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2010年9月16日 (木)

先生一個人の問題ではない

ヘタの横好きで書き始めたブログだが、始めた当初は精神的にも肉体的にもボロボロ状態だった。継続する励みとして、もし毎日3年間塾ブログを書き続けることが達成できたなら、それ以降は冥土の土産として誰にも気兼ねすること無く、書きたいことを遠慮無く更新しようと思っていた。

読者の皆さんは、かねごんは言いたいことを言ってきたのではないかと思われるかも知れないが、これでも相当自重してきたつもりである。なにぶん検閲官である女房の目が厳しいゆえ、打ち込む指が止まることもしばしばだった(苦笑い)。

3年間ほとんど飲みにも出かけず、旅に出ることもなく、修行僧のごとく塾ブログを書き続けてきた。ボチボチ読まれている方も、僕の貧乏話には飽きただろうから、さりげなく本音をぶちまけてもいい時期ではないだろうかと思っている。

そこで今日は辛辣な記事になるのを承知で、教師論をぶちまけたい。

最近、小学校や特に中学校での生徒による暴力事件が増え続けている。教師が掌握できない隠れた場所での暴力が横行している。

教師は優しいだけではなく、怖い存在でもなければならないと思っている。特に男性教師は頑固親父でなければならない。生徒の行動に暗黙のブレーキをかけられる教師の存在が必要だ。アットホームな感じはいいかも知れないが、決してなめられてはいけない。毅然とした態度は絶対条件だ。

最近は不況の影響で、地方の教員採用は狭き門だ。頭脳優秀な先生方が誕生している。しかし無礼を承知で言わせてもらうが、軟弱かつ勘違いも甚だしい教師がいる。

PTAの行事にしても、部活動にしても、授業そのものにしても、この先生じゃ生徒の指導は厳しいだろうなという光景を目にすることが多い。多くのご父兄が、「あれでも先生かしら」などと飲み会の席で話題にする場面に何度か出くわす。

これは先生一個人の問題ではない。赴任してきた先生の失態に対して、もしくは地域の状況を把握していない先生に対して、しっかりしたアドバイスや忠告をしない先輩先生の存在が稀薄なのが問題なのである。

余計なことを言って嫌われたくないという気持ちも分からないわけではないが、しかしである。大学を終え採用試験に受かったことで、教科以外のろくな勉強もせずエリート意識だけが先行する教師に対して、保護者は面と向かって注意など出来るわけがない。

なぜなら自分の子どもが人質にとられているのである。下手に口を出せば、モンスターペアレントとレッテルをはられ、煙たがられるだけである。

小学校や中学校に行って、気骨のある根性が座った先生にお会いすると、学校教育はこのような先生によって支えられているのだなと思う。問題のある生徒を体育系の先生ばかりに頼るのではなく、なぜ自分が生徒から軽くあしらわれているのか、その原因をしっかり探って頂きたい。

たかだか英語ができるから、数学ができるからといって、謙虚さをなくしふんぞり返ってはいけない。言っちゃ悪いが、高校を出てぶらぶらしているお兄さんやお姉さんたちでも、教えることぐらいは出来るのだ。

道徳心や情熱がない教師は、いくら頭がよくても教育現場にはいらない。自分の職業がどのような使命を持っているのかを考えて頂きたい。感情的にならず、優しく、そして厳しく子供たちと接して頂きたい。

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