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2011年6月15日 (水)

broken windows 理論

一度壊れたモノを放置しておくと、物事が次々破綻していく。

broken windows 理論というのをご存知だろうか。自動車が空き地に数台放置されているとしよう。窓が壊された自動車はあっと言う間にペイントをされたり、車体の部品を取られたり、無残な車に変わり果てていく。つまりどうせ壊れているモノだから何をやってもいいだろうという理論である。

これは車に限ったことではない。政治や教育にも当てはまることだ。例えばクラスで暴言を吐いたり、授業中歩き回る生徒を指導できないとあっと言う間に学級崩壊が生じる。

政治もそうだ。一つの政策ミス、判断ミスが新たな負の連鎖を招いてしまう。例を挙げるまでもないだろう。

家の玄関が壊れているのを、そのままにしておく人はいないだろう。すぐ修理をするはずだ。broken  windows理論などという言葉を知っていなくとも、そんな事は常識なはずである。

政府や東電の福島原発事故への対応を見てきて、僕はこのbroken  windows理論をずっと考えていた。表現は悪いが、修復する気がないのではないだろうか。

『天罰』であるとか『1000年に一度の震災』『想定外』などの言葉に、僕はネジの緩んだゼンマイ仕掛けの玩具を想像してしまった。つまり政府も東電も、振り出す駒がなくなり、止まったままなのではないだろうか。

僕らの時代という表現がある。60代は団塊の世代だ。今の子どもたちをフクシマ被爆世代などと呼ばせないためにも、このbrokenしてしまった政府をなんとかしなければいけない。

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