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2011年6月13日 (月)

僕の魂のどこかにスイッチが入った

僕は最近古代の東北で祀られ信仰されてきたであろう、荒覇吐(アラハバキ)の神が鎮座する山々に出かけている。正直、山の神に呼ばれていると言ってもいいかも知れない。

2週間前は三峰山に、4日前は束稲山の前にある駒形山に、そして昨日は家内と烏兎ヶ森(うどがもり)の鬱蒼とする森を登り岩倉神社に参拝してきた。いずれも1000年以上前から信仰されてきた磐座(いわくら)である。

ことの発端は2週間前に遡る。午前中高校での授業を終えた僕は塾に戻ったのだが、塾の前に軽トラックを止めた瞬間、三峰神社という言葉というのだろうか想念が押し寄せた。三峰神社は15年ほど前に参拝しただけで一度も訪れていなかった。かつてのブログでも書いたが、僕の祖父の代までは自宅の神社に三峰神社の御札を祀っていた。

その日三峰神社の裏山に30分ほどかけて登った僕は、荒覇吐の神と対面した。各地には荒覇吐の神だったろうと言われる磐座は多くあるのだが、完全な信仰の場として残っているのはここぐらいだろう。僕の魂のどこかにスイッチが入った。

この岩の形態といい、醸し出すパワーといい、どこかで見た記憶があった。駒形山の磐座だ!現在は違う名前の神様が祀られているが、間違いなく束稲の駒形山の磐座は荒覇吐の神様に違いない。

4日前仕事が一段落した僕は、軽トラックで束稲の駒形山に向かった。磐座からは壮大なパノラマが広がる。眼下には平泉の町と田園風景が広がり、北は胆沢平野、晴れていれば岩手山も見える高台だ。その壮大な風景を眺めていた僕は、ある衝撃を受けた。急いで一関の本屋さんに向かうべく軽トラックで下山した。

教室で地図を広げた僕は何かに取り憑かれたように、定規を片手に地図上に線を引いた。

駒形山、三峯神社、そして烏兎ヶ森を線で結ぶと巨大な二等辺三角形が出来上がる。一関、平泉の地図をお持ちの方は確かめて頂きたいのだが、底辺がピッタリ30度の二等辺三角形だ。俗に言うレイラインが浮かび上がった。

烏兎ヶ森と三峰を結ぶ線上には、きれいに中尊寺や白山神社、八幡神社、義経堂が一列に並ぶ。そして駒形山と三峰を結ぶ線上にも八雲神社や多くの寺がきれいに並ぶではないか。

駒形山が作り出す120度の角度を2等分線し下ろしていくと、一関の配志和神社(はいしわ)にたどり着く。この神社も1000年以上の歴史がある。

という話を家内にしたところ高所恐怖症の家内が「烏兎ヶ森に行く!」ということになり、昨日地震で崩れていた古代の石組みの急階段を必死に登り、お神酒と家内が作った団子を磐座の前におそないしてきた。

古代の東北人は、この地に結界を作り繁栄を願ったのだろうと思う。平泉が世界遺産に登録が決まろうとしている今、この未曽有の震災、そして放射能汚染を被るこの地に、荒覇吐の神の復活が望まれているのかも知れない。

古代、中央政権の戦いに敗れた東北の民蝦夷(えみし)は、自らの信仰してきた荒覇吐の神を封印された。八幡神や仏教信仰が中央から持ち込まれ、荒覇吐の信仰の地には征夷大将軍によって毘沙門天などの新しい神が祀られた。

数百年の時を経て、東京電力そして日本政府が推進してきた原発という悪の化身が今東北の地を蹂躙している。

僕の身体の中にもひょっとすると、蝦夷のシャーマンとしての血が流れているのだろうか。3月11日の大震災、そして福島第一原発のメルトダウン以来、次から次へと不思議な感覚が蘇っている。

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