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2011年8月

2011年8月31日 (水)

何も知らない者は何も疑わない

He that knows nothing, doubts nothing. (何も知らない者は、何も疑わない)

世の中を知ることはたやすいことではない。しかしあえて言わせてもらえば、知らいないことは悪いことだ。さらに言わせてもらえば、知ろうとしないことはもっと悪い。

見たくないこと、知りたくないことは多々あるかも知れない。しかし、知ることでしか起こせないアクションがある。知ることでしか変えられない現実がある。

The more one knows,  the less one believes.(知れば知るほど、信じるということは減る)

今年の夏、原子力発電所の殆どが止まっている状況で、電力供給が100パーセントを超え、停電になった地域があっただろうか。知ることは大切だ。

チェルノブイリでは、0.4マイクロシーベルトを超えた村は全て廃村になった。それでも目を覆うばかりの悲劇が数年経って起きてしまった。一関市内では校庭が0.4マイクロシーベルトを超えているのに、普通に体育をさせ、児童を遊ばせている小学校がある。知ることは大切だ。

今回自らの足と、自らの耳と、自らの目で、僕は多くの真実を知った。残念ながら、僕は政府も政治家も信じることが出来なくなった。

もともと公教育の闇を垣間見た僕だからこそ、30年近く塾教師をやってきたわけだが、僕の疑念は確信に変わった。

政府もそれに付随する文科省も環境庁も、国民の生命の安全を最優先しない組織であることが判明した。残念である。

僕らは豊かになる権利がある。負の連鎖を断ち切り、プラスの連鎖に変えなければならない。そのためには強く生きる決意が必要だ。これまで僕らが生きてきた道のりは、人生を生きる上での大きな力であるし、障害ともなる。そのどちらかに振り子が動くかは、僕らが現在それをどう使おうかと決意するかにかかっている。

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自己防衛が大切である

茨城県産と鹿児島産のレンコンを女房が生協から買ってきた。

我が家の茶の間のガイガーカウンターの値は、0.09マイクロシーベルト。茨城県産のレンコンの上にガイガーカウンターを置くと0.21まで上昇した。一方鹿児島産は0.09マイクロシーベルトを示した。

ガイガーカウンターではもちろんセシウムもプロトニウムも測れるわけがないのだが、我が家では0.2マイクロシーベルトを超える食品は食卓に載せないことにしている。結果買ってきた茨城産のレンコンは封を開けることもなく捨てられた。

9月を迎えると、じゃがいも、人参などの地元の根野菜が出まわる。そしてリンゴや梨、柿、等のの秋の果物が実る。ガイガーカウンターでどこまで安全を保てるのか不安だが、やはり0.2マイクロシーベルトをこえる食品はセシウムを疑った方がいいだろうと思っている。

3年後、4年後微量のセシウムの蓄積が甚大な健康被害を生じないよう、国や県が動かなければ、自己防衛するしかないのだろうと思う。

東北の経済基盤である農業や漁業を復興したい気持ちは痛いほどわかる。僕も兼業農家ではあるが、間違いなく百姓の一人であるので、作った作物への愛着は強い。

しかしチェルノブイリ事故の数倍の放射能が放出された東北や北関東の状況を、楽観視してはいけない。こどもの健康調査もさることながら、疑わしきものは子どもに与えるべきではない。

総理大臣が変わっても、放射能汚染が改善される分けではない。食に関しては自己防衛が一番大切である。

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2011年8月30日 (火)

ピコピコピコピコ・・・

ブローガーとして言わせてもらえば、原子力の話も、放射能の話も、完全に脳裏から消去して、楽しい話題を提供したいのだけれど、書かずにはいられない。

人類が作ってはいけなかったもの。原爆と携帯ゲームだと思っている。核の放射能は人間の命と尊厳を奪い、そして携帯ゲームは若者たちの生きる情熱と魂の闘争心を奪ってしまった。

勉強をしない子どもたちの原因の全ては、ゲームだと言っても過言ではない。僕の塾に来ている生徒で、思考能力が著しく低下している生徒の殆どがゲームとテレビ漬けだ。一体どれほどの時間を每日ゲームとテレビに費やしているのだろうか。

小さい頃からテレビを子守がわりに見せられ、ものごころついた頃にはサンタさんがゲームを持ってきて、子どもたちはピコピコの世界に耽溺していく。

若者になった彼らは、やはりピコピコから抜け出すことが出来ず、政治よりも仕事よりもそして原子力のことよりもピコピコが大切で、每日うつろな目で電子の世界を彷徨っている。

誰が総理大臣になるとか、1ドルが何円だとかいう話題より、次に出るゲームの攻略方が大切で、ピコピコの電子音の中に、彼らは埋没していく。

今の政治家や、先生と言われる人達を見ていて何がまともなのかは、僕もよく理解できていないのだが、少なくとも普通に育てたかったらゲームやテレビやケータイをやりたい放題にさせておいてはいけない。塾に通わせようが、家庭教師を頼もうが、ゲームと決別する勇気も決断も出来ない(親も含めて)生徒の学力が飛躍するはずがない。

「うちの子ども、さっぱり勉強しないんです」そう嘆く前に、こどもの周りの環境を眺めて頂きたい。ゲームを毎晩2時間して、メールを平均20件返して、それでテレビを家族と見ていて、勉強ができたら、それは奇跡だろう。

テレビとゲームだけでも、日本の子どもたちを痴呆化するのに十分なのに、そこにケータイという究極のおもちゃが登場した日本社会。

先日報道番組で、2マイクロシーベルトの高濃度汚染地区に住む、茶髪のうつろな目をした二十歳前後の女の子が、「この場所って本当に危険なんですか~」とガムを齧りながらケータイをジャラジャラさせながら質問していたが、これからの日本は厳しいな。

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福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人・平井憲夫さん

平井憲夫さんの文章からの抜粋です。全文はこちらで閲覧出来ます。

http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

原発がある限り、安心できない

 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。

 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。

優しい地球 残そう子どもたちに

筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。


どれほどの悲しみが、どれほどの慟哭が闇に葬られてきたのだろうか。子どもの未来のために、僕らは真実の言葉を紡いでいかなければならない。

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2011年8月29日 (月)

非常な違和感を感じる

「お金があればとっくに安全なところに避難しているよ」

福島の方々から聞こえてくる声である。内部被曝の恐怖と闘いながら、高濃度の汚染地区で暮らす人達の悲痛の叫びである。家の中でも2マイクロシーベルトを超える生活、国の救援の手は差し伸べられていない。

東京は安全ですとい言いながら、家族や子どもたちを外国に避難させた政治家も多い。僕の塾の子供たちやご父兄も放射能値が心配で、我が家のガイガーカウンターは、持ち回りで塾生宅に行っている。

3月のメルトダウン時の被曝量がいったいどれだけだったのか、広島の50倍の放射能放出という凄さがどれだけのものだったのか、目にみえない恐怖がまだまだ東北では続いている。

河川敷公園で遊ぶ子供たちの姿はさすがにない。情報開示で、高濃度の公園で子どもを遊ばせる親御さんはいないが、学校をはじめとする公共施設の除染が進んでいないのも事実である。きっともうしばらくすると、消えるとでも思っているのだろうか。「だじょうぶだから」などと言っている小学校校長の無責任さに腹立たしさを覚える每日だ。

1960年頃、つまり僕らが生まれた頃から、癌による死亡率が日本で急上昇している。当時の先進国に於ける核実験の放射能の影響であることは間違いない。その当時の濃度が、値として残っていないので、今の東北地区の放射能値と比べることは困難ではあるが、現在当時の値を超えていることは間違いないだろう。

人間の尊厳と生命を脅かす原子力、それを作り出したのは人間の驕りと無知だ。学校教育が国民に施してきた教育、国民の幸福のための教育が、いつの間にか国家に忠実な選民思想的な教育になってはいなかっただろうか。

どんなに虐げられても、どんなに差別されても、暴動も反政治運動も起こさない、日本の学生や若者たちはなんて慎ましく善良な子羊だろう。これも日本の教育のおかげなのだろう。僕は非常な違和感を感じる。

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2011年8月28日 (日)

のどかな田園風景だけれど

世界遺産に登録された平泉も、僕の住んでいる一関市花泉町も、ガイガーカウンターの値が0.3マイクロシーベルトを超える場所が多く点在している。特に小学校の校庭が0.36マイクロシーベルトを超える所があるのに、何の対策もなされていない。

これは年間被曝量に加算すると、3.153ミリシーベルトになり、厚生省が定める一般人の被曝量規制値、年間1ミリシーベルトの3倍を完全に超える。

福島市いわき市、茨城県牛久市が独自で設定した、子どもの被曝放射線規制水準に匹敵する値で、除染対象レベルの値である。

恐怖を煽るわけではないが、今年いつも僕の家の周りを飛び交う蛍の姿がなかった。いつもなら真夏の夜に、灯りに集う蚊を求めて窓に駆け上ってくる多くのカエルがいるのだが、数匹見かけただけで、怖いくらい数が少なかった。

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のどかな田園風景ではあるが、間違いなく放射能の恐怖は忍び寄っている。一関市がホットスポットだと言われて騒いでいるが、花巻市の石鳥谷小学校では0.94マイクロシーベル卜という非常に高い値が測定された。

盛岡市は安全だと言われていたが、渋民小学校では0.20マイクロシーベルトという一関市とほぼ変わらない値が報告されている。

他の地域が大丈夫なのではなく、単に放射線量を計っていないだけなのではないだろうか。疑心暗鬼に陷ってしまう。

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2011年8月27日 (土)

ストレートな本音

「安いからこの塾に入った」

子どもたちは正直ゆえに、ストレートな本音を言ってくる。僕は全然不快じゃない。超Welcomeである。

最近他の塾から僕の塾に移ってきた生徒たちが増えているのだが、フランチャイズの塾を辞めて僕の塾に来た理由の大半は、指導料の安さという魅力(‥笑い)にひかれてのことだろうと思う。

昨日塾の説明を聞きに来られた高校生のお父さんが、「一関・塾で検索すると、かねごん先生の塾が安くて良い塾だという書き込みが多かったものですから、話を伺いに来ました」とおっしゃっていたが、きっと卒塾生やご父兄の方が書き込んでくれているのだろうと思う。感謝である。

全く広告費をかけないゆえに、現在の月謝を維持できているのだが、このわくわく日記のブログサイトも年間2880円の経費がかかるだけで、本当に助かっている。

高ければ良いサービスを提供してもら得るという幻想を崩したいというのが、僕の生活のモットーであり、塾の料金設定のコンセプトである。『お金をかけずに手間をかける』この時代を乗り切るためのキーワードではないだろうか。

昨夜も高校生と、僕がケータイを持たない理由という話題で盛り上がったのだが、ケータイを持たないから、夜の急なお酒のお誘いも来ないし、ゆえに付き合いの出費もない。1年間で外で飲む回数は、2,3回だろうか。接客費や接待費はほぼ0円である。

メールは全てこの塾ブログに入って来るし、緊急の電話は直接塾に入る。なんら不便を感じることはない。ケータイを放棄して10年になるが、きっとそのおかげで電話代は100万円は節約出来たはずである。飲み代を入れると200万円の出費はセーブ出来たのではないだろうか。

これは僕がケチな分けではなく、自分の身の丈にあった生活をしているだけだ。前回の記事で、お金の奴隷になりたくないという記事を書いたが、お金の奴隷にならないための7カ条というものを実は僕は持っている。それを最後にしたため、今日の記事を終えたい。

第一条 お金を貯めない。

第二条 お金を浪費しない。

第三条 お金を借りない。

第四条 お金を貸さない。

第五条 貧乏人を軽蔑しない。

第六条 お金持にペコペコしない。

第七条 仕事の為に無理はしても、お金の為に無理はしない。

以上

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お金の奴隷になってはいけない

僕らの命の変遷は、謂わば魂の変遷でもある。命あるものは必ず死を迎えるわけだが、その死の向こうにあるものに対する不安が、文明を築くエネルギーになってきたとも言えるだろう。

人生を謳歌するには何が必要なのか、僕らはその答えを見つける為に人生を歩んできた。お金や権力、そして宗教や哲学、あらゆる生きるための方便が、世界を蹂躙しそして人類を操作してきたように思うのだが、その最たるものが政治の愚策だ。

社会で生きるということは、必ずルールがあり、何らかの制約を受けるものだ。しかしながら、精神の自由だけは何ものにも邪魔されてはならない。教育も、政治も、経済も、国家のためや支配のための方便てあってはいけない。

地球という舞台は、僕らが主人公なのだろうか、それとも舞台そのものがメインキャストなのだろうか。そんなことを考える僕は、きっと人間という存在の意義を全く知らない愚か者なのだろうと思う。

最近多くの現代人が終末という言葉を口にするようになった。出口のない閉塞感が、滅亡の願望をかき立てているのかも知れないが、決して好ましいことではない。

今8月27日土曜日の2時を迎えようとしている。無事に8月26日をやり過ごすことが出来た。いろんな方々から26日が危険だと報告を受けていた。かと言って大地震の危険が去った分けではない。食料や水の確保は必要不可欠である。

制御出来ない原子炉の暴走、国家を憂える前に自分の懐をひたすら優先する政治家、お金のためならば正義を封印してしまうメディア社会、人間を狂わせてしまったのは、紙で作ったお金という幻想だ。

MANEYその呪縛から脱却しなければ、本当の幸せはやってこない気がする。お金の奴隷になった人間。ストレス、うつ病、疾病、離別、自殺、ほとんどがお金が絡んでいる悲しみだ。

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2011年8月26日 (金)

蠢いている

島田紳助氏の話題ばかりが連日報道されているが、芸能問題にテレビが加熱している時こそ、我々国民は気を付けなければならない。水面下で何かが隠され蠢いている。

東北の肉の出荷が解除されたが、これは非常にきな臭い。政府は畜産農家の保証をする重圧を放棄するために、大胆な方策にでた気がする。出荷を解除すれば、保証をしなくて済むが、販売金額が狂牛病の時より落ち込むのは火を見るより明らかだ。

米の検査も始まった。福島原発から100キロ離れた水田のお米からは国の基準値を超えるセシウムが検出されなかったと言うが、国の基準をあくまで安全基準にする日本政府に、危機管理は全くない。

昨年度産のお米が急騰している。通常30キロが9000円前後で取引きされている農家米が、現在は15000円で取引きされているという。間違いなく国民は、政府の安全基準など信用していない。我が家でも、昨年は通常の数量しかお米をストックしなかったので、新米がとれる頃には、在庫がそこをつく。さてどうしようか。

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いつもなら無農薬、天日干しのササニシキ米は、うまいと評判の我が家ご自慢のお米だが、ほんにょ干し(上の写真)にしたがために、かえって放射能値が高くなるのではないかと思案中のかねごんである。

ところで芸能人の暴力団関係者との癒着が問題になっているが、嘘八百をならべたて、国民の命を、特に未来ある子どもの命をないがしろにしている、日本政府の無策さは、暴力団関係者となんら代わりがないような気が僕はする。

黒塗りの車にふんぞり返り、料亭を出入りする出で立ちは、組関係者も政治屋もほとんど区別がつかないのが、現状だ。

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2011年8月25日 (木)

木花之佐久夜姫再び登場

このブログで何度か登場した神様だが、今日も木花之佐久夜姫(このはなのさくやひめ)について述べてみたい。

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木花之佐久夜姫は富士山の神様で、東北では山の神様として多くの神社で祭られている神様だ。僕の住んでいる岩手県県南地区では、奥州市水沢区の駒形神社に祭られている木花之佐久夜姫の社が一番大きいが、千厩の金田神社にも山の神として木花之佐久夜姫が祭られている社がある。

霊峰早池峰も、神気静謐なる大船渡五葉山も、そして多くの山の神を祭る神社も、山神のご神霊は木花之佐久夜姫である。

東北の羽奥山脈や北上高地の山の神様方は、3.11の震災後三陸の復興のためにものすごいパワーを発揮されていて、岩手の山々の波動がものすごく上がっているという話を、とある方から先日伺った。全くのつくり話ではないだろうと思う。

6月に僕はその山神に導かれる如く、衣川の月山、平泉の束稲山、そして一関の烏兎ヶ森(うどがもり)の山神にお参りさせていただいたが、それ以来ものすごいシンクロニシティが起こっているし、僕の周りの人の流れが急激に変わった。

その一つが塾生の集まり方である。3・11の震災後、僕の塾は入会者が全くなかった。3月から5月までの状況が続けば、僕の塾も震災のために廃業した沿岸の塾同様、危険ゾーンに突入していたかも知れない。

6月の荒覇吐(アラハバキ)神詣の後、不思議なほど生徒の入会が続いた。小学生部門は、開校以来最も多い人数に達しているし、中学1年は今月で定員に達しそうな勢いである。チラシを撒いた分けではない。DMを送った分けでもない。おまけに僕の塾は目立つような通りに面した塾でもない。

春の全員合格が、ここに来て評価されたのかと思いきや、入会してきたご父兄も生徒もそんな事は知らない(苦笑い)。

塾の玄関を開けると、正面には木彫りのブッタの坐像が鎮座している。本棚の上の神棚には、近隣の神社の御札がところ狭しと祀られている。2階の指導室には、怪しげな龍神が合格祈願に祀られ、眼光鋭く塾生たちを監督している。

僕の塾はそういう意味では、間違いなく変な塾である。しかしこの変さが、ひょっとしたら何がしかの魅力を醸しだしているのではないかと、勝手に想像する神社オタク神様オタクのかねごんであった。

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哀愁を漂わせる逸品・軽トラック

僕のブログの師匠であるとよ爺先生が、今日のブログ記事で僕の軽トラックを紹介して頂いた。

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この軽トラックの思い出を語り始めたらキリがないのだが、21年間本当にお世話になってきた愛車である。1990年に登録した車である。

田んぼで、そして僕の通勤に日々活躍してもらってきた。僕のハングリー精神を支えてきた軽トラックである。高校生は僕の軽トラックを見ると当初は笑っていたが、今や完全に僕の風物詩となり、そこはかとない哀愁を漂わせている逸品だ。

21年前父が他界し、急遽女房と、生まれたばかりの長男を連れて今の山里である実家に戻った。そして今の塾を始めたわけだが、それまで6年間勤めていた塾に退社後初めて挨拶に行った時も、この軽トラックだった。

雨が降り、塾生が自転車で帰れなくなった時も、この軽トラックは大活躍である。荷台には自転車が3台は積める。生まれて初めて軽トラック乗る生徒も多く、「へぇ~」と微妙な反応をする塾生達も多い(笑い)。

被災者証明を取れば、高速道路が無料なのだが、この車では周りに迷惑をかけるだけなので、僕は被災者証明をとっていない。なにせ80キロを超えると苦しい悲鳴をあげる愛車なので、県道や国道が限界である。

震災にも負けず、放射能にも負けず、そして不況にも負けず、この軽トラックと暫く歩みを続けていきたいと思っているかねごんである。

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2011年8月24日 (水)

古今東西の古典的失敗例

終身雇用制が崩壊した日本社会に於いて、一生涯を通じて一つの仕事をやり通すということが、大変な時代になった。転職を余儀なくされたり、業種の全く違う会社に移ったりと、波乱万丈な人生を歩まざるを得ない状況が続いている。

僕は吹けば飛ぶような個人塾をやってきた。これといったビズネスプランを実践してきたわけではないし、まったくもって行き当たりばったりの風見鶏的塾屋なわけだが、自分が経営者としてやってきたことは、商売に失敗した人達を、冷静沈着に僕なりに分析してきたことだろうか。

自慢じゃないけれど、成功している経営者の手腕を見習ったことなど一度もない。自分がちっぽけに見えてくるだけで、そしてあまりにもレベルが高すぎて、真似たいとも思わなかった。失敗した人間をじっくり観察する習性は、いやらしい人間かも知れない。しかし、そのおかげでこの不確実性な社会をなんとか生き残ってきた気がする。

20代から30代にかけて、家庭教師を仕事としてずいぶんやってきた。当時田舎で家庭教師を頼んでくるのは裕福な家庭が殆どで(今でもそうかも知れないが)、自営業者や会社の経営者が父兄であることが多かった。

バブルが崩壊した後、会社や自宅まで失った方も多い。家庭が崩壊したり、会社がダメになった家庭には、ある種の共通点がある。

それは古今東西の古典的失敗例だろうと思うが、酒と女である。社長と言われる人間は、本当は弱い人間なのかもしれない。酒と女に溺れることで、ある種のバランスを保とうとするかのように、のめり込んでいく。

二つ目は、弱者に対する横柄さと、権力者に対する卑屈さである。これが顕著になると間違いなくお店や会社は傾いてくる。出入りする営業マンに対する口のきき方で、会社の存続寿命が分かると言っても過言ではない。

3つ目は、こどもの前で財産やお金のあることを自慢する経営者だ。家庭教師におじゃまして、酔っ払ったお父さんが「お金は心配するな、どこの大学でもお金は出してやる。勉強しろよ」などと豪語する、父兄である経営者に遭遇することがあったが、四半世紀が過ぎて、残念ながら残っている会社はほとんどない。

だから僕は、女遊びは一切しないし(笑い)、酒も外で飲まないし、お金がないので必然的にお金の自慢もしない。每日質素に軽トラックに乗っている。

最後にこのことだけは一言だけ加えておきたい。ハゲで小太りの経営者に破綻するものが少ない(爆笑)。この研究テーマは、自分を含め自己分析ができていないので、今夜は書けないのだけれど、後日まとめてみたい・・・・。

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あの日を経験した学びを生かせないほど僕ら人間は愚かな生き物ではない

何が起きてもおかしくない時代。愛と感謝のエネルギーが渦巻く一方、偽善の力はどんどんその本性を表し消滅していく。

島田紳助が芸能界を引退、という記事が飛び込んできた。才能ある人間だが、芸能界に未練はないのかも知れない。彼を人寄せパンダに使ってきたテレビ局の崩壊も近い。

前回の記事でも書いたが、自然の淘汰は自らの中にある神聖な意識によるものだ。誤魔化しが効かない世界だ。僕はそう思っている。

島田紳助の話に戻ろう。彼はなぜこの時期に全ての番組を降板して引退をするのか。愛する家族のため、彼は全てを捨て避難をするためだ。僕は確信している。ヤクザ云々はカモフラージュに過ぎない。

每日垂れ流されているどうでもいいようなギャグ番組など僕は見る気もしないが、日本人を痴呆化してきたテレビの大罪は大きい。

夏休みが終わろうとしているのに全く宿題をやらず、24時間テレビの偽善番組をぼ~と眺めている子どもたち。塾や部活よりもテレビ番組を優先する子どもたちの精神は、今の日本を象徴している。

東北の次は東海が危ないと言われているが、どこに居ても逃げても、助かる人は助かる。命の本質(魂)は、実は全てを知っている。僕らは、お釈迦様の手のひらの上をただただ右往左往している愚民に過ぎないかも知れないが、偶然を装った神様や天使たちのパワーに早く気づかなければならない。

今朝も頭痛が続いている。我が家は僕の頭痛を察知して、発電機、水、ガソリン等を確保した。

僕の話をまともに聞こうとしない息子達が、僕の22年ものの軽トラックが2台も買えるくらいのお金をなげうって発電機を買った事実に、何かを察知したようで、気持ちの準備だけはしているようだ。

震度7弱、震度6強の地震をたてつづけに経験すれば、僕のような凡人でさえも、何かキャッチするものだ。隣町では、数千人が津波で亡くなった。あの日を経験した学びを生かせないほど僕ら人間は愚かな生き物ではない。

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2011年8月23日 (火)

僕の頭痛が始まった

8月17日の英インディペンデント紙は、福島原発事故を取り上げ「原発事故は日本政府が嘘をつく構造 」「近代日本の終焉」「チェルノブイリより遥かに酷い」と論評した。

もはや外国は全く日本のデーターや発表など信じていない。日本の農作物や工芸品までがシャットアウトされている。

友人のアメリカ人が、アメリカ大使館が東京から避難したら、母国に帰ると言っていたが、今日のツイッターの情報によると、天皇家が東京より避難したらしい。

実はここ2,3日前から僕の頭痛が始まった。僕のブログを震災後から読まれている方が多いようなので、少し補足すると、3・11の1ヶ月前から猛烈な頭痛と胸の圧迫感を経験した。総合病院に行き、MRやCTや血液検査を受けたが、数値上の異常は一切出てこなかった。

塾に行くのに自分で車を運転できず、何度も女房に送迎をしてもらった。授業もままならない頭痛だった。

3月9日に頭痛が治まったと思ったら、大地震が二日後に東北の沿岸を襲った。後日分かったことだが、僕の頭痛が始まったあたりから、東北上空の電磁波が今までにないような異常な状態だったようだ。僕の頭痛がリンクしていた。

関東上空の電磁波が3.11のような状況だという情報を先ほど頂いた。

何も無いことを祈りたい。今夜は頭痛でブログを打つことが厳しいので、この辺で失礼するが、水の確保、食料の確保を冷静に沈着にやるべきである。明日無事に夜が明けることを信じて、それでは。

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神様をなめてはいけない

星に願いをという歌がある。

突然であるが、自分の願いや思いを実現させるために、神や宇宙に向かってお願いをするのは間違っていると思う。

自分の願望を自身の都合で神様にお願いするのは、神様が自分とは別のどこか遠い存在であることを認めてしまうことじゃないだろうか。それは3億円が当たりますようにと、宝くじ売り場の招き猫に祈る姿となんら変わらない。叶うはずがない。

それは僕らの中に神様がいることを気づいていないから、僕らはどこか他所に神様を求めてしまうのではないだろうか。そして神様とは似ても似つかないものに頼り、幸運どころか不幸を背負ってしまっているのではないだろうか。

強い願望は全否定に繋がる。神社仏閣に詣でて、どうか幸せになりますようにと願う事自体、自分が不幸であることを認めている証であり、ポジティブな心境ではないことになる。

震災後、たなびいている『がんばろう岩手』『がんばろう東北』の幟旗も、頑張っていないことを前提にした言葉であって、猛烈に頑張っている人達に失礼極まりない言葉である。

僕は每日神棚に頭を垂れているが、神様にお願いなどはしない。生かされていることへの感謝、子どもたちに教えさせて頂いていることの感謝を念じているだけだ。つまり神様の存在に感謝する每日である。

神様をなめてはいけない。いちいち願いなどを言わなければ分からないほど、神様はもうろくなどしていない。感謝と愛のエネルギーを自ら放射すれば、僕ら全てに宿る根源の力は、この地球を宇宙を動かすのである。

・・・・・ちょっと生意気なかねごん宇宙教祖の言葉でした。

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2011年8月22日 (月)

僕らは地球に試されている

昨日の日曜日から英語プロ養成講座が始まった。

今後塾や学校で英語プロを目指す方の、4時間ぶっ続けのセミナーだ。小学生、中高生5000円の月謝に比べると破格の金額であるが、生意気かも知れないが僕の全身全霊の英語指導である。

時に僕より英語が出来る方が来たりするのだが、そこは英語力というより指導のスピリット伝授ということで許してもらっている。

これでしばらく僕の休日はなくなった。もうすぐ稲刈りの季節もやって来る。出荷できるかどうか微妙なところだが、収穫はしなければならないだろう。

僕だけが感じていることかも知れないが、想念が現実化する加速が猛烈に早まっている。思ったことが次から次へと現実化するスピードが増している。

心をクリアーにしていないと、ネガティヴな想念もどんどん現実化してしまう。地球上の波動エネルギーみたいなモノが急上昇していると言われているが、僕もそんな気がする。

逢いたいなと思っている人が、突然何十年ぶりかで訪れてくれたり。こんなものが必要だなと朝思っていると、偶然夕方「こんなのがあるんですけど使ってみませんか」などと持ってきてもらったり。偶然とは言いがたいシンクロニシティが連続する每日だ。

ある種誤魔化しがきかない世界だ。自分の周りで生じる出来事が、自分が引き寄せているとなると、雑念や妄念を自分の心から撤去させなければならない。

僕らは地球に試されている。どんなに立派なことをしゃべっても、書いても、自分の心や精神は誤魔化せない。各自の中にある浄化作用装置にスイッチが入ったような時代が到来した感がする。

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2011年8月21日 (日)

若き教師たちへ

中2の頃だったろうか、自分が大人になっていくことに対してものすごい喪失感みたいなものを感じたことを覚えている。

子どもであることの幸せみたいなものを、無理やり剥ぎ取られるような、そんな感覚だった。

そんな感覚にさいなまれていた頃、同級生が骨肉腫で死んだ。14年の生涯だった。16歳の夏が始まろうとしていた頃、今度は高校の同級生が天国へ行った。バイク事故だった。

彼らは天国で大人になっていくのだろうか。それとも少年のままでずっといるのだろうか。そんなことを考えながら、僕はその他大勢の高校生がそうであるように、受験勉強というしがらみの世界に埋没していった。

今50を過ぎてふと思い出すのは、思春期の頃の孤独感だ。ある意味で無防備過ぎる繊細な感性は、若さゆえに誤魔化すすべを知らず、自分の感情を鈍化するために、どうでもいいような暗記の世界に身を投じた青春時代だったような気がする。

受験勉強はもちろんやらないよりやった方がいいだろう。しかし受験科目にしても、出題範囲にしても、国家という実態のないイディオロギーが勝手に創作した勉強システムであり、その幻想とでも言えるレール上にだけ、価値観を見出そうとすることはとても危険なことだと思う。

今回の原子力事故は、政府とそれを取り巻く自称知識人達の無能さを証明するにはあまりにも多くの犠牲を日本人に課してしまったわけだけれど、政治家や大企業が癒着して作り上げてきた民主主義という名の仮面社会が、実は弱者や貧困を生み出す最大の原因であることに気づいた日本人は多いだろう。

僕が大人になって行く途中で感じた少年の頃の喪失感は、国家イデオロギーが、一部の特権階級が潤うために画策し続けてきた欺瞞的社会に対する本能的不安であり、諦観ではなかったかと思っている。

若者たちが声をなくし、飼い慣らされた野獣のように、柵で囲まれた放牧地でじっとしていることは、決していいことなどではない。

僕はこの記事を高校生や大学生に向けて書いているのではない。若き教師たちに向かって書いている。

こんなことを言ったら左遷されるのではないか。こんなことをやったら首になるのではないだろうか。校長や教育委員会の顔色を伺いながら、自分の正義や信条を貫くことが出来ない教育など、教育なんかじゃない。

安定という二文字に胡坐をかき、子どもの命や未来を守れない教師など先生と呼ばれる資格などないんじゃないだろうか。

国語を教えています。数学を教えています。英語を教えています。そんなことで自分が立派な教師だと思うなら、それはそれでいいだろう。教師になるために学んできたことを、しっかり振り返ってみるといい。その知識で君たちは何が出来る。子どもたちに教科を教えること以外に何が出来る。

せいぜい職を失った大学の友人を見て、憐れむことと、自分の給料明細書を眺めて安堵している、精神安定剤としての職業観しか持っていないんじゃないのか。そうじゃなかったら、こんな大変な状況で、いつもと変わらない授業を出来るはずがない。

こんな政府や文科省の元で、おのれの魂の声を上げることもなく、生涯を終えられる君達に僕は脱帽するよ。一生懸命勉強して大学に入って、狭き門をくぐり抜けて教員になった君たちだからこそ、本当は今の教育現場の不条理さが見えているはずだ。

それを見て見ぬふりをするのは、自分の生活のためかい。人はさ、時に無謀でも、自分に嘘をつかないで自分の信念を貫くことが必要じゃないだろうか。

この地球に生まれた僕ら人間は、この地球でしか進化を遂げられないんだよ。いま頑張らないでいつ頑張るんだよ。そうじゃないかい、魂の同胞達よ!

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2011年8月20日 (土)

こんな日もあるさ

今日はブルーである。青森の光星学院が優勝できなかったからではなく、また仕事が忙しいからではなく、ブールーである。きっと急に秋風がそよぎだし、心がメランコリーになっているのかも知れない。

昨日で予備日も含めて夏期講習が終了した。每日地震で揺れる夏期講習だったが、今年も暑かった。夏休みに入って4名しかいなかった受講者も、終わってみれば20名近くの申し込みがあり、なんとかガイガーカウンターと自習室に取り付けたクーラーのお金を払うことが出来た。ほっとしている。

春にたった6名だった中3生もなんとか2倍になった。震災後閑古鳥が鳴いていた僕の塾もようやく活気づいてきた。一関附属中学校を受験する小学生を入れても20名に満たない今年の受験学年だが、先日も公示したように、今年度は9月一杯で高校・大学の受験学年の募集を停止する。

毎年受験指導に明け暮れてきた。塾屋として当然のことだが、さすがに3・11の震災を経験し、放射能の恐怖に晒されてきたここ数ヶ月の疲労が、つもり積もっている。今年はこれくらいの指導人数が僕には限界だと思う。

震災後、家庭の事情で塾を休みますと言って、来なくなった塾生が3名いて、僕は親の仕事が大変なのだろうか、生徒が精神的に参っているのだろうかと心配していたのだが、その3名が全て大手のフランチャイズ塾に通っていることを先週知ったことも、ひょっとしたらブルーになっている原因かも知れない。

僕の塾の3倍の指導料金の塾に行っているということは、親の仕事の問題ではなかったわけで、それはそれで安心したのだが、一抹の寂しさは正直ある。

相変わらず『がんばろう岩手』の幟旗が風に揺れている。嘘つきの政治屋と嘘つきのメディアに翻弄される每日、正直何ががんばろうだと、胸ぐらを掴んで恫喝したい気持ちになるのだが、僕らは進まなければならない。

スーパーで福島産の桃が売っていた。一箱700円。いつもなら4000円はする高級品がである。なんだか知らないけど、涙がこぼれてきた。

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2011年8月19日 (金)

東北の悲願!

光星学院VS日大三高の決勝戦。

甲子園の歴史の中で、いまだ果たせない東北の悲願、優勝。

太田投手率いる三沢高校も、甲子園最速投手・佐藤由規の仙台育英も、東北高校のダルビッシュも、そして花巻東の菊池雄星も手にすることが出来なかった真紅の優勝旗。

この大震災の年、歴史が動くかも知れない。そんな予感がする。

空に輝く多くの星が彼ら球児を見守っている。

2011年8月20日、東北の地に夢よ舞え!

光星学院よ輝きを解き放て!秋田君よマンドを頼むぞ!

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被災地での酒宴

  石巻市庁舎で震災3日目から毎晩飲み会「誘いを断れなかった」



  宮城県石巻市などは18日、東日本大震災の発生3日目から約1カ月間、
  災害対策支部のある石巻市役所桃生総合支所で毎晩飲み会を開いていたとして、
  総合支所長だった部長級職員(58)を減給10分の1(2カ月)、
  次長級職員(58)と課長級職員(56)を減給10分の1(1カ月)の懲戒処分にした。

  市によると、3人は3月13日から約1カ月間、地元の消防団長=当時=の男性(61)らに誘われ、
  震災対策などを協議する会議終了後の午後8時ごろから
  支所1階のロビーや2階の和室で、焼酎を飲むなどした。  スポニチ8月18日

石巻は甚大な津波の被害を受け、多くの救助支援、災害支援にも関わらず多くの犠牲者を出した町だ。市の幹部が、それも総合支所で酒を飲むという行為の不謹慎さと常識のなさにはがっかりである。

震度5弱の余震が頻繁に起きていた時期である。酔っ払った状態で緊急の連絡も行動もとれるわけがないことぐらい、50を過ぎた人間なら分かることだろう。自分達がどういう状況に置かれている立場の人間であるのかを全く理解していない。上記の処分は甘過ぎるのではないだろうか。

すぐ近くで、寒い中粗末なテントで寝泊まりをし、必死の救助活動を敢行した自衛官や警察官そして消防団を彼らはどんな気持ちで眺めていたのだろうか。普通の神経をしている人間なら決して酒など飲んでいられないだろう。

僕は今回の震災で、本当に身勝手な多くの公務員の状況を見聞してきた。今回の飲酒のような状況は氷山の一角だと思っている。「休みもなく働いてるんだよ!」という職員の声を何度も聞いた。選挙の時と税務処理の時に忙しい皆さんのようだが、多くの市井の人々は、この不況下で每日365日休める日々がない。

謙虚に誠実さをもって仕事をすることが、当たり前の世の中ではなくなってしまったのだろうか・・・・。残念である。

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2011年8月18日 (木)

ジャージの神様

自称霊感人間の方から、「かねごんさんの目は霊眼ですね、何か見えているんじゃないですか」と人生に於いて何度か言われたことがある。

最近は女房でさえも「本当は何か見えているんじゃないの、教えなさいよ」などと本気とも冗談ともつかないツッコミをしてくる。はっきり言おう。何も見えてません!

40代まで維持してきた2.0の視力もかなり衰え、老眼が進みメガネが手放せなくなってきました・・・・・・そういう意味じゃないって?・・失礼しました(笑い)。

ただ・・・・夢か幻か2年前の春に不思議なものを見てしまった。市内の某有名な神社に参拝に行った時のことである。

参拝の後、拝殿へ登ってきた階段とは別のルートで駐車場にもどろうと、車道の道に出ようとしていた僕は、戦死者を祭った石塔の横を通り過ぎた。辺りには人影はなかったし、誰かが山道を歩いてくる音もなかった。通りすぎて振り向いた瞬間に、緑色のジャージに身を包んだ30歳ぐらいの青年が、その戦没者の石塔に座禅を組んで座っているのである。びっくりした。

僕がぼ~としている間に走ってきたのだろうと思ったが、その割には汗もかかず、すがすがしい顔で、背筋をピント伸ばし、はや瞑想状態である。ジャージにはAdidasのマークが付いていたが、非常な違和感を感じた。僕は前を向き2,3歩んだのだが、気になって振り向いた。

消えていたのである・・・・・。

その話を家に帰って女房に話すと、「私の知っている市役所職員の人も、そう言えば日光に行った時、巨木の杉の木の上に緑色のジャージを着た人間を見たとか言っていたのを聞いたことがあるわ」などとのたもうた。

昔は白装束や、ヤマトタケルノミコトのような服装で現れた神様も、現代はAdidasのジャージで現れるのだろうか。なんとも不思議な体験だった。

山や神社の境内で、緑色のジャージを着た青年にあったら気をつけて見てください。ひょっとしたら神様かも知れませんよ。

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新たな道に未来はきっと通じている

毎年盆暮れに塾によってくれる教え子たちがいる。今年もわざわざお中元やらおみやげやらを頂いた。本当に恐縮である。

教え子達の中には、なかなか縁遠く、適齢期を過ぎても独身貴族の者たちがいる。家庭を持ち、子どもを育てることは確かに幸福の一つではあるが、幸福の絶対条件ではないと思っている。

人はそれぞれが人生の見取り図を携えて生まれてくると僕は考えている。結婚し、親になることで多くの学びを得る者がいる。ある種の使命のために、今生は結婚を選択しない精神性をもった若者もいるのではないだろうか。

家庭のトラブルで自らの命を絶ってしまう人がいる。家庭がなく孤独死を迎える方がいる。人生が織りなす運命に、人は時に歓喜し、時に絶望するけれど、その運命さえも自らが選択してきた一瞬一瞬の堆積だと僕は考えている。

学歴や家柄や容姿や性格、そういった個人個人の個性を全て長所に変えることは難しいだろうけれど、自分の個性を認めることは出来るはずだ。自分に与えられた物は、全て宝物だと思えば、生きるスタンスは自ずと変わってくる。

空を眺めても見てもそうだろう。雨に歓喜する人、がっかりする人。それが僕は人生だと思う。今僕らは間違いなく人生を試されている。

果てしない荒野を彷徨っていると、感じる人が多いかも知れない。一人一人が歩みを諦めない限り、たとえ荒野でもその歩みが轍(わだち)を作り、そして新たな道が出来るはずだ。

だからあゆみ続ける勇気が必要だ。新学期が始まった。放射能汚染された故郷を離れ、勉学を始める子どもたがいる。新たな道に未来はきっと通じている。

三陸で、津波によって被災した子どもたちが、猛烈に勉強をしている。そして猛烈に世の中を学んでいる。彼らが彼女らが将来の日本を引っ張って行くことは絶対間違いない。

逆境は愛の力を一番エネルギーに出来る。

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2011年8月17日 (水)

どうでもいい記事ばかりである

東日本大震災の津波で流された岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松の木を、9月25日のおたき上げで燃やすと決めた千葉県成田市の成田山新勝寺に、抗議の電話が約100件寄せられたことが16日、分かった。

 新勝寺によると「放射性物質が心配なので、燃やさないでほしい」などといった健康被害を不安視する匿名の抗議が大半。「供養のため」と受け入れを支持する意見もわずかにあった。また、成田市と千葉県にも抗議の電話やメールがそれぞれ約20件ずつ寄せられたという。 産経ニュース

多くの日本人を無防備にし、そして疑心暗鬼にさせてしまったのは、日本政府の隠蔽隠しの結果に他ならない。陸前高田も、千葉市も東京23区も、今やセシウムをはじめとする放射能値はほぼどこを計っても、同じレベルの値になっていることをご存知だろうか。

京都の大文字のケースはまだ心情的に理解ができるが、千葉の成田さんも岩手の陸前高田も、福島原発の放射能汚染によるデーターをウエイブ上で見る限り、それほどの差はない。

ちなみに8月14日に関東、東北の放射能値が今までより0.07~0.1マイクロシーベルト急上昇したことをご存知だろうか。8月14日午前11頃、福島原発から水蒸気噴出と思える多量の白煙が上がったことをご存知だろうか。晴天なのに、福島原発上空は空が見えない状況になった。

それなのにNHKも他局も、新聞も、一切福島原発について触れないし、それに関する報道など全くない。大文字焼きがどうのとか、成田さんがどうのとか、いっちゃ悪いがどうでもいい記事ばかりである。

お盆休みでぼけ~としている場合ではない。今後もアンテナを張り巡らして行かなければならいと、思いを強くするかねごんである。

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人生に欠かせないもの

1950年代から60年代のモダンジャズをブルーノートで聞いてきた僕は、ニューエイジのジャズをあまり聞くことがなかった。その原因は1970代後半から主流になったジャズヒュージョンのサウンドがどうも生理的に受け付けなかったからだ。

ところが2000年にはいって、モダンジャズのスピリットを継承しつつ新しい時代を感じさせるジャズメンが多く台頭してきた。その一人がRobert Glasperだろう。彼のアルバムIn my Element は、脳髄を覚醒させてくれ、ファンキーなリズムを堪能できるお気に入りの一枚だ。

そんな曲を聞きながら、昨日は僕の軽トラックの横に、大切なお客さんを僕は乗せていた。

昨日はかつての塾屋の上司であり、現在は魂の同胞であるジョン先生と25年ぶりに再会した。25年間の思い出話を一晩で語り合うことは到底出来なかったが、夕暮れの平泉を散策しながら、悠久の歴史の流れの中に生きている自分達の奇跡と、喜びをかみしめた。

僕がそれこそ25年間ジャズを浴びているジャズ喫茶モリソンにお連れし、ジャズを聞きながら、ひさしびりのジョン節を拝聴した。塾屋としてあらたな発見と確認をすることが出来たかねごんである。

僕にとって人生に欠かせないもの、それは人との絆であり、そして生きていく希望である。希望は、家族であり、友人であり、そして仕事であり、日々の出会いである。

それを演出してくれるのはやはり、心に沁みいいる音楽だ。

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2011年8月16日 (火)

Smile

18日から塾の夏期講習と高校が始まる。僕の塾教師と高校講師の二足のわらじの日々が再開する。

今年は本当に大変な年である。多くの友人が津波で親戚や知人を亡くした。放射能の汚染のため、肉牛を出荷出来ない畜産農家も僕の周りでは多くいる。

暗い世相だけれども、救いは子どもたちの笑顔だ。僕が教科担当しているクラスの高校3年生も就職が大変で、沈みがちになりそうな状況だけれど、元気な笑顔がこぼれている。

若さは青春の特権だ。そしてその若さが全ての困難を超えていくパワーの源だ。どんなに暑くてもどんなに寒くても、どんなに疲れていても、若者には言うまでもなく若さがある。その大きな武器には僕らは太刀打ちなど出来ない。

未来永劫続いていくこの地球という大地の上で、まるで困難なことが何もないかのごとく、子供たちは走りつづけていく。

訳知り顔の大人が、彼らの道を照らしている気でいるが、実は僕ら大人が、若者たちに先導されているのかも知れない。

若者たちの涙と、汗と、そして笑顔が青空に似合う。

僕は多くの年月を子供たちと過ごしてこれたことを、神様に感謝している。夏の空に一生懸命伸びているひまわりのように、僕も子どもたちに真っ直ぐに向き合って行きたい。

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2011年8月15日 (月)

原発関連のYouTubeの動画などは、エロ動画より早く削除されている

「大学受験の数学を指導して欲しいのですが」とか、「センター試験の化学を教えてもらえませんか」等の電話が毎月ある。残念ながら僕の塾は、大学受験の全教科指導はやっていない。高校生部門は英語と社会系の教科、そして論文指導である。

在籍している高校1年生には数学を教えているが、あくまでもおまけである。Mが横になったあたりから僕の数学の知識は断崖絶壁の崖っぷちとなる。

私立文系というカテゴリーに入る大学を出ているゆえ、大学では数学は一切やらなかったし、大学受験も英語と国語さえ出来ればよかったし、高校の数学や理科は赤点を取らない程度のお客さんで良かったわけで、はっきり言って高校の数学や理科は未知なる世界だった。

うちの長男は理系なもんだから、微積や数3やら僕には全くわけの分からない教科をやっていたが、コンピュータや制御情報をやるには高等数学は欠かせないらしい。現代に於けるテクノロジーの殆どは、現代物理学の数式なくしては存在できないものであって、数学の公式が宇宙を制覇しているらしいのだが、僕にはため息が出る世界だ。

「学校の勉強をやって社会に出て役に立つんですか」などとケンカ腰の生徒がいるが、役に立つどころか最低中学校くらいの教養と知識が無ければ、世の中で物理的に生きていけても、哲学的になかなか輝きを放つことが出来ないと、僕は思う。

PCのローマ字入力が出来ないサラリーマンは厳しいだろうし、満足な業務報告書を書けないものは、たとえバイトでもいらないだろうと思う。1800円の品物の消費税の計算は確かに高校での数学を必要とはしないが、中学レベルの学力が無ければ難しい。

今回の原発の事故に於いてもそうである。チェルノブイリ事故の医学的データを読む能力さえあれば、今回日本政府がとった対応が、いかに非常識なものか、国民の命を命とも思っていない東電と政府と官僚の冷徹さが分かるというものだろう。

国の基準が基準がと繰り返すどこぞの学校の先生や役人方は、残念ながら中学校程度の学力がないといわれても仕方がないのではないだろうか。

福島原発を話題にしたTwitterやブログが政府機関より検閲され始めている。原発関連のYouTubeの動画などは、エロ動画より早く削除されている。そういった技術は中学校程度の学力は必要としないだろうな。削除キーを押せばいいことだから。

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25年ぶりの再会

昨日のお盆休み初日は、朝にお墓参り、その後一関総合体育館で行われた河北杯卓球大会に行ってきた。我が花泉中学校は団体3位に食い込み、中学3年生の最後の夏が終わった。

帰宅後は汗だくになりながら庭の草取り、植木の剪定をやり、一日が終わった。夕食をとりながらプリン体抜きの缶ビールを飲み、8時にはもう床に就いた。

今日は自宅裏の雑木林の枝を切り、その後は青森代表の光星学院が甲子園に登場したので、テレビ観戦をした。7対6で強豪徳島商業に勝利しベスト8入りを決めた。この勢いで東北に初の真紅の優勝旗を持ってきてもらいたい。

さて明日は25年ぶりに逢う人がいる。僕が東京の学習塾でお世話になった校長先生のジョン先生だ。年賀状のやり取りはずっとやっていたのだが、ほんとに久しぶりの再会である。

大学を終えた後僕は、東京の千歳烏山にある進学塾に勤めた。偶然その教室は東北出身者の先生方が多く、和気あいあいとした雰囲気の塾だった。ちなみにジョン先生も青森の出身である。東京で私塾を開講し25年目を迎える塾屋のベテランである。

当時の思い出話を始めると尽きないのだが、塾業界が脚光を浴び始めた時代で、良くも悪くもお祭り騒ぎのような日々だった。当時の僕の記憶は、仕事を終えた後のミーテイングと称する酒と麻雀の記憶しかない(爆笑)。

ジョン先生は当時小説を書いていて、酒と歌を愛する風流人で、人生の哀愁みたいなものをそこはかとなく漂わせている塾屋であった。当時ジョン先生のお父様は小学校の校長をしており、ジョン先生が校長に昇進した時に、「俺もオヤジと同じく校長になったよ」とニヒルに笑っていた先生の顔が印象的だった。

当時PCもワープロもない時代。ほとんどの教師は手書きか、切り張りの作業がメインだった。ゆえにほとんどの先生方は、切り絵師のごとくハサミの使い方が上手く、芸術的なプリントを作成していた。きっとジョン先生はいまだに切り貼りをやっているような気がする。と言うのは、彼は僕と同じように携帯を持っていない。PCは奥様が使うだけで、本人は使えない。塾ではスタッフがPC関係を全てやっているようなので、まったく興味がないようだ。

かく言う僕も、4年前まではPCの使い方など、インターネットを見るくらいで、全くの無知だった。このブログを社長である女房に勧められなかったなら、きっと現在のジョン先生と同じアナログ切り貼り人間だったろうと思う。

明日は世界遺産登録を決めた平泉を、僕の愛車軽トラックでジョン先生をお連れしたい。夜は僕の自宅での泊まりなのだが、その前に居酒屋での塾談義といくか。楽しみである。

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2011年8月14日 (日)

メジャーなご先祖

今日はお墓参りに行ってきた。今回の地震で法名を刻んだ墓石が倒れた。家族総出で先月修復作業をやり、どうにか無事にお盆を迎えることが出来た。ほっとしている。

その墓石の筆頭に12代当主・金田庄太左エ門の名が刻まれているが、僕のご先祖の中では一番メジャーな人物である。ちなみに僕が17代目、長男が家を継ぎそうなので18代目ということになる。江戸時代からよくぞ途絶えることなく続いてきたものだと、墓石に刻まれたご先祖様の名前とその歩んだ人生に感謝の念が絶えないかねごんである。

12代当主・金田庄太左エ門は何をやった人かというと、江戸時代の文化11年から3年をかけて花泉金沢の丘陵地帯に、3000本の松を植えた百姓である。決して園芸が趣味だったわけではない(笑い)。金沢郷刈生沢(かりゅうざわ)村は、江戸時代標高が高いため霜の害が多く、米作りでは幾度か多くのダメージを受けた地域だった。

田村藩藩主・田村宗顕(みねあき)に、霜よけのための松の植林を陳情した金田庄太左エ門だったが、その要望が叶えられ、3000本の松が5キロにわたり植えられた。

昭和になり伐採された松は、旧金沢小学校、刈生沢小学校の建築資材利用されたと、当時の記録に残されている。

現在植林された地域は、パイロット新田開発事業により、山がなくなり青々とした田んぼが広がっている。植立(うえだて)という地名だけが当初の名残を残している。

その植立から僕が幼少の頃、父が3メートルほどの松を掘り起こして持ってきて庭先に植えた。その松も半世紀が過ぎた現在、結構な巨木となり、シュタイナー教室である『風と虹』に通ってくる幼児たちが遊ぶ砂場に、涼し気な木陰を作っている。

この自宅の松も、ルーツをたどっていけば、庄太左エ門が植林した松に行き着くかも知れない。

松と言えば、陸前高田の松が、京都の大文字焼きで鎮魂の祈りを込めて焼かれる予定だったが、放射能が検出された理由でダメになってしまった。残念である。

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2011年8月13日 (土)

ちょっと感情的な今年度の塾生募集についてのお知らせ

震災から6月まで、入会した受験学年の生徒数が0行進というワースト記録を作ってしまった僕の塾でしたが、夏休みを前にして塾生や卒塾生の保護者の皆様より生徒をご紹介頂きまして、今年度もどうにか通年の在籍数に近づいてきました。心より感謝申し上げます。

今年は受験学年の在籍数が例年の3分の1にも満たない状況ですが、他の学年の子どもたちが多く在籍し、なんとか塾の運営が成り立っております。重ね重ね御礼を申し上げます。

勝手ではございますが、今年度は入会者数に関わらず、高校3年生は8月いっぱいで、中学3年生は9月いっぱいで募集を終了させて頂きます。何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。

また中1学年は、すでに受験学年の在籍数を超えており、定員があと3名となっております。退出者が出ない限り、来年度以降に於きましても入会が難しいと思います。入塾希望の方はお早めにお申し込み下さい。よろしくお願いいたします。

高校3年生に関しましては、在籍者が居ないのにもう締切かと思われるかも知れませんが、大学受験英語にしても、AOの入試論文にしても、2ヶ月や3ヶ月でどうにかなるものではありません。

2年前県立花泉高校より数十年ぶりに東北福祉大学の合格者を出しましたが、高校サイドの論文指導を踏まえ、塾での半年間の論文指導を要しました。また県立一関二高より9年前、100年の歴史の中で初の早稲田合格を我が塾生が果たしましたが、その時も夏休み前からの論文指導でありまして、指導を振り返りますと、ぎりぎりの日程だったと思います。

大学入試の英語に於きましても、「高校入試の時も残り3ヶ月で何とかなったから、大学受験英語も何とかなるだろう」と塾にやって来る高3生がいるのですが、お断りしております。

自分でかなりの勉強をやってきて、仕上げに最後塾を利用するというのならまだしも、最初から英語を3ヶ月でどうにかと言うのは、失礼ですが大学受験をなめています。

入れる所に入れればいいやという発言を聞きますが、それも大学受験をなめています。そんな気持ちで大学に行っても、遊んで終わるだけです。

僕は受験指導を真剣に考えているからこそ、今年のような震災があったにも関わらず、受験学年の募集を終了するのです。『最後まであきらめるな!』などと宣伝し、入試直前まで受験生を入塾させようとする大手塾を見ていますと、腹立たしくなってきます。

実際そういった宣伝文句に揺れ動き、直前の冬期ゼミを他の塾に受講しに行く塾生が、毎年一人二人います。脅かすわけではありませんが、志望校に受かったためしがありません。

なぜ僕が経営的な不利な少人数個別指導を、今の指導料金でやっているのかをご理解頂いているご父兄の皆様には、言うまでもないかも知れませんが、僕は『お金がないから教育を受けられない』という現在の日本の格差社会が許せないのです。

家族年収が300万円に満たない家庭が増えている東北で、大手フランチャイズの塾だけになってしまったなら、2万円から5万円の月謝を払って、誰が塾に子どもを通わせられるんですか。公務員や教師や、大手企業に通う親御さんだけじゃないですか。

僕の塾の月謝は、同業者からは安すぎると苦言を頂きます。家計を切り盛りする女房からも叱られます(‥苦笑い)。でも僕が塾をやめるまで、僕の経営スタンスは変わることはありません。入会途中で月謝が倍になることなどありません(笑い)。

そんなわけで、今後ともかねごん塾をよろしくお願いいたします。

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2011年8月12日 (金)

僕らは上を向いて歩いて行かなければならない

震災で、新学期のスタートが遅れた岩手の今年の夏休みは短い。一関市内は8月18日にはもう二学期が始まる。

夏期講習も後2日を残すのみとなった。7月は涼しい每日だったが、8月に入っていつもの猛暑がやってきた。陽射しが痛い。

震災から5ヶ月が過ぎた。震災後僕が目にした三陸の惨状が、記憶から消えることはない。1000年に一度の大地震、そして巨大津波。そして放射能汚染。

就職難で苦しむ僕の故郷は、ますます若者がいなくなり、そして老人と荒れ果てた田んぼが増えていく。

市内で個人塾を営む先生方の年齢も、高齢化してきた。50歳を過ぎた僕が一番若い。フランチャイズ塾に参入する若者はいても、個人塾を開講するものは皆無だ。

僕は子どもたちが好きだ。勉強やスポーツに励む姿は、宝石のように輝いている。彼らは僕らが失ったものをいっぱい持っている。夢・希望・そして未来。

今福島や東北が抱えている苦悩や悲しみは、一体誰の責任だろう。もちろん東電や政府を許すつもりはないが、愉悦を享受してきた日本人に何がしかの油断があったことは否定できないだろう。

ゲーム・ケータイ・テレビに漫画、そして飽食。便利さと享楽の中で、大切なものを僕らは忘れてしまっていた。それは命だ。震災後いろんなCMが流されたが、僕が惟一心を動かされたCMがこのCMだ。僕らは上を向いて歩いて行かなければならない。命の輝きのために。

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個人塾経営の処方箋

このブログを書き続けてきた間に、僕の塾も20周年、そして21周年を迎えた。個人塾を営むことが困難な時代になってきたが、かと言ってケツをまくって逃げるわけにはいかない。サバイバルの日々を、どうにか生き残ってきた僕なりの個人塾の処方箋を今日はしたためてみたい。

処方箋その1

生徒が増えた時こそ質素倹約に励むべし。

軽自動車に乗っていた塾長さんが、急にベンツに乗りゴルフを始めたりするのは、僕に言わせればイエローカードだ。調子の良い時こそ倹約に努め、次にやって来る冬の時代に備えなければならない。個人塾の経営者がやってはいけないこと、それは借金と見栄をはることだ。

処方箋その2

サービス業であることを忘れてはいけない。

先生、先生と呼ばれるうちに、学校の先生のような雰囲気を漂わせ始める塾屋がいるが、それが勘違いの一歩である。学校のシステムに欠点があるからこそ、僕ら塾屋が存在していることを忘れてはならない。

処方箋その3

大手塾と同じ土俵で戦ってはいけない。

プライドが高い塾屋さんが陥りやすい欠点は、大手塾の経営(派手さ)を模倣してしまうことだ。派手なチラシを出さなくとも、ネオン瞬く看板を掲げなくとも、個人塾ゆえに出来る着実な宣伝というものがある。地域密着型の経営を忘れてはいけない。

処方箋その4

健康に最大の注意を払うべし。

個人塾の多くは僕のようにひとり塾や、家族経営が殆どだ。入院などの長期休業が塾の命取りになる。暴飲暴食慎み、ストレスの解消を酒に求めてはいけない。散歩や趣味としてのスポーツは、塾屋には欠かせないアイテムだ。

処方箋その5

過去の栄光にすがってはいけない。

塾のパンフレットに自分の学歴を披露するぐらいはまだしも、ことあるごとに指導実績を自慢してはいけない。時代は刻一刻と進んでいる。昨年全員合格しても今年は今年である。過去の栄光を吹聴し始めると、塾は衰退する。

21年間の塾経営の中では、年収が100万円に満たなかったことが幾度かあった。それでもこうやって塾をやってこれたのは、一貫して個人塾であることを自覚してこれたからだと思っている。

塾業界の厳しい時代が続いているが、個人塾の存在は日本の教育に欠かせないものだと思っている。個人塾の先生方、頑張りましょう!

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2011年8月11日 (木)

僕の教育理念に反するのでやめた

四半世紀前のバブル時代、僕の暮らしは全くバブルとは縁遠いものだった。がしかし、21年間塾を営んできた僕にも、プチバブル時代はあった。

もう8年前になるが、中3~高1にかけて僕の塾に在籍した生徒が東京大学に合格した。それも後期日程で。

人口数万人の小さな町ゆえ、東大合格が出るのは20年に1人くらい。僕は全く蚊帳の外だったが、世の親達は、一体どこの塾に通っていたんだろうということになっていたらしい。彼が通っていた中学校の生徒達が、わんさかとは言わないが、かなり入塾してきた。いわゆるバブルである。

東大にしても早慶にしても、そこに入ろうという強い意思を持って入塾してくる生徒たちだ。優秀でないはずがない。世間が思うほど、合格に導くことは難しいことではない。

一番大変なのは、中学校3年生になっているにもかかわらず、-3-3の計算が出来ない、英語の小文字が書けない、そういった生徒を高校に合格させることだ。

有名難関大学に合格させるよりも数倍難しい。しかし、そういった生徒を何とか県立高校に合格させても、世の中は評価してくれない。

あまりの疲労感に耐えかねた僕は、一時期入塾テストを実施したことがあるが、僕の教育理念に反するのでやめた。来るもの拒まず、去る者追わずである。

先日のブログ記事で、1日で5人が入塾するという、最高記録を樹立した記事を書いたが、その反動が来た。後日今度は一気に5人が塾を去って行った。

うるさすぎて、他の生徒に迷惑がかかっているので、辞めて欲しいという連絡を入れたところ、一緒に来ていた子どもたちも来なくなった。もう一方のケースは、弟が入塾したいというのでチラシを渡したところ、塾に通っている同じ学校の全生徒の名前と、通っている曜日と時間帯を書いて渡してくれと言われたので、僕は久しぶりブチギレ、入塾を断った。姉も辞めていった。

僕はブチギレたことに後悔はしていないが、まあ、ドンマイである。僕の堪忍袋もバブルのごとく、たまに弾けることがある。

入塾の最高記録を樹立しつつも、プラマイ0という結果に終わってしまったかねごん塾であった。

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2011年8月10日 (水)

『懲りない』という日本語は、電力会社とそれを支援する日本政府のためにある言葉だ

 定期検査中で調整運転している北海道電力の泊原子力発電所3号機(北海道泊村、91・2万キロ・ワット)について、最速で11日中にも営業運転に移行する見通しとなった。

 北電は営業運転に移行するための最終検査(総合負荷性能検査)の受検申請を9日、海江田経済産業相に行ったが、最終検査は9、10の両日に行われ、結果は11日に予定されている原子力安全委員会で報告される見通しとなったためだ。問題がなければ北電は定期検査の終了証の交付を受け、営業運転に移行する。

 泊3号機の営業運転移行に向けては、北海道の高橋はるみ知事が国に対して質問書を提出していた。国は9日に「泊3号機は再稼働でなく運転の継続として扱う」などと回答、北電には改めて最終検査を受けるよう求め、北電がすぐに申請に踏み切った。高橋知事は申請について、「地元軽視で、甚だ遺憾だ」と、不信感を表した。 読売新聞

作った物は使いたくなる。これが人間の悲しい性なのだろう。我が家ではエアコンがない。つければ使いたくなるのが分かっているので買わない。女房が2500円の扇風機を2台買ってきた。我が家にすればかなりの贅沢である。

『懲りない』という日本語は、電力会社とそれを支援する日本政府のためにある言葉だ。

「来年の今頃まで日本てあるのかしら?」突然女房が聞いてきた。僕はたまに山の神様に呼ばれることはあるけれど、超能力者でも預言者でもないので分からない。

ただ間違いなく言えることは、日本の借金が膨らみ続けて行くことだけは、ここ数年避けることができないだろうということだ。そして就職難も続くだろう。

アメリカの経済基盤も怪しくなってきた。世界恐慌が忍び寄っている感じもする。3.11以降の世界は、薄氷を歩むがごとくである。何が起きてもおかしくない状況だ。

アメリカのNASAが全従業員に対して、異例とも言える緊急時の対応を呼びかける文面を配布送信したらしい。一体NASAはなにを知っているのだろう。

それにしてもこの状況に及んで、原発を止めようとしない日本は、余程の極楽とんぼか、性格破綻者だと僕は思う。

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極限状態になった時、人間はその本性を現す

3日天下で終わるのだろうけれど、二日間このわくわく日記が塾ブログランキングで一番上にこさせて頂いている。読者の皆様に心より感謝申し上げたい。

僕にブログを書くことを勧めてきた女房に「とうとう僕のブログが一番上に来ちゃったよ」と告げたところ、「3月11日から文明の価値観が変わったから、そんなこともあるんでしょうね」と、軽くスルーされてしまった。

彼女の頭の中に渦巻いているのは放射能の数値と、一向に収束しない福島原発の状況であり、僕のブログどころではない。

僕が古代東北の守り神である荒覇吐(あらはばき)の神に呼ばれて、深淵なる森を訪れたことも、塾の教室でわずか10分で『いのり』という曲を書き上げたのも、そして僕の尊敬するブログの師匠である神奈川のとよ爺先生が、先週僕の家を訪ねてくれたのも、女房に言わせれば、文明の価値観が変わったことの現れであり、そんなに驚くべきことではないということなのだろう思う。

僕の日常が3.11以降非日常の日々に変遷してしまったことは間違いない事実で、やたらとシンクロシティが増えている。

3月18日、まさに福島原発の放射能が降りしきっていた一関の県道を、大船渡や陸前高田に向かう緊急支援車両が走りすぎる中、僕は自転車に乗りながらその後の日本を象徴する光景に出くわした。

その日地元のスパーが1週間ぶりに開き、多くの人達が食料を求め並んでいた。そこへ黒塗りの高級車に乗った地元議員がやってきて、食料の買い出しの為に並んだ。その横を他府県のナンバーの支援車が通って行く。隣町が津波で大変になっていて、県外から多くの支援がやって来ているのに、ガソリンがある彼はこんなところで何をやっているんだろうか。僕は目眩を感じた。

そう言えば震災後、岩手県選出の民主党の小沢なんとかさんというとても偉い先生の姿を見かけなくなった。岩手の放射能が心配なのだろうか地元にも現れない。困ったものである。

岩手県や宮城県では多くの子どもたちが津波で行方不明になった。先生方も必死の捜査活動をやった。そんな中あろうことか宮城県は教員の人事異動を敢行した。子どもたちが心配だから人事を凍結してくれという、多くの先生や父兄の懇願にもかかわらずにである。

被災した家族や子どもたちの状況を把握している先生方を、あの被災地から移動させるという非人道的な荒業をやれるのは、さすが官僚的教育界である。恐れ入った。

先生と言う名の仮面を被った多くの野獣や珍獣が、3.11以降の日本中を彷徨している。極限状態になった時、人間はその本性を現す。そのことを多くの国民が知ったはずである。

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2011年8月 9日 (火)

今の子供たちは残念ながら労働力がない

先生と呼ばれる仕事を始めてちょうど30年になる。家庭教師・塾教師、そして時に高校の講師をやってきたわけだが、東京で3年、岩手での27年の教師人生が過ぎ去った。

延べ人数でいうと一体どれだけの生徒と関わってきただろうか。間違いなく2000人は超えているだろうと思う。50を過ぎた昨今、教え子の名前が、記憶の片隅から蘇って来ることが難しい状況になってきたが、30年間の子どもたちとの出会いは本当に教師冥利につきる素晴らしい体験だった。

学校の先生をやっている同級生や、塾の同業者の同世代は、ぼちぼち偉くなり(笑い)ほとんどが管理職になり、授業に入ることがなくなったようだが、僕はと言えば、名刺の肩書きこそ校長などと印字されているが、教室のトイレ掃除やら、自宅教室の草刈やら、小中学生の全教科指導まで、全てを日々こなすマルチ教師である(爆笑)。

震災以降それに付け加え、嬉しくないのだが、放射能に関してとても詳しくなってしまった。僕の人生は、どういう訳か次から次へとやるべきことが、いややらされることが増えていく。年を重ねるたびに、次から次へと新しい駒が、僕の人生の将棋盤に打ち込まれて来る感じだ。

ところで、30年も教師をやってくると、教え子たちの10年後、20年後の姿を目にするわけだが、中、高時代出来た生徒は、概ね間違いなく幸せな人生を歩んでいる。

僕が言う出来るという言葉の意味は、決して良い高校や大学に入ったという意味ではなく、神様に与えられた能力を惜しみなく発揮しているかという点について言及してのことだ。

人間は集中をすると、感性が研ぎ澄まされてくる。小学校、中学校時代の前半は、大勢のエネルギーの中に身を委ね安堵していた精神も、中3から高校生ぐらいになると、自我が強烈に芽生え始める。

既成の学問から逸脱する者。大人が敷いたレールを脱線するどころかぶち壊してしまう者。様々な個性の塊が、いい意味でも悪い意味でも、エネルギーを放射し始める。

その時に大切なことは、集中することだ。自分が向かおうとするエネルギーの行き先をしっかりと捉えることだ。集中するためには、本を読むこと。スポーツをすること。音楽を奏でること。そして労働をすることが大切だ。

今の子供たちは残念ながら最後の労働力がない。勉強だけじゃダメだ。机上の学問だけで大成するなら、日本人はもっと優秀になっていたはずだ。

今のような弱体化した政治家も、偽善者ぶった教育者も存在しなかったはずだ。日本人は豊かになりすぎて真の労働を忘れてしまった。他人の為に汗を流すという真の労働を。

自分の魂に問いかけてみればいい。自分が何をなすべきかが分かるだろう。難しいことではない。

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電力予備率が計画停電寸前まで落ち込んだ

岩手の夏もここ2,3日猛烈な暑さが戻り、東北電力も供給の綱渡りで、昨日は予備率が2.8%まで下がり、計画停電寸前まで落ち込んだ。

この暑さで電気が止まれば、夏期講習の勉強会もOUTというところだが、今回の震災を経験してしまうと、そんなダメージもそれほど深刻じゃないというのか、本当はよくなのだけれど、諦観が身にまとってしまっている。

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5ヶ月が過ぎた陸前高田市の風景である。毎年今頃は高田松原は多くの海水浴者で賑わう。あまりにも変わり果てた町の姿に最初は言葉もなかったが、先日流されず残った山車を繰り出し、例年の祭りがこの風景の中で行われた。鎮魂の祭りである。

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お囃子を失った山車に、遺影が飾られた。東北の復興は、間違いなく一歩ずつ歩み始めた。七夕飾りの竹は、亡くなったばかりの方の魂が、道に迷わずお盆に戻って来るための、東北の風習に由来する。

亡くなった方々の殆どの自宅が流されて今はない。彼らはあの津波があった三陸の海岸に戻って来るのだろうか。それとも浄化された御霊はすでに、天界へ召されたのだろうか。今年もお盆がやって来る。

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2011年8月 8日 (月)

暑中お見舞い申しあげます

暑中お見舞い申し上げます。

今回は岩手に住むわたくしかねごんの元に多くの励まし、支援を頂きましたことに、心より感謝申し上げます。

3月11日よりライフラインが途絶えた我が家に、心配し食料を届けてくれた、大学の時代の友人である久保くんほんとうにありがとう。本当に助かりました。

癌の病に侵されながら、富山から石巻の支援にやってきた奥村先生、本当に本当に頭が下がります。お見舞いにもまだ行くことが出来ず無礼極まりないかねごんです、お赦し下さい。自宅療養に入られたようですが、ご無理をなさらずお大事にして下さい。岩手の地より完全復活をお祈り申し上げます。

岐阜より石巻支援においでになった上野先生、本当に先生の行動力には同世代として脱帽です。またいっぱいの野菜を送って頂きまして本当にありがとう御座いました。シュタイナーこども教室に通ってくる幼児たちに安心して野菜を提供できました。感謝申し上げます。

丸亀市の山田純一先生ご無沙汰しております。子供たちのために、多くの英語教材を頂き本当に助かりました。一関修紅高校を通じ陸前高田の被災した子どもたちに、先生から頂いたノートや文房具類を送らせて頂きました。感謝申し上げます。

とよ爺先生、南三陸町支援活動ご苦労様でした。先生が僕の自宅までいらっしゃるとは夢にも思いませんでした。先生とのご縁は神様が与えてくれたご縁だと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

千厩のしゅうちゃん先生、いつも僕の身体をサポート頂きありがとう御座います。先生のお陰でなんとか生きております(‥笑い)。今後ともゴットハンドのパワーをお願いします。

そしてソウルメイトの小林先生。日々の先生の反原発、放射能問題の記事には、本当にブローガーとして勇気と励ましを頂きました。先生が今回の記事を書き続ける精神は、この僕が一番知っています。先生のクオリティにはなかなか追従できない僕ですが、どうにか今後も頑張って行きたいと思います。よろしくお願い致します。

僕の反原発、放射能警告ブログに対して、暖かい支援のコメントを頂いた、岐阜の上野先生の奥様、同じく岐阜の美川先生、福岡の鳥羽先生、熱海の熊谷先生、そして多くの読者の皆様本当にありがとう御座います。

その他名前は明記しませんが、全国の多くの企業や工場より支援を頂きましたことに感謝申し上げます。支援物資は被災地の沿岸部の町に届けさせて頂きました。

最後になりますが、今回の放射能測定の署名活動にさいし、多忙なところ署名活動にご協力頂きました大験セミナー、および風と虹の保護者の皆様、本当にありがとう御座います。小さな一歩ではありますが、着実な前進を出来たことを確信しております。今後とも頑張って行きましょう。

There is a will, there is a way ,意志あるところに道は通じています。僕達は負けません!

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親父の背中

昨日の中尊寺でのとよ爺先生と息子さんの会話を聞いていて、僕は倅と言うものは男親の背中を見て育つものだと想いを新たにした。

僕の息子たちはどうだか知らないが、僕は親父の働く背中が生きる手本だった。中卒で働き始めた父は、農業と出稼ぎと大工仕事で一家を支えていた。

不運にも30代なかばで怪我と病魔に襲われ、ずっと不自由な暮らしを余儀なくされた父だったが、走り続けた56年の人生は、立派な人生だったと思っている。

学歴はなかったが、人生の本質を模索する目は持っていた。僕が高校生の時は、日雇いの仕事をしていた父だったが、毎朝4時には起き、仕事に出かける前に畑や田んぼの仕事に精出す父だった。

高校時代受験勉強の真似事をしていた僕は、徹夜で4時頃眠りに付くことがあったが、決して体調のいいわけでない父が、4時に起き、バイクに草刈機械をのっけて田んぼに出ていく姿は、頭が下がる思いだった。

僕の受験勉強など『クソ食らえ』と思うほど、自分のやっていることがお遊びに思えたものだ。

機械的で巧妙に仕組まれた現代社会で、惰眠をむさぼることはいともたやすい。本当の生きる力は、汗と直感で鍛えられていくと僕は思っている。

今回出会った今村克彦氏もそうだ、とよ爺先生もそうだ、ぎりぎりのところまで自分を追い込み夢を現実に変えていく。

今村先生は幾度か救急車で病院に運ばれている。とよ爺先生も、心臓に人工の器具を入れた生活をしておられる。両氏とも無理をして欲しくないと願うかねごんである。

にっこりと微笑む表情にまだ童顔の面影が残るとよ爺ジュニアであるが、僕は眼の奥に鋭い洞察力をしっかりと垣間見た。

さあ、今日からまた仕事だ。塾生のために、そして家族のために、しょうもない背中であるが、汗をかきながら頑張ってくるか。

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2011年8月 7日 (日)

塾屋軍団IN平泉

東北は祭りの季節だ。今年は津波で亡くなった多くの方々の鎮魂の祭りである。

地元平泉の春の祭りは中止になったが、一関の夏祭りは週末3日間開催された。今回僕は鎮魂の意味を込めて、逆に祭りには参加しなかった。磐井川水天宮にお参りし、例年通りお神酒を頂戴し、御札を買って帰ってきた。

春の祭りには行けなかったが、今日は平泉中尊寺に、南三陸町へ教育支援の打ち合わせでいらした、神奈川のとよ爺先生・磯崎先生・井上先生・清水先生、そして奥州市水沢区の学び舎主人小林先生らと共に参拝してきた。

地元ゆえ何度も足を運んだ中尊寺だが、お盆前のこの時期訪れたのは初めてである。蝉しぐれの中、幽玄な祈りの小道が続く関山は、涼しい風が吹き、真夏の暑さをひととき忘れさせてくれた。

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世界遺産登録を果たした中尊寺本堂は、多くの方々が訪れ、祈りを捧げていた。今回とよ爺先生は大学受験を控えた息子さんと一緒にいらっしゃった。「神頼みしかないな~」といいながら頭を垂れていたが、息子を思う父親の祈りの姿は、微笑ましくもあり、真剣な祈りの波動が僕にはひしひしと伝わった。

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宝物庫下の池にはピンク色の可憐な蓮の花が咲いていた。復興を目指す岩手の三陸の町にも、きっと必ず静寂な夏が訪れ、笑顔が戻って来るだろう。

僕は蓮の花を眺めながら、出会う命の煌めきと、奇跡を感じていた。

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ブログはやめられない

昨日、とよ爺先生や今村克彦先生に出会えた喜びに付け加え、もう一つプチ喜びもあった。

実は僕のわくわく日記は、3年前から教育ブログ村のブログランキングに参加している。自分の書いた文章がどんな評価を得るのだろうと、正直面白半分に参加させて頂いた。

参加した当初教育ブログランキングには4000人ほどがしのぎを削っていたが(現在は5000人あまりが参加している)、ベスト20ぐらいに入っている先生方は、著作で有名な先生であったり、テレビでおなじみの先生であったり、著名な大学の先生であったり、強烈な個性の強者たちであった。

「すげ~な~」と、岩手の山奥に住むかねごんオヤジは、ただただそういった先生方の文章のうまさと、モチベーションの高さに脱帽していた。1年間ほど書き続けてようやく200位前後。ベスト20など夢のまた夢の世界だった。

それが3月11日の大震災以降、当地被災地の様子と反原発、放射能汚染の警告を書き始めた僕のブログは、皆さんから多くのアクセスを頂き、尚且つポイントのクリックまで頂き、昨日とうとう教育ブログベスト10入りを果たしてしまった。

もうすぐ陥落してしまうだろうけれど、4年間書き続けてきたこのわくわく日記のタイトルが、数ある著名人のブログの仲間入りをさせていただいたことに、正直嬉しさで一杯である。

「塾よりあなたのブログが有名になってどうすんのよ」という女房のお言葉が聞こえてきそうであるが(‥苦笑い)、その分今回のような素敵な出会いも増えるわけで、ますますこのブログもやめられそうにない。

昨日はとよ爺先生と軽トラックでの移動中、岐阜の情熱塾軍団の先鋒である、上野先生や美川先生、それにとよ爺先生の片腕である石川先生と電話で話をさせて頂いた。

「とよ爺先生や今村先生方が、単なる酔っぱらいになっていますよ!」という僕の電話に、爆笑しておられたが、10月その岐阜情熱軍団も岩手に来る。

先生方との出会いも、このブログがきっかけである。やっぱりブログはやめられない・・・。

塾からのお知らせ

大験セミナーは8月14日(日曜日)~17日(水曜日)までお盆休みとなります。尚、8月18日の夏期講習は午後1時からとなります。よろしくお願い致します。

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突然の訪問に仰天

昨日一関花泉の夏まつりに、僕の尊敬する塾屋のとよ爺先生と、今村組の今村克彦先生が突然おいでになった。

とよ爺先生に電話を頂き、塾を終えた僕は花泉支所に駆けつけた。すでに今村組の出演は終わっていたが、とよ爺先生とは1年半ぶりの再開を果たすことが出来た。

僕の軽トラックで僕の自宅までドライブと相成ったが、突然の出来事に嬉しいやら興奮状態やらで、わけの分からないかねごんであった。

夜は宿泊先の登米市におじゃまし、とよ爺先生から今村先生をご紹介頂いた。図々しくも今村組特製カツカレーまでごちそうになった。

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テレビでもおなじみの顔である。もと学校の先生とは思えない風貌である(僕が言えた義理ではないか・・・笑い)。

今村先生は今後10年、被災地三陸を訪れたいと熱く語っていた。僕と同年代ながら、ハチャメチャなパワーとカリスマ性をもった男である。

今日はとよ爺先生そして神奈川からいらっしゃった先生方と、世界遺産に決まったばかりの平泉中尊寺にいくつもりだ。友人の学び舎主人こと小林先生にも震災以来初めて会うことができる。塾屋談義に花を咲かせたい。

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2011年8月 6日 (土)

66回目の原爆の日

 広島は6日、66回目の原爆の日を迎える。広島市中区の平和記念公園で午前8時から平和記念式典があり、松井一実市長は平和宣言で、核兵器廃絶の訴えに加え、福島第1原発事故で原発に対する国民の信頼が失われたと指摘し、政府にエネルギー政策の早急な見直しを求める。毎日新聞

世界で最初で核爆弾が落とされた日、広島の悲劇を空洞化するような今の現状に、日本の失態を改めて実感する日でもある。

66年前、地球上に存在しないセシウム等の放射能が地球に降り注いだ。それは地球の進化などではなく、人間の享楽と堕落の始まりだったかも知れない。あれほど多くの犠牲を払いながら、あの悪魔の実を日本に持込んだ、政府や電力会社の思考は、やはり短絡であり、人間哲学の欠落が生んだ選択だった。

広島、長崎、そして福島の悲劇と忍従を心から思う人間がひとりでも多くいれば、この世界はやがて救われるかも知れない。しかし形骸化したドラマのように、この現実を眺める日本人がいるかぎり、この国に未来はないのではないだろうか。

何度でも人間は立ち上がり、悲しみや苦しみを乗り越えていく。そのことは人生の糧ではある。しかし、それは命があっての糧であり、未来だ。

昨日一関市では花火大会が行われた。父が亡くなって以来21年ぶりに我が家は祭りに行かなかった。そんな気分にはどうしてもなれなかった。復興の灯火を花火で彩る事はいいのかも知れないけれど、今夏の夏を耐え忍ぶ多くの人たちに必要なのは、祭り気分じゃないはずだ。

昨夜は久しぶりに焼酎を一杯だけ飲み、この曲を聞いて寝た。

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2011年8月 5日 (金)

東北人を馬鹿にするのにもほどがある!

4日に放送された東海テレビ(フジテレビ系列)の情報番組「ぴーかんテレビ」にて、岩手県産のお米のプレゼント当選者の名前が「怪しいお米セシウムさん」などと表示された件について、岩手県は抗議の意を表明。同県知事から東海テレビあてに抗議文を送信した。

 4日午前に放送された番組内にて、岩手県産のお米の当選者として、「怪しいお米」「汚染されたお米」「セシウムさん」とのテロップが23秒間表示された。この件について岩手県は公式サイトにて、「米農家が長年大切に育てあげブランド化してきた努力を踏みにじり風評被害をもたらすとともに、なにより東日本大震災津波からの復興に全力をあげて取り組んでいる本県を誹謗中傷するもの」だとして、東海テレビを厳しく非難した。

東京経済新聞

まったくふざけた話である。震災や放射能と無縁だと思っている組織の連中の奢りであり、東北人を馬鹿にした行為である。

3.11以降僕は全くテレビメデイアを信用していないし、報道番組も見ないが、テレビのバカさかげんだけは知っているつもりだ。

視聴率をとるためなら何でもOKの世界で繰り広げられる茶番。深刻な放射能汚染さえもお笑いにしかねないメデイアの人間たちを見ていると、東電も、政府も、テレビも全く同じ次元の負のスパイラルに落下してしまっている。

人の悲劇は自分の悦楽とはよく言ったもので、東海テレビに限ったことではないだろうと思う。

每日テレビで繰り広げられる、お笑い番組や、芸能ネタの番組、まるで日本という国が、平和でなにも困った事がないような錯覚に陥ってしまう。実際困っている人は、東北人だけで、ほとんどの日本人は、今も、昨年も、そして明日も普通の日常が続いていく。

実り始めた田んぼを見て、心配することもないだろうし、この地上に生をうけた動物たちが、放射能のためにただ殺されていくことも、気にならないのかも知れない。僕は悲しい・・・。

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2011年8月 4日 (木)

大卒の7人に1人は留年

読売新聞
卒業年限を迎えながら留年する学生が全国の大学で少なくとも7万9000人いると推計されることが、読売新聞の「大学の実力」調査で明らかになった。根強い企業の「新卒一括採用」を背景に、就職が決まらず翌年に再び「新卒」として就職活動(就活)に臨む学生が急増している。卒業予定者数は約56万8000人で、7人に1人は留年している計算になり、就職戦線のさらなる激化を招いている。

「大学を出て何をやるの」という声をよく耳にしたが、今は「大学に行ってどうするの」という声を多く聞く。本当に厳しい世の中になった。

僕の長男は社会人2年目だが、就活は本当に厳しかった。就職浪人を覚悟したが、卒業直前、何とか雇ってもらえた。工場勤務で每日作業着が真っ黒になって帰ってくる。震災の時も工場の様子が心配で、翌日会社に出かけていった息子だったが、いつの間にか逞しくなった息子に感慨深げなかねごんオヤジである。

就職ができずに大学に残る学生が7人に1人というが、大学を出てなにもやらない人数も、残留組と同じ数だそうだ。

高卒の就職率に比べると、圧倒的な劣勢な数である。原因は単なる不況などの問題だろうか。それとも何か重大な問題が隠されているのだろうか。

大学生の質が低下しているという事実もあるだろう。私立大学は生徒を集めることに必死だ。一般入試の受験が形骸化している大学さえある。極端に言えば、受験をし入学金さえ払えばOKみたいな大学も増えている。

面接と書類審査、そして形ばかりの論文試験で、合格通知を乱発する大学にも問題があるのではないだろうか。

「お金さえあれば大学は入れる」という声を多く聞く。決して豊かな社会ではないな、日本という国は。

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まだまだ走り続けなければならない

夏期講習も佳境に入った。今年は大震災があり、僕の塾も異例づくしの様相を呈している。

夏休みに入っても4名の申し込みしかなかったので、今年の夏は久しぶりに読書にでも専念しようかと思っていたら、8月になり駆け込んできた生徒が多く、昨年の人数に達した。

被災割引ということで、昨年の受講料の半額にしたことで、クチコミで僕の塾の夏期講習への参加が増えたようだ。

ただ今年は今までのようなりっぱな教材は準備しなかった。今回の金額で例年の教材を提供すると、赤字ではないが、夏休み期間の僕の労働報酬がなくなる(‥苦笑い)。

外部生の方々に、夏休み後入会いただければ、今年もなんとか最低限の生活はできそうである。ちなみに今回頂いた夏期講習の受講料は、ガイガーカウンターと自習室に取り付けたエアコン代の購入費にすべて消えた。

毎年毎年、夏期講習や冬期講習のお金で車の頭金でもと考えてきたのだが、いまだ叶わぬ夢で、22年目を迎えるスバルサンバーの軽トラックも、まだまだ走り続けなければならないようだ。

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この教室にも必要なモノがまだまだ一杯ある。まず生徒(爆笑)、それから花粉症対策の空調設備、水道の浄水器、電子辞書・・・・・。ふ・・・・働くか。

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僕は理解出来ない

福島原発で、修復作業にあたっている作業員に関するいろんな噂が流れている。週刊誌や新聞報道がどこまで信用出来るものなか、鵜呑みにできない現在の状況だが、耳を疑う話が聞こえてくる。

天文学的な放射能の値が報道されている。そこに人間がいれば1時間で即死する値だそうだ。と言うことは、作業員がいられないということであり、福島原発は為す術がないのだろうか。

作業員の時給が15万円とか、日給45万円などという金額が囁かれているが、実態はどうなんだろうか。大体にしてあの放射能の中で1時間も働けないと思うのだが、大変な状況下で命がけの作業、金額に加算される命などないはずで、本当に東電や国は、作業員の安全を確保出来ているのだろうか。

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実際このような服装で、30度を越す場所で作業をすること自体不可能に近い。

東京で日雇いの仕事を求めて並んでいると、東北の沿岸の瓦礫の撤去の仕事だから希望者はバスに乗りなさいと言われるそうだ。そのバスに乗ったという若者の話だが、福島原発に連れていかれたらしい。

一日だけのつもりが、金の誘惑に負け働き続ける人も多いという。下請けのまた下請けの下請けである。どれだけの人間がピンはねしているのだろう。保険もなく、被爆証明もなく、万が一癌になっても保証などないのではないだろうか。住所や連絡先のチェックさえないことがあるという。無法地帯だ。

「じゃかねごんお前が行って仕事をやるのか」と言われたら、僕はごめんなさいとしか言えない。偉そうに放射能の危険を言い放っているが、あの中に入って仕事はできない。

しかし、誰かが止めなければ、メルトダウンした原料の放射能は収束しない。

こんな事態になってもまだ原子力に頼ろうとする人間がいる。僕は理解出来ない。関東から東北全体が、0.2マイクロシーベルを超えている。この状況に、僕らがやれる事は、とにかく国を動かし、人類の叡智を結集して僕らが作ってしまった怪物を解体し、吐き出す毒を止めることだ。それしかないだろう。

それが無理ならあとは逃げるしかない。そうならないことを祈りたい。

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2011年8月 3日 (水)

過去のトラウマ

僕は働く人たちの精神性や労働の価値観というのは平等でなければいけないと思っている。

その平等観を著しく阻害しているのは、公務員や学校の先生方の休業手当である。病気休養に対する休養保証が1年間ある先生方は、一般のサラリーマンや自営業者から見れば、羨望のシステムだ。

今回の福島原発では多くの方々が内部被爆をしている。今後、重大な疾病が生じた時の保証を国はしっかりやって頂きたい。公務員や先生方だけが優遇される保証ではいけない。僕ら国民は働いて皆税金を納めてきた。食費さえままならない時も、税金を支払ってきた。公務員や学校の先生だけが国の税金で休業補償される不平等はどう考えてもおかしい。

被災地では市役所職員の方々が、3,11以降休日もなく、そして毎晩9時、10時まで残業が続き大変だと言っている。しかしすべてがサービス残業ではないだろうと思う。

僕はここ数年朝から夜10時まで每日働いている。ボランティアの仕事を含めると、盆と正月以外休みのない数年間だ。それでも僕の年収は同世代の公務員や公立の先生方の1年間のボーナスの金額にも満たない。

それはきっと僕が馬鹿で、お人好しで、経済観念がないでくのぼうだからだ。働けど働けど我が暮らし楽にならざりき じっと手を見るの心境である。

僕のような個人塾など、僕が体調を崩し入院でもするならば、ほぼジ・エンドである。誰も保証などしてくれない。

僕の友人がかつて愛する息子を白血病で亡くした。その悲しみは想像を絶するものがある。しかし彼は、葬儀のあと休む暇もなく塾に復帰した。僕はその姿を思うと今でも涙が溢れる。同じ頃、僕の家内の知人のお子さんが交通事故で亡くなられた。悲しい事故だった。教諭である父親は、そのショックで1年間休業した。失礼だけれども学校の先生だから許された休業だった。

普通のサラリーマンであれば、半年や1年間休めば、即首である。公務員だけが優遇されるこの地方の現状に違和感を覚えるのは僕だけだろうか。

かつて僕の塾に通って来ていた塾生のお父さんが、急に学校を長期にわたって休んだ。塾生は「お父さん1年間学校を休むけど、給料が出るんだって」と言っていたが、休んだ理由を聞くと、学校で生徒に黒板消しをぶつけられたことが原因で、授業に出れなくなったらしい。

知人の中学校の教諭が1年間学校を休んだ理由も凄かった。アトピーが大変なので1年間休養しますというものだった。許されるのだろうか。

実は僕は過去のトラウマがあって、身内や知人の葬式があっても、塾を休むことが出来なくなった。10年前、祖母が93歳で天寿をまっとうした。僕が喪主を務めた。12月だった。受験生が気になったが、1週間休まざるを得なかった。

この間に3人が塾をやめた。人生に於いていろんなショックなことがあったが、これにはさすがのタフな僕も参った。「えっ!」というのが正直な感想だった。

そのうちの一人が、市内の学校で先生をしている。昨年僕の方から挨拶をしたが、気づかないふりをされた(この個性あふれる顔を忘れたはずがないだろうに・・・笑い)。失礼だけど先生として大成はしないな・・・・。

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2011年8月 2日 (火)

リンクについてのお願い

僕が現在リンクさせて頂いている先生方は、何度かメールやコメントのやり取りがあり、お互いの教育観や、根底に流れる人生観に共感しリンクさせて頂いている皆さんのブログです。

少し生意気なことを書かせて頂きますが、僕はこのブログで金を稼ごうとか、有名になりたいとか、そんなのことのために書き綴っているのではありません。

震災以降、岩手県の塾ブログということもあって、当ブログへのアクセス数が増えました。ブログランキングや塾ランキングに於いて、多くの支持を頂き、お陰さまで上位に顔を出させてもらっております。これもこのブログを読んで頂いている皆様のおかげです。感謝申し上げます。

いろんなウエーブに当塾の日記が露出するようになったせいかどうかは分かりませんが、アクセス増加のためや、宣伝広告のリンクの問い合わせが増えております。中には金銭が絡む内容も多いようです。

僕の勝手な考えで申し訳ございませんが、僕のブログに広告を掲載するつもりも、アクセス数を稼ぐための何がしかのリンクを貼るつもりもございません。簡潔に言います。何がしかの報酬をやるから、わくわく日記にリンクを貼らせてもらえないか等の要望には、応えられません。何卒ご理解のほどをよろしくお願い致します。

素敵な記事を書いているな、写真がきれいだな、勉強になるなと思えば、僕の方からリンクをお願いします。

電話やメールの連絡もなく、突然日曜日の朝に他人宅を訪れる人はいませんよね。同じように、お金を出すからリンクを貼らせてくれというのは、やはりおかしいと思います。

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早池峰の神に祈願

東京電力は1日、福島第一原子力発電所の1、2号機原子炉建屋近くにある主排気筒の下部の配管表面で、これまでで最高の1時間当たり10シーベルト(1万ミリ・シーベルト)以上の放射線を検出したと発表した。

 付近での作業予定はないが、東電は半径3メートル以内を立ち入り禁止にした。これまでは1号機原子炉建屋内部で検出した毎時4シーベルト(4000ミリ・シーベルト)が最高だった。

 毎時10シーベルトの放射線を6分間浴びると、吐き気などの急性症状が出る1シーベルトの被曝(ひばく)線量に達する。

 これまで主排気筒付近では復旧作業が行われてこなかったが、7月31日に離れた場所のガンマ線を検出するカメラを使って作業員が周辺を確認中、高い線量を出す場所を発見。1日に地面近くを通る配管の表面の放射線量を測定して判明した。測定した3人の被曝線量は最高4ミリ・シーベルトだった。

読売新聞

福島、宮城、岩手に続いて、栃木県の肉牛も出荷停止になった。福島原発の放射能は一向に収まる気配はない。

二日前のブログで稲作の放射能の話を書いたが、政府がようやく重い腰をあげた。東北の放射能値の高い地域の水稲のセシウムを測るらしい。それにしてもやることが遅すぎる。

昨日は静岡で震度5の地震が起こった。とても心配である。負のスパラルに日本が沈み込んでいるこの時期、もう震災だけはやって来ないでくれと祈る気持ちだ。

日曜の午後、僕は卓球の指導が終わった後、家内を連れて早池峰神社に向かった。早池峰の夏の例祭、神楽が山神に奉納される大祭だ。200人ほどの参拝者が来ていたが、作家の田口ランディさんの姿もあった。

Syouzi

僕は福島原発の修復を早池峰の神に祈願してきた。往復5時間を要する長旅だったが、気持ちがリセットされ、身体とともに魂が浄化された気分だ。

早池峰神社は6年ぶりだったが、6年前は三陸で泳いだ後に、遠野経由で早池峰神社に到着した。僕は感慨に耽っていた。

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2011年8月 1日 (月)

8月だ

ステングの名曲である。今年は大震災があって、心が塞ぎがちが日が多かった。やるせなさや、切なさが素通りしていくことが多かった。

実態のない癒鬱や、怒りに襲われる時、僕は今年くらい音楽を聴いた年もなかった。21年目にして初めて軽トラックにCDステレオを取り付けたということもあるのだが、若ころに聴いた曲をずいぶんと聴いた。

ステングもそのひとつだ。夏に聴く曲じゃないかも知れないが、心に染みるギターだ。大人の哀愁が心を打つ。

今日からとうとう8月だ。今日は寒いくらいの天候だった。蝉が気の毒なくらい風が涼しかった。まさかこのまま秋になるわけじゃないだろうが、今夜は布団が欲しいな。

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