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2011年3月 6日 (日)

想いはエネルギーだ

今日は僕の渾身の力を振り絞って、命の尊さについて述べたい。僕の周りでは、何人かの親しかった方が自らの命を絶ってしまった。そのたびにやるせなさと、悲しみに襲われたのだが、『プライドなんか捨てて生きればいいじゃないか』という想いが、何度も押し寄せた。

いい大学を出て、社長と呼ばれ、傍目にはいい生活を送っているように思えても、家計は火の車という方が多いものだ。仕事に就くことが出来ず、苦悩する若者も多い。

お金が無いから生きていけないとか、仕事が無いから生きていけないという気持ちが分からないわけではないが、心のありよう一つで物事が打開することもある。

僕は貧しい家庭に生れ育ったのが幸いしているのかも知れないが、お金が無いことがそれほど苦にならなかった。子どもの頃は、車も水道もなく、風呂は薪で沸かす生活だった。暖房は囲炉裏の火のぬくもりだったので、灯油代もかからなかった。

そんな少年時代を過ごした僕から見ると、現代社会のもののあふれようは尋常ではない。モノを買うことで得られる安心感は限りがなく、まるで麻薬のようなものだ。お金もそうだ。お金のために、お金のためにという焦燥感が、現代人を心の病に導いている。

お金が無ければ無いなりの生活がある。最善を尽くして貧しいなら、それが自分の個性だぐらいにどんと構えればいい。気持ちが座れば、怖いものなどない。三度の飯が食べられ、寝るところがあればラッキーだぐらいのタフさが欲しい。

お金が無くとも楽しめることはたくさんある。小学校に入った時、学校の図書館の本をただで読めることが嬉しかった。本を買ってもらうことなんて無かったので、自由に本を読める感動をひしひしと感じたものだった。

他人と比較することで、幸福度をはかっていると、自分を見失う。立派な服を着なくても、立派な車に乗らなくても誰もバカになどしない。全てをお金のせいにして、自分や他人を愛することを忘れてしまってはいないだろうか。

人は必ず天に召される。あわてて自らの命を捨てることはない。障害や病と闘いながら必死に生きようとしている大勢の人間がいる。自分の人生を最後までまっとうすることが、人間の最大の尊さだと僕は思っている。

年を取ってよぼよぼになって、やがて死んでいくのが我々人間だけれども、家族や愛する人を思うエネルギーは、決して衰えることはない。だから年を取って役に立たないなどということは決してない。想いはエネルギーだ。

人生がはかない、つまらないと思っている人は、自分の想いのエネルギーの力を忘れてしまっているだけだ。生きるということを再構築する一番の方法は、自分の楽しいことをやってみることだ。お金にならなくてもいいい。人が喜んだり、人に感謝されることをやってみることだ。行動がすぐできないなら他人を思いやるだけでいい。人生はきっと変わる。

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