塾を営まさせて頂いている。心より感謝申し上げたい。

子どもを放射能から絶対守らなければならない。この時代に生まれた僕ら大人の使命である。

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2011年9月 9日 (金)

震災があっても放射能に汚染されても受験はやって来る

東北の経済が冷え切っている。就職先もない状況だ。

この10月には、3.11で失業した人達の失業保険の給付が終わる。例年にない厳しい冬がやって来る。

岩手県の肉牛の出荷が解禁になったが、その出荷された牛から頻繁に基準値を超えるセシウムが検出されている。政府は畜産農家の保証が大変だから、やけっぱちで出荷を解禁したとしか思えない。

米の出荷も検査待ちで遅れている。僕の地域ではだれも稲刈りを始めていない。例年だと稲刈りが終わっている我が家も、今年はまだだ。と言うより、作業を委託したので、僕は今年は稲刈りをやらない。いつも稲わらを畳屋さんに売っているのだが、この放射能問題で諦めた。

今年は秋の味覚であるキノコも無理なようだ。例年だと、きのこ狩りにやって来る他府県ナンバーの自動車を山道で見かけるのだが、今年は皆無だ。

周りから、塾も大変でしょうねと言われる。確かに震災後の4月~6月は閑古鳥が鳴き、厳しい情況だったが、7月から例年の水準に達した。震災と放射能汚染が気持ちを暗くしていたが、一関市では進学校である一関一高の定員が附属の持ち上がりにより80名の減になる。塾通いがようやく復活してきた。震災があろうと、放射能が降り注いでも入試はやって来る。

4月に予定していた中3の修学旅行が今月になって始まっている。東京方面の旅行を北海道に切り替えた学校も多い。いつもなら修学旅行で盛り上がる会話も、今年はひっそりしている。正直修学旅行どころではない家庭が多い。

今年は受験学年が例年の半分の人数であるが、8月に告示したように、今年度は9月一杯で受験学年の全ての募集を終了する。

例年ならば40名まで指導を頑張るのだが、今年は3.11以降、走り続けたせいか、例年の人数を抱えては来年の3月8日までは、身体が持ちそうにない。この少人数で受験を迎えたい。そしてじっくり指導したいと思っている。

それが、この震災の中入塾してくれた生徒たちへの、せめてもの僕の恩返しのつもりだ。感謝をこめて受験指導をさせて頂く。

今年高3がいない我が塾では、10月の日曜日から、高校2年生を対象にした大学受験基礎講座の一斉授業を開催する。対象は地元国立大学、難関私立大学を希望する生徒で、英語の偏差値が50前後でアップアップしている迷える子羊達である。

詳細は後日配布しますので、迷える同胞にもお声をかけて頂ければ幸いです。

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2011年9月 8日 (木)

寺子屋金さん東電に吠える!

寺子屋金さん東京電力弥次喜多道中

・大地震キター!原発がかなりヤバイみたいなので会長自ら陣頭指揮をとって、マスコミを中国旅行に招待しました。
・急遽代替の発動機を取り寄せたんですが、確認不足でプラグが合わず、使えませんでした。
・海水を入れろと首相に言われましたが、廃炉にするのがもったいないので拒否しました。
・米軍に交代しろと首相に言われましたが、なんかカッコ悪いので拒否しました。
・東電の株価に影響がでると思ったので、アメリカやIAEAには大丈夫と言ってしまいました。
・1号機が爆発したことで水素爆発が他の機にも起こりうることは分かっていましたが、なにかするのは面倒なので放っておいたら、3号機の爆発でポンプ機が4台逝っちゃいました。
・ポンプ機の見張り番を一人に任せていましたが、彼がパトロールに行ってる間にポンプ機の燃料が尽きてしまい、2号機の水位が0になって、最終的には爆発しました。
・面倒なので電車込みで停電実施してたけど、官僚に怒られたので仕方なく対処しました。
・面倒なので被災地諸共まとめて停電実施したら、千葉とか茨城とかの被災地の知事たちに怒られちゃいました。
・停電は嫌なので役員自宅と社宅は計画停電から除外しました。ついでに総理のお膝元も除外しておきました。
・記者会見はフランス語で行います。
・作業は下請け、現地消防に任せて東電社員は全員県外に避難しました。
・事故対応はてきとーですが、工作員を使った情報操作はマジ本気です。
・2号機内部圧力の桁を一桁読み間違えてたけど、しばらく誰も気付きませんでした。
・中性子が出てたけど、一桁計算ミスだからと、ばっくれました。
・本店-福島第1間の電話用専用回線を誤切断して8時間以上不通になっていました。

・6400本もの廃燃料の貯蔵プールの冷却装置が故障してることに6日後に気付きました。
・放水は暴徒鎮圧用1台で済むかと思ってましたけど全然駄目だったので、引き上げさせたハイパーレスキューを翌日にまた要請し直しました。
・もうダメポなので、現場社員を全員退去させ、後は警察と自衛隊に押し付けちゃおうと思ったら、首相に怒られちゃいました。
・記者会見時の副社長は、机に肘を付きながらダルダルに話しちゃいました。
・本心では悪いと思ってないので、首はかしげますが頭は下げません。
・見栄えのするコンクリートポンプ車は東電が手配したことにしようとしましたが、中国にこの非常時に何やってんだと怒られちゃいました。

3.11以後の東京電力のあまりの愚かさと、常識のなさには、怒りを通り越して哀れみと悲しみを感じます。こんな会社の安全神話を信じた政府も政府ですし、お金の傘下にはいって偽りの情報を流し続けたテレビや新聞報道にも怒りを感じます。

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さようなら桜

昭和22年、23年と一関市を襲ったカスリン・アイオン台風は死者500名を超える未曽有の大水害でした。

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終戦の直後襲った大洪水により、一関はほとんどの田んぼ畑そして民家が激流に流されました。翌年復興のシンボルとして植樹されたのが、磐井川の桜並木です。

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64年の歳月を経て大きく枝を広げ、市民の目を楽しませてきたこの桜並木が、この秋、堤防改修工事のためすべて伐採されます。

多くの涙と、多くの歓喜が、この桜並木のもとで多くの人々の人生を彩ってきました。別れ、出会い、そして旅立ち。

奇しくも東北を襲ったこの大災害の年に、復興のシンボルの桜の木が切り倒されることに、痛恨の思いと、言い知れぬ悲しみを感じます。

今度の土曜日、9月10日土曜日の午前10時より、一関一高前の旧磐井町児童公園にて、市の主催の『磐井川堤防桜お別れ会』が行われます。

私の塾の2階から見える磐井町の桜並木が消えるのは、本当に残念でしょうがありません。

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春の満開の美しさは、真冬の厳冬期を何度も乗り越えてきた、古木の強さであり、春を迎える自然の喜びです。堤防改修工事が終了後、桜が植樹されるそうですが、きっと私が生きている間に、再び磐井町の満開の桜を見ることはないでしょう。

さようなら桜。

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2011年9月 7日 (水)

進学校じゃないからここは教わってない

昨日書いたブログ記事が波紋を呼んでいる。と言っても家族からなのだが、息子が僕の記事を読んで絶句していた。一方女房は珍しく僕の文章を褒めてくれた。

あるがままの自分をさらけ出した記事に対する読者の皆様からの激励だろうか、ブログ村のポイント数も過去最高だった。

「中学校で勉強できないかっらてあきらめるな!」という僕の言葉は、進学校でない高校に入ろうとしている中学生の希望になってもらえればと思っている。

出来ないのも個性だという僕の信念は、僕自身が培って来たものだ。

よく高校生に英語を教えていると、「僕の高校は進学校じゃないからここは教わってない」なんていう意見をもらう。教えてもらうことだけに頼っていては道は開けない。

明治時代になって、初めて英語を学んだ人達のことを考えてみる。辞書も参考書もない。一体どんな学びの日々だったのだろうか。その苦労を考えれば、現代の勉強はやる気の問題だけだろうと思う。

今の私立高校は頑張っている。進学希望者には進学校と変わらない内容の授業だ。僕らの頃のように、風雪吹きすさぶ荒野に放たれることはない。深い雪をかき分け、暖房に使える薪を探すような受験勉強をやらなくて済むだけでも、春の雪解けを待つのは厳しくはないだろう。

教えてもわからない連中だと知ると、先生はとことん手を抜く。世間話のオンパレードで授業が進まない。そんな授業でも彼らは給料やボーナスはしっかりもらう。生徒が集まらなくても公立の先生は痛くも痒くもない。

出来ない生徒を馬鹿扱いする教師は、今度は生徒に馬鹿扱いを受ける。これぞ底辺校に於ける負のスパイラルだ。そこから抜け出す方法は一つ。馬鹿であることをやめることだ。

每日ケータイのメールを生き甲斐とし、くだらないテレビ番組を見続ける日常から脱却することだ。

失礼を承知で言わせてもらえば、大人も子どもも、馬鹿さは顔に出る。自分の馬鹿顔に気づかないうちは、きっと自分達がかけがえのない存在であることには思いも及ばないだろうと思う。

優秀じゃないやつなんていない。優秀になれないのはただ甘えているだけだ。親のせいにしたり、学校のせいにしたりして。

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願い

さりげなく日常が過ぎて行く。人生の中では誰でもがそうだろうけれど、每日の生活が、テレビのドラマのようにいつもハッピイーエンドで終わることはない。

多くの痛みや多くの後悔が錯綜し、僕らの命が絶え間ない脈動の連続の中で、時を刻んで行く。

あなたは誰ですか?何をやっているのですか?そう問いかけられて、名前と職業以外に何を答えるだろうか。

『自分とは何だろう』その哲学的な答えを探しに、僕らは反逆し、迷いの谷に降りて行くのだろうか。それとも運命のレールの上をひたすら走り続けて行くのだろうか。

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変えなければならないものは、変えなければならない。そして変わろうとするものは、やがて変わって行くだろう。

流転する魂をこの地球に引き止めているのは愛だ。魂をこの世に存在たらしめたのも愛だ。どんなに困難な状況でも、どんなに苦しくても愛があればだいじょうぶ。僕らは道を歩んでいける。

2011年が僕らの苦しみの始まりなどではなく、人類の気づきの始まりであることを僕は願っている。

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2011年9月 6日 (火)

一冊の本との出会い

学校の先生や塾の先生が、昔はヤンキーだったとか、勉強が全く出来なかったなどと言いつつ、結構いい学校を出ていたり、ちゃっかり成績が良かったりすることが多々あるわけだけれども、僕の勉強に関して言えば、中学校時代はほんとうに闇だった(笑い)。

中学校での記憶は、卓球をやっていたことと、川土手を走らされた記憶ぐらいしかない。家では教科書など広げることもなく、深夜ラジオを聞き、ボケ~と過ごす每日だった。

部活は別にして、気持ちが悪いくらい勉強には身が入らなかった。

公立高校は一般入試どころか2次募集もだめで、私立高校の二次募集でなんとか拾ってもらった。身から出た錆。馬鹿丸出のていたらくである。

高校に入っても懲りない僕は、バイクと音楽とバイトの日々で、勉強の二文字ははるか空の彼方であった。

当時高校の近くには、五坪ほどの小さな古本屋があった。50円の特売コーナーみたいなボックスがあって、ヨレヨレの文庫本やエロ本が置かれていた。同じように当時ヨレヨレ感が漂っていた僕は、そんなヨレヨレの本に惹かれたのだろうと思うのだが、稲田耕三の『高校放浪記』という本を手にした。

高1が終わろうとしていた初春の頃だった。退学届を2度も高校に持っていった僕は、高校を続けることにさえ萎えていた時期だった。

徹夜で一気に読み通した。春まだ浅い夜が開けた頃、僕の人格の中の何かがどよめいていた。

『こんなだらけた生活じゃいけない』 ようやく長かった冬が終焉を告げるかのように、僕は社会のなかの自分という存在に気づいた感じだった。僕の長かった冬眠が終わった。

あの本は中学時代に読んでも、社会人になって読んでも、僕を覚醒させてくれることはなかっただろうと思う。16歳の僕が読んだからこそ、僕の生涯を変える一冊となった気がする。

若い時にしかスイッチが入らない本、年を取ってからしかスイッチの入らない本というものがある。だから読書というものは侮れない。

『高校放浪記』を読んだ後の僕は、大学受験を迎える頃までに、一冊の英語辞典と社会科の用語辞書をボロボロにした。辞書のほつれた糸が、その後の人生の様々な出会いを紡いでくれた気がする。

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素直というキーワード

高校の定期テストが始まる。同時に中学3年生の月例実力テストもやって来る。そして、そして中総体新人戦ももうすぐだ。

今年は稲刈り作業を委託したので、だいぶ楽なのだが、それでも忙しことには変わりがない。今日は講師に行っている高校の定期テストの問題を2学年分完成させ、高校に提出してきた。ちょと一段落である。

9月17日は卓球の新人戦。今回も大会のベンチコーチを頼まれた。なんとか優勝に導きたい。コーチ陣の秘策はあるのだが、果たして優勝候補のチームに通用するかは神のみぞ知るである。

我が母校の卓球部男子は、団体で過去2度東北大会に駒を進めたことがある。最初は37年前。最近は6年前だ。ちなみに37年前のチームというのは僕が現役の時である。

長年母校の卓球部を見てきたが、今年のチームは今までで一番クオリティーが高い。選手のバランスがとれている。何よりも素直で、それでいて意志が強い。実はこういうチームが本番で力を発揮する。

素直というキーワードは勉強に於いても大きな武器だ。大人というものは自分の経験を踏まえて子どもたちにアドバイスをする。特に失敗の経験は重きがある。

従って教師や親のアドバイスを受け入れ実行するということは、大成功をもたらすかは別として、間違いなく大きな失敗は回避できるだろうと思う。

失敗も人生の大きな教訓ではあるが、人生を捨ててしまいそうなくらいの失敗はいただけない。

親御さんや教師が子どもたちに勉強の大切さを説くのは、世の中の荒波や大変さを知っているからに他ならない。

いつまでもあると思うな親と金。人生を切り開いて行くバイタリティーは、日々の努力、勉強があって培われて行く。部活も、入試も、そして仕事も同じである。

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2011年9月 5日 (月)

超能力?

誰にでも苦手なものがある。

僕は全く泳げないし、音楽をやっているのに譜面が読めないし、習字は半世紀以上生きてきて褒められたことが一度もない。20年以上マニュアルの軽トラックに乗ってきたがために、オートマの車が怖くて運転できない。全く時代遅れのおっさんである。

塾教師をやっているのに高校の理数系はさっぱりだし、高校で英語教師をやっているのに英会話はそんなに得意じゃない。困ったものだ。

得意なもの・・・・。下手なりに球技はだいたいはこなす。譜面は読めないが今までに作曲した曲は50曲を超える。もう一つ不思議な特技ができた。鼻のむずむず感と、舌のピリピリ感で放射能値がわかるようになった。

二日前の土曜日のことである。高専生のMくんがガイガーカウンターを借りたいというので、教室に持ってきたのだが、計測する前に教室の放射能値を、0.12マイクロシーベルトと予想したところ、全くその通りだった。周りにいた高1の女子生徒が二人いて、僕の感度に驚いていた。

日々いろんな箇所の放射能値を計っているうちに、身体が反応するようになったのだが、喜んでばかりいられない特技ではある。

これは特技なのかどうかは分からないけれど、今日は神社に参拝に向かうという日は、必ずプレート番号が77の車が、前後どちらかに現れる。何度かこのブログで書いてきた僕の身辺におこる奇妙な現象だが、今だに続いている。

忘れていた。苦手なモノがもう一つあった。お金を稼ぐことだ。

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2011年9月 4日 (日)

新聞の煮え切らないスタンス

先日、朝日新聞の「ひと」欄を見て驚愕してしまった。福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーになっている山下俊一長崎大教授を取り上げている。何かの冗談なのかと思ったが、朝日新聞がまさか大まじめに山下教授を持ち上げるとは思ってもみなかった。朝日がん大賞を受けるのだという。この方は100ミリシーベルトまでは大丈夫だとか、ただちに健康に影響が出ることはないとか、福島で講演して回っていた人物である。

しかも、一時期文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会の委員になっていたのだが、福島の放射線健康リスク管理アドバイザーにいつの間にか転身し、福島県立医科大学の副学長にも就任しているそうだから、おそらく福島では放射線医学の権威として受け入れられているのだろう。長崎大のほうは7月から休職しているという。

上の記事は友人の小林先生の記事の抜粋である。大衆週刊誌は思いきった記事を書き連ねているが、新聞は放射能や原発問題に関しては、この場に及んでも及び腰というのか、根性が曲っているというのか、足取りがつかめない感じである。

明らかに上部からの圧力だろうという記事が出る一方、このくらいは書かないと読者に逃げられてしまうだろうなという思惑の記事もあり、煮え切らないスタンスがほとんどの新聞である。

僕の家では、地方紙のとある記事が家内の逆鱗に触れ、翌日には新聞が替えられていた。僕も短気だが、家内もかなりのものである(苦笑い)。

それにしても小林先生の記事は一貫している。放射能問題に対する執念と気迫に、ただただ脱帽するばかりである。

感情的な僕の記事とは裏腹に、客観性を持った冷静沈着な小林先生の記事は、危機感をひしひしと伝えてくる迫力がある。同業者として友人として誇りに思うブロガーである。

文章力ではにっちもさっちもいかないかねごんであるが、なんとか気持ちだけは小林先生に追従していきたいと思っているこの頃である。

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塾移動の季節なのか

「あと二人に勝てば学年でトップだったのにな~」とか、「あぶね~あと一人に負けたらびりだった」などなど、ステレオサウンドの会話が教室を飛び交う。

生徒が退塾して行く理由には、成績が上がらないから塾をやめるというケースよりも、指導者である僕との相性というのがあるようだ。寺子屋式の指導なので、会話が苦手な生徒はフレッシャーを感じるのだろう。喋らない生徒が年に2,3人辞めていく。

「髭面のハゲ親父がやっている塾なんていや」なんていいう女子中学生や女子高生がいるのかも知れない。イケメンの若い先生を雇う経済力が残念ながら僕の塾にはない。熟女の社長である家内がたまに僕のアシスタントをしてくれるのだが、まあ・・・ドンマイである(笑い)。

僕の風貌が原因になっているのか定かではないが、今年の中学1年生は結構集まっているのだが、すべて男子生徒である。今は声変わりもしない可愛い男子生徒達だが、これが中3になってオール男・男・男というのは、はっきり言って息苦しい・・・(爆笑)。またエアコンを新設しなければならないかも知れない。

最近他塾から移動してくる生徒がぼちぼち増えてきた。

ところでかつてのブログで、他塾を辞めて僕の塾にやってきた理由というのを書いたが、今日もその続編をやりたい。

《絶句した理由集》

1、講師の先生の口が煙草臭くてやめてきた。

2,エアコンをけちって暑いのでやめてきた。

3,宿題が多すぎるのでやめてきた。

4,講師の先生の視線がエロいのでやめてきた。

5,急に先生がいなくなるのでやめてきた。

《考えさせられた理由集》

1,受験に失敗して居づらいのでやめてきた。

2,月謝が高いのでやめてきた。

3,過去の実績を繰り返すのでうざくてやめてきた。

4,指導時間が自由にとれないのでやめてきた。

結構生徒の身勝手という理由もあるようなのだが、この塾業界も大変なようだ。子どもたちのニーズをみんな聞いていたら、間違いなく運営は不可能だろうし、かと言って唯我独尊の世界を追求しても食ってはいけない。僕の塾もこれからが正念場だ。

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2011年9月 3日 (土)

実は自分が一番知っている

人生がうまくいかないと思った時は、新しいものにチャレンジする前に、自分がやってきた既存のスキルをもう一度ブラッシュアップすることをお勧めする。

芸は身を助くという言葉があるが、身に付いている技術は必ず窮地を救ってくれるものだ。自分が持っている技術なり能力を過信してはいけないだろうが、自分の得意分野を見直すことは、大切な自己防衛だと思う。

自分の仕事や資格みたいなものに、倦怠感を感じることは誰にでもあるだろう。そういう時は他人の仕事が輝いて見えるものだ。もっと稼げる仕事があるのではないだろうか。私には違う道があったのではないだろうか。そんなことを考えて悶々とする日々、自分の仕事がおろそかになっていく。

中学生や高校生を見ていてもそうである。部活動にしても勉強にしても、上を見ればきりがない。自分のやっている努力が報われるのだろうかという不安、疑心暗鬼、それがブレーキになることはあっても、プラスになることはない。

学問でも仕事でも、最後は自分の得意なもので、勝負するしかないのが人生ではないだろうか。自分が何が出来るのかは、実は自分が一番知っている。

自分のことを言うのはおこがましいが、僕は小さい頃から、作文と歌だけは好きだった。はっきり言えば得意だった。嫌な事や辛いことがあった時は、文章をしたためたり、歌をうたうと安らいだ。大人になった今も変わらない。

僕のブログ記事がめちゃくちゃ長い時は、きっと何かもやもやがあったんだろうなと思っていただければ間違いないし、塾生が塾にやって来て、二階でもしギターを片手にブルースをがなり立てている変なオヤジがいれば、ストレスを解消しているんだなと思っていただければ幸いである。

作文や歌で食べていけるわけではないけれど、この2つは間違いなく、僕の生きるエネルギーになっている。

ありきたりの人生で十分だけれど、幾つになっても自分の素に戻れる瞬間は大切だ。

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Fukushima is worse than the 1986 Chernobyl accident

Some scientists say Fukushima is worse than the 1986 Chernobyl accident, with which it shares a maximum level-7 rating on the sliding scale of nuclear disasters. One of the most prominent of them is Dr Helen Caldicott, an Australian physician and long time anti-nuclear activist who warns of "horrors to come" in Fukushima.

Chris Busby, a professor at the University of Ulster known for his alarmist views, generated controversy during a Japan visit last month when he said the disaster would result in more than 1 million deaths. "Fukushima is still boiling its radionuclides all over Japan," he said. "Chernobyl went up in one go. So Fukushima is worse."

On the other side of the nuclear fence are the industry friendly scientists who insist that the crisis is under control and radiation levels are mostly safe. "I believe the government and Tokyo Electric Power [Tepco, the plant's operator] are doing their best," said Naoto Sekimura, vice-dean of the Graduate School of Engineering at the University of Tokyo. Mr Sekimura initially advised residents near the plant that a radioactive disaster was "unlikely" and that they should stay "calm", an assessment he has since had to reverse.

Slowly, steadily, and often well behind the curve, the government has worsened its prognosis of the disaster. Last Friday, scientists affiliated with the Nuclear and Industrial Safety Agency said the plant had released 15,000 terabecquerels of cancer-causing Cesium, equivalent to about 168 times the 1945 atomic bombing of Hiroshima, the event that ushered in the nuclear age. (Professor Busby says the release is at least 72,000 times worse than Hiroshima).

Caught in a blizzard of often conflicting information, many Japanese instinctively grope for the beacons they know. Mr Ichida and his colleagues say they no longer trust the nuclear industry or the officials who assured them the Fukushima plant was safe. But they have faith in government radiation testing and believe they will soon be allowed back to sea.

That's a mistake, say sceptics, who note a consistent pattern of official lying, foot-dragging and concealment. Last week, officials finally admitted something long argued by its critics: that thousands of people with homes near the crippled nuclear plant may not be able to return for a generation or more. "We can't rule out the possibility that there will be some areas where it will be hard for residents to return to their homes for a long time," said Yukio Edano, the government's top government spokesman. "We are very sorry."

Last Friday, hundreds of former residents from Futaba and Okuma, the towns nearest the plant, were allowed to visit their homes – perhaps for the last time – to pick up belongings. Wearing masks and radiation suits, they drove through the 20km contaminated zone around the plant, where hundreds of animals have died and rotted in the sun, to find kitchens and living rooms partly reclaimed by nature. "It's hard to believe we ever lived here," one former resident told NHK.

Several other areas northwest of the plant have become atomic ghost towns after being ordered to evacuate – too late, say many residents, who believe they absorbed dangerous quantities of radiation in the weeks after the accident. "We've no idea when we can come back," says Katsuzo Shoji, who farmed rice and cabbages and kept a small herd of cattle near Iitate, a picturesque village about 40km from the plant.

Although it is outside the exclusion zone, the village's mountainous topography meant radiation, carried by wind and rain, lingered, poisoning crops, water and school playgrounds.

The young, the wealthy, mothers and pregnant women left for Tokyo or elsewhere. Most of the remaining 6000 people have since evacuated, after the government accepted that safe radiation limits had been exceeded.

Mr Shoji, 75, went from shock to rage, then despair when the government told him he would have to destroy his vegetables, kill his six cows and move with his wife Fumi, 73, to an apartment in Koriyama, about 20km away. "We've heard five, maybe 10 years but some say that's far too optimistic," he says, crying. "Maybe I'll be able to come home to die." He was given initial compensation of one million yen (£7,900) by Tepco, topped up with 350,000 yen from the government.

It is the fate of people outside the evacuation zones, however, that causes the most bitter controversy. Parents in Fukushima City, 63km from the plant, have banded together to demand that the government do more to protect about 100,000 children. Schools have banned soccer and other outdoor sports. Windows are kept closed. "We've just been left to fend for ourselves," says Machiko Sato, a grandmother who lives in the city. "It makes me so angry."

Many parents have already sent their children to live with relatives or friends hundreds of kilometres away. Some want the government to evacuate the entire two million population of Fukushima Prefecture. "They're demanding the right to be able to evacuate," says anti-nuclear activist Aileen Mioko Smith, who works with the parents. "In other words, if they evacuate they want the government to support them."

So far, at least, the authorities say that is not necessary. The official line is that the accident at the plant is winding down and radiation levels outside of the exclusion zone and designated "hot spots" are safe.

But many experts warn that the crisis is just beginning. Professor Tim Mousseau, a biological scientist who has spent more than a decade researching the genetic impact of radiation around Chernobyl, says he worries that many people in Fukushima are "burying their heads in the sand." His Chernobyl research concluded that biodiversity and the numbers of insects and spiders had shrunk inside the irradiated zone, and the bird population showed evidence of genetic defects, including smaller brain sizes.

"The truth is that we don't have sufficient data to provide accurate information on the long-term impact," he says. "What we can say, though, is that there are very likely to be very significant long-term health impact from prolonged exposure."

In Soma, Mr Ichida says all the talk about radiation is confusing. "All we want to do is get back to work. There are many different ways to die, and having nothing to do is one of them."

The Independent

月曜日、2011年8月29日

科学者の中には、福島は、原子力災害評価で、同じ最高レベル7である、1986年のチェルノブイリ事故よりひどいという人々もいる。そうした人々の中でも、最も著名な一人、オーストラリア人医師で、長年の反核運動家、ヘレン・カルディコット博士は、福島に"訪れるはずの恐怖"を警告している。

人騒がせな見解で有名なアルスター大学のクリス・バズビー教授は、先月の日本訪問時に、災害は100万人以上の死亡を招くと語って、論議を呼んだ。"福島は、放射性核種を、いまだに日本中に、茹で出しています"と彼は言う。"チェルノブイリは一回だけの爆発でした。ですから、福島の方がもっとひどいのです。"

核という壁の反対側には、危機は制御されており、放射能レベルは、ほぼ安全だと主張する業界に好意的な科学者達がいる。"政府と東京電力は最善を尽くしていると思います"と東京大学大学院工学系研究科の関村直人教授は語る。関村教授は当初、原発周辺の住民達に、放射能災害は、"ありそうもない"ので、"落ち着いて"とどまるべきだと助言しており、その判断を後に覆さざるを得なくなった人物だ。

かなり立ち遅れていることが多いのだが、政府は、ゆっくりと、着実に、災害評価を、重くしてきた。先週金曜、原子力安全・保安院に所属する科学者が、原発は、核時代の到来を告げた出来事である、1945年広島原子爆弾爆撃の約168倍に等しい、15,000テラ・ベクレルの、発癌性のセシウムを放出したと述べた。(バズビー教授は、放出量は、広島より、少なくとも72,000倍多いと言う)。

矛盾していることが多い情報が殺到する中、多くの日本人は、本能的に、手さぐりで、自分たちになじみの指標を探そうとしている。市田さんも仲間たちも、福島原発は安全だと保証した原子力産業や役人たちはもはや信じないという。だが、彼らは、放射能検査では、政府を信じており、まもなく海で仕事が再開できるものと信じている。

お上の嘘や、動きの遅さ、隠蔽という、おきまりのパターンが分かっている懐疑派の人々は、これは誤りだという。先週、当局は、批判する人々によって、長らく議論されてきた事実をとうとう認めた。損傷した原発の近くに自宅がある何千人もの人々は、一世代、あるいはそれ以上の間、帰れない可能性があるのだ。"住民の方々が、長期間、自宅に帰られるのが困難な地域があるという可能性は否定できない" 政府広報担当者である、枝野幸男官房長官は言った。"大変申し訳ない。"

先週金曜、原発に一番近い双葉町と大熊町の元住民数百人が自宅に戻ることを認められた。おそらくこれが最後だろう。所持品を持ち帰るために。マスクを着け、放射能汚染防止スーツを着て、原発周辺20kmの汚染地域の中を車で通ったが、何百頭の家畜が、野ざらしのまま、死んで、腐敗しており、台所と居間の一部は、自然によって埋め立てられていた。"あそこに住んでいたなんて信じられません"と元住民の一人はNHKに語った。

原発の北西にある他のいくつかの地域は、避難命令を受けた後、放射能によるゴースト・タウンになった。事故後の、数週間に、危険な量の放射能を取り込んでしまったと考えている多くの住人は、遅すぎたと言う。"帰れるかどうか、全くわかりません" 原発から約40kmの絵のように美しい飯舘村の近くで、米とキャベツを栽培し、家畜を飼っていた庄司勝三さんは言う。

立ち入り禁止区域外ではあるが、山がちな村の地勢のため、放射能は風や雨で運ばれ、いつまでも残り、作物、水、学校の校庭を汚染するのだ。

若く豊かな母親や妊婦たちは東京や他の場所へと去った。政府が、安全な放射能限界を超えたことを認めた後に、残る6000人の大半も避難した。

75歳の庄司さんは、ショックが怒りに変わり、更に失望した。政府に、野菜を潰し、六頭の牛を殺し、73歳の妻フミさんと、およそ20km離れた郡山のアパートに引っ越すように言われたのだ。"5年、あるいは10年だかと言われたが、余りに楽観的に過ぎるという連中もいます"彼は泣きながら言った。"帰って、家で死ねるかもしれません。" 政府からの350,000円に加え、東京電力から第一次補償の100万円(7,900ポンド)を受け取った。

しかし、避難地域外の人々の運命が、非常に激しい論争を引き起こしている。原発から63km離れた福島市の親たちは団結して、約100,000人の子どもたちを守るために、政府はもっと対策をして欲しいと要求している。学校では、サッカーや他の屋外スポーツは禁じられている。窓は閉じられたままだ。"私たちは、自力でやりくりするよう放り出されたのです"福島市に暮らす祖母の佐藤真知子さんは言う。"本当に腹がたちます。"

多くの親は、何百キロも離れた親戚や知人と暮らすように既に送り出している。政府が200万人の福島県民全員を避難させて欲しいと願う人々もいる。"彼らは避難できる権利を要求しているのです"と、親たちに協力している、反原発活動家のアイリーン・美緒子・スミスさんは言う。"言い換えれば、避難した場合は、政府に支援して欲しいのです。"

これまでのところ、少なくとも当局は、それは不要だと言っている。公式説明は、原発事故は静まりつつあり、立ち入り禁止区域と、指定されたホット・スポット以外の放射能レベル"は安全だというのだ。

だが、多くの専門家は危機は始まったばかりだと警告する。十年以上、チェルノブイリ周辺での放射能の遺伝学的影響を研究している生物学者のティム・ムーソウ教授は、福島の多くの人々は"砂に頭を埋めている(現実を見ようとしていない)のでは"と懸念を語っている。チェルノブイリを研究した結果、放射線を浴びている地域の内部では、生物学的多様性と、昆虫や蜘蛛の数が減少しており、脳の寸法が、より小さくなったことを含め、鳥の数は遺伝子異常の証拠だ。

"真実は、長期的な影響について正確な情報を提供できるほどの十分なデータはないということです"と彼は言う。"それでも、長期にわたる被曝による、非常に重大で、長期的な、健康への影響の可能性は非常に高いということは言えるでしょう。"

相馬の市田さんは、放射能にまつわる、あらゆる話が分かりにくいと言う。"我々はただ仕事に戻りたいだけです。死に方は色々ありますが、何もすることがないというのも、その一つです。"

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避難住民15万人

東京電力は30日、原発事故に伴う損害賠償の基準や手続きを発表した。まず8月末までの損害について10月初旬から支払う。避難に伴う宿泊費は1人あたり1泊8千円を上限とするなど、具体的な金額を初めて示した。東電は家族4人の避難世帯の例を示し、初回の賠償額を仮払い分も含めて約450万円とした。

 例は家族4人の場合のみ。夫婦と子ども2人の世帯だが、現実には所得などによって賠償額は異なる。

 東電によると、賠償の基準は、政府の原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針に沿って決めた。対象は、避難住民15万人分を含め、全体で40万~50万件にのぼる。

損害賠償の手続きというが、避難指示を受けずに、高濃度汚染地区から自主避難した方々の保証もぜひやってもらいたい。そうじゃなければ今後救われる命も救われない。

年間の被曝量が、ミリシーベル卜単位になる地区の、全ての住民の避難を国は早急にやるべきである。3.11以降福島原発が出し続けている放射能の量は、広島原爆の50個分にも及んでいる。

新政府がやるべきことは、党内の派閥調整などではなく、福島県やその他の放射能汚染地区の完全移住政策である。放射能を止めることが出来ないならば、それしかないだろうと思う。

原子力の完全廃止も当然の政策だろう思う。誰も止められない悪魔のエネルーギーはいらない。

あまりにもふざけすぎた政治の愚策に、黙り続けている国民にも実は僕は煮えくり返っている。耐えることは美徳でも何でもない。

地震はいつでもどこでもやって来る。原子力発電所から200キロ以上離れていても、汚染された地区の現状を見れば、日本国内に安全な場所などない。今回の悲劇を、遠い国のことでもあるように傍観している方も多いようだが、国民のすべてが薄氷の上にいる。

日本という国が存続するために、いや、世界が存続するために、僕らは今試されている。

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2011年9月 1日 (木)

言葉の力を侮ってはいけない

人が生きて行くなかで一番影響を持つのが言葉だろうと思う。人の言葉は、その人の性格、内面、生き方を現す。

人の話をよく聞くことは、その人の人生を学ぶことだと思っている。それは読書とて同じだ。

近頃政治家の言葉を聞いて、魂の揺さぶりを感じる言葉を発する政治家がいない。マスメディアに登場する評論家たちも同様だ。舞台で演じる三流役者のせりふ回しと同じで、思想が伝わって来ない。そして何よりも感情が伝わって来ない。

言葉は魂のやり取りだ。一人の人間が真実を語るときの気迫や重さは胸を打つ。

友人の小林先生が、東大アイソトープ研究所所長の児玉龍彦氏が駒場で行った緊急提言を5回に渡って取り上げていたが、児玉先生の言葉は、学問とは誰のためにあるのかをしみじみと感じさせてくれる言葉だ。そして、何よりも言葉に知性と正義感がほとばしっている。ぜひ小林先生のブログから児玉先生の提言を聞いて頂きたい。

いくらお金があっても、学歴があっても、知性はごまかすことは出来ない。なぜなら言葉が、嘘偽りない本質を示すからだ。

偽宗教や啓発セミナーなどに参加して騙される人が後を絶たないが、演説や講演がうまい人は、その人の私生活を疑ってみたほうが良い。意外と家庭が崩壊していたり、金銭にルーズだったり、異性関係が派手だったりする。

大衆受けする話というものは、落語の世界と同じで、ホラ話が多いものだ。ホラ話をする人の生活も、実はホラだらけなのである。

真実を伝える話というものは、話し方のうまい下手には関係ない。弁じた爽やかであればあるほど、人間は真実を覆い隠す。

テレビのように、CMに合わせてピタリと終わるようなニュースや報道は、どれだけの真実がカットされ、葬られているか計り知れない。

今日本人に必要なのは、言葉の変容だと思う。例を挙げるまでもないが、若者だけではなく大人も、言葉が汚れている。

美しい日本語を取り戻すことで、日本の運命は変えられる。言霊(ことだま)という表現が日本には昔からある。言葉の力を侮ってはいけない。

言葉が変われば、心(魂)が変わる。おのずと運命が変わっていく。忘れてはならない。

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