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2010年5月10日 (月)

家庭という器

5年前に100円ショップで買ってき3㎝ほどのゴムの木が、30㎝ほどに成長した。

植えてあるポットを4回ほど買い換えてきたが、容器が大きくなるたびにゴムの木はいっきに成長した。当たり前と言えば当たり前のことだが、人間の成長にも相通じるものがある。

植物を育てる土壌は、人間で言えば家庭環境であるだろうと思う。家庭という器が子供たちを大きく成長させて行く。親の口癖や感情の流れは、おのずと子どもに伝播され、子どもは良くも悪くも親をコピーしていく。

「この子は一体誰に似たんでしょう」などとお嘆きのお母さん方がいらっしゃると思うが、間違いなく彼、彼女を育てた方に似るのである。だから子は親の鏡というのである。

僕は息子たちに不甲斐なさを感じたとき、自分の負の側面を学ばさせてもらったと思うようにしている。半世紀を生きてきてようやく気づいた悟りである。いくら口で立派なことを言っても、一生懸命親を演じても、親の本質を見抜く子どもの前では、実は親ほど無力なものはない。

どうせ本質を見抜かれるなら、最初から自然体で子どもと向き合った方が、いいに決まっている。だから僕は虚飾はやめた。塾でもそうである。何かにむかついたり、感動したり、いじけたり、そういったup  down する感情の歪を僕は塾生達の前であえて隠さない。

大人だから先生だから我慢しなければならないことは確かにあるだろうが、自分の感情を偽ってストレスを抱える方が、よっぽどマイナス面が多い気がする。

言ってはいけないこと、やってはいけないこと、つまり相手を傷つけることや相手を不安に陥れる言動を避けるためにも、自分の感情と正直に向き合う態度が、年齢に関係なく大切なことだと僕は考えている。

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