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2010年10月13日 (水)

人間関係には必ず意味があるものだ

世の中に存在するものは、まるで磁石のN極とS極のように引き付け合う。人の出会いもそうであるし、恋愛も、仕事も遊びも、そして学びの場である学校や塾に於いてもそうだ。

時に人が惹きつけるものは、自分が望んでないものであることが多い。どちらかと言えば、一番避けて通りたいものだったりする。

僕はそれは魂の学びだと思っている。誰もが経験のあることだと思うが、席替えの際に、あの人の隣だけはなりたくないと念じていると、その人が隣の席になることが往々にしてある。

苦手な人や嫌いなものがそばにやってきた時こそ、本当は成長するチャンスなのだと思う。

自分をチヤホヤしてくれる人間関係は確かに居心地が良いだろうけれど、裸の王様になってしまい、長いスパンで眺めて見ると、決して良い結果は生まれないものだ。

塾を選ぶ時だけではなく、高校の進路を決める時も、よく耳にするのだが、◯◯先輩がいるあの高校だけは行きたくないと吠える生徒がいる。理由を聞くと、うざい、顔も見たくないなどのなんとも救いようがない酷評が返ってくる。

別に同じクラスや部活になるわけではないのでいいだろうと思うのだが、その先輩と同じ制服を着るだけでもいやと言うのだから、だいぶ根は深い。

嫌いな物、嫌なものを排除することはたやすいことかも知れない。しかし、好き嫌いに関わらず、自分が関係した人間関係には必ず意味があるものだ。

僕なども半世紀なんとか生きてきたが、御多分に漏れず中学校や高校、そしてその後の人生に於いて、「あいつは苦手だな」と思った同級生や先輩、同僚がいた。しかし今彼らを思い浮かべてみると、彼らの一人一人が自分の学びになっていたことに気づく。

昔読んだ本で誰かが書いていたが、人が人を嫌いになる理由は、その相手に自分が持っている嫌な側面を誇張して見せつけられるからだそうだ。思い当たるフシはないだろうか。

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