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2011年6月

2011年6月30日 (木)

2011夏期勉強会のお知らせ

どんなにIT化が教育産業の中で進んでも、書道塾やそろばん塾が不動の位置をしめているように、人が言葉というツールを使い生きていく限り寺子屋的指導法は必要なものだと考える。

 コミュニケーション能力と人間関係の構築は、切り離せない関係にある。自宅にPCがあるから、ソフトを買ってきて子どもに学ばせればいいという考えもあるかも知れないが、点数を取る能力と生活IQの高さが、残念ながらリンクしていかないのが今の教育の現実である。

 真の学歴とは、社会の中で生きる真実を追い求め、時として歪んだ社会状況に対して揺るぎのない信念を持って立ち向かう勇気であり力だと思う。そうした力を培うのが、言葉に翻弄されず、言葉に敬意を持ち、言葉に責任を持つ生き方であると考えている。

 思想は言葉によって語られ、そして伝えられていく。それが人間の歴史であり、科学であり、文明と言われるものの継続力だ。その根本を担うのが、家庭教育であり学校教育である。そしてそれを常に補ってきたのが日本では塾教育であると考える。

 先人達の多くの英知と業績を後世に伝えていく使命を、日本では寺子屋や塾が果たしてきた。西洋に置いては、教会が聖書という究極のテキストを通じ、人間教育の根本を担ってきたと言っても過言ではないだろう。

 これからの教育産業は、これまで以上にPCによるIT化が進んでいくことは間違いない。しかし我が塾生から、「塾に来ると落ちつく」 「ほっとする」「分かりやすい」という声が届く限り、わたしどものような寺子屋的個別指導は支持され続けるものと自負している。

 自分の親以上に年の離れた大人とジョークを交わし、笑い転げる中学生や高校生達。そういった空間を今後とも大切にして行きたいと考えている。

   夏期講習会のお知らせ

 大験セミナーでは下記の要項にて夏期勉強会を開催いたします。『夏を制する者は受験を制する』という古典的至言がありますが、まさしく夏が受験の基礎体力を作ります。「やっておけば良かった」という後悔の言葉が出ないよう、夏を充実させましょう。 

       【要項】                                               

日時 

夏休みの期間の土日とお盆休みを除く全ての日程より、自由に7日間及び14日間を選択してください。

*お盆休みは8月14日より8月17日までです。

時間

午前9時より午後4時までの2時間を選択してください。

費用

7日間コース(10000円)、14日間コース(20000円)

対象

小学6年生、中学1年生~3年生 全教科指導

高校生 英語 論文指導

お申し込   大験セミナー 一関市磐井町7-4-16(一関一高すぐ前)

電話 0191(23)0824                                        daiken@flute.ocn.ne.jp

通常ゼミの詳細は、このブログのプロフィールをクリックするとごらんいただけます。

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推量表現が不安を煽っている

年寄りになると朝が早くなると言うが、1時に寝る僕は、必ず5時には一度目が覚める。今朝などは4時に目が覚めた。睡眠3時間である。

故に昼食後は睡魔が襲い、高校から塾に戻った僕は毎日30分ほど自習室で昼寝をする。昨年までは隣に建物があり日陰になっていた自習室も、堤防工事のため隣家が移転し、暑さが倍増してしまった。昼寝どころではない。

僕の塾は2階の指導室のエアコン一台で全体を冷やしているのだが、昨年の猛暑の時は、暑さがきつく、冷風機と扇風機を併用した。自習室が風と虹のシュタイナー教室になっているのだが、暑くて大変だった。今年はさらなる暑さが襲い始めている。

そういうわけで本日自習室にもクーラーを入れた。今月はガイガーカウンターに続く2度目の大出費である。

取り付け工事をしていると、塾生がやってきたが、自転車のカゴには他所の塾の夏期講習の案内が入っていた。震災を考慮してのことだろうが、大手塾の夏期講習料がまるで僕の塾のように安い。校門でのチラシ配りも本格化してきているようだ。僕の塾はまだチラシが出来ていない。

塾ブログが、反原発、放射能警報ブログと化している僕のところには、連日その関係の問い合わせが多い。

「学校給食の牛乳や野菜はセシウムが入ってないでしょうか」

「プールに子供を入れてもいいでしょうか」

「三陸の魚は食べてもいんでしょうか」などなど・・・。

これも市や県や国が、食料の測定をしないことに全ての不安の要因がある。だいじょうぶだろう、安全だろうの推量表現が逆に不安を煽っている。

東北の農業や漁場の復興が大切な事は重々承知はしているが、子供たちの健康を守ることが最優先だろうと思う。

そんなわけで、僕も夏期講習の営業よりも、放射能問題を優先しているわけだが、ぼちぼち夏休みも近づきつつある昨今。僕も始めるか・・・・本業を。

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2011年6月29日 (水)

今日もつれづれなるままに

7月を前にしてようやく塾の入会が増えてきた。3月の地震の後、受験生が全く入って来なかったので、今年はどうしようかと思っていたが、ご父兄の皆様のクチコミのお陰で、なんとか好転してきた。感謝で一杯である。

零細個人塾なので、チラシやDM等の宣伝費がない。なんとか地域の皆様の暖かいご支援で、塾を営ませて頂いている。放射能値測定の公示を嘆願した署名を始めた時などは、保護者のかたからカンパまで頂いた。本当に恐縮である。

ところで先週僕の家ではロシア製のガイガーカウンターを買ったのだが、その前にとった女房の行動がおかしかった。彼女は東京電力に、放射能を出し続ける福島原発の責任は重大で放射能値測定がされていない地域には、ガイガーカウンターを無償で与えるべきとのメールを送った。つまりくださいということである。

東電はこの状況でもあるので、丁寧なコメントを送ってきたが、測定器は送れないとの趣旨だった。女房は激怒していた。彼女は当然の要求だと息巻いていたが、僕にはその発想が出て来なかった。さすが女は強しである。

来月7月9日に千厩の夜市でライブをすることになったのだが、千厩・伊庄整体院のしゅうちゃん先生の友人でプロのミュージシャンであるブルースさんと共演することになった。

僕はあわててチューナーマシンを買ってきた。いつもいい加減な絶対音感に頼ってギターの調弦をしているのだが、プロとのセッションとなれば、いい加減な音を出すわけにはいかない。リサイクルショップで1500円だったのだが、教室で音を測定したところピッタシだった。僕の耳はまだ衰えていないようだ。一安心。

ちなみに僕は自分の声のキーに合わせて、いつも2フレット低く調弦している。僕の曲をユーチューブで聞いて、耳コピをしようとする生徒たちに、いつも不思議なコードだとなじられるのだが、そういうことである。

それにしても、コード譜しか読めない僕が、一発勝負でプロのミュージシャンとセッションなどやっちゃっていいのだろうか。ガイガーカウンターそっくりのチューナーマシンを眺めながら思案するかねごんであった。

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2011年6月28日 (火)

日本ってまだアメリカの占領下だっけ?

昨日の寒さから一転して今日は暑かった。高校では扇風機がまわり、僕の塾もエアコンがマックスだった。

全国も津々浦々猛暑だった。・・・・・しかし東京も名古屋も大阪も停電にはならなかった。これほど全国の原子力発電所が止まっているにも関わらずである。

結論・・・原子力発電所がないと電力が不足すると言うのは大嘘。東京電力や他の電力会社が作った原子力発電促進のための妄言だったのではないだろうか。

春に行った計画停電は、福島原発を廃炉にしないためのパーフォーマンスだったのではないだろうか。その証拠にメルトダウンが分かってからは、計画停電のケの字も聞こえてこない。

僕の知っているアメリカ人が言っていた。「アメリカ大使館の要員達が東京にいる間は大丈夫だよ。アメリカ政府の方が日本の政治家より確かな情報を握っているから」

日本ってまだアメリカの占領下だっけ?

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2011年6月27日 (月)

僕は好きじゃないな・・・

週刊誌や新聞社の発行元から、今回の東北関東大震災の特別号が出版されている。コンビニなどでちょっと眺めただけでも涙が溢れてきてしまう。悲しみの風景でページが埋められている。

岩手に住んでいる僕は、それらの本を手に取りじっくり読むことは、まだまだ出来そうにない。

テレビの報道は日常化したが、被災地の日常は3月11日の日から奪われ、ずっと非日常が続いている。

相変わらずどこへ行っても、頑張ろう東北、頑張ろう岩手の旗がなびいている。家族を亡くし、家を流され、仕事もない人達に、頑張ろうの文字がどんなふうに映っているのだろうか。

正負の足し算や引き算が出来ない受験生がいる。期末テストに因数分解が出るから頑張れと言われても、彼ら彼女らは何を頑張ったらいいのか分からないのが現状だ。頑張れ、勉強しろという励ましの言語が、彼らの心の中では「お前はなんで出来ないんだ」という強迫観念に翻訳されて行く。

全てを失った人達に対する頑張ろうという言葉は、周りの人が支援してくれるから大丈夫だよという意味だろうか。もしくは、そのうちに国や県や町が何とかしてくれるから頑張ってという意味だろうか。それとも、今を乗り切れば新しい道が開けるはずだから頑張れということだろうか。

震災の直後からあふれ出した『頑張ろう』という言葉や『信じる』という言葉。一体誰がどういう目線で放った言葉だろうか。僕には残念ながら、それらの言葉に愛を感じない。

東北の被災地に頑張ろうという言葉はいらない。皆んなの辛さや、悲しさ、切なさ、怒りを封印するおまじないなんかいらない。頑張ろうと言われたら、頑張るしかないんだよ。逃げられないじゃないか。

テレビカメラが向けられると、皆んなが口にする。「生きていることに感謝です」。

悪いけどうそだろう・・・・。本当は悔しんだよ。やりきれないんだよ。叫びたいんだよ。

東北人は忍耐強い。いつも聞くフレーズだ。関東の工場の人事担当者が、高校にやって来ると、いつもこのフレーズを使う。「東北人は忍耐強くて頑張りがききますから」。

僕は好きじゃないな・・・・。

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僕は神心を感じる

雨が降っている。寒い。今夜は冬用のジャージを着込んでこのブログを打ち込んでいる。

僕の家は代々農業を営んできた。かつてのブログでも書いたが僕で17代目である。29歳の時父が亡くなり農業を継いだ。と同時に現在の塾を始めた。

当初は持っている1ヘクタールの田んぼを全部耕作していたが、政府の減反政策の強化を聞いて、農業に未来を持てず、3分の2を永年牧草地にし、自宅で食べる分と、義理的お付き合いでお米を農協に出している。

本当はスーパーで安い米を買って食べたほうが、楽だし、きつい労働をしなくても済む。しかし長い間祖先が耕してきた農地を荒らす勇気は僕にはなかった。他人に売ることもやはり出来そうにない。

祖先の呪縛と言うわけではないが、自分がなぜ岩手の農村に長男として生まれたのかを考えるとき、いろいろ思うことは多い。

僕はいわゆる塾教師だが、無精髭を生やし農作業をしている自分の姿は、間違いなく土着の百姓である。そのぶん郷土への想いは強い。山に抱かれて暮らす日々、永劫に続く風景に僕は神心を感じる。

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故郷を将来担っていくのは、子供たちだ。その子供たちの食を守っていくことは、全てに優先する。だから放射能の影響をいち早く止めなければならない。

塾の営業をほっぽり出し、放射能問題に取り組んでいる僕や女房の姿は、同業者からみたら、きっと変な夫婦に見えているかも知れない。それもいいだろう。

今日こそ夏期講習のチラシを作ろうと思っていたが、中学生の卓球指導を夕方5時までやり、女房の夕食の買い物を付き合って、今日も一日が過ぎて行った。明日にやろうと思ったが、納税組合員の市民税を農協に行って振込む仕事が急に舞い込んだ。なかなか忙しい。

7月9日の土曜日久しぶりの僕のライブがある。一関市千厩町の夜市で歌わせていただく。お時間のある方はぜひ千厩夜市にいらして下さい。

僕は夏期講習をするつもりがあるのだろうか・・・・・

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2011年6月26日 (日)

平泉世界遺産決定

フランス・パリで開かれている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第35回世界遺産委員会は26日、日本政府が推薦した「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町)を、世界文化遺産に登録することを決めた。遺産委は「世界遺産にふさわしい顕著で普遍的な価値がある」と認定、登録の要件を満たすとした。
 平泉は2008年の遺産委で登録が見送られ、「浄土思想」を軸に金色堂で知られる中尊寺など対象を絞り込み、再挑戦していた。東北地方では初の世界文化遺産で、東日本大震災からの復興を目指す被災地の人々の励みとなるとともに、観光振興などでもプラス材料となりそうだ。河北新報 6月26日(日曜)

平泉が世界遺産登録を果たした。僕の塾には平泉小学校、平泉中学校の子どもたちが通ってきている。僕の塾から平泉毛越寺までは車で10分だ。シュタイナー教室『風と虹』に通う子供たちは、年に何度か毛越寺まで行って自然観察を行っている。

平泉と言えばもちろん中尊寺金色堂が一番脚光をあびるわけだが、初めて訪れる人はこの下に藤原三代、清衡、基衡、秀衡のご遺体がミイラとして収められてことを知る人は少ない。

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中尊寺がある関山は、多くの仏閣が点在しているが、僕が一番好きなスポットは白山神社に隣接する茅葺きの能舞台だ。

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この能舞台の前に立っていると、悠久の時間のなかで東北人が営んできた人生の喜びや悲しみ、そして歴史の重みを感じる。関山の一番奥に鎮座する神社なので、中には金色堂を見て帰る人もいるようだが、ぜひ立ち寄って頂きたいスポットである。

そして鎮魂を意味を込めて最後に紹介したいのは、義経が自害した高館からの北上川と束稲山(たばしねやま)の展望である。

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東北の復興に向けて、ユネスコが取り計らってくれた善意との見方もあるが、間違いなく大きなエネルギーとなる世界遺産登録の朗報だ。

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こどもが変わるためには、親が変わらなければならない

子どもの後天的精神疾患や慢性の疾患の原因の多くが、両親の問題に起因する。愛情の問題と言ってもいいかも知れない。

夫の浮気、家庭内暴力、アルコール依存、金銭トラブル、別居、そして離婚。家庭内で錯綜する負の波動が子どもに放射されて行く。学生時代から足掛け20年間、塾教師の仕事と並行して家庭教師の仕事をしてきた僕は、ダイレクトに家庭と生徒の問題に向き合う機会が多かった。

プライドや世間体だけでは、子どもの教育の積極的な動機付けにはなるはずもない。お金を費やしたからといって、必ずしも良い教育を施されるわけではない。

こどもが愛おしくない親などいない。しかし残念ながら愛情の注ぎ方を知らない親は多い気がする。自分が親に愛されなかったという思いを持っている親御さんは、自分の子どもの愛し方に戸惑うことが多い。

疲れて寝てしまった自分の子どもに対して、「今日も宿題をしないで寝てしまった」という思いではなく、「今日もご苦労さま。疲れたんだね。ゆっくりおやすみ」という声を眠っている子どもにかけてあげてはどうだろうか。子どもの魂は安らぎ、エネルギーを回復する。

父親のフラストレーションや家庭内での抑圧は、息子に放射され、母親の心的ヒステリーの感情は娘に伝播して行く。

こどもが変わるためには、親が変わらなければならないという信念が僕にはある。

僕は専門の心理カウンセラーではないし、まして宗教家などではないが、聞く耳を持って頂ける親御さんには、僕は全身全霊でカウンセリングをしている。終わって親御さんが帰った後は、1時間ほど身体が動けないくらい疲労感におそわれることがある。大げさではなく、命がけの時もある。

そして親の意識が覚醒すれば、間違いなく子どもが好転して行く。

ぶちまけて言えば、僕は神様も守護霊も天使もみんな信じている。信じているから、目にみえない何かが僕を応援してくれている気がする。

昨年の夏、某神社に20年ぶりに参拝に行った。神様に長らくご無沙汰してしまったことを平に謝ってきた。その後、めったに僕の塾に来ることのないその神社のある学区の中学生が4名入ってきた。何と4人とも住所はその神社の近くだった。やはり神様はいるようだ。

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2011年6月25日 (土)

「唐人町寺子屋」泣くということ

下に引用した記事は、福岡市の学習塾「唐人町寺子屋」の鳥羽先生のブログです。僕のブログにリンクをしている先生方の日々の記事は、根底に怒涛のごとく流れる人間愛を感じます。ゆえに僕はリンクをさせて頂き、毎日真摯に先生方の記事を拝読させて頂いています。

今回の未曽有の震災で、その先生方の記事が変わりました。文体が変ったとか、放射能や被災地への思いをしたためた記事が増えたとかそういう事ではなくて、生きることの根源を問う記事が増えたように思います。

今日引用させて頂いだ鳥羽先生の記事は、岩手に住む僕の感情を代弁して頂いた文章です。「泣くということ」という記事の抜粋ですが皆さんの心にも強い共鳴をもたらす記事だと思います。読んで頂きたいと思います。

《唐人町寺子屋の鳥羽先生のブログ記事からの引用》

震災後、生きづらい、と感じている人がこれまで以上に増えているのではないかと心配しています。震災後の、ひとつにまとまらなければ、助け合わなければという風潮と、その風潮に合わせることができなければ人でなしかのように扱われそうな空気。いままで以上に、人の欲望が見える。居心地が悪い、生きづらい・・・。


震災後の「気をつかってばかり」のテレビや報道を見ていると、これは新手の思想統制なのではないか、と思うことがあります。

「がんばろう」という合い言葉や、震災にまつわる数々の美しい話。
これらは確かに、被災した人たちの活力やエネルギーに結びついている場面があると信じます。

しかし、これらのことは、一方では、残酷すぎる悲劇を覆い隠すという大きな使命を持っています。私たちは、「がんばろう」という高貴な叫び声をあげ、人間の美しさを垣間見る美談に酔っているときには、悲劇の本質を見ずに済むのです。

今回の震災に際して取材を受けた被災者やボランティアの中には、自分たちが「当たり前」にやっていることが、マスメディアによっていつのまにか「美談」に仕立て上げられていたことに対する大きな疑念や反発が生じた事例があります。

このマスメディアの「嘘」は、一部の人たちにそのとき限りの「悦楽」を与えるのみであって、当事者の痛みをことさら増幅させるものです。また、悲劇の本質を隠してしまうという意味では大変有害なものです。






現代の人たちは悲劇を直視することを好みません。
それどころか「泣く」こと自体が抑圧されています。


柳田国男は、いまからちょうど70年前の随筆「涕涙史談」の中で、昔より現代の人は泣くことがなくなった、そもそも人が手放しで泣くことをさも悪徳のように言いだしたのは中世以降のことだ、ということを指摘したあとに、次のように語ります。


『率土が浜づたひ』という旅日記に、その時の記事を残している。その一節だけを読んでみると、

日は西に傾けば、たうめ・をさめ、わらは打ちこぞりて、磯山陰の塚原に灯とり鈴ふり、かなつづみをうちならして、なもあみだぼとけ・なもあみだぼとけ、あなたうと我父母よ、をぢ、あねな人よ、太郎があつぱ、次郎がえてなど、なき魂喚ぶに日は入りたり

とある。是は大凶作で沢山の人が餓死してから程ないことだったから、この喚び声が殊にかなしかったのであろうが、同じ風習は常の年でもくり返されていた。是から遠くない外南部の恐山でも、七月二四日の地蔵会の晩に、幼い児を失い、盛りの男に死に別れた人々が登ってきて、今でも夜一夜、泣いては踊り、踊りを止めては賽の川原の岸に出て泣いているのである。<中略>とにかくに生きた人ばかりか、死んだ眼に見えぬ人の霊にまで、やはり心のかなしみの声を聴かせる必要を昔の人は認めていたのである。その理由または事情を分析してみようとせずに、ただ単に慟哭という一種の交通方法を遮断したとても、それで世の中が楽しくなった証拠にはならない。

しかし、大体において、子供も成人も泣かずにすむようになったのは、泣くよりももっと静かな平和な交通方法が、代って発達しつつある兆候とみてもよいであろう。今さらもう一度勝手放題に泣かせてみるというような表出の自由は、決して我々の要求するところではない。ただその適当なる転回なり代用なりというものが、果たして調子よく行われているかどうかということは、国を愛する人々の忘れてはならぬ観察点であり、殊に若い諸君に無関心でいてもらっては困ることだと思う。



柳田の「涕涙史談」は、人間の「涙の歴史」を語るとても珍しい資料です。このなかで柳田は、現代人が泣かなくなったことの裏に、実は本質的な問題が潜んでいることを示唆しています。

昔は子どもが死ぬことが多かった、暮らしも貧しかった、だから泣くことが多かった。
いまは幸福な時代だから泣くことは少なくなった。
柳田はこういう側面があることを明確に否定しない一方で、現代のほうが昔より泣くほどの悲しみが少ないということに関して懐疑的あり、泣くことがなくなった理由や事情にはもっと込み入ったものがあると考えています。そして、その理由やら事情やらを観察することこそが我々の使命であるということをこの随筆で語っています。

昔は、泣く行為それ自体を周囲や祖先にまで叫んで踊って伝えねばならないほど、泣くことはこの身から切り離せないものでした。しかし、泣く行為は時代とともに次第に忌み嫌われてゆき、それを代用するものが発達した結果、泣くことが少なくなっていったと柳田は語ります。

ここで泣くことの代わりになったものとは何でしょうか。
それは泣くことを抑圧するものです。
「泣く」かわりになるいろいろな慰め物が発達した結果、私たちは泣くことをやめたのです。



今回の震災では3月11日に突如あまりに大きな悲しみが東日本一帯を襲いました。
この悲しみの大きさは計りしれず、激しい慟哭が全国に響き渡りました。

この声を聞いた人たちは、慟哭の代用になるものをすぐに見つけました。
それが「がんばろう」「ひとつになろう」という掛け声であり、さまざまな美談でした。

しかし、これらは柳田が問うように「その適当なる転回なり代用なりというものが、果たして調子よく行われているかどうか」はかなり怪しいのです。

柳田はすでにその時代において、「泣く」ことの転回と代用がうまくいっていないことを察知し、そしてこの問題を後世の私たちに宿題としてのこしました。

転回と代用は、時代とともに大いに洗練されて原型をもたないほどになりました。柳田の時代よりもはるかに、「泣く」ことが代用または転回されていることを指摘することが難しくなっています。

しかし抑圧された「泣く」ことの残滓は、心の沼に沈殿したまま次第に大きな錘となり、時間をかけて人の心を蝕みます。
はじめからけっしてうまくはいっていなかった代用。代用というよりは、「泣く」という行為の首根っこを絞め殺すようなおぞましい「別物の何か」を日々使っていると、私たちはそのうち涙を忘れ、枯死してしまうのではないか、という不安で胸がしめつけられます。

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前世の記憶?

僕も家内も高所恐怖症で、なおかつ水泳が全くダメである。特に僕は水に対する恐怖心が強い。水を飲んでむせたりするといい知れない恐怖を感じることがある。

そんな僕が、高校を卒業して東京で一人暮らしをするようになってから頻繁に見るようになった夢がある。

高層ビルで自分が仕事をしていると、巨大津波がやってきて建物が崩壊し、津波に飲み込まれる夢である。科学技術がとてもすぐれている時代の光景なのだが、間違いなく遠い昔の時代の夢で、津波の高さは途方もない高さである。

10年ほど前に、家内にその夢の話をしたところ、家内も同じ夢をみることを僕に教えてくれた。単なる偶然にしては、不思議な共時性である。

今回の東北を襲った大津波の予知夢と言うよりは、自分が遠い昔に経験したような気がする、リアルな夢だった。僕は一度も溺れかかった経験がないのだが、もがき苦しむ感覚と言うのだろうか、水に飲み込まれる感覚が本当に実体験として蘇ってくる。

高いビル、津波、これらのキーワードが、僕が高所恐怖症で、水が苦手なことと何らかの関係があるような気がするこの頃である。

ひょっとすると前世の記憶だろうか、もしくはパラレル世界と呼ばれるような世界が存在し、もう一人の僕が、経験している感情なのだろうか。繰り返し現れる不思議な夢である。

巷では、3月11日の大震災、そして福島原発のメルトダウン以降、世界の終焉を示唆する書物が多く出回っている。

世界が終焉するかどうかは分からないが、危機管理が全く出来ていない今の日本の政治家や、公務員の体質を見ていると、この日本という国の未来は残念ながら明るいものには感じられない。

自分で学習し、自分の感覚を研ぎ澄まし、自分の判断で、生きるスタンを確立するしかないのが、今の我々の現状なのだと、お役人に接するたびに実感する今日この頃である。

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2011年6月23日 (木)

『人体に入った放射性セシウムの医学的生物学的影響』

チェルノブイリの子供を救おう会代表・茨城大学名誉教授 久保田護先生は、チェルノブイリから100㌔少し離れたベラルーシ、ゴメル医科大学学長のバンダジェフスキーさんの著書『人体に入った放射性セシウムの医学的生物学的影響』という専門書を翻訳されたのだが、その本を久保田先生本人より送って頂いた。

内部被曝を研究した本の中では、世界的にも非常に貴重な本である。本日送られてきたばかりなので、細部まで読み通してはいないが、チェルノブイリのメルトダウンによるセシウムの人体への影響が、多くの症例をもとに詳細に書かれている。

チェルノブイリのメルトダウンによって汚染されたベラルーシは0.2マイクロシーベルトで、現在の、福島、宮城、そして岩手一関と同じ放射能値である。そのベラルーシはその放射能汚染のために廃村になっている。

緊急事態なので、大切なことだけ今夜は報告したい。日本政府は1マイクロシーベルトを安全基準としているが、セシウムの内部被曝は、0.2マイクロシーベルトでも十分考えられる危険値で、放射線の種類によっては幼児のガン発生率は急増する。

セシウム137が肉と魚に取り込まれている場合は、塩をいくらか加えて煮ると70%の放射性セシウムが煮汁に残る。同様にじゃがいもも45パーセントが煮汁に残る。

女性より男性のほうがセシウムを体内に取り込みやすく、男の子の内部被曝率が高い。ニコチンやアルコールの摂取は、セシウムの体内被爆を促進する。放射性セシウムはまず心筋を損傷させる。

食料は塩水で洗うとセシウムの被爆量が減るとのこと、ぜひ実行して頂きたい。

リンゴに多く含まれる植物繊維のペクチンが、体内のセシウムに付着して排泄を促進することが分かっている。久保田先生は、セシウム排泄促進剤を日本に紹介したいと、現在活動中である。

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ふと気づいたら・・・

ふと気づいたら、夏期講習の準備をしていなかった。いつもならとっくに募集チラシを塾に置いている時期なのに、原稿さえ書いていない。

日々続く余震の恐怖。そして放射能。受験勉強どころではないという空気感がただよっているのだろうけれど、その流れにいつの間にか乗っかっていた自分がいた。あぶない、あぶない・・・・。

余震が続こうとも、放射能が降り注ごうとも、不況だろうと、受験はやって来る。ぼちぼち本腰を入れなければならない。

震災後、受験生が集まらないことをいいことに、完全に営業を怠けていた。昨日、震災後二人目の受験学年の生徒の入塾があった。これで中3生が8名になった。

21年塾を営んできたが、これほど受験学年がいない年を経験したことがない。しかし全く絶望感などない。生かされていることの感謝。仕事があることの感謝。そして希望が持てることの感謝。

今日も爆進だ!頑張るしかない!

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2011年6月22日 (水)

ガイガーカウンターを購入

大験セミナーの保護者の皆様、シュタイナー親子教室『風と虹』の保護者の皆様には、放射能測定の嘆願書の署名活動にご尽力頂き、心より感謝申し上げます。お陰さまで、皆様の活動が大きな力となり、学校施設の放射能値の公示が新聞紙上にてなされるようになってきました。

しかし、市内で0.5マイクロシーベルトを超える小学校の校庭の値が、故意に発表されない事実があることも確かです。小学校、中学校のプールのセシウムやヨウ素の値が測れないまま、プールで子どもたちが泳いでいるのも事実です。

食料品や野菜のセシウムを測る、数十万もする測定器は無理ですが、本日我が家ではガイガーカウンターを購入しました。僕の給料の半分が飛んでいきましたが(‥苦笑い)、これで自宅教室や塾の放射能値をいつでもチェック出来るようになりました。

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先ほどこのブログを打ち込んでいる茶の間の放射能値を測りましたが、0.09~0.12マイクロシーベルトでした。ちなみに窓は全開です。今夜は安全値でした。

問題は雨の日の値だと思います。

今後一関市の放射線値を定期的にブログで公示して行きたいと思います。

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2011年6月21日 (火)

大手フランチャイズ塾にもの申す

大手フランチャイズ店が仕掛ける経営戦略に、囲い込み式というのがある。

いろんな業界がやる一種の顧客略奪方法なのだが、はやっている個人経営のお見せの前やそばに、同じ業種の度派手な店を構え、顧客を吸収して行く戦略である。

美容院やコンビニ、不動産屋さん等、多くの大手が仕掛ける荒手の販路拡大戦略である。

僕らの塾業界でもよく行われる常套手段だ。ひどいフランチャイズ塾だと、個人塾の前どころか、同じビルのテナントに参入してくる塾さえある。

僕の町でもその手のフランチャイズに生徒を奪われ、廃業に追い込まれた個人塾が幾つかある。しかしそんなフランチャイズが10年も持つはずがなく、生徒が少なくなれば本部の指示でハイさようならである。

法律上どこに塾を作ろうが、どこでチラシを撒こうが自由ではあるのだが、利益を度外視して教える良心的な個人塾が消えて行っているのは悲しいことだ。

不登校の生徒や、様々な問題を抱える生徒を良心的に面倒を見る大手塾など、僕が知る限り皆無だ。不登校生や問題児と知ると、親の弱みにつけ込み、あれやこれやのマニュアル通りの脅しや不安感を煽り、高額の個別指導料金を提示してくる。

塾の中には宗教団体が経営する塾もあり、問題があるのは祖先の霊障だなどと言って、高額の加持祈祷代をふっかける塾もあるという。まったく困ったものである。

大手フランチャイズ塾が全て悪の根元だとは言わないが、就職がないと言われれば、はいそうですかと大学に残り、原発の放射能が危ないですよ言えば、原発ってどこにあるんですかなどという縄文時代のような反応をする若者を見ていると、学校教育もさることながら、昔気質の寺子屋塾が少なくなったことが、気骨のある若者が育たなくなった原因の一つじゃないかと僕は思っている。

学校の放射能の、定期的測定と開示の嘆願書に積極的に協力してくれる僕の塾の生徒を見ていると、手前味噌だが、僕の寺子屋塾としての方向性は間違っていなかったのではないかと、ちょっとだけだが安心しているかねごんである。

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僕らは自然とリンクしている

僕の塾のそばを磐井川が流れていて、桜並木が続いている。

20年以上毎年桜の美しさに癒されてきた。その桜が今年はおかしい。6月も半ばになると多くの可愛らしいさくらんぼが実り、多くの鳥たちがついばみに来るのだが、今年は全く実がついていない。5月の寒さのせいだろうか、放射能の影響だろうかと、思案していた。

日曜日に一関一高の体育館で中総体の卓球大会があった。前回の記事でも書いたが、涙の敗退だった。僕はその桜並木の木陰のしたをトボトボありきながら塾に向かっていた。

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上の写真は、今年の春の桜並木の風景である。僕は満開の頃の桜を思い出していた。まさか・・・・・と、ある考えが降りてきた。急いで軽トラックに乗り、近くの釣り山公園に向かった。

思ったとおり桜は多くの小さなさくらんぼをつけ、地面に鳥がついばんた多くの実が落ちていた。

実は磐井川の桜並木は、土手の工事のため全てが今年伐採されてしまう。満開の頃、多くの市民たちが桜を眺めながら思ったに違いない。「この桜も今年が最後か」と。

今年切られる桜が、どれも実をつけなかった。ところが伐採予定がない釣山公園の入口の桜は実をつけていた。

僕ら人間の感情や思考は、自然とリンクしている。僕らが自然物であることを忘れてはならない。そんなことを桜に教えられた。

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2011年6月20日 (月)

小林先生の記事『内部被爆』

友人の小林先生のブログ記事をそのまま引用させていただきました。ぜひ多くの方々に内部被爆について知って欲しいと思います。

《小林先生の記事『内部被爆』の引用》

文部科学省のモニタリング・ポストや自治体が発表している放射線量は、ネットを検索すればすぐに知ることができる。あまり高くない線量なので、なんだそれくらいかと思う。一方で個人的に計測している方から実測値を聞いてみると、場所によって線量がまちまちであるようだ。

これまで放射線量にも線量計にも無縁の生活を送ってきたので、急に放射線の話をされても何のことかと思っていたが、専門家の話を聞いてみると少しずついろいろなことが分かってくる。琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬氏の話が一番詳細ではないだろうか。衆議院の委員会の参考人として意見を述べているものもあるし、ビデオニュース・ドットコムで神保哲生氏のインタビューに答えている映像(こちら) もあるが、簡略にまとまっていて分かりやすいのは2007年に「核戦争に反対する北海道医師・歯科医師会第19回総会記念講演」で行った「内部被曝 … 原爆・劣化ウラン兵器と人類への宿題」という講演の要約だと思う(こちら)

放射線量計を所持している方も増えているようだが、地上1メートルで測るのが正しい計測方法だと言われている。だが、線量計で測れるのは基本的にガンマ線の数値だけだと思った方がいいらしい。矢ヶ崎氏の話によれば、アルファ線やベータ線は飛程(放射線の飛ぶ距離)が短く、線量計には表れないという。アルファ線やベータ線まで測れる機器もあるようだが、個人レベルで使うものではないようだ。

しかも、この線量計で測れるガンマ線の量というのはあくまでも外部被曝の放射線量でしかなく内部被爆の問題がほとんど考慮されないのは問題だ、と矢ヶ崎氏は言う。実は線量計で測れるガンマ線よりも飛程の短いアルファ線やベータ線の方が、内部被曝では深刻な影響を及ぼすという。

どういうことか。たとえば飛程45ミリメートルのアルファ線は、空気中では4.5センチしか放射線が届かない。しかし、その4.5センチの間に全エネルギーを放出すると考えると、アルファ線を発する放射性物質を体内に取り込んだ場合、どれほどの影響がでてくるか想像がつくのではないかということだ。アルファ線は体内では40マイクロメートルしか飛ばないという。40マイクロメートルとは紙一枚の厚さくらいだそうだが、そのくらいの距離を飛ぶ間に全エネルギーを放出し、10万個の電離を行う。つまりアルファ線が細胞の核を突き抜ける場合には、染色体のDNAを10万箇所切断していくということになるのだという。

それにくらべれば、体を突き抜けて飛んでいくガンマ線は飛程が長い分、DNAの切断箇所は少ないようだ。したがってDNAの自己修復機能が働いて元通りの二重らせんとなる。ところがアルファ線のように10万箇所も切断され、それがある期間継続するとDNAの二重らせんが正しく修復されず、まちがった結合の二重らせんができあがる。これがガン細胞を作り出すもとになるというわけだ。

ガンマ線のみを測った放射線量が低いからといって安心できるわけではない。恐れなければならないのは、外部被曝ではなく内部被曝である。空気中を浮遊する放射性物質を吸引しないことが必要だろうが、放射性の塵は花粉などよりはるかに小さいので普通のマスクでは完全に遮断できないそうだが、水に湿らせたガーゼを一枚中に入れるなどの工夫をするといくらか効果があるという。

それ以外にも食品や飲料水を通じて体内に入る放射性物質をできる限り減らすしかないと思われるのだが、市場に流通しているものは一応基準値以下のものだろうと信用するしかない。

アルファ線やベータ線が引き起こす内部被曝の問題が、あまり大きく報道されていないのは何か意図的なものがあるのだろうか。矢ヶ崎氏が関わった広島・長崎の原爆訴訟でも、被爆者の内部被曝の影響が認められるまでは相当の時間がかかったようだ。晩発性のガンなどを引き起こすのは、おそらくこの内部被曝だと思われるが、因果関係が明証できないことを理由に補償などの対象から外されることも十分に考えられる。

10年後、20年後あるいは30年後か40年後にガンにかかっても、内部被曝の影響ですと認めてもらえないかもしれないことを覚悟しておく必要があるのではないか。

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涙の大会

土曜、日曜と中総体の卓球大会だった。練習をしようにも4月以降、体育館が地震で破損し思うようなスケジュールをこなすことが出来なかった。大会そのものの開催も危ぶまれた今回の中総体だったが、一関一高の体育館をお借りし、なんとか大会を終えることが出来た。大会の運営にご尽力頂いた先生方には感謝で一杯である。

我がチームは前回新人戦で県ベスト8とに入ったものの、同じメンバーで臨んだ今回の大会は、残念ながら県大会そのもの切符を手にすることが出来なかった。僕の采配ミスである。

個人戦も4名が代表決定戦に進んだが、3人が涙の敗北となった。一関地区はレベルが高く、地区予選の決勝戦がそのまま県大会の決勝戦と同じ顔ぶれになる。

代表決定戦に勝ち残ったほとんどの生徒が、部活動以外に何らかのクラブチームや団体に所属し練習している選手たちだ。、僕のチームのSくんだけが、ただ一人部活だけの練習で、代表決定戦まで勝ち上がった。

中学校1年で初めてラケットを握ったSくん、個人戦の県大会出場は果たせなかったが、今後の活躍が楽しみである。ベンチコーチをしていて、何度も目頭が熱くなる子供たちの戦いぶりだった。

練習中にも頻繁にやってくる余震。困難を極めた練習場の確保。いろんな想いが競技場の中で溢れてきたのだろう。涙の多い大会だった。

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2011年6月19日 (日)

父に贈った最後のプレゼント

父の日になると聞きたくなる曲がある。井上陽水の『人生が二度あれば』だ。

僕は残念ながら父親孝行というのをしないでしまった。父は55歳で他界したのだが、自分のことが精一杯で何もしてやることが出来なかった。せめてもの償いは、孫の顔を見せてやれたことだろうか。父親に関しては後悔ばかりが残っている。

男親というものはどこの家でも寡黙なものだ。父は僕にあまり多くを語ることはなかった。酒を飲むとよく座敷で一人カラオケをやっていた。

父がおじいさんになったのを記念したわけではなかったが、僕にしては珍しく、息子が生まれた年の父の日に、夏ものの半袖セーターを父に贈った。でもそのセーターを父は一度も着ることがなく父は天国に行ってしまった。

棺桶の中に入れたサマーセーターが、僕が父に贈った最後のプレゼントだった。

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人間は孤独な存在だ

人は一人一人顔が違う。そして心ももちろん違う。考え方や存在価値に於いては孤独な存在なのではないだろうか。

だから自由に生きていいのだと思う。人生に於ける多くの足枷は幻想に過ぎない。実体がないものだ。

見る景色も音楽も、皆が同じ風景を見ているつもりでも、実はそれぞれが異なった風景をみて、違う音楽を心で聞いている。

感情や思考の流れが同じだと思うことに、そもそも僕らの無理がある。

他人の悩みや苦悩を共有できても、確実な理解など不可能だ。そのことを考慮せず教育を行うと、身勝手な理想論で終わってしまう。

人間は生まれてくる時も、そして死んでいくときも独りきりだ。同伴者はいない。与えられた命は愛の結晶であるが、その実体は孤独そのものだ。

人間は孤独ゆえに、人生の同伴者を求め、同胞を求め続ける。人との関わりは、喜びではあるが、時として苦痛でもある。これはいくら年を取っても変わらない。

最初の繰り返しになるが、人は考え方も価値観もそれぞれが違う。似ていることがあっても全てが違う。そこに実は多くの学びがある。一人として同じ人間がいないということをじっくり考えると、宇宙的な視野が拡散していかないだろうか。

自分の思考の、自分の価値観の60億倍の学びが地球上にはある。書物やパソコンに耽溺することも一つの価値観であるが、多くの同胞たちの生身の声に耳を傾けてみることもとても大切なことだ。

勉強は自宅のパソコンの前でも、塾のパソコンの前でも出来る。しかし本当の学びは、そんな箱の中には入っていない。

山を歩いてみよう。土を耕してみよう。音楽を奏でてみよう。ボールを打ち合ってみよう。そして愛しあってみよう。僕らがなぜ生きているかが分かるはずだ。

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2011年6月18日 (土)

いのり

東北大震災から100日が過ぎた。亡くなられた方々の百ヶ日がやってきた。津波で命を亡くされた方々の御霊の安らかなることを神仏に祈願したい。

あの日の悲しみは、東北人の魂に深く刻まれた。涙と慟哭の中、ここまで頑張ってきた遺族の方々の心情を思うと辛い。

失われた日常を取り戻すことは難しいことだけれど、光が注いでいることを忘れないで欲しい。

耐えることよりも頑張ることよりも、自分の悲しみに今日は泣いてください。

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プールには子どもを入れるべきではない

このところ少しハードな日々でしたので、今日は少し停滞気味です。文章に切れ味がない自分を感じるのですが、ご了承下さい。

一関市ではセシウムの値が牧草地で1010ベクレル検出されたわけですが、ドイツでの暫定基準は4ベクレルです。日本は3.11以後300ベクレルに安全基準を引き上げました。セシウムは水に溶けやすいものです。この値では確実にプールに溶け出します。プールには子どもを入れるべきではないと思います。

僕の町は完全に放射能被災地です。市内の小学校の校庭では、0.5マイクロシーベルトの放射能が検出されています。この値も3.11以前ならガイガーカウンターの警報アラームが鳴る値です。

福島原発が3基ともメルトダウンしたと発表されましたが、表現が間違っています。過去形ではなく、現在完了進行形です。メルトダウンし続けているのです。

チェルノブイリ事故の100倍もの放射能が放出され続けています。使いたくない表現ですが、日本人は被爆しました。

責任は東電にあります。そしてそれを許してきた日本政府も同じです。リンパ癌や白血病等の治療の際に、生活費や仕事など全てを保証してくれるのでしょうか。

考えたくないことですが、政治家には全く危機意識がないようです。

南風の季節風で、放射能が宮城や岩手に来ています。これが11月、12月になると強い北風に変わります。関東地区が危険な区域になります。

一日も一秒でも早い放射能の封じ込みを願います。日本という国が存続するために・・・・。

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2011年6月17日 (金)

だめかと思った

僕は人生に於いてもう終わりかなと思ったことが何度かある。そのたびに何か大きな力に救われ生き延びてきた。

大学1年生の時だが、新聞奨学生をしていた。東京八王子で松任谷由実さんの実家がある地域の新聞配達をバイクでやっていたのだが、日曜日の朝、路地の曲がり角で、車と正面衝突をした。

ボンネットの上で自分の身体が転がったところまでは覚えているが、気づいたら倒れていた。救急車がやってきたのだが、足首に違和感が少しあっただけで、どこもなんともない。病院で精密検査を受けたが全く大丈夫だった。

この事故を知って父親が岩手からやってきた。僕は新聞配達を断念することになるのだが、それ以来バイトジブシーとなり、夜な夜な酒と音楽に溺れて行った(・・笑い)

そして昨年の6月はじめ、塾からの帰り道、信号が青になり交差点に入って行った僕の車に、猛烈な勢いで赤信号を無視して入ってきた車があった。だめかと思った。

不思議なことが起きた。一瞬相手の車がスローモーションのように僕に見えたのである。間一髪避けることが出来た。車まはそのまま逃走していった。避けていなかったら、僕の軽トラックは間違いなく大破していただろう。

交差点を過ぎ車を停めた僕は、しばらく呆然としていた。何かに救われた感覚があった。神社オタクの僕を、神様が救ってくれたのかも知れない。

僕は神様を信じている。努力するものには必ず救いの手を差し伸べてくれると信じている。このブログでも何度かしたためてきたが、僕の教育のモットーは、運のいい子どもを育てることだ。いくら頑張っても運が良くなければ人生は開いていかない。

テストの偏差値を上げることよりも運の偏差値を上げることが、この時代大切な事だと思っている。他人の痛みが分かること。独りよがりにならないこと。勉強は他人を負かすことではなく、自分の心、魂を磨く営みであることを知らなければ、決して学問の先に幸福はやってこない。僕はそう思っている。

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2011年6月16日 (木)

芭蕉が見た風景

松尾芭蕉がみちのく一関、平泉を訪れてから300年以上の月日が流れた。芭蕉が岩手路に入り一関まで歩いたであろう道を、僕は毎日塾まで軽トラックで通っている。

車で20分ちょっとの道のりだが、歩けば2時間近くはかかる行程だ。この季節、右手には残雪が白く輝く栗駒山や焼石岳が一望でき、また正面には秀麗な一関の名峰、烏兎ヶ森(うどがもり)が展望できる。

東京電力が、青森~東京間に建てた巨大な鉄塔群を除けば、当時芭蕉が眺めたであろう山の景色が、今も展望できるのだが、蜘蛛の巣のような電線が、東北の空を台無しにしてしまっている。

沖縄の島もそうであるが、昔から人がむやみに踏み込んではいけない森や渓谷が東北には多くある。山の神や、水の神が住む神聖な場所だ。

青森の原子力発電所から東京まで電力を送電すべく、建設費が一基7000千万~一億もかかる鉄塔が、北上高地を蹂躙している。

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地球に優しい環境云々を公言してきた東電の自然破壊の暴挙に呆れるばかりだ。

「神様がいる山さそったなものたでで、バチがあだるんだから」と、怒りをあらわしていた地元の爺さんがいたが、本当に大変なことになってしまった。

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2011年6月15日 (水)

broken windows 理論

一度壊れたモノを放置しておくと、物事が次々破綻していく。

broken windows 理論というのをご存知だろうか。自動車が空き地に数台放置されているとしよう。窓が壊された自動車はあっと言う間にペイントをされたり、車体の部品を取られたり、無残な車に変わり果てていく。つまりどうせ壊れているモノだから何をやってもいいだろうという理論である。

これは車に限ったことではない。政治や教育にも当てはまることだ。例えばクラスで暴言を吐いたり、授業中歩き回る生徒を指導できないとあっと言う間に学級崩壊が生じる。

政治もそうだ。一つの政策ミス、判断ミスが新たな負の連鎖を招いてしまう。例を挙げるまでもないだろう。

家の玄関が壊れているのを、そのままにしておく人はいないだろう。すぐ修理をするはずだ。broken  windows理論などという言葉を知っていなくとも、そんな事は常識なはずである。

政府や東電の福島原発事故への対応を見てきて、僕はこのbroken  windows理論をずっと考えていた。表現は悪いが、修復する気がないのではないだろうか。

『天罰』であるとか『1000年に一度の震災』『想定外』などの言葉に、僕はネジの緩んだゼンマイ仕掛けの玩具を想像してしまった。つまり政府も東電も、振り出す駒がなくなり、止まったままなのではないだろうか。

僕らの時代という表現がある。60代は団塊の世代だ。今の子どもたちをフクシマ被爆世代などと呼ばせないためにも、このbrokenしてしまった政府をなんとかしなければいけない。

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2011年6月14日 (火)

小学生でさえもうこんな日本を信じていない

2007年5月9日にこのブログが始まった。今日が1782稿目の記事になる。原稿用紙に加算すると4400枚ほどの下書き原稿を書いてきた。

僕が今日まで書き続けてきた理由は、もちろん教育のため、自分の塾の宣伝のためということがあったのだが、何者かに書かされてきた想いが強い。

僕はとても短気な人間だ。若かりし頃、この短気故に多くの失態を演じてきてしまった。中学校の校長先生に怒鳴りこんで行ったこともある。大先輩の教員の方にケンカをふっかけたこともある。

今はだいぶ落ち着いてきたのではないかと思っている(‥苦笑い)。50を過ぎて分別が付く大人にようやくなった気がする。あくまでも気がするだけで、女房にはいつも諭されぱなっしである。

ただ今回の原発事故に対する国の対応、東電の対応には、僕の怒りが収まらない。65年前、広島、長崎の悲しみを経験した日本が、なぜ原子力を推進してきてしまったのか。まったく理解出来ない僕がいた。

かつての石油ショックが、エネルギー不安を煽り、原子力発電を促進するきっかけになったような気がするが、勘ぐってしまえば、あの石油ショックでさえ、原子力を推移するための、アメリカや日本政府の陰謀だったのではないかと思ってしまう自分がいる。

先週、僕の塾に通う小学生の女の子がつぶやいた。「どうしてこんな時代に生まれたんだろう」。痛々しい言葉だ。胸が締め付けられる言葉だ。

政治に疑心暗鬼になり、マスコミ報道にも疑心暗鬼になり、そして食べ物さへも疑心暗鬼にならざるを得ないこの日本。小学生でさえもうこんな日本を信じていない。

自分のお金と生活の安定のためなら、自分の感情や真我を封印してしまう悲しみ。

日本人は左翼や共産主義を嫌悪してきたが、実は多くの日本人が、民主主義という名の独裁政治に気づいていない。間接民主主義は我々国民の声をことごとく抹殺してきた。

政治家はテレビに出ればスター気取り。勘違いも甚だしい。

お金を持つものが人々を支配する社会、その図式を壊さない限り、日本に真の民主主義は生まれない。

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2011年6月13日 (月)

お見舞い

僕が日頃大変お世話になっている富山国際学院学院長の奥村先生が自らのブログで胃癌であることを告白された。

奥村先生は長年富山で学習塾をやってこられた。還暦を迎える直前、先生は富山大学に入学し、そして見事卒業された。その後塾を閉じ、富山国際学院の日本語教師、理事を経て、学院長に就任した。苦労人である。

GWには被災地石巻に、富山よりボランティアに来られたばかりだった。手術をし、治療に専念することになるのだが、治癒することを僕は確信している。奥村先生にはやるべきことがまだまだ残っている。ゆえに癌は先生に休息のチャンスを与えたに過ぎない。

先月は先生から美味しいホタルイカを送って頂いた。ジャズが好きな奥村先生は是非ベーシーでジャズを聞きたいと言っていた。そのためにも一日も早く元気になってもらいたい。

僕の母も奥村先生と同じ年にリンパ癌を患ったが、癌の新薬が効を奏し、今ではバリバリに働いている。真夏でも草刈をしているので、まるで僕が年老いた母をいじめているような空気感を醸し出し困っている(‥苦笑い)。

東北の復興、そして福島第一原発の収束祈願を毎日やっている僕だが、奥村先生の治癒祈願を最優先し、手術の成功を祈りたい。

奥村先生!頑張ってとは言いません。でも必ず治ります。かねごん宇宙パワーを毎日発信します!

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僕の魂のどこかにスイッチが入った

僕は最近古代の東北で祀られ信仰されてきたであろう、荒覇吐(アラハバキ)の神が鎮座する山々に出かけている。正直、山の神に呼ばれていると言ってもいいかも知れない。

2週間前は三峰山に、4日前は束稲山の前にある駒形山に、そして昨日は家内と烏兎ヶ森(うどがもり)の鬱蒼とする森を登り岩倉神社に参拝してきた。いずれも1000年以上前から信仰されてきた磐座(いわくら)である。

ことの発端は2週間前に遡る。午前中高校での授業を終えた僕は塾に戻ったのだが、塾の前に軽トラックを止めた瞬間、三峰神社という言葉というのだろうか想念が押し寄せた。三峰神社は15年ほど前に参拝しただけで一度も訪れていなかった。かつてのブログでも書いたが、僕の祖父の代までは自宅の神社に三峰神社の御札を祀っていた。

その日三峰神社の裏山に30分ほどかけて登った僕は、荒覇吐の神と対面した。各地には荒覇吐の神だったろうと言われる磐座は多くあるのだが、完全な信仰の場として残っているのはここぐらいだろう。僕の魂のどこかにスイッチが入った。

この岩の形態といい、醸し出すパワーといい、どこかで見た記憶があった。駒形山の磐座だ!現在は違う名前の神様が祀られているが、間違いなく束稲の駒形山の磐座は荒覇吐の神様に違いない。

4日前仕事が一段落した僕は、軽トラックで束稲の駒形山に向かった。磐座からは壮大なパノラマが広がる。眼下には平泉の町と田園風景が広がり、北は胆沢平野、晴れていれば岩手山も見える高台だ。その壮大な風景を眺めていた僕は、ある衝撃を受けた。急いで一関の本屋さんに向かうべく軽トラックで下山した。

教室で地図を広げた僕は何かに取り憑かれたように、定規を片手に地図上に線を引いた。

駒形山、三峯神社、そして烏兎ヶ森を線で結ぶと巨大な二等辺三角形が出来上がる。一関、平泉の地図をお持ちの方は確かめて頂きたいのだが、底辺がピッタリ30度の二等辺三角形だ。俗に言うレイラインが浮かび上がった。

烏兎ヶ森と三峰を結ぶ線上には、きれいに中尊寺や白山神社、八幡神社、義経堂が一列に並ぶ。そして駒形山と三峰を結ぶ線上にも八雲神社や多くの寺がきれいに並ぶではないか。

駒形山が作り出す120度の角度を2等分線し下ろしていくと、一関の配志和神社(はいしわ)にたどり着く。この神社も1000年以上の歴史がある。

という話を家内にしたところ高所恐怖症の家内が「烏兎ヶ森に行く!」ということになり、昨日地震で崩れていた古代の石組みの急階段を必死に登り、お神酒と家内が作った団子を磐座の前におそないしてきた。

古代の東北人は、この地に結界を作り繁栄を願ったのだろうと思う。平泉が世界遺産に登録が決まろうとしている今、この未曽有の震災、そして放射能汚染を被るこの地に、荒覇吐の神の復活が望まれているのかも知れない。

古代、中央政権の戦いに敗れた東北の民蝦夷(えみし)は、自らの信仰してきた荒覇吐の神を封印された。八幡神や仏教信仰が中央から持ち込まれ、荒覇吐の信仰の地には征夷大将軍によって毘沙門天などの新しい神が祀られた。

数百年の時を経て、東京電力そして日本政府が推進してきた原発という悪の化身が今東北の地を蹂躙している。

僕の身体の中にもひょっとすると、蝦夷のシャーマンとしての血が流れているのだろうか。3月11日の大震災、そして福島第一原発のメルトダウン以来、次から次へと不思議な感覚が蘇っている。

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2011年6月12日 (日)

放射線測定についての嘆願書

一関市内における放射線測定についての嘆願書

一関市長 勝部修殿

                               

「だいじょうぶ」「安全です」その言葉が、5年後、10年後多くの悲劇を生まないよう、子ども達の未来を悲しくさせないように、食べ物や土壌の放射線測定を定期的に行い公示することを要望します。

 特に公園、保育園、幼稚園や小学校の校庭やプールなどの測定の強化と公示を強く希望いたします。測定は地表と、50センチ以下で毎日行うこと。

市民の健康への影響の無いよう、ぜひ良識ある適切な措置を講じることを一関市長及び管理局にお願い申し上げます。

 放射能の影響から子どもの健康を守る会             

 代表 金田庄治

本日鎌仲ひとみ監督作品『ミツバチの羽音地球の回転』が一関市東山地域交流センターで上映されました。東山在住の戸田仕さんが中心になり、映画上映が実現したわけですが、中部電力との30年にわたる瀬戸内海祝島の皆さんの原発建設反対運動の姿に、僕は涙がこみ上げてきて止まりませんでした。

会場にて、シュタイナー子ども教室『風と虹』に来られているお母さんの応援を頂き、上記の署名運動をして頂きました。代表者名 金田庄治は僕の戸籍上の本名です。今日は100名近い方から賛同の署名を頂きました。心より感謝申し上げます。

祝島の原子力発電所建設計画は、今回の福島原発の事故により、凍結されました。現在日本にある55基の原子力発電所のうち稼動しているが12基です。全ての原発が止まり、自然エネルギーにシフトして行くことを強く願います。

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2011年6月11日 (土)

僕の町も牛の放牧が出来なくなった

 県は10日、一関市の牧草から1キロ当たり1010ベクレル、藤沢町の牧草から同308ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。国が定めた暫定基準値(1キロ当たり300ベクレル)を超えていることから、両市町の乳牛と肥育牛の飼育農家に対して、放牧や福島第1原発事故後に収穫した牧草の利用自粛を要請。県南各市町の牧草や原乳でも、14日までに検査を行う。毎日新聞 6月11日

各核種の半減期
ヨウ素131 は 8.04日
ヨウ素133 は 20.8時間
セシウム134 は 2.06年
セシウム136 は 13.1日
セシウム137 は 30.0年
プルトニウム238 は 87.7年
プルトニウム239 は 2.41万年
プルトニウム240 は 6564年
ストロンチウム89 は 50.5日
ストロンチウム90 は 29.1年

セシウム137の半減期は30年、福島で検出されたプルトニウムの半減期は2万年を有する。人が住めない場所を作り出す放射能汚染。とうとう僕の町も牛の放牧が出来なくなった。

隣町の前沢は日本一の和牛の産地である。このニュースの衝撃は計り知れない。

僕のブログは塾ブログだ。本来ならば夏期講習のことや、受験生の日々の問題などを書かなければならないだろうけれど、脱原発ブログになっている。

友人の小林先生も書いていたが、この重い話を書き続けることはかなりのエネルギーと勇気を必要とする。僕が書き続けることで何かが変わるわけではない。ひょっとすると独りよがりの自己満足ブログなのかも知れない。

「もうそんな暗い話はいいよ」という方も多いかも知れない。でも僕は事実を書き続けたい。僕は子どもたちを愛している。彼らのかけがいのない命を守る義務がある。それだけだ。

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命が一番大切です

東日本大震災から3ヶ月目の今日、僕のブログ記事は1777稿目を迎える。

死者15405人、不明者はいまだ8000人を越えている。避難者は10万人、この未曽有の災害は未だ復興の糸口さえ見えていない。

福島原発はメルトダウンしたまま放射能を止めることができず、3ヶ月が過ぎ去ってしまった。新幹線で岩手に来た知人は、福島県に入ってから新幹線の中で、スイッチを入れていたガイガーカウンターが振りきってしまったと言っていた。

福島では、地域によっては5マイクロシーベルトを超える放射線量の中で、まだ子どもたちが暮らしている。何度もこのブログで警告してきたが、チェルノブイリ事故の時は、5マイクロシーベルトで避難をさせない政府に対して、軍隊が住民を国外に退去させた。それでも多くの子どもたちが犠牲になった。

昨日も先週も、僕は友人の小林先生と電話で40分以上話をしたのだが、政府は国民を捨ててしまったとしか言えない状況だ。制御できない悪魔を作った政府や電力会社の愚かさもさることながら、お金に目がくらみ、この悪魔の建設に加担した会社や組織も猛反省が必要なはずだ。

しかしまだ原発促進派の声がある事自体考えられない。僕はもっと日本という国はしっかりした国だと思っていた。こんな危険なものを安全だと言い続けるのには、よほどの技術的自信があるのだと思っていた。まったくのハッタリじゃないか。

このまま放射能が東北地区に降り注げば、秋の農作物の収穫は壊滅状態だろう。そして放射能値のたかい地域の子どもたちを、疎開さえさせない政府の対応の遅れは、甚大な健康被害をもたらすに違いない。

3月に震災のため職を失い、失業保険を支給されている方々のお金が10月にはでなくなる。多くの震災ホームレスの方が生まれる事態が心配される。

経済学者のシュミレーションは、3年後の国家財政破綻だ。公務員や学校の教員は我が身の保身のため、言葉を発せずだんまりを決め込んでいるが、その状況が、皆さんの給料さえ出なくなる事態を招くという危惧すら持ち得ていない。

公務員や学校の先生方、危険な事は危険だと言いましょうよ。特に福島や宮城県南の皆さん、子供たちや妊婦さんだけでも、安全な場所に疎開させませんか。

かってに避難してもお金の保証がないと言われますが、命が一番大切です。

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2011年6月10日 (金)

残像

僕らが生きている世界が、神様が作った世界の残像のような気がする時がある。本当は実体のある別の世界がどこかに存在していて、僕らの世界はその写し絵のような世界になっているのではないかと感じる時がある。

小さい頃可愛がっていた子猫が突然冷たくなっていた朝、そのちいさな命の終焉を認められない僕がいて、この世界が偽りであって欲しいと願ったことがある。

涼しい風が吹き抜ける川べりの木陰で、一生懸命花を摘んでいる少女がいる。小さな手に握りしめた花束を、彼女はそっと水の流れの中にときはなした。

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初夏の陽光の中でその光景を眺めていた僕は、ずっと遠い昔に、同じ花を摘んでいる自分の姿を見たようなそんな錯覚に陥ってしまった。

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今夜は怒りで眠れない

政府は知っている。「3月15日に東京でチェルノブイリの時の何百倍もの放射性物質が検出されたこと」「年間20ミリシーベルトでなく、10ミリシーベルトでガンが増加すること」「子供には内部被曝が外部被曝の数万倍の影響があること」「実際にはプルトニウムやストロンチウムが放出されていること」。

 実は福島の子供は今すぐ疎開すべきなのだ。しかし、政府は今が安全だと思わせられれば、それでいい。将来のことは知ったことではない。枝野官房長官はオフレコでこう話す。「班目さんはいい人。吉田所長(福島第一原発)は勲一等か国民栄誉賞もの。子供に関しては少しくらい被害が出ると思っていたけど、出ていないんだ」。この程度の認識。まさに国民を下に見た「棄民国家だ」

週間現代 現代ビジネスより

学び舎の小林先生が、ブログ記事で紹介された記事を添付させて頂いた。まさに国民を見捨てた情報隠しである。

日本に原子力発電などいらない。原子力を促進してきた自民党も、情報を隠蔽してきた民主党もいらない。

国民の多くが被爆した後に、数値が低くなったどうでもいいような放射能値を発表するような、税金泥棒のお役所もいらない。

全国の大学病院や、医療研究団体は、早急な癌治療の開発と対策をしなければならないだろう。時間がない。急がなければならない。

国会議員はどうでもいいような議論はやめて、福島原発に行って修復作業を交代でやってはどうだろうか。それくらいの覚悟もないなら、政治家など辞めたほうがいい。国のためにも。

昨夜は僕は悲しくて泣いていた。今夜はぶり返した怒りで眠れそうにもない。

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2011年6月 9日 (木)

それでも海をあいしている

僕らは執着のカタマリだ。

物に執着し、お金に執着し、地位に執着し、そして命に執着し、そして苦悩する。

失うものが何もなくなった時、人間は自分を見つめる本質的なものと向かい合う。それは知(智)だ。

学歴のための学問も、お金を得るための資格も、所詮社会の都合が決めたはかりごとであって、普遍の知ではない。誰もが一度は考えたことがあるだろう、生きるとは何なのかを。そしてそのテーマこそ知の本質だ。

今回の震災で岩手や宮城、福島の壊滅した海岸の町を目にした者は誰でもが感じたことだろう。僕ら人間は無力だと。

津波で家も家族も全てを失った老人がつぶやいた。「それでも海を愛している」と。僕はこの愛こそ知の本質であり、生きることのテーマだと考えている。

愛とは他を知ること。そして自分を知ることではないだろうか。

命や財産を奪った海を、憎いとは誰も言わない。「海を愛している」とつぶやいた老人の言葉は、きっと多くの人々の想いでもあるだろう。

だから必ず東北の海は、そして町は復活する。東北人の知が、再生をもたらすと信じている。

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2011年6月 8日 (水)

今夜は泣きます

「ままへ。生きているといいね。おげんきですか。」

両親を津波で亡くした5歳のこどもが母親にあてた手紙です。

3月11日の津波で200人を超える子どもたちが孤児になってしまいました。僕は何も言葉が見つかりません。

こんな深い悲しみに襲われた手紙を見たことがありません。ただただ涙があふれてきます。

すいません。ブログ原稿が涙でかすんで見えません。今夜は泣きます・・・・。

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かねごん宇宙人からの警告

こんにちは。反政府、反原発ブロガーのかねごんです。

一見過激なブログを書き続けている僕ですが、実は書きたいことの100分の1も書ききれていないのが現状です。暗黒の組織から脅迫されているわけではありませんが、事実を書くことで迷惑を被る団体や個人もいるわけで、これでもかなり自粛して書いています。

反原発に対しては、感情的な記事の僕とは裏腹に、水沢で学習塾を営む小林正弘先生のブログは、冷静沈着な分析のもと、核心を付いた論調の記事です。ぜひお読みになって下さい。

さて今日はかねごん宇宙人としての情報をお伝えしましょう。

僕は中学校の頃宇宙人とコンタクトしたくて、受験勉強もそっちのけでアマチュア無線の免許をとりました。UFOの電波をキャッチしたいと真剣に考えていたんですね。はっきり言って馬鹿です(爆笑)。

そんな情熱が宇宙人に通じたのでしょうか、満点の星が輝く夜空を見上げると、飛び交う怪しげな光を見る機会が増えました。

3,11の大地震の一ヶ月前から、激しい頭痛と胸の痛みに襲われました。救急車を呼ぼうとしたほどの痛みでした。CTやMR、24時間心電図などの精密検査を受けましたが、異常が見つけられませんでした。指導の合間に自習室で横にならなければならない状況が続きました。多くの友人や保護者のみなさに心配と迷惑をかけてしまいました。

先日アマチュア無線をやっている方のブログを見たのですが、3月11日の大地震が起こる一ヶ月まえから、東北上空の電離層がめちゃくちゃな状況だったそうです。長年電波を飛ばし続けてきた方が、書いておりました。一ヶ月前・・・・偶然かも知れませんが僕の体調不良とリンクしています。

あの大地震の翌日、僕を悩ませていた激痛はおさまったのです。それどころか、自動車のガソリンが切れた僕は、毎日14キロの道のりを自転車で買出しに行く元気さえ出たのでした。

下の写真を御覧ください。福島第一原発を24時間体制で映しているライブカメラの映像です。5月19日18時のものです。上空に複数飛び交っている物が見えるでしょうか。UFOです。

080512_132941

小さくて見づらいかも知れませんが、これと同じタイプのものを10年ほどまえ須川岳の上空で見ました。

放射能に汚染された地域の子どもたちを一日でも早く疎開させてください。子どもたちの命が危ないですよ。彼ら宇宙の同胞から、そんなメッセージを感じるかねごんである。

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2011年6月 7日 (火)

英才教育やエリート教育の先にあるのは、決して豊な社会ではない

世の中にはいろんなからくりが存在する。ほとんどが詐欺と言っていいほどの、偽正義が蔓延している。

このブログも4年目に突入したわけだが、始めた頃の僕はまったくやる気のないブローガーで、週に1回くらいの割合でどうでもいいような記事を書いていた。1ヶ月間のアクセス数も10人とか、そんなブログだった。

それが今は、月に1万人ほどの方々に読んでもらっている。本当にありがたい。ブログを書き続けるエネルギーは、世の中に対する怒りや悲しみのような気がする。

責任あるポジションにいる人間が、責任を放棄していることに対する怒り。弱者を救わなければならない人間が、救うどころか搾取していることに対する怒り。そしてそれを耐え忍んでいる人々の悲しみ。

僕ごとき田舎塾の教師が一人吠えたところで、サハラ砂漠にコップ一杯の水を撒くがごとく、なんの影響力もないのだろうけれど、それでも僕は吠え続けたい衝動に駆られる。

僕のブログにスイッチが入ったのは、4年前の一関一高附属中学校開校に対する僕の反対意見が始まりだった。そして今でも4年前の考えは変わっていない。

小学校、中学校までは、勉強が出来る生徒も、勉強が苦手な子どもも一緒に学ばせ、それぞれの家庭が抱える苦悩や、努力を放棄する同級生の思いを共有することで、実社会の不条理を学ばせるべきだと僕は思っている。

今、有名私立中学そして有名大学を終えた政治家や官僚、企業人の身勝手な行動、そしてその背後に巣食う差別意識を一瞥すれば、エリート教育がいかに社会を荒涼としたものにしていくかが分かるだろう。

わずか13歳の子どもに、エリート意識のようなものを身につけさせることが、素晴らしい教育だと考えている教師や親御さんがもしいるならば、今日本を牛耳っているエリート集団の失態をじっくり眺めて頂きたい。

確かに高学歴高収入を目指す人生の何が悪いのだと言われれば、個人的には返す言葉はないのだけれど、高学歴高収入を得る人生が成功の人生で、そうでない人達の人生は負け組の人生だという発想をしているのが、誰であるのかを考えてみて頂きたい。

英才教育やエリート教育の先にあるのは、決して豊な社会ではない。

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僕のブログは反政府ブログ

放射能の測定をされると困る多くの方々がいる。

教師の中には勇気を持って放射能線量を測定し、その数値を公表して欲しいとの意見書を出した先生もいると聞くが、ことごとく上層部に却下されたという。

僕のブログが反政府ブログとして注目を浴びているらしいのだが(‥苦笑い)、今日は初めてガイガーカウンターで測った一関市の値を公示したい。

僕の家内は、シュタイナー教育をベースにした幼児教室を自宅で開校しているのだが、庭の砂場で遊ばせたり、畑で野菜を収穫したりと、土と戯れる機会が多い。故に非常に放射線量が気になっていた。

値によっては教室そのものの開講も、難しいのではないかと考えていた。本日友人に頼み、砂場や玄関の放射能線量の値を測ってもらった。もちろん僕も立ち会った。

機種はウクライナ製である。チェルノブイリ事故以来、ロシアや国内はもとより隣国は放射能汚染に怯える日々だった。ガイガーカウンターの必要性がいち早く叫ばれた国の製品である。日本製やアメリカ製に比べると、誤差が少なく性能がすぐれているとの評価が高いものだ。

測定の結果は、子どもたちが遊ぶ砂場が0.14マイクロシーベルトだった。5回測って、上限と下限の値を省き平均を出した値である。福島原発がメルトダウンする以前の岩手や宮城の放射能の値は0.05マイクロシーベルトだった。ちなみに僕の住む町は、福島原発から150キロ離れている。被爆の危険がある1マイクロシーベルトの10分の1強の値ではあるが、この値をどう捉えるかは、様々な意見が出るところだろうと思う。

これから梅雨の時期を迎える。4月ほどの放射能値の高い雨は降らないにしても、やはり雨に子どもを当たらせてはいけない。

台風の場合は、福島原発の放射能の塵を巻き上げた風と雨が間違いなく東北に降りしきりる。外に出てはいけない。ちいさな子どもたちを外に出してはいけない。

*学校の先生方、お願いですからこのことを子どもたちに知らせて下さい。今年は「放射能が怖いからプールに入らない」という子どもたちが出てもいんじゃないでしょうか。どうか子どもたちの健康を、命を守って下さい。お願い致します。

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2011年6月 6日 (月)

頑張って生きていきましょう

僕が最近はまっている曲です。

CDジャケットの猫の表情とギターと、そしてボーカルの可愛らしさに(‥笑い)引きこまれて視聴することもなく買ってきたのですが、いいアルバムでしたね。

忙しい日常の中で、音楽の調べは心を癒してくれます。音楽がまだ庶民の娯楽でなかった頃は、感性がほとばしる若者たちは、小説や詩の世界の中で自らを表現しようとしましたが、現代は音楽というアートの中で、孤独や愛や生きる不安の心の慟哭を、若者は作品に変えていきます。

ボブ・ディランの歌のタイトルではありませんが、今時代は変わろうとしています。この激流は誰も止められません。人生にはそれぞれの季節が巡ってきます。冬の季節は、暗くて寒くて心が沈みがちになりますが、冬があるからこそ春の輝きや夏の眩しさが歓喜の彩りを人生に添えていきます。

厳しくきつい坂道も、いつかは必ず下り坂に変わります。頑張って生きていきましょう。

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2011年6月 5日 (日)

「馬鹿だから先生になった」とためらいなく即答された

高校の定期テストが近づいてきた。高校生は僕に数学を聞いてくる。どさくさに紛れて化学や生物の質問もしてくる。

僕の専門は英語と論文だと言っても、中学校時代僕に全教科を指導されてきた塾生は、至極当然のごとく僕に何でも聞いてくる。教えられる事は教えるが、教えられないものは教えられない。

昔、個性的な先生に「先生はどうして先生になったんですか」と聞いたところ、「馬鹿だから先生になった」とためらいなく即答されたことがある。

一つのことしか教えられない教師なんて、ろくなもんじゃない。頭がよかったら違う仕事をしてバリバリ金を稼いでいるよ、というのがその先生の持論だった。

先生という存在を、存在たらしめているのが先生という呼び名なのだが、この名前に違和感をお覚えなくなると、精神が鈍化する。

数年前もテーマにした話題だが、学校外のプライベートの場で、例えばPTAの親の行事で、たまたま教師をしている親同士が、名前ではなく、先生と呼び合うのは周りの空気を鈍化する。気づいていないのは彼ら教師をしている親たちだけだ。

僕の知人の塾屋さんの中には、お互いに先生と呼ぶのをやめましょうよという方もおられる。また僕の塾にお子さんを預けて頂いている、中学校時代の後輩や先輩のご父兄は、僕を先生とは呼ばない。いや呼ばないでくれと僕が頼んでいる。

大先輩に先生などと呼ばれたら、おちおち指導などしていられない

最近高校の授業がない日は、里山の休耕田で僕は草刈り作業をしている。今年は例年になく涼しくて、作業がはかどるのだが、それでも10アールほども草刈り作業をすると汗だくになる。

無精髭をはやし、草刈作業で日に焼けた僕の顔は、どう見ても先生と呼ばれる類の顔ではない。

英語の他に、草刈機械や農作業機械の指導なら得意だが、やっぱりシグマや微積はどう頑張っても僕には無理だな・・・。

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2011年6月 4日 (土)

僕ら日本人は、巨大企業に飼いならされてきた愚民である

電力会社の原子力発電所内部で、定期検査の作業や燃料のウランの運搬作業をやっている方々が、原子力発電所の下請け会社のまたその下請けで働く日雇い労働者の方々であることをご存知だろうか。

彼らには厚生年金や社会保険の適応がなく、放射能測定器の警報がなる中で、紙切れ同然の白い服をまとい働かされている事実をご存知だろうか。そしてそういった労働者の方々の多くが、放射能に被爆し、癌になり短い人生を終えている事実を、マスコミやテレビは報道してこなかった。

東京電力は、毎年2000億を超えるお金をテレビ会社に宣伝費としてばらまいてきた。しかし電力会社は独占企業で、コマシャールなど実際はいらないのだ。所謂宣伝費というなの裏金である。

原発反対のげの字でも言うものなら、テレビ人はテレビ界から抹消されてきた。放射能汚染の危機を訴える学者や大学の先生は、2度とテレビに登場できないどころか、彼らの生活さえも奪われてきた。一体誰に。企業にである。

僕ら日本人は、巨大企業に飼いならされてきた愚民である。

もし僕が、今回の福島原発の事故がなくて、平和ボケした日常の中で、ここ数ヶ月の間のような記事を書き続けていたら、おそらく何らかの圧力や弾圧を受けていたに違いない。原子力発電を取り巻く状況は、北朝鮮の独裁政治と何ら変わりがない。

東電とテレビ局の関係や、政府との関係が、まれな愚かなケースではなく、氷山の一角であることを我々国民は知るべきである。

東大や一流大学を終わった悪知恵の働く官僚や役人そして企業のトップの中には、学歴もなくそして自分の意見を発しない寡黙な労働者達の命を、なんとも思っていない輩がいる。彼らの心は非情であり、道徳心のかけらもない。

今の日本には、頭の悪い人間を騙して、楽をして金を稼ぐことがエリートだと思っている哀れな人間が多くいる。

こんなことでいいのだろうか。国会に巣食う議員たちの顔をじっくり眺めていただきたい。この国難の最中に、何を思い出しているのか、もしくは何を妄想しているのか、ずっとにやけている国会議員がいっぱいいる。

学歴がないことや、お金が無いことは決して愚かなことなどではない。一番愚かなのは、そういった人達を弄ぶ上品ぶっている人間たちだ。

今大切な事に気づかなければ、きっと現代社会は終焉を迎えるだろう。僕はそう思う。

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ひょっこりひょうたん島

岩手県大槌湾の湾内に故井上ひさしの原作『ひょっこりひょうたん島』のモデルとされる蓬莱(ほうらい)島がある。今回の大災害で陸と島とを結ぶ防波堤は流され、島にあった弁財天の鳥居と灯台が崩壊した。NHKテレビで放映された人形劇「ひょっこりひょうたん島」は国民的な人気番組となり、この主題歌は多くの子どもたちの愛唱歌となって、歌い継がれてきた。地元では毎日正午、防災無線を通じて全町内に流され、4月29日には恒例の「ひょうたん島まつり」が開催されるなど町の自慢のひとつでもあった。

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   「お社(やしろ)だけは残った。弁天さん(弁財天)は女の神様。やっぱり女は強いなあ」と軽口をたたきながら、約100メートル先に浮かぶ蓬莱島に手を合わせる町民も目立つようになった。島に次々に襲いかかる難題をみんなで知恵を出し合って解決する―というのがこの物語のテ-マ。「町の復興のためには弁天さんの力を借りなければ…。今年は無理だけれど、来年からはお祭りも復活したい」とまつり実行委員長の黒沢豊勝さん(69)。

J-CATS ニュースより抜粋

40代50代の皆さんには懐かしい番組ではないだろうか。僕は個人的にはドン・ガバチョのファンだったが、夕暮れ時、NHKから流れてくるあの「ひょっこりひょうたん島~♪」のメロディー、岩手に住むかねごん少年は、あのひょっこりひょうたん島が岩手三陸の蓬莱島がモデルだとは知る由もなく、遠い異国の国の島を思い浮かべていた。

昨年宮古市で行われた県民卓球大会の後、三陸海岸を南下して一関に戻ったのだが、途中このひょっこりひょうたん島を見ることが出来た。

昨年の夏僕が見た美しい三陸の海を、港町を、僕の記憶の中の風景だけで終わらせたくはない。

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【動画プロデュースby とよ爺先生】作詞・作曲・歌かねごん

全国の方々の多くの支援と愛に岩手の地より感謝申し上げます

   

2011年6月 3日 (金)

絶望の淵から蘇った奇跡の勝利

支援と努力で優勝候補破る 高田

 1部男子学校対抗は、高田が優勝候補筆頭の専大北上を大激戦の末に3-2で破り、29年ぶりの優勝を飾った。東日本大震災で練習場所や道具を失いながら、周囲の支援と自らの努力で栄冠を勝ち取った。

 昨年の県新人大会は決勝で専大北上に0-3と完敗。メンバー全員が「練習試合を含め、ほとんど勝ったことがない」強敵だ。伊藤仁士監督が「勝つとすれば前半に1勝しダブルスも取り、後半のシングルスに回すしかない」という想定通りに試合は進んだ。

 1試合目は落としたが、第2シングルスの村上雄一(3年)が奮闘。フルゲームで競り勝ち、流れをつくった。勢いに乗り、続くダブルスで金野晋一主将(3年)、今野文陽(3年)組が3-0で快勝。優勝まであと1勝に迫ると、会場が大きくどよめいた。

 2-2で迎えた最終シングルス。今野は2ゲーム先取し、第3ゲームも10-5とマッチポイントを迎えたが、ここからが遠かった。連続7失点してゲームを落とし、流れは完全に変わったかに見えた。

 「今までなら完全な負けパターン。でも自分のプレーを見失わず、してきたことをすれば奇跡は起こる」と今野。粘り強く球を打ち返して第4ゲームを11-7で奪い、熱戦に終止符を打った。勝利の立役者は「何か不思議な感じだった」と、うれし涙の仲間と抱き合った。

 金野主将は「練習場所を提供してくれた人々や送迎してくれた父母、監督に感謝したい」と言葉に詰まり、「県大会で優勝することしか考えていなかった。インターハイのことは、これからみんなで話し合う」と勝利の余韻に浸った。  岩手日報

卓球県大会9連覇の王者、専修大学附属北上高校が陸前高田市の高田高校に破れた。卓球の県大会から帰ってきた息子から聞いてこの記事を書いている。

新聞の記事では触れていないが、高田高校の卓球部の選手の中には、家族や親御さんを亡くしたり、津波に自宅を流されてしまった生徒がいる。体育館は避難所になっており練習が出来る状況ではなかった。選手たちの想いを考えると、涙がこぼれてくる勝利だ。

絶望の淵から蘇った奇跡の勝利だと思う。両校の選手層を見れば、専北の勝利は固いものだった。「高田が優勝したよ」という息子の言葉に、僕は最初耳を疑った。その後にじ~んと感動が湧き上がってきた。

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あの絶望の風景、悲しみから、よくぞここまでチームがやってこれたと思う。高田高校男子卓球部の優勝は、岩手の被災地に大きな感動を与えてくれた優勝だ。おめでとう高田高校卓球部の勇者達!

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音楽夜話『僕の夢』

何事にも飽きやすい性格の僕が、30年以上続けてきたことがある。それは曲作りだ。

譜面が書けないどころか、楽譜を読むこともできない僕が、ギターのコード譜と耳コピを頼りに作った曲は70~80曲になるが、なにせ譜面に残せない悲しみゆえ、現在再現出来る歌は30曲にも満たない。

学生の頃は、作った曲を大学の学園祭実行委員に送っては、歌わせてくれるステージに無理やり立たせてもらった。ヤマハやソニーなどのオーディションに何度かデモテープを送ったけれど、残念がら陽の目を見ることはなかった。

僕に転機が訪れたのは、息子の誕生だった。若い頃はラブソングやプロテスタントソングを作っていたが、子どもたちに向けたメッセージソングを作り始めた僕がいた。カミさんのマネージメントもあり、親子サークルや小学校で歌う場が増えていった。

40歳になったのを記念して、作詞作曲したブルースをFM曲のオーディション番組に送った。僕の曲が2曲、ゴールデンタイムに東北各県で流された。それもフルで。僕の中で、音楽に対するスタンスが子どもに向かったことで、なにか新たな流れを生んだ気がする。

そのきかっけとなったのが、11年前に作った『僕の夢』という歌である。僕が初めて子どもたちのために書き下ろした楽曲である。この歌は昨年、塾屋の大先輩である神奈川学心塾のとよ爺先生が動画にして頂いた。

『僕の夢』を書いてから、新聞やテレビなどで僕の歌や活動を紹介していただける場が増えた。まさしく『僕の夢』が僕の夢を後押ししてくれた気がする。

今日はその『僕の夢』を聞いてください。この曲を動画にして頂いたとよ爺先生に心より感謝申し上げます。

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2011年6月 2日 (木)

息抜きが必要だ

春から夏の空気感へと変わるはずの季節だが、ここ数日間寒さが続いている。我が家ではまだストーブとコタツが現役で働いている。特に朝はストーブがはなせない。

3月の連日の雪といい、この時期の寒さといい、何かがおかしい。太陽の輝きがすっきりしないというのだろうか、晴れてもどんよりしている。6月になったこの時期まで、一度も塾のクーラーのスイッチを入れないというのは、20年以上塾をやってきて初めてのことだ。

福島第一原発の放射能が原因ではないだろうが、どこか季節までも狂っている。

運動会も終わり6月に突入したが、やはり僕の塾には中3の受験生が入ってこない。中1と小学生が増え続けている異例尽くしの年である。

相変わらず毎日震度2~3程度の余震が続いている。国会は被災者や避難している方々をないがしろにして、相変わらず茶番劇を続けている。本当に相変わらずである。

息抜きが必要だ。そう言えば最近新しいジャズのCDを買っていない。デビット・サンボーンの Try a little Tenndernessでも聞きたい気分だ。

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老いの楽しみ

中学校、高校の同級生の中には孫が出来たものもぼちぼち増えている。つまりおじいちゃんになったものがでてきた。

孫を抱いているかつての悪ガキ仲間を見ると、それなりのジジイ顔になっている。僕らもそんな世代に突入したのかと、ちょっと感慨に浸るこの頃だ。

去年の今頃だったろうか、「かねごん先生、天国に行ったらね、生きていた頃のどんな年齢にでもなれるんだって。先生は何歳頃の姿がいい」そんなことを尋ねてきた塾生がいた。

20歳前後の姿ではちょっと生々しいし、40歳ぐらいでは中途半端、元気な頃の一番年老いた姿がいいななどと思ったかねごんである。

近頃年を取る良さを実感できるというとちょっと自虐的だが、枯れていく自分の姿も悪くないな~と思うようになってきた。学生の頃は50を過ぎた男性はすごいジジイに見えたが、その頃の僕はそのジジイの良さがわからなかった。

年を取るといろんな欲望が薄れていく。食欲だったり、性欲だったり(‥笑い)、いろんな欲望が削げ落ちていく。すると若い頃には見えないモノがいろいろ見えてくるものだ。僕の場合は少々弁舌が逞しくなりすぎたのが欠点ではあるが、年を取ることは実に気分がいい。

しかし世の中には60,70になっても愛人を囲ったり、天下り先を嘱望したり、なかなか欲望が削げ落ちない先生と呼ばれる輩が多くいらっしゃるようだ。

あと10日程で、高校の定期テストだ。僕も高校の定期テストを2学年分、3クラスの英語問題を作らねければならない。あえて年をとって大変なことといえば、老眼でパソコンや問題集のちいさな文字が見えなくなってきたことだろうか。

僕は50を過ぎても視力が2.0だ。しかし英語の辞書は老眼鏡が無ければ全く読めなくなってしまった。塾で虫眼鏡を使って辞書を読んでいる姿は、やっぱり紛れもないジジイである。

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『ミツバチの羽音と地球の回転 2010』

「(原子力発電所にプルサーマルを)7月までに受け入れた自治体には20億円(※正しくは25億円)やるよ」、と経産省が言ったんです。
7月までに受け入れなかったら20億円やらない、と。(会場、ざわざわ)

それまで抵抗していた原発を持っている自治体が、じゃあしょうがない、と受け入れた。

その20億円の引き換えに差し出したものは何なのか、

県民の命ですよ。


福島県知事の前の佐藤栄佐久前知事がプルサーマルを撤回したとたん、
収賄疑惑をかけられ、側近が3人自殺しました。

彼の妹は着のみ着のままつれさられ、1週間帰ってきませんでした。持病もあり息も絶え絶えで帰ってきた。

彼が自分の罪を認めなければ、こんな犠牲が続くと判断して、彼は自分の身に覚えのない収賄罪を認めて、有罪になりました。
それは、「知事抹殺」という本に書かれています。

◇『鎌仲ひとみ監督トークin東本願寺 』より抜粋
http://www.youtube.com/watch?v=h3H2zjCkfeY&feature=player_embedded

  • 鎌仲ひとみ監督は僕と同じ時代を過ごしてきた映画クリエーターであり、原発を促進するヒエラルキーに対して命を張って言葉を発してきた女性である。
  • 民主主義国家を自認する、この日本という国が抱える闇は深い。正義の顔をした多くの魔物が、国の中枢や企業の中心に巣食っている。

  • 僕は3年前、『六ヶ所村ラプソディ』を見たのが彼女を知った最初の出会いだったが、当たり前の事を当たり前に言えない社会に対する彼女の怒り、悲しみが伝わってくるさ作品だった。多くの人達がなぜ危険な原発を受け入れてしまったのか。その背後には、お金を餌に国民を洗脳してきた電力会社、政府、官僚達の黒魔術的策略が闇に放たれていた。
  • 鎌仲ひとみ監督の最新作『ミツバチの羽音と地球の回転 2010』が6月12日(日)に一関市東山地域交流センターで上映されます。時間は午前10時、午後2時、午後6時のそれぞれ3回の上映です。お時間のある方はぜひ足をお運びください。

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    2011年6月 1日 (水)

    日本企業の国際競争力がますます鈍化する

    今回の東京電力を見ていてつくづく思うことだが、独占企業というものは百害あって一利なしだということだ。

    日本の電線を独占している電力会社は、言わば日本の動脈を全て掌握している絶対的権力者である。アメリカの3倍という世界で一番高い電力を売りつけ、一方では湯水のごとくお金をメディアや政治家に垂れ流し、王国を築いてきた東京電力、その奢りが今回のような大惨事を招いてしまったのだと僕は考えている。

    原子力発電という、振ればお金があふれだす金の小槌を、電力会社はドラック中毒者のごとく振り続けてしまった。その代償はあまりにも大きい。

    一箇所にお金が集まりだすと、その激流はとどまることを知らない。お金がさらなるお金を作り出して行く。しかしそのお金が、一粒一粒の汗の結晶である事を忘れた人間は、やがてお金という魔物の奴隷となり、破滅していく。

    今回東京電力は、福島原発の修復費や、放射能汚染による損害補償のお金のめどが立たないため国から借金をするのだが、国は東京電力の送電線を担保として取り上げ、電力供給の自由化を促進し、かつてNTTの電話回線を共有化したように、電力会社の独占支配をやめさせるべきである。

    過去、電電公社時代の電話料金が何だったんだろうと思うほど、現在固定電話やケータイの通話料が安くなっている。

    この不況の時代、電気料金を上げるなど言語道断である。日本企業の国際競争力がますます鈍化し、日本の企業は海外の安いエネルギーを求め、どんどん海外へ脱出していく事は目に見えている。日本の雇用状況が悪化するばかりである。

    こんな岩手の田舎塾屋だって知っていることを、政府が知らないはずがない。国民の生活を考えた舵取りをやって頂きたい。

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    石に魅せられた古代人

    ここ数年、東北の古代人(ひょっとすると弥生、縄文にまで遡るかも知れないが)が信仰してきた、荒覇吐(アラハバキ)の神様が気になってしょうがない。

    荒覇吐信仰のかつての聖地を訪れると、そこには必ず巨石が点在する。先日書いた平泉三峰神社の裏山もそうであるし、岩手山や早池峰山、五葉山、そして束稲山なども荒覇吐信仰の対象だったことは間違いない。

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    奈良時代の聖武天皇による仏教崇拝、そして坂上田村麻呂による東北鎮圧の祈願所とされた八幡神社(祭神は応神天皇)等の中央集権がもたらした新しい神仏によって、信仰されてきた東北の神荒覇吐は名もない塚と変わり果てていくのであるが、しかし、何千年の時を経ても、巨石のエネルギーは衰えることなく、今も異彩を放っている。

    荒覇吐の聖地は、中世に入ると山伏などの修験者の修行の場となり、山岳信仰の拠点となっていく。

    古くから石を拝み、祭ってきた日本人の精神性には、命を鼓舞するパワーに感応した、古代人の叡智が刻まれているのだろう。

    多くの現代人が、手首にストーンブレスレットを付けている。まるで数珠のようだが、石に感応する日本人の歴史を遡ると、ひょっとすると荒覇吐の神にたどり着くのかも知れない。

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