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2011年1月23日 (日)

目に見えないバリア

長年個人塾を営んできたが、僕は一度も塾業界の会合や協会のセミナーに顔を出したことがない。情報交換の場として有意義な話し合いがなされているのだろうが、どうも生理的になじまなかったし、今でもそうである。

盛岡や仙台のような街とは、僕の住んでいる一関は教育環境がだいぶ違う。横の繋がりや中学や高校時代の先輩後輩の繋がりが良くも悪くも色濃い街である。

都会のような出身大学による学閥はないが、出身の高校による目に見えないバリアが至る所に張り巡らされている街である。そのバリヤが嫌で、卒業後さっさと都会に出て行く若者が多い。

〇〇高校を出た者は優秀で、△△高校を出た人間は頭よりも肉体を使う仕事向き、みたいな評価を暗黙のうちにくだされている街と言ってもいいかも知れない。僕なども後者の部類に入る高校の出身なわけだが、確かに若い頃は随分心無い言葉に傷つけられたことは多い。

毎年この時期になると、よくこんな会話が聞こえてくる。

「〇〇ちゃん△△高校受けるんだって」 

「へえ~勉強しなくてもいんじゃん。名前を書けば受かるんでしょあの高校」

市内では、少子化の影響により志願者が定員に満たない高校が増えてきている。毎年ほぼ全員合格という公立高校があるが、そういった高校をさしての比喩的表現なわけだが、自分の出た高校をそんなふうに言われて気分の良い人はいないだろうと思う。

僕などは慣れてしまい、自分から自虐的なネタに、出身学校を使わせてもらっているタチの悪いおじさんなのだが、高校の格差が様々な問題を抱えていることは間違いない事実である。

僕もそして家内も高校は私立高校の出身である。そしてその私学での経験は、自分が今やっている仕事にバリバリに活かされている。一緒に僕と仕事をしている家内にしてもそうだろうと思う。

進学校を終えた方々は、塾をやっておられる方がたくさんいるが、僕の母校の卒業名簿を見る限り、ひょっとすると塾屋をやっているのは僕だけかも知れない。ある種貴重価値的な存在なのだろうか(・・笑い)。

僕の出た大学の同級生は、教員をやっているのは結構いるのだが、さすがに塾をやっているものはいない。

それにしても全国規模で展開するFC塾が、塾経営の主流になってきた。だんだん生粋の個人塾を探すのが、宇宙を旅していて知的生命体が存在する星に遭遇する確率ぐらいに困難になってきている。

そう言えば、今朝の新聞の折り込みチラシに、FC塾の新期生徒の募集チラシが入っていた。他塾から移動して入って来た生徒の入会金は〇円と書いていたが、どうやって証明をさせるのだろう・・・・。

やっぱり僕は塾業界の協会には、絶対入らないな。

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