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2011年2月 9日 (水)

情報という名の魔物

情報が錯綜する現代社会。メディアを触媒とした知識だけに頼る傾向が強くなってきているが、与えられる情報だけに重きを置く危険性に我々は敏感であらねばならない。

特定の社会学者や政治学者の見識を鵜呑みにするのではなく、フラットな感性を維持し、視野や視覚の調節ネジを常にフレキシブルにしていなければならない。

利益が自分にもたらせられれば、それでいいと言うような安易な考えでいると、全体の収支バランスが崩れ、最終的にはそのツケが回ってくるのは自分たちが弱体化した時なのだと言う事を忘れてはならない。

我々は自然界の循環の中で生きている。これは経済も教育も精神さえもすべてが循環の枠組みから逃れることは出来ない。高度な文明を築き、多くの疾病を征服したかのように思えるが、人間の存在を存在たらしめているのは、ゆで卵の薄皮のごとく繊細な地球の大気の恩恵によるものだ。

全ての哲学も宗教も経済や産業もが、実は地球にとっては実態のないものであり、非常に抽象的なものだ。小さなアリが地面に巣を作る作業よりも、我々の生活は実態がなくなってきている。

いつの日か労働とか経済などという言葉が観念論になり、生かされていることの実感を認識できず、感謝の気持ちが喪失したときこそ、その時がひょっとすると我々人類の終焉の時かも知れない。

子供たちやスピリチュアルな思想を好む人々の間で、2012年に地球文明が一つの区切りを迎えると言う話が、まことしやかに広がっている。1999年のノストラダムスの時もそうだったように、宗教や出版界やメデイアは、お金になりそうな話を煽り、様々な罠を仕掛けてきている。

次元が昇華するとか、霊的覚醒が云々とか、いつものごとく宇宙人の介入説など、出版界は華々しい。そしてそれなりの売上を見せているところを見ると、懲りない人達が多くいるようだ。

僕が小さい頃想像した21世紀は、もっとアトム的で無機質な地球の風景だった。しかし当たり前のことだが、生身の人間は昔も今も変わらない。変わったものがあるとすれば、それは情報という魔物が、一瞬にして地球を駆け巡る時代になった事だろうか。

その情報に振り回されないためにも、僕らは物事を抽象的に捉えるのではなく、より具体的に認識し、掌握して行かなければならないと思う。

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