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2010年11月 4日 (木)

祈り

人間の能力や人格や品位がいろいろ問われる世の中であるが、我々人間が生きて行く中で一番必要なことは慈愛、簡単に言えば優しい心だと思う。

人間は一人一人が違う。運動能力も暗記力もそして容姿も。ある種不平等な存在だ。

人間を能力の技術面や結果だけで評価する社会、利益追求型の人間だけにスポットライトを浴びせ続ける社会は、大切なものをなおざりにしてきてしまった。

昔の家庭を思い出して欲しい。家族や親類に何か困ったことがあれば、仏壇に手を合わせる主の姿があったはずだ。農村に於いては、夏に寒い日が続けば村の鎮守様である社に行って手を合わせた人々の祈りの姿があったはずだ。

立派な家を建て、高級な車に乗ることも間違いなく幸せの一つではある。通帳の預金高のマルの数を増やすこともそうかも知れない。しかし人間はそのことの為だけに生まれてきたのではないはずだ。

僕らは一人では生きられない。朝に飲む一杯のコーヒーも、寒さをしのぐ毛糸のマフラーも、多くの人達の労働と祈りがあったはずだ。

例えば僕らの仕事である塾は、かつては教育の悪の槍玉にあげられた時代があった。四半世紀この塾業界を眺めてきて、生き残ってきた塾なり塾人というものは、信仰心の深い人々が多い。

それは宗教的な意味などではなく、本当に心から子どもたちの幸せを願う経営者が残ってきた。生徒獲得戦略などというスローガンを掲げて、一時期急成長を遂げた新参者の影は今はない。

一点でも点数を取らせよう、全員志望校に合格させようと躍起になっているのが学校の方で、塾は一人一人の個性の尊重と魂の成長を願う、江戸時代の寺子屋や、西洋の日曜学校のような様相を逆に呈しているような気がする。

学校の先生方は、僕らが一生懸命教えているのだから塾など行かなくともいいだろうと思われているかも知れない。

ところで公立の中学や高校の先生で、毎日教え子の幸せや合格を祈っている先生はどれほど居るだろうか。僕が知っている限り、僕の回りの塾人たちはほぼ全員が祈りの日々を過ごしている。

僕の仲間の塾人たちは、子どもたちの魂の成長を願っている。塾生が全員受かりさえすればいいなどと本気で思っている塾は、やがて消えて行くだろうと思う。それが私塾だ。

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