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2010年8月10日 (火)

僕は号泣していた

僕には忘れられない告別式がある。父親の葬儀も悲しかった。自ら命をたってしまった従兄弟の告別式も辛かった。

でも1歳を過ぎたばかりの小さな小さな棺を前にした、友人のお子さんの告別式ほど悲しい別れはなかった。

もう20年近い年月が過ぎ去ったが、あの時の友人夫婦の涙は忘れられない。告別式の朝、僕は何かにすがりたい気持ちで、旅立って行ったあまりにも小さな天使のために弔辞をしたためた。

そんな悲しい別れの後すぐに、僕ら夫婦に新しい命が宿った。しかし残念ながらその命は母に抱かれること無く天国に帰ってしまった。

その2年後、僕の家内は無事次男を出産した。しかし・・・その命は危険な状態だった。仙台の東北大学に向かう救急車の中で、僕は度重なる運命のいたずらを呪った。「僕ら夫婦が何か悪いことをしてきただろうか、神を冒涜しただろうか・・」

その時友人が、僕のために何枚かのテレホンカードを持参してきてくれた。かつて病魔と戦っていた我が子が入院していたときに、一番必要な物だったので・・・。

仙台に向かう車の中で、僕は号泣していた。辛いのは僕だけじゃない。多くの人達が悲しみと十字架を背負っている。

命を頂いた我が家の次男は、今年受験生だ。友人夫妻にも同じ年、次男が生まれた。同じ受験学年の子どもを持つ親の悩みは、お互いに尽きない。

年を取れば取っただけ、多くの別れと出会いを経験する。

今日、岐阜の友人である上野先生が、お母様に別れを告げた。告別式の日にもかかわらず僕のブログにコメントを頂いた。

僕は心にしまい込んでいた別れの日々を、一人思い出し、今日はこんな記事になってしまった。M先生、辛い思い出を勝手に記事にしてしまいました。ごめんなさい。

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コメント

早いものですね。元気であれば、今年高校三年生でした。

金田先生が病院に持ってきて下さった人形(ひとがた)のことを思い出します。翌日の早朝、中津川の川べりにおりて川面を流れていく人形(ひとがた)を、祈るような思いで見送りました。

先生のお気持ちが、今でもしみじみとありがたく思い出されます。

テレホン・カードのことはすっかり忘れていました。あのときは大変でしたね。

過ぎてしまうと哀しみは漂白されたように生々しさを失っていきますが、消えてしまうわけではありません。二十年弱経つのに、誕生から撮影していた息子の8ミリビデオを、いまだに見ることができません。

(かねごん)
コメントを頂きありがとうございます。
近頃は年を取ったせいか涙もろくなってしまいました。
昨日から涙腺が止まりません。
先生のコメントでまた涙です。
お盆がやってきます。きっとあちらとこちらの境界線が近づいているのでしょうか。故人がしのばれます。

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