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2010年10月18日 (月)

過去の暴露話

僕の友人や知人は、僕を穏やかな中年おじさんというように見ていただいているが、意外とキレやすい。

僕がキレやすいことを熟知しているのは僕の家族である。かつて息子たちや女房、母、祖母は僕を腫れ物でも触るように接することが多かった。巨人の星の星飛雄馬の父並のブチ切れかただった。

20代で一家の主になり、家のこと塾の経営、親戚のこと、農業のこと、とにかく父が死んだ後、やらねばならないことが怒涛のごとく押し寄せてきた。自分の力量を超える壁がしょっちゅう僕の前に立ちはだかった。若造だった僕は、理不尽な状況に接することも多かった。そんな日常が、僕をキレキャラに逃れさせたのだろうと思う。

かつては塾生に対しても言葉を発する前に、男女関係なく僕の拳骨が飛んだ。今なら暴力教師として訴えられていたかも知れない。

5年前、高校に初めて勤めた時、校長先生に一番最初に言われたことは、暴力は振るわないでくださいね、だった。僕の本質を校長先生は一発で見抜いたのだろう。そんな凶暴なオーラーを発していたのかも知れない。

現在の僕は一切暴力は振るわない。家でキレることもなくなった。卓球の指導に於いても怒鳴ることなど決してない。何が僕を変えたのか、実は自分でもよく分からない。

若い頃、売られたケンカは買った。ゆえに敵も多く作った気がする。当時、母校の私立高校には並み居るヤンキー同級生や個性あふれる先輩がいたが(現在はとても紳士淑女が多いです・・・笑い)、からまれたことは一度もない。危ないオーラーを出しまくっていたのだと思う(苦笑い)。

もう時効だから話してもいいかも知れない。高校時代先生を恐喝したことがある。

高校に内緒で毎週日曜日、ゴルフ場でキャディをやっていた。父親には、私立高校の授業料を自分で払うことを条件に進学を許してもらったので、必然的にバイトはやらない訳にはいかなかった。

平日にゴルフ場で大きなコンペが行われることになり、支配人から学校をサボって来てくれないかと頼まれた。バイト代も弾むと言うことで、僕は二つ返事で了承した。

当日、僕の高校の先生が大会に出ているではないか。隠れることは不可能だった。僕ははたと気づいた。今日は平日。学校の授業はどうしたんだろう・・・。

僕は平然と先生のところへ行きこうささやいた「先生お互い様ですよね」。

教師を恐喝したのは人生に於いてこの時だけである。ちなみにこの先生、僕が塾をやっているのを聞きつけて、中学生になる娘さんを僕の所にいち早く連れてきてくれた。感謝である。

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