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2011年7月26日 (火)

その年齢でなければ咀嚼できない本というのがある

ここ2,3日また大きい地震が続いている。昼になく夜になく揺れ続ける大地に、またまた寝不足の日々である。不意を突かれる地震攻撃に、夏期講習二日目にして早くもバテ気味である。

先日ブログにて、夏期講習の受講生が例年の4分の1程度だという話をしたためたところ、昨日,今日で例年の人数の受講生が集まった。ほぼ定員である。塾の窮状を知って、卒塾生の親御さん方が、隣近所の中学生の親御さんにお声を掛けて頂いたようだ。本当に恐縮である。いつも皆様から救われるかねごんである。この場を借りて感謝申し上げます。

本日より一関市内の高校の体験入学が始まった。私立高校を含め、ほとんどの中3生が2校~3校申し込みをしている。近年生徒たちの志望校の決め手は、部活動のようである。どんな先輩がいるのだろう。どんな顧問の先生がいるのだろう。そういった事に一番意識が行っているようだ。

今の中学生たちを見ていると、部活をするために高校に行こうとしているような、そんな印象をどうしても受け取ってしまう。確かにスポーツやある種の芸術やパーフォーマンスは、生涯を通じて人生を豊かなものにしてくれるのではあるが、高校生活のメインは学問の習得であることを忘れてはいけない。

特に高校時代の読書体験は、その後の人生を左右すると言っても過言ではない。僕はガリ勉を奨励しているわけではない。ほどほどの勉強で十分だと思っている。しかしである。本を読むことは、学問の王道であり、精神の修復には欠かせないものだ。

かく言う僕も、人間形成が未熟だった頃(今でも未熟だけれど・・)、どれほど読書に助けられただろうか。その年齢でなければ咀嚼できない本というのがある。

老後の読書は単なる道楽かも知れないが、若い頃の読書は命の、いや魂の糧である。

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