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2011年8月24日 (水)

古今東西の古典的失敗例

終身雇用制が崩壊した日本社会に於いて、一生涯を通じて一つの仕事をやり通すということが、大変な時代になった。転職を余儀なくされたり、業種の全く違う会社に移ったりと、波乱万丈な人生を歩まざるを得ない状況が続いている。

僕は吹けば飛ぶような個人塾をやってきた。これといったビズネスプランを実践してきたわけではないし、まったくもって行き当たりばったりの風見鶏的塾屋なわけだが、自分が経営者としてやってきたことは、商売に失敗した人達を、冷静沈着に僕なりに分析してきたことだろうか。

自慢じゃないけれど、成功している経営者の手腕を見習ったことなど一度もない。自分がちっぽけに見えてくるだけで、そしてあまりにもレベルが高すぎて、真似たいとも思わなかった。失敗した人間をじっくり観察する習性は、いやらしい人間かも知れない。しかし、そのおかげでこの不確実性な社会をなんとか生き残ってきた気がする。

20代から30代にかけて、家庭教師を仕事としてずいぶんやってきた。当時田舎で家庭教師を頼んでくるのは裕福な家庭が殆どで(今でもそうかも知れないが)、自営業者や会社の経営者が父兄であることが多かった。

バブルが崩壊した後、会社や自宅まで失った方も多い。家庭が崩壊したり、会社がダメになった家庭には、ある種の共通点がある。

それは古今東西の古典的失敗例だろうと思うが、酒と女である。社長と言われる人間は、本当は弱い人間なのかもしれない。酒と女に溺れることで、ある種のバランスを保とうとするかのように、のめり込んでいく。

二つ目は、弱者に対する横柄さと、権力者に対する卑屈さである。これが顕著になると間違いなくお店や会社は傾いてくる。出入りする営業マンに対する口のきき方で、会社の存続寿命が分かると言っても過言ではない。

3つ目は、こどもの前で財産やお金のあることを自慢する経営者だ。家庭教師におじゃまして、酔っ払ったお父さんが「お金は心配するな、どこの大学でもお金は出してやる。勉強しろよ」などと豪語する、父兄である経営者に遭遇することがあったが、四半世紀が過ぎて、残念ながら残っている会社はほとんどない。

だから僕は、女遊びは一切しないし(笑い)、酒も外で飲まないし、お金がないので必然的にお金の自慢もしない。每日質素に軽トラックに乗っている。

最後にこのことだけは一言だけ加えておきたい。ハゲで小太りの経営者に破綻するものが少ない(爆笑)。この研究テーマは、自分を含め自己分析ができていないので、今夜は書けないのだけれど、後日まとめてみたい・・・・。

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